警戒するイスラエル人技術者の中国寄り
2022.12.06

アメリカも警戒する、イスラエル人技術者への中国からのスカウトメールとは?

過去20年、ハイテク部門にターゲットを絞った投資と買収を進める中国。言い寄られたら無視できないイスラエル。放置すれば、半導体、ドローン、AIなど防衛・安全保障技術も筒抜けになる危険性が

中国に来て働きませんか、すごい報酬を用意してます──自分がSNSにアップした文章に、こんなおいしい反応があったら、あなたならどうする? テルアビブ(イスラエル)在住のある政治アナリストは「無視した」と本誌に語った。怪しい、と直感したからだ。

それは中国の技術コンサル「浙江火炬中心」からのメッセージで、詐欺でもジョークでもない本気の勧誘だった。しかもそれは優秀な人材と先端技術を国内に移転するという国策で、全ては習近平(シー・チンピン)国家主席の掲げる「中国の夢」(建国100周年に当たる2049年までに偉大な「復興」を成し遂げるという目標)の実現に向けた努力の一環だった。

中国版ツイッターの「微信」で連絡してきた「ケイシー・シェイ」と名乗る「国際採用担当者」は、過去に勧誘に応じた外国人技術者の例を挙げていた。

例えば「GBR(イギリス)004」は電磁波や量子物理学、それにトンネル内や密林でも使える無線通信の専門家、「NZL(ニュージーランド)002」は宇宙・防衛産業に欠かせないナノ素材の専門家、「IND(インド)004」は高性能半導体のプロといった具合だ。このイスラエル人政治アナリストも、応募すれば「ISR007」とかになっていた可能性がある。

浙江火炬中心はまた、自分たちは「863計画」の一部門を担当しているとアピールしていた。863計画は最先端の科学技術を軍事面に応用する国家プロジェクト。ならば浙江火炬中心も同様な組織と考えられる。担当者のシェイはご丁寧に、自分たちは「中央政府にサポートされた」省政府の公式プロジェクトだとも書いていた。

世界的テック企業の生産地
結果として、このイスラエル人アナリストは誘いに乗らなかったが、以前にも、中国側から似たような誘いがあったという。

今の中国は科学技術分野で優秀な人材を世界中からかき集めようとしているし、今のイスラエルはレーザー光学から拡張・仮想現実までの先端技術で世界をリードする新興企業を4000社ほど擁し、技術革新のハブとなっている。

米戦略国際問題研究所(CSIS)によると、イスラエルはGDPの約5%を研究開発費に投じている。またイスラエルには防衛・安全保障面の高度な技術が蓄積されているが、そうした知的財産の流出を防ぐ仕組みは今なお脆弱だ。実際、過去20年で見ても中国の対イスラエル投資の多くが先端技術分野に集中している。

もちろんアメリカも、そして他国も、官民挙げてトップレベルの人材の引き抜きに取り組んでいる。しかし、その巧妙さと規模の点で中国は諸外国を圧倒している。中国はこうした人材獲得を通じて経済力を拡大し、軍事技術やサイバー兵器、スパイウエアの開発を進め、地政学的な野心を実現しようとしている。

「技術革新は今や国際的な戦略ゲームの主戦場だ」。昨年5月、党と政府を率いる習は北京の人民大会堂に何百人ものエリート科学者を集め、そう檄(げき)を飛ばしたものだ。

当然のことながら、アメリカ政府は神経をとがらせている。イスラエルは中東における主要な同盟国であり、無人機の開発から人工知能(AI)までのさまざまな分野で、軍事技術とその開発をシェアしている。そのイスラエルに、先端技術の取得に熱心な中国が接近しているのだ。

放置すればアメリカの技術が筒抜けになり、イスラエルを通じて望まざる技術が流出し、秘密が漏れる可能性がある。買収や資本参加を通じて、中国がイスラエル企業の先端技術を手に入れる。そんな展開は最悪だ。

イスラエルにとっては商機
イスラエルはアメリカの戦略的パートナーだが、小さな国だ。中国に言い寄られたら無視はできない。新興企業の育ちやすい国と自慢してきた以上、そういう企業から飛躍のチャンスを奪うようなことはしたくない。

それに中国政府は「一帯一路」構想の一環として、中東でもインフラ建設に多額の投資を行っている。だからイスラエルとしては、近隣のアラブ諸国やイランに対する中国の影響力に配慮しつつ、一方で自国の安全保障の後ろ盾となっているアメリカとの関係も維持しなければならない。

アメリカ政府の立場は明確だ。国務省は本誌に「わが国と友好国イスラエルは、安全保障上の共通の利益に対するリスクに関して率直に意見交換している」と回答してきた。外交用語で「率直に」は、相当に激しい議論を意味する。

イスラエル側も、アメリカ政府の危機感には気付いている。「リスクは承知している」と、エルサレム戦略安全保障研究所のトゥビア・ゲリングは言う。「だがアメリカほどに警戒レベルを上げてはいない」

ジョー・バイデン米大統領とイスラエルのヤイル・ラピド首相は7月、「技術に関する戦略的ハイレベル対話」の枠組みを設置すると発表し、重要な新興技術で共通の利益を守ることを重視していく考えを示した。真っ先に取り組むのは、量子力学を用いて絶対に解読不能な暗号通信技術を開発すること。

ちなみに、この取り組みを主導するのは両国の安全保障チーム。ゲリングに言わせれば「名指しこそしていないが、中国対策であることは明らか」だ。

「イスラエルからすれば、パラレルワールドが存在するようなもの」だと言うのは、国家安全保障研究所(イスラエル)の中国専門家で元准将のアサフ・オリオン。「アメリカとは全面的かつ戦略的関係を結んでいる。だがアメリカは、わが国の貿易相手国の1位ではない」

1位は単一市場としてのEU(加盟国は27)。アメリカは今のところ2位だが、中国が急速に追い上げている。イスラエルの今年上半期の対米貿易額は107億1000万ドル、中国は少し下回る106億8000万ドルだった。今年中には中国が逆転するかもしれない。

中国とイスラエルの関係は、汚職疑惑の尽きなかったベンヤミン・ネタニヤフ元首相の在任中に深まった。ネタニヤフは両国関係を「理想的な結婚」と呼び、17年には「包括的イノベーション・パートナーシップ」という協定を結んでいる。

この協定を中国側で推進したのは劉延東(リウ・イエントン)という女性政治家で、党の中央統一戦線工作部(中央統戦部)のトップに立ったこともある大物だ。中央統戦部は党中央委員会直属の工作機関で、国内外で党の影響力を強めることを任務とする。

対してイスラエル側の責任者だったのはツァヒ・アネグビ。ネタニヤフの腹心で、極右思想と情報機関とのつながりで知られる元閣僚だ。現在アネグビはイスラエル中国友好議員連盟の会長として中国政府高官と接触する立場にある。「2国間関係、パレスチナ問題、その他の国際的また地域的な問題点」について協議する翟隽(チャイ・チュン)中東問題特使などだ。

イスラエルが経済とハイテクの分野で対中関係を深めていた頃、アメリカは逆の方向へ動いていた。17年にはトランプ政権が、中国経済の台頭を脅威と見なす国家安全保障戦略を打ち出した。発表された内容は、オバマ政権下で始まった対中政策の見直しを踏襲するものだった。

南カリフォルニア大学米中研究所のクレイトン・デュビ所長によると、オバマ政権は中国軍所属のハッカーによるウェスティングハウス・エレクトリックやソーラーワールドといった企業へのサイバー攻撃に苦言を呈し、さらに「軍事力による威嚇を控えるよう、中国に警告した」と言う。

ここで言う「威嚇」には、南シナ海全域の領有権主張や日本領海への侵入、そして8月上旬に台湾周辺で行ったような大規模な実弾演習なども含まれる。

中国発の投資が集中する分野
中国とイスラエルの協力関係で、特に目に見えて進展があったのはインフラの分野だ。中国の国有企業が地中海に面したアシュドットとハイファに念願の港湾施設を整備し、北部ベト・シェアンの水力発電所を建設し、交通渋滞が激しい主要都市テルアビブでライトレール方式の鉄道を建設している。

だが将来にわたっての勢力図を考えれば、インフラよりハイテク分野のほうが重要だ。今年5月までの20年間に両国が合意した技術投資案件507件のうち、492件がIT(情報技術)、通信、クリーン・農業技術、ロボット工学などの分野だった。

近年はイスラエルがアメリカの懸念を忖度して全体的に件数を減らしているものの、21年から22年5月までの44件中43件がハイテクと、その比率は依然として高いままだ。

この比率の高さはイギリスなど他国を上回る。イギリスでもハイテク分野では中国からの投資が年々増加しており、報道機関などの推定によると過去10年間で全体の約40%に達している(公式の統計はない)。

そこでイギリス政府は情報インフラやAI、ロボット、そしてエネルギーと運輸部門など17の「センシティブな分野」の買収事案について、国家安全保障を理由とする精査・介入を可能にした。

イスラエルにも、買収・資本提携事案を精査する仕組みがある。アメリカ政府の圧力で20年にできたもので、財務省が管轄している。だが、ハイテク部門は対象外だ。なぜか。国家安全保障研究所の中国専門家ガリア・ラビに言わせると、「イスラエルのハイテク産業は民間部門のため、政府は介入を望んでいない」からだ。

「最近のアメリカ人は、市場が自由になりすぎたと考え始めたようだが、それでもアメリカのハイテク企業は依然として中国とビジネスをしている。(イスラエルの企業に)中国と付き合うなとは言いにくい」とラビは言う。

防衛技術の「移転」を恐れる
アメリカがとりわけ懸念するのは、中国がイスラエルの軍事的ノウハウに触れることだ。過去に実例がある。1990年代、中国はイスラエルの無人機「ハーピー」を購入し、03年に改修を求めた。このときイスラエル側は応じなかった。アメリカからの圧力があったからだ。

中国が防衛関連の技術を盗もうとしており、「時には成功を収めている」ことは、イスラエルの安全保障担当者も(非公式にだが)認めている。

イスラエル国防省で安全保障局長を務めたニル・ベン・モシェは今年2月、「中国の情報機関にとってイスラエルとアメリカの複雑な関係の仕組みが相当な関心事となっている」可能性があると、イスラエルの安全保障専門サイトiHLSに遠回しな表現で書いている。

「その対象にはイスラエルの兵器システムのうち、アメリカと協力して開発した、または米国製のものが含まれる」

その懸念を裏付けるようなスキャンダルが昨年発覚している。検察によると、無人機業界でパイオニア的存在のエフライム・メナシェが中国企業にハーピーのような無人自爆攻撃機(空中を旋回して待機し、標的が特定されたら突進して自爆する)を違法に売却したという。

この件は、中国国内では党公認のコンテンツを流す上海春秋発展戦略研究院の系列サイトで、嘲笑的な調子で否定された。ただし自爆ドローンのような目を引く技術ばかりがアメリカの懸念事項というわけではない。もっと地味な技術でも、ひとたび中国の手に渡れば経済活動や技術分野で世界のパワーバランスを変化させる恐れがある。

「イスラエルの高度な能力、特に先端技術、サイバー、医薬品、農業に関する能力は、中国の勢力拡大計画のほぼ全ての側面に貢献する可能性を持つ」とベン・モシェは書いた。「だから中国の諜報活動のパターンを知り、イスラエル国内の対象に近づかせないことが不可欠だ」

イスラエルの新興技術が合法的な商取引や共同研究によって獲得される場合もある。合法的な手段による技術移転はアメリカでも起きているが、何といってもイスラエルには高度に発達した情報セキュリティー関連の技術がある。

例えば、どんなスマートフォンにも侵入できるというスパイウエア「ペガサス」は、イスラエルに拠点を置くNSOグループがライセンスを供与している。

中国の統制経済では、商取引も政治的な目的で行われるのが常だ。アメリカが中国への半導体輸出などで規制を強化したため、中国政府は代わりにイスラエルから入手することを考えている。

ちなみに、広東省広州市の海国図智研究院が今年4月に発表した論文には、「イスラエルの多国籍・国内半導体企業は新しい世界的な半導体研究開発拠点として、中国の半導体産業にとって戦略的意義がある」と記されている。

一方でイスラエルは、インテルをはじめとする多国籍企業の現地法人を通じて中国に何十億ドル相当の半導体を輸出しており、これを通じてアメリカの技術が中国側に渡っている可能性がある。

匿名で取材に応じた事情通のイスラエル人によれば、ある中国企業が米企業のイスラエル法人を通じて合法的に半導体を購入したときのこと。中国側は設計上の「テクニカルな問題」があるとしてイスラエル側に解決策を問い合わせてきた。それで「イスラエル側は顧客のために問題を解決してやった」と、この人物は言う。

それがどんな問題で、どんな意図があったかは不明だ。いずれにせよ「イスラエル側のノウハウには中国側の技術的な問題を解決する力がある」わけで、「半導体の自給体制を確立したい中国にとって、それはささやかな一歩になったはずだ」と、この人物は言う。

監視の目をかいくぐった取引もある。2年前、浙江省にある中国の国営投資会社「光彩芯辰」が、イスラエルの半導体メーカー「カラーチップ」の買収を計画した。第5世代(5G)通信網や自律走行車、AIなどの開発に不可欠な大容量データの高速通信に使うコンポーネントを手掛ける企業だ。

この買収案件はいまだに、イスラエル最大規模の企業情報サイト「IVC」に掲載されていないが、実は取引の場はアメリカに移っていた。去る3月、光彩芯辰は米ニューメキシコ州の半導体メーカー「スコーピオス・テクノロジーズ」と、中国を含む顧客向けに共同でパーツの開発・製造を行う「戦略的パートナーシップ」契約を結んだのだ。

スコーピオスの販売・マーケティング担当上級副社長であるデービッド・ハフは、軍民両用の技術を輸出するわけではないから、この取引は合法だと弁明し、製造準備の整った工場を中国に持つことで、アメリカに「数多くの製造施設」を建設せずに済むと語った。

かつて米商務省の次官代行として輸出管理を担当したナザク・ニカクタルは、こうした活動の裏には技術移転という中国の狙いがあると指摘している。

ファーウェイとイスラエル
もしも華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)がカラーチップの買収に関与していたら、こういう展開にはならなかったと、ハフは本誌に語った(同社が関与していないことは確認済みだという)。アメリカなど各国は、ファーウェイがソフトウエアの更新などを通じてスパイ行為を行っているとして、同社および系列企業との取引を禁じている。

だが複数の中国企業の報告書によれば、「光彩芯辰が世界のリーダーになるのを支援する」と表明している深圳市の企業「恒信華業」にはファーウェイの経営陣が関与しており、カラーチップが光彩芯辰の子会社であることも明記されている。恒信華業のポートフォリオ一覧にはカラーチップが含まれているという。

そしてファーウェイには、イスラエルで秘密裏に取引を行った過去がある。16年にはイスラエルの研究開発企業トーガ・ネットワークスを秘密裏に買収したことが明らかになった。同社は現在、ファーウェイのイスラエル支社となっている。ほかにもファーウェイは、イスラエルのデータセキュリティー会社「ヘクサティア」を所有している。

中国がインフラやハイテク部門でターゲットを絞った買収を進めていることに警戒感を強めたアメリカは、18年に米企業への投資を審査する「対米外国投資委員会」による規制を強化。ほかの国々もアメリカに続き、同様の対策を取った。

さらにアメリカは現在、民間企業が中国など外国に投資を行う際の契約を通じて、技術が国外に流出する案件の審査を行うための措置にも着手している。

この国家重要能力防衛法案(草案)は、対外投資の案件を安全保障の観点から審査し、禁止する権限を持つもので、超党派議員団とホワイトハウスの支持を得ているが、アメリカのビジネスに打撃をもたらすと反対する声もある。

さらに7月には、米英の安全保障当局が自分たちの懸念を公表するという異例の動きを取った。米FBIのクリス・レイ長官は、MI5(英国情報部5部)のケン・マッカラム長官とロンドンで共同会見を開き、中国政府が「民間部門の価値ある情報を狙い、諜報活動を大幅に強化させている」と警鐘を鳴らした。

レイは中国の国家安全部の地方支部が「航空からAI、医薬などあらゆる分野で西側企業の革新的技術を狙っている」と指摘。

マッカラムも、イギリスの航空分野の専門家が「ある企業からオンラインでアプローチを受け、魅力的な雇用機会を提示された」ことを明かした。この人物は「報酬と引き換えに軍用機についての詳しい技術情報を求められた。問題の『企業』は、実際には中国の諜報機関が運営していた」と言う。

よほどのスキャンダルが出ない限り、イスラエルがアメリカのような審査メカニズムを導入するとは思えない、と言うのは同国の国家安全保障研究所に所属するドロン・エラだ。

「イスラエル側は動かないが、アメリカとの関係を壊すような事態が起きれば話は別だ。そういう事態はカラーチップ社の買収かもしれないし、別の取引かもしれない」

中国はまだ「優れた収入源」
元米商務次官代行のニカクタルは、「世界のほかの国々は中国について、まだアメリカと同じほどの懸念を抱いていない」と述べ、こう続けた。「ほかの多くの国にとって、中国はいい収入源だ。彼ら自身が中国の経済戦争や威嚇の標的になれば、それも変わるだろうが」

重要な(そして稼げる)技術の移転が起きるのは企業買収(とスパイ活動)の場だけではない。アメリカ政府の元職員であるジェフ・ストフの調査によれば、イスラエルの少なくとも4つの大学の科学者たちが、中国の少なくとも5つの軍事研究施設で共同研究に携わっている。

なかには中国の防衛産業や人民解放軍とつながりの深い「国防七校」に属する西北工業大も含まれ、研究計画は新型の航空機エンジンから会話分析アルゴリズムの開発(録音時のノイズなどを極限まで減らせば監視システムの能力が向上する)まで多岐にわたる。

アブラハム合意(イスラエルとアラブ諸国の関係正常化を目指す米主導の一連の合意)だけでなく、中国が中東への関与を強めていることも理由となって、中東全域でさまざまな変化が起きている。

イラクは貿易や学校建設で中国との協力を深めており、昨年の取引総額は数十億ドルに上った。サウジアラビアと中国の間では、インフラや石油をめぐる取引が活発に行われている。イスラエルは、天敵イランと中国の友好的な関係をいまだ懐疑的に見ているものの、自分たちも中国と友好関係を深めたいと考えている。

前出のアサフ・オリオンが言う。「イスラエルにとって、中国は最大の脅威ではない。敵でもライバルでもないが、盟友でもない。若干の問題はあるが、パートナーだ」。ただし、政府も国民も一定のリスクに気付いているとして、「もう蜜月は終わり」だと付け加えた。
2022.12.06 21:27 | 固定リンク | 国際
台湾 vs. 中国──世界はどちらの味方か?
2022.12.06

「台湾を支援すべきか」。ロシアによるウクライナ侵攻を止めることができなかった国際社会が今注目するのは、中国の台湾侵攻。世界は中国の脅威をどう見ているのか?

ロシアのウクライナ侵攻を阻止できなかった世界にとって、中国による台湾併合はリアルな脅威。

調査会社ユーガブと英ケンブリッジ大学の共同調査によれば、国際社会では台湾への支持が優勢のようだ。

中国が台湾に侵攻したら「他国は台湾を支援すべきだ」と答えた人の割合が高かったのはオーストラリアの62%。日本とスウェーデンの55%、アメリカの52%などが続く。

ただし支援方法については意見が分かれており、対中国制裁への支持が高い一方、米軍主導の連合軍の派遣には消極的な声が多い。米国内での別の調査では、米軍の台湾派遣を支持する人は40%だった。

62%
中国が台湾に侵攻したら台湾を支援すべきと答えたオーストラリア人の割合

55%
中国が台湾に侵攻したら台湾を支援すべきと答えた日本人の割合

52%
中国が台湾に侵攻したら台湾を支援すべきと答えたアメリカ人の割合

40%
米軍の台湾派遣を支持するアメリカ人の割合

2022.12.06 21:18 | 固定リンク | 国際
台湾併合「必ず併合に動く」
2022.12.06

年内の台湾有事の可能性とは?──中国は必ず併合に動く、問題は日本に備えがないこと

2022年あるいは2023年の中国の台湾侵攻の可能性を示唆する報道が話題となっているが、その意味を考える....

2022年10月21日に配信された「中国、想定より早い台湾侵攻も 来年までの可能性警告―米海軍首脳」と題する時事通信のニュースがSNSなどで話題になった。記事では、マイク・ギルデイ米海軍作戦部長とブリンケン米国務長官の最近の発言を紹介し、2022年あるいは2023年の中国の台湾侵攻の可能性について触れている。

記事本文にははっきりと書いていないが、タイトルからも明らかなように中国の軍事侵攻が早まることを米軍関係者が警告しているように読める。

結論から言うと、いささかミスリードに思える。まず、年内の軍事侵攻の可能性に言及したのはマイク・ギルデイ米海軍作戦部長のみなので、記事にある「相次いでいる」というには当たらない。さらに記事で紹介された米海軍作戦部長の意図は2022年あるいは2023年の軍事侵攻の可能性が高まっていることよりも、その可能性を考えて備えを進めることにあった。ことさら年内や来年の可能性を強調したものではなく、その根拠を示したものでもない。New York Timesなど米大手メディアもマイク・ギルデイ米海軍作戦部長の発言をもって、年内あるいは来年の侵攻の可能性が高まったという報道はしていない。

さらに記事でもうひとつの紹介されていたブリンケン米国務長官の発言では併合が早まる可能性について触れていたのは確かだが、軍事侵攻とは言っていない。

中国が数年後に台湾併合に動く可能性......は以前から広く知られていた
大前提として、記事でも紹介されているように中国が台湾を併合するのは2027年がひとつの目安とする考えはこれまでもあった(もちろん、他の説もある)。2027年は5年後だが、2022年はあと2カ月で終わるので4年強、つまり数年後だ。数年後に中国が台湾を併合する行動に出る可能性はすでに広く知られていた。

軍事行動は、あらかじめ計画されたもの、偶発的なもの、それ以外の要因によるものなどいくつかの原因で起こる。それ以外の要因には指導者が合理的な判断をしなくなる、健康上の理由、内部の情報の問題、政変などさまざまなものがあり、外部からすべての可能性を確認するのは難しい。そのため、中国が数年のうちに台湾併合のための行動に出ること、すでにそのための準備を進めていることなどから台湾有事はいつ起きてもおかしくない状況という認識も最近は共有されていた。最近、それ以外の要因で起こる可能性を示唆する記事などが散見されるようになってきたが、まだ具体的な根拠に乏しい。

現在の問題は軍事侵攻の可能性がわかっていながら準備ができていないことだ。時事通信の記事で紹介されたマイク・ギルデイ米海軍作戦部長の発言も、そのことを協調していた。

時事通信の記事は、明らかな誤りとは言えないが、アメリカから警戒レベルをあげるべき新情報が提供されたわけではない、ということになる。目を向けなければならないのは、これまで危機に対する認識は共有されていたのに備えがないことだ。

台湾併合に向けての中国の準備
香港に関する記事でご紹介したように中国は閾値以下の攻撃で相手を追い込んでゆく。香港を例によると、まず経済界への影響力を強め、次に経済界から従業員や取引先などに広めていった。中国は台湾の輸出の42%を占めており(アメリカ向けは15%にすぎない)、近年では台湾企業が本土に投資を行う話が出たことがある。

並行してデジタル影響工作による世論誘導や、サイバー攻撃による情報収集、本格的なサイバー攻撃の準備などを行う。さらに今回は軍事面でのレッドラインを押し上げてきた。ペロシ訪台後に中国が行った軍事演習は、以前よりも台湾に近い場所で行われた。本格的なサイバー攻撃の準備としては中国由来のAPTが何度も台湾を攻撃している。軍事とサイバー面ではレッドラインの押し上げに成功している。経済面と世論誘導には、まだ時間がかかりそうだ。

アメリカとEUは、ウクライナへの支援も行わなければならないため、いまが台湾へ攻め込む好機という主張もよく見る。筆者は軍事の専門家ではないが、ウクライナ侵攻以降、中国が行ってきたレッドラインの押し上げにアメリカとEUは明確に非難していない。少なくとも中国がレッドラインを元に戻すほどの反応はしていない。そしてEUはもともと台湾よりも中国を気に掛けている。

アメリカはロシアのウクライナ侵攻に際して、ロシアに軍事協力した場合にアメリカはアメリカとヨーロッパの市場を失うことになる、と要請したこともあって、中国のレッドライン押し上げに強く出られなかった。ペロシの訪台を止められなかったという負い目もある。

アメリカは内戦を予測した書籍がベストセラーになるほど国内が不安定な状況に陥っており(なぜか日本ではほとんど報道されない)、中間選挙の結果によってさらに拍車がかかる可能性もある。また、アメリカは「ひとつの中国」という原則を持ちながら、台湾関係法で台湾の支援に関与しており、台湾の位置づけについて政府内でも共有できているとは言えない。

EUのいくつかの国およびイギリスも不安定さを増している。しばらくは放っておいてもアメリカとEUが台湾のために割ける力は減ってゆく。また、ウクライナとシリアへの対応の違いが明確に示すように、そもそも地球の裏側の台湾を助けることに世論の支持が得られない可能性が高い。

特にEUにとってウクライナは同胞だが、シリアやエチオピアが同胞でないように台湾も同胞ではない。それは日本も同じで、ウクライナへの対応と、ミャンマーへの対応の違いが如実にそれを物語っている。グローバルノースの同胞という意識があるせいかもしれないが、日本では近隣のアジア諸国よりもヨーロッパ諸国を大事にする傾向がある。

中国にとって軍事侵攻を行うのはひとつの選択肢だが、軍事侵攻が容易になっていることを背景にまだ充分進んでいない経済界の侵食と世論誘導を進めた方が得策だろう。計画的な軍事侵攻の場合、それに先だって本格的なサイバー攻撃およびその準備が行われることが多い。サイバー攻撃を閾値以下に留めていることは、直近に計画的な軍事侵攻の意図はなさそうに見える。もちろん、偶発的あるいは他の要因による可能性は否定できないので備えは必要だ。

日本の備えはできているのか?
台湾有事に際して、日本が巻き込まれる可能性についても議論もよく目にするようになってきた。専門家ではない筆者でも地図を見れば、台湾と与那国や石垣島がどれほど近いかよくわかる。日本よりの台湾の海域、空域で戦闘が起きた時に、平和でなにも起きないとは思えないほど近い。さらに日本は台湾を支援するだろうし、台湾を支援するアメリカも支援する。攻撃の口実には事欠かない。

台湾有事の際に軍事介入することをバイデンは明言したが、中間選挙で共和党が多数となった場合、すぐに実行できるか怪しい。当初はウクライナの時と同じように兵器を含めた物資の支援に留まる可能性も高い。

ウクライナ侵攻でいち早くウクライナにスターリンクを提供したイーロン・マスクのテスラにとって中国は重要な生産拠点かつ市場となっている。ウクライナへの継続的なスターリンクの提供に資金面での難色を示したイーロン・マスクが中国の生産拠点と市場を失うリスクを冒せるかは微妙だ。つい先日、イーロン・マスクはフィナンシャル・タイムズのインタビューで、台湾の問題は平和的に解決すべきであり特別区(中国の一部となって一国二制度とする)にすればいいと発言したほどに台湾を軽んじ、中国を重んじている。温度差はあっても他のアメリカ企業も同様だろう。アメリカの大手企業にとって、中国を失うことは大きな痛手なのだ。

アメリカやEUはロシアにそうしたように、中国にも経済制裁を行う可能性もあるが、おそらく実効性の乏しいものにしかならない。なぜなら、経済の相互依存度がロシアよりもはるかに高いからだ。たとえば、アメリカが輸入する精製レアアースの80%を中国が占めている。戦略的にこの依存を減らそうとしているが、数年で中国なしで済むレベルになるとは思えない。

アメリカ、EU、アメリカ大手企業がどこまであてにできるかわからない、というのが実情なので、ウクライナほどの支援は見込めない可能性が高いと考えた方がよいだろう。有事の際に中国と直接対峙するのは、台湾とほぼ確実に巻き込まれる日本になる(もしかしたら韓国も)。

日本は台湾有事や台湾併合への備えはあまりできていないように見える。たとえ平和的な併合であっても、その影響は大きい。その危険性を国民が共有した認識を持っている状態ではない。中国が台湾を併合する可能性のある日は数年後にせまっている。まさに、いまそこにある危機なのだ。もちろん、可能性のひとつにすぎないが、備えておくべき可能性であるのは確かだ。

時事通信の記事は危機感を持ってもらうためには効果があったかもしれないが、その一方で狼少年的でもある。何度も狼少年をやり、そのたびに台湾有事が起こらないと、誰もメディアを信用しなくなってしまう。正しく危機感を共有するための努力が必要だ。

2022.12.06 20:54 | 固定リンク | 国際
習近平の近習(常務委員)無力な男たち
2022.12.06

習近平に仕える6人の「無力な男たち」...それでも、彼らであるべき理由があった

中国の新しい共産党政治局の常務委員は、習近平に忠実なだけの地味で無力な60代の男ばかり──いったいこの男たちは何者なのか

世界の注目を集めた中国共産党の第20回全国代表大会も、終わってみれば習近平(シー・チンピン)の独り勝ちだった。かつて有力だった中国共産主義青年団(共青団)の残党は一掃した。前任者の胡錦濤(フー・チンタオ)は閉会式の途中で退席させた。党規約の改正では、自らの「核心」的地位の擁護を盛り込ませた。そして党政治局の常務委員(最高指導部)は全て身内で固めた。

今回の人事には、党内派閥への配慮もなければ、経済界の改革派を抱き込む意図も感じられない。改革派に近く、一定の実績もある胡春華(フー・チュンホア)と汪洋(ワン・ヤン)は共に降格処分。現役の常務委員だった汪は200人以上いる中央委員の名簿にも載っておらず、胡春華も24人の最高幹部で構成する政治局に残れなかった。

中国研究では評価の高い米シンクタンク「マクロポロ」が1000人を超す専門家の予測を調べてみたところ、習近平を除く新常務委員6人の顔触れを完全に言い当てた人は皆無だったという。

それでも、この6人の顔触れを眺めてみると、いくつかの共通項が見つかる。例えば、全員が漢民族で60代の男性だということ(ちなみに女性が常務委員に選ばれた例は過去に一度もない)。

みんな60代という点は重要だ。最年少の丁薛祥(ティン・シュエシアン、60)でさえ、習より9歳若いだけ。5年後に習がおとなしく引退する可能性は極めて低く、その5年後だと丁も70歳を超える。だからこの男が次の党総書記(兼国家主席)になる可能性はゼロに近い。

残る5人の年齢は習と近いので、どう見ても後継者にはなれない。2007年の党大会で常務委員に昇格したときの習は54歳、一緒に昇格した李克強(リー・コーチアン)は52歳(現職の首相だが今回引退が決まった)。だからこそ次世代のホープと見なされたのだった。

周囲を「弱者」で固める
しかもこの6人には、習のような地縁血縁がない。政治的な地盤も派閥の後ろ盾もない。中華民族主義者の王滬寧(ワン・フーニン)は長老たちにかわいがられてきたが、それだけのことだ。要は中国政治に詳しいビクター・シーが新著『弱者の連合』で言ったとおり。かの毛沢東をはじめとして、強力な指導者ほど、あえて政治的に無力な者を登用して、自分の立場が脅かされるリスクを減らしてきた。それが中国の歴史だ。

新体制の常務委員6人は、いずれも習近平だけが頼りで、ほかに有力な後ろ盾を持たない。仮にも習が失脚すれば、道連れは必至だ。

それにしても、なぜこの6人なのか。現時点で分かる限りで、彼らの立ち位置を探ってみた。

■李強(リー・チアン、序列2位)
北京の人民大会堂で新常務委員がお披露目された際は、習近平に続いて壇上に上がった。来年3月に退任する李克強首相の後釜に座るのは確実だが、中国における首相の地位は微妙で、たいていは目立たない。ある意味ではアメリカの副大統領に似ているが、いざというときトップの座を継ぐ立場にはない。

かつて首相を務めた周恩来や温家宝(ウエン・チアパオ)は、冷酷な最高指導者に代わって国民に寄り添う政治家として存在感を示した(温は地震などの被災地に出向いて涙を流し、共感を得た)。しかし習は、李克強の存在感を徹底的に消した。後を継ぐ李強も同じ運命だろう。

李強が出世したきっかけは、05年に浙江省の党常務委員会に入り、習の下で働き始めたこと。その後は同省の省長、次いで江蘇省トップを務め、習の国外視察には必ず同行するようになった。

しかし中央政府での経験は皆無だ。首相候補としては異例なことで、どう見ても習近平に逆らえる立場ではない。

しかも、政治的な汚点がある。李強は17年から上海市党委員会書記を務めているが、今年になって新型コロナウイルスの感染拡大を許し、厳格なロックダウンを実施して地域の経済活動に深刻な影響を及ぼした。それまでの李強は民間企業に優しく、感染予防対策でも融通を利かせていたのだが、いざとなると中央政府の「ゼロコロナ」政策に従うしかなかった。

これで彼はメンツをつぶし、今まで以上に習近平の庇護にすがるしかなくなった。だから今後も、習の下働きに徹するしかあるまい。

■趙楽際(チャオ・ローチー、序列3位)
前期の常務委員会から留任した2人のうちの1人で、前期では最年少だった。ひとことで言えば、信頼できて安心できる人物を絵に描いたような男だ。

党人として、まずは地方レベルで実績を残してキャリアを積み上げ、この5年間は党内の思想統制や腐敗摘発に取り組む中央規律検査委員会を率いて習近平を支えてきた。誰かの摘発で主導的な役割を果たしたようには見えないが、是々非々で巧みに差配してきたということだ。

父親は陝西省の下級公務員で、大叔父はかつて同省の省長を務めていた。習の一族も陝西省との縁は深く、趙の大叔父は習の父と親しかったとされる。そうであれば趙の忠誠心も高いはずだ。

■王滬寧(ワン・フーニン、序列4位)
おそらく最も興味深い存在だ。趙と同様に前期からの留任組で、政治理論の専門家として、党のイデオロギーを明確化し実践に移す「中央政策研究室」を率いてきた。

一方で「中国のキッシンジャー」と呼ばれたこともあり、胡錦濤政権でも重用された。当時の彼は、弱体化した西側諸国に代わって中国が台頭するという中華民族主義の主張を掲げていた。

1991年の著書『美国反対美国(米国が米国に反対する)』ではアメリカの衰亡を予測したが、この10年ほどは一転して、中国はアメリカとの文化戦争に負けている、中国の若者が今以上にアメリカ化しないように取り締まることが必要だと力説してきた。

結果として国内の若者を外界から隔離することには(ある程度まで)成功したように見えるが、中国文化の輸出はうまくいっていない。

アメリカに追い付き、追い越せ。そういう王の主張にも、経済成長率8%の時代なら一定のリアリティーがあった。しかし今の成長率は2.5%に向けて下がり続けている。それでも習近平の意向に背くことはできないから、王は従来の主張を頑強に維持するしかない。

そうなると、国内向けの世論工作では露骨に反米的な世界観が強調されることになる。そして現場の外交官たちは、点数を稼ぐために攻撃的な「戦狼外交」を続けることにもなる。

■蔡奇(ツァイ・チー、序列5位)
習にとっては政界でいちばん付き合いが長い友人だ。1985年に福建省の党組織で出会って以来ずっと共に働いてきた仲。90年代に入ってからは習が上司の立場にあるが、親密な関係を保っている。習の部下として多くのポストを渡り歩き、党の中核たる習の役割を盛り上げることに邁進してきた追従者だといえる。

直近の職務は北京市党委書記で、習が自身の近くに置くための人事のように見えた。首都の運営に当たっては、北京市内の環境浄化を名目として貧困層の暮らしに大打撃を与えた。2017年冬には強制退去の対象となった数十万人が冷たい路上でホームレス生活を強いられ、当局が方針を撤回するという面倒な事態を招いたが、全ては党中央の方針に沿ったこと。最終的には冬季五輪を成功裏に開催して称賛された。

■丁薛祥(ティン・シュエシアン、序列6位)
いわば習の首席補佐官。2007年から敏腕の行政官として習のために働き、ずっと緊密な間柄を保ってきた。頭脳明晰、極めて有能だが、個人的なコネや地盤はないので、習にとっては安心できる同志だ。

まだ60歳で6人中の最若手。主として中央官庁で補佐官的な職務に徹してきた生粋の行政官でもある。だから生き残るすべにたけており、自ら大きな野心を抱きそうなタイプには見えない。ただし油断は禁物。こういうタイプこそ、予想に反して権力の頂点へ駆け上る可能性がある。

■李希(リー・シー、序列7位)
趙楽際の後継として中央規律検査委員会のトップに就いた。やはり昔から習と連携する仲で、一緒に写真に納まることも多い。かつて習の父親に近い関係者の下で働いたのが2人の縁の始まりとされる。

広東省をはじめ、経済的に重要な地方の党委書記を務め、実務的な手腕を発揮してきた。あくまでも習近平の意向を優先しながら、現場では停滞する経済の改革を進めるという難しい役目を、この男なら引き受けられる。いずれは首相職を継ぐ可能性もある。

◇ ◇ ◇

つまり、新しい常務委員の顔触れを見るに、誰一人として習近平の後継にふさわしい人物はいない。だが冷酷なる自然の摂理は政治家どもの都合など気にかけない。

習はまだ69歳だが、長年にわたる政治家生活(往々にして豪勢な飲食の機会を伴う)で体を痛めつけてきた。だから健康不安はある。12年に何週間も姿を見せなかったときは、痛風が悪化したのではという噂が飛び交ったものだ。

もしも習が急に死んだらどうなるか。明確なナンバー2がいない以上、後継争いは熾烈になる。そして真の後継者は、現在の党指導部以外のところから現れるのではないか。これは筆者の推測にすぎないが、習が去った場合、短期的には集団指導体制が復活し、いったんは独裁色が弱まる。ただし結局は、強力な地縁血縁に恵まれたプリンス(太子)が新たに出現するだろう。

ちなみに習は慎重な男だから、そうしたプリンス候補を権力の中枢から遠ざけてきた。現に彼らの多くは政治に首を突っ込まず、民間部門でキャリアを築いている。全ては習の計算どおり、なのかもしれない。
2022.12.06 20:34 | 固定リンク | 国際
中国「資本主義的な経済運営の終焉」
2022.12.06

習近平「独裁」で、中国経済「成長の時代」は終焉へ...経済より重視するものとは?

イデオロギー色の強い習近平の派閥が党の全権を掌握。高度成長を支えた資本主義的な経済運営の終わりは、日本にも大きく影響する

中国最大の政治イベントである5年に1度の中国共産党大会が閉幕し、異例とされる3期目の習近平(シー・チンピン)新体制がスタートした。政権が発足した2012年当初、指導部は習氏を中心とした派閥、胡錦濤前総書記を筆頭とする中国共産主義青年団(共青団)出身の派閥、そして江沢民元総書記を中心とした上海閥という3つの派閥で構成されていた。

だが、習氏はトップに就任するやいなや、江氏の影響力を排除し、その後は、習氏の派閥と、胡氏の後継者で首相を務める李克強(リー・コーチアン)氏の派閥との間で激しい権力闘争を展開してきた。

2期目となる5年前の党大会では、新たに選出された常務委員7人のうち、栗戦書(リー・チャンシュー)氏、王滬寧(ワン・フーニン)氏、趙楽際(チャオ・ローチー)氏という習氏に近い人物が3人加わり、もう1人の韓正(カン・チョン)氏が中立的な立場だったことから、李氏の派閥は汪洋(ワン・ヤン)氏だけになってしまった。

今回の党大会では、胡錦濤氏が長年、後継者として育成してきた胡春華(フー・チュンホア)副首相の常務委員入りが注目されていたものの、結局、胡氏の名前はなく、メンバーの全てが習氏に近い人物で固められた。

首相(国務院総理)就任が確実視される李強(リー・チアン)氏は、習氏の浙江省時代の部下であり、腹心の一人とされる。序列3位で留任となった趙楽際氏も、習氏が進めてきた反腐敗闘争を仕切ってきた人物であり、習氏に極めて近い。残り4人の常務委員も習氏の側近や近い人物で占められており、習氏による独裁体制が強化された形だ。

文革への逆行ほどでなくとも強い懸念が
習氏はこれまでの政権運営を通じ、江氏を後ろ盾とする国有企業を中心した経済利権を持つグループと、胡氏をリーダーとする党の実務官僚グループを排除してきたことになる。今回の党大会の結果としてイデオロギー色の強い習氏の派閥がほぼ全ての権力を掌握することとなり、一部の論者は、毛沢東時代への逆行を危惧している。

当時とは時代背景が異なるため、一説では2000万人の死者を出したとされる文化大革命のような事態になるとは考えにくい。だが、習氏が共同富裕という政治色の強いスローガンを打ち出していることを考えれば、統制的な経済運営が行われる可能性はそれなりに高いだろう。

毛沢東時代の中国は厳格な社会主義体制だったが、毛氏の死後、実権を握った鄧小平氏が改革開放路線を打ち出し、資本主義的な経済運営に舵を切った。鄧氏は「先に豊かになれる者から豊かになる」という先富論を提唱し、その結果、中国は目覚ましい成長を実現した。中国人の生活水準は一気に上昇したものの、今度は資本主義が行きすぎ、超富裕層と庶民の格差が拡大するという大きな問題を抱えている。

習氏の共同富裕論は、税や社会保障を通じて富を再配分するという趣旨であり、新政権は富裕層や企業に対する課税を強化する可能性が高い。こうした政策は、中国の経済成長を鈍化させる可能性があるものの、米中対立の結果、既に中国経済は大幅な失速を余儀なくされている。党内のほぼ全権力を掌握した習氏にとって、経済成長よりも、国内の統制を強めたほうが得策と判断した可能性は高い。

こうした方針は、中国との貿易に依存する日本にとっては大きな逆風となる。度重なる利上げによって米経済も失速が見込まれており、来年以降の日本経済は厳しい局面を迎えるかもしれない。
2022.12.06 20:25 | 固定リンク | 国際

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