板門店で米兵拘束
2023.07.19
朝鮮半島の共同警備区域(JSA)にある板門店で警備にあたる韓国軍の兵士ら
米兵、北朝鮮に越境し拘束される 共同警備区域のツアー中
アメリカ軍の兵士が、厳重な警備が敷かれている韓国と北朝鮮の軍事境界線を韓国側から許可なく越え、北朝鮮当局に拘束されたと18日、報じられた。
この人物は、国連が管理している共同警備区域(JSA)の見学ツアーに参加していたとされる。
北朝鮮は世界で最も孤立した国家の一つで、昨今は西側などとの緊張が一段と高まっている。米国民は北朝鮮に渡航しないよう勧告されている。
兵士の拘束から何時間かたった19日未明、北朝鮮は弾道ミサイルとみられる2発を発射した。日本の排他的経済水域(EEZ)の外側の日本海に落下したとみられる。
北朝鮮のミサイル発射は韓国軍が確認した。朝鮮半島では緊迫度が高まっているが、今回の発射と兵士の拘束の関連を示すものはない。
今回の兵士が北朝鮮に亡命したのか、帰還を望んでいるのかは不明。北朝鮮はこの件で、まだ声明を出していない。
米国防総省は、兵士をトラヴィス・キング2等兵(23)と特定した。2021年1月から陸軍に所属している、偵察のスペシャリストだという。もともとは第1機甲師団に配属され、ローテーションで在韓米軍の任務についているという。
AFP通信は韓国当局筋の話として、キング氏は暴行の疑いで訴追され韓国の刑務所に約2カ月収容された後、7月10日に釈放されたと報じた。また、韓国警察の話として、キング氏は昨年9月に暴行容疑で捜査されたが、その時は拘束されなかったと伝えた。容疑の詳細は明らかになっていない。
報道によれば、キング氏はその後、韓国で約1週間、軍の監視下に置かれたという。
一方、BBCが提携する米CBSニュースは米当局筋の話として、キング氏は軍から引き離されてアメリカに帰国するため、ソウル近郊の仁川空港に護送されていたと伝えた。
しかし、キング氏は護衛と別れた後、飛行機には乗らなかった。ターミナルを出て、北朝鮮と韓国の間の非武装地帯(DMZ)見学ツアーに参加したと伝えられている。
米軍は同氏について、「故意に許可なく」行動したとしている。
ツアーに一緒に参加していた人がCBSに語ったところでは、参加者らが境界線にある建物を訪れた際、「この男性が『ハハハ』と大声を上げ、建物の間を走って行った」という。現地メディアは、建物は板門店だと報じている。
「最初は悪い冗談だと思ったが、彼が戻ってこなかったので、冗談ではないと気づいた。みんな騒ぎ出して、混乱状態になった」
かつて米兵向けのJSAツアー会社で働いていたヤッコ・ズヴェッツルート氏は、BBCのジーン・マケンジー・ソウル特派員の取材に対し、このようなツアーに参加するには通常3日かかると説明。この地域を管轄する国連軍司令部にパスポート番号と軍のIDを提出する必要があると話した。
マケンジー特派員は、もし報道されているように、キング氏が17日に帰国便に乗らずにソウルの空港を出て、18日に北朝鮮国境のツアーに参加できたのだとしたら、事前に計画されていた可能性があると伝えた。
DMZとJSAを管理している国連軍司令部は、キング氏の解放交渉のため、北朝鮮軍と接触したと発表。「彼は現在、北朝鮮に拘束されているとみられる。この件の解決のため、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)側と協力している」と同司令部は述べた。
キング氏が拘束されている場所や状況は分かっていない。
米首都ワシントンに拠点を置く民間団体「北朝鮮人権委員会」のグレッグ・スカラトゥー事務総長はBBCに、北朝鮮当局は「彼から(軍役についての)情報を引き出そうとする」とともに、「プロパガンダの道具になるよう強要しようとする」可能性が高いと話した。
DMZは韓国と北朝鮮を隔てており、世界で最も厳重に警備されている地域の一つ。地雷が至る所に埋められ、高圧電線や有刺鉄線のフェンス、監視カメラで囲まれている。軽武装の警備隊員が24時間態勢で警戒している。
DMZは1950年代の朝鮮戦争以来、両国を隔ててきた。戦争は休戦協定をもって停止しており、双方は実質、まだ戦争状態にある。
北朝鮮からは毎年、貧困や飢餓を逃れようと何十人もが脱出を試みる。だが、DMZを越える脱北は、極めて危険でまれだ。北朝鮮は2020年、新型コロナウイルスの世界的流行の開始とともに国境を封鎖し、まだ再開していない。
JSAで兵士が脱走した直近の例は2017年だった。当時の韓国の発表によると、北朝鮮の兵士が車両を運転して移動したあと、走って軍事境界線を越えた。兵士は40回以上銃撃されたが、一命を取り留めた。
韓国政府の統計によると、新型ウイルスの流行以前は毎年1000人以上が北朝鮮から中国に逃れていた。
■バイデン政権にとって頭痛の種
キング氏の拘束は、ジョー・バイデン米大統領にとって、外交における大きな頭痛の種となる。北朝鮮に拘束されているアメリカ人は現在、キング氏だけとみられる。韓国人は6人が拘束されている。
アメリカと北朝鮮の関係は、2017年に急速に悪化した。その前年に北朝鮮で政治宣伝のポスターを盗んだとして逮捕された米男子学生が、昏睡(こんすい)状態でアメリカに戻され、その後に死亡したのがきっかけだった。学生の家族は、北朝鮮当局に死亡の責任があると非難している。
ドナルド・トランプ前大統領の任期中の2018年には、米国民3人が解放された。北朝鮮トップの金正恩(キム・ジョンウン)総書記とトランプ氏は何度か会談したが、両国の関係改善にはほとんどつながらなかった。
以来、北朝鮮は核弾頭の搭載が可能な強力なミサイルを何十発も試験発射している。それに対し、アメリカと同盟国は北朝鮮に制裁を重ねている。
キング氏の拘束は、核弾頭をつけたミサイルを搭載できる米原子力潜水艦が1981年以来初めて、韓国の港に停泊したのと同じ日に怒った。
この潜水艦は、北朝鮮の核の脅威に対応するために韓国入りした。これに先立ち、北朝鮮当局は報復を警告。アメリカに対し、朝鮮半島に核兵器を送れば核危機を引き起こすと訴えた。
米兵、北朝鮮に越境し拘束される 共同警備区域のツアー中
アメリカ軍の兵士が、厳重な警備が敷かれている韓国と北朝鮮の軍事境界線を韓国側から許可なく越え、北朝鮮当局に拘束されたと18日、報じられた。
この人物は、国連が管理している共同警備区域(JSA)の見学ツアーに参加していたとされる。
北朝鮮は世界で最も孤立した国家の一つで、昨今は西側などとの緊張が一段と高まっている。米国民は北朝鮮に渡航しないよう勧告されている。
兵士の拘束から何時間かたった19日未明、北朝鮮は弾道ミサイルとみられる2発を発射した。日本の排他的経済水域(EEZ)の外側の日本海に落下したとみられる。
北朝鮮のミサイル発射は韓国軍が確認した。朝鮮半島では緊迫度が高まっているが、今回の発射と兵士の拘束の関連を示すものはない。
今回の兵士が北朝鮮に亡命したのか、帰還を望んでいるのかは不明。北朝鮮はこの件で、まだ声明を出していない。
米国防総省は、兵士をトラヴィス・キング2等兵(23)と特定した。2021年1月から陸軍に所属している、偵察のスペシャリストだという。もともとは第1機甲師団に配属され、ローテーションで在韓米軍の任務についているという。
AFP通信は韓国当局筋の話として、キング氏は暴行の疑いで訴追され韓国の刑務所に約2カ月収容された後、7月10日に釈放されたと報じた。また、韓国警察の話として、キング氏は昨年9月に暴行容疑で捜査されたが、その時は拘束されなかったと伝えた。容疑の詳細は明らかになっていない。
報道によれば、キング氏はその後、韓国で約1週間、軍の監視下に置かれたという。
一方、BBCが提携する米CBSニュースは米当局筋の話として、キング氏は軍から引き離されてアメリカに帰国するため、ソウル近郊の仁川空港に護送されていたと伝えた。
しかし、キング氏は護衛と別れた後、飛行機には乗らなかった。ターミナルを出て、北朝鮮と韓国の間の非武装地帯(DMZ)見学ツアーに参加したと伝えられている。
米軍は同氏について、「故意に許可なく」行動したとしている。
ツアーに一緒に参加していた人がCBSに語ったところでは、参加者らが境界線にある建物を訪れた際、「この男性が『ハハハ』と大声を上げ、建物の間を走って行った」という。現地メディアは、建物は板門店だと報じている。
「最初は悪い冗談だと思ったが、彼が戻ってこなかったので、冗談ではないと気づいた。みんな騒ぎ出して、混乱状態になった」
かつて米兵向けのJSAツアー会社で働いていたヤッコ・ズヴェッツルート氏は、BBCのジーン・マケンジー・ソウル特派員の取材に対し、このようなツアーに参加するには通常3日かかると説明。この地域を管轄する国連軍司令部にパスポート番号と軍のIDを提出する必要があると話した。
マケンジー特派員は、もし報道されているように、キング氏が17日に帰国便に乗らずにソウルの空港を出て、18日に北朝鮮国境のツアーに参加できたのだとしたら、事前に計画されていた可能性があると伝えた。
DMZとJSAを管理している国連軍司令部は、キング氏の解放交渉のため、北朝鮮軍と接触したと発表。「彼は現在、北朝鮮に拘束されているとみられる。この件の解決のため、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)側と協力している」と同司令部は述べた。
キング氏が拘束されている場所や状況は分かっていない。
米首都ワシントンに拠点を置く民間団体「北朝鮮人権委員会」のグレッグ・スカラトゥー事務総長はBBCに、北朝鮮当局は「彼から(軍役についての)情報を引き出そうとする」とともに、「プロパガンダの道具になるよう強要しようとする」可能性が高いと話した。
DMZは韓国と北朝鮮を隔てており、世界で最も厳重に警備されている地域の一つ。地雷が至る所に埋められ、高圧電線や有刺鉄線のフェンス、監視カメラで囲まれている。軽武装の警備隊員が24時間態勢で警戒している。
DMZは1950年代の朝鮮戦争以来、両国を隔ててきた。戦争は休戦協定をもって停止しており、双方は実質、まだ戦争状態にある。
北朝鮮からは毎年、貧困や飢餓を逃れようと何十人もが脱出を試みる。だが、DMZを越える脱北は、極めて危険でまれだ。北朝鮮は2020年、新型コロナウイルスの世界的流行の開始とともに国境を封鎖し、まだ再開していない。
JSAで兵士が脱走した直近の例は2017年だった。当時の韓国の発表によると、北朝鮮の兵士が車両を運転して移動したあと、走って軍事境界線を越えた。兵士は40回以上銃撃されたが、一命を取り留めた。
韓国政府の統計によると、新型ウイルスの流行以前は毎年1000人以上が北朝鮮から中国に逃れていた。
■バイデン政権にとって頭痛の種
キング氏の拘束は、ジョー・バイデン米大統領にとって、外交における大きな頭痛の種となる。北朝鮮に拘束されているアメリカ人は現在、キング氏だけとみられる。韓国人は6人が拘束されている。
アメリカと北朝鮮の関係は、2017年に急速に悪化した。その前年に北朝鮮で政治宣伝のポスターを盗んだとして逮捕された米男子学生が、昏睡(こんすい)状態でアメリカに戻され、その後に死亡したのがきっかけだった。学生の家族は、北朝鮮当局に死亡の責任があると非難している。
ドナルド・トランプ前大統領の任期中の2018年には、米国民3人が解放された。北朝鮮トップの金正恩(キム・ジョンウン)総書記とトランプ氏は何度か会談したが、両国の関係改善にはほとんどつながらなかった。
以来、北朝鮮は核弾頭の搭載が可能な強力なミサイルを何十発も試験発射している。それに対し、アメリカと同盟国は北朝鮮に制裁を重ねている。
キング氏の拘束は、核弾頭をつけたミサイルを搭載できる米原子力潜水艦が1981年以来初めて、韓国の港に停泊したのと同じ日に怒った。
この潜水艦は、北朝鮮の核の脅威に対応するために韓国入りした。これに先立ち、北朝鮮当局は報復を警告。アメリカに対し、朝鮮半島に核兵器を送れば核危機を引き起こすと訴えた。
OFAC規制・金融決済「対象国決済禁止」
2023.07.18
【速報】米国OFAC規制の内容「制裁」 日本企業も例外ではない 子会社、孫、執行役員、取引先も要注意調査対象に
OFAC規制の代表的なものとしては、原法が1977年に制定された国際緊急事態経済権限法(International Emergency Economic Power Act)等を根拠として、大統領がテロ行為等の「特別かつ異常な脅威」があると判断する場合に、その権限で取引の禁止、資産凍結等を命じるものが挙げられる。直近では、2023年2月、ロシアによるウクライナ軍事進攻に対する経済的支援ルートの断絶等を目的として、バイデン大統領がロシアの金融機関等を制裁リストに加えた例などがある
米国は、その他にも、法令や大統領令を組み合わせて、随時、さまざまな理由から制裁対象を追加しており、たとえば、2021年3月、新疆ウイグル自治区における少数民族に対する人権侵害に関連して、グローバル・マグニツキー人権説明責任法(Global Magnitsky Human Rights Accountability Act)に基づき、現職の中国政府関係者を深刻な人権侵害と汚職の「加害者」であるとして制裁対象者に指定したというものがある
規制の中には、米国企業が「所有または支配」する外国子会社も遵守しなければならないとされていることがある。このような規制にあっては、日本企業のグループ会社である米国法人が取引の当事者となる場合のみならず、その米国企業が「所有または支配」する外国子会社(典型的には、当該米国企業が過半数以上を出資している日本企業の孫会社がこれに該当する)が関与する場合も、一次制裁の対象となる。
OFAC規制といえば、海外企業との取引の場面で日本の金融機関から送金をする際に、当該取引の“当事者”や“関係地”に制裁国の関係者が含まれていないことの確認を求められることでも馴染みがあるルールであるが、日本企業の米国子会社はもちろん、日本企業自体にも直接適用(域外適用)がありうるものであり、特に、下記⒉(2)で述べる一次制裁に関しては、違反した場合に民事または刑事の多額の賠償・罰金の対象となるため、企業としては、規制の内容を正確に把握したうえ、コンプライアンス体制を構築しておく必要がある。
■OFAC規制の概要
制裁リスト
OFAC規制は、特定の国を相手とするほぼすべての取引行為を禁じる規制のほか、特定のテロリスト等として米国政府が指定する事業体、自然人等との取引等を禁じる規制があり、規制対象となる行為や遵守要件は、対象国や、それぞれの経済制裁の根拠法令によって内容が異なる。
個別に指定された事業体等は、「SDNリスト(Specially Designated Nationals and Blocked Persons List)」と呼ばれる一覧表を中心に、その他にも、「部門別制裁者リスト(Sectorial Sanctions Identifications List)」等のリストに掲載される。
OFACは、これらのリスト掲載者を一括して検索できるデータベースを公表している注3。
また、米国商務省国際貿易局(International Trade Administration)は、事業体等に加えて、特定の国家・政府機関等も検索可能なデータベースであるConsolidated Screening List(CSL)を公表している。
■一次制裁と二次制裁の区分
OFAC規制は、一般に、“一次制裁”と“二次制裁”とに区分されることが多い。
その文脈はさまざまであるものの、“一次制裁”とは、通常、「米国の管轄権が及ぶ(Nexus to US jurisdiction)」取引に対する規制をいい、その範囲は以下のとおり解される。
「米国の管轄権が及ぶ(Nexus to US. Jurisdiction)」取引:米国人(=US. Person)※や、米国産品が関与し、または、米国内で行われる取引
※ 米国人(=US. Person):米国市民、永住権を有する外国人、米国法または米国内の司法権(外国支店を含む)
そして、ここでの“米国人”の関与は、非常に広く捉えられており、“非米国人”が“米国人”に関与させる場合も含む。たとえば、日本企業が制裁対象国の所在企業と取引をする際に、米ドル建てで決裁を行う場合、米ドル建て決済は、米国金融機関が介在するのが通常であることから、米国人が関与するものとして規制対象となる。
他方、“二次制裁”は、典型的には、「米国の管轄権」が及ばない、非米国人と制裁対象者(上記リスト掲載者)との取引を規制するものをいう。
■一次制裁と二次制裁の区分がもたらす意味
一次制裁と二次制裁の区分は上記のとおりであるが、企業にとっては、この区分がもたらす意味を正しく理解することが重要である。
すなわち、ある国に関連する制裁が一次制裁に限られるのであれば、日本企業にとっては、対象取引について、米国法人であるグループ会社が当事者となっていたり、米国ドル建ての決済としている場合等、「米国の管轄権が及ぶ」場合を除いて、原則として無関係ということになる。
他方で、ある国に関連する制裁が二次制裁を含む場合、つまり、「米国の管轄権」が及ばなくともリスト掲載者との取引を一切禁止するような内容であれば、日本企業は、この場合も、都度、取引相手等の上記リスト該当性を確認することが必要となる。
なお、一次制裁に違反すれば民事罰・刑事罰の対象となるが、二次制裁の違反は民事罰・刑事罰の対象にはならず、制裁リストへの追加、米国企業との取引禁止等のいわば間接的な制裁を受けることになる。
■OFAC規制が適用される可能性の把握
企業がOFAC規制のコンプライアンスを検討するにあたっては、まず、制裁に関連する国がどこなのかを把握することが出発点となる。
OFACは、“制裁対象国”のリストというものは公表していない注5。そのような中で、自社で行っている取引がOFAC規制の対象になりうるか否かや制裁関連国を洗い出すには、OFACがアクティブな制裁リストを一覧化しているウェブページ「Sanctions Programs and Country Information」が参考となる注6。企業としては、少なくとも当該ページから特定できる国やそこに属する者と取引を行う場合は、OFAC規制の対象となる可能性があることを理解する必要がある。
■制裁調査(OFACはFAQを公表)
各データベースに取引相手等の情報を入力し、検出されなかったからといって、常に「問題なし」と結論づけられるわけではない。なぜなら、程度に差はあるものの、一部の国は包括制裁の対象とされており、OFACが特定の事業体や個人をリストに掲載していなくとも、取引自体が包括的に規制されている場合がありうるからである。
このような国については、取引相手等の上記リストの該当性を確認するだけでは不十分であり、「制裁の内容に照らして、当該取引が規制対象となっていないか」という分析が必要となる。
かかる分析にあたって、OFACはFAQを公表しており(ただし、FAQの数は非常に膨大であり、本稿執筆時点で1,120番まである。国によっては、当該国に関するFAQが一つのページにまとめて掲載されている場合もある注8)、このほか、対象国ごとに規制の概要がまとめられたガイドラインが定められている場合もあり注9、まずはこれらを参照することになる。これに次いで、法令は非常に多岐にわたり内容も複雑であるため、必要な範囲で米国現地専門家等の助言を得たうえで、調査を進めるということになる。
なお、こうした制裁は、国際情勢や米国の政策に伴って、あるいは大統領が代わる都度、頻繁に追加・変更されるため、一度調査しただけでは不十分である。このため、企業担当者としては、定期的に情報をアップデートする必要があることにも留意しなければならない。
■企業の悩みとは
上述のとおり、国ごとのOFAC規制の適用可能性、法令調査(一次制裁のみか、二次制裁を含むか等)、当該取引に「米国の管轄権」が及ぶか否かを確認し、その結果、OFAC規制の適用がありうることはわかったものの、取引が一律に禁止されるわけではないことが把握できれば、次のステップとして、取引相手等の情報を上記データベースに入力し、各リストの該当性の調査を進めていくこととなる。
ここで企業の頭を悩ませるのが、“50%ルール”の存在である。“50%ルール”とは、1人または複数のリスト掲載者が直接または間接に合計で50%以上所有する事業体は、それ自体が制裁対象とみなされるというルールである注10。たとえば、取引先に50%を保有する株主がいる場合、当該株主のリスト該当性を調査する必要があるほか、当該株主が法人株主である場合は、当該株主の株主まで調査しなければならないということになる。
また、OFAC規制は、制裁対象者との間接的な取引に対する規制を含んでおり、たとえば、取引の直接の相手方は制裁対象者に載っていなかったとしても、当該取引先を通じて製品を入手したエンドユーザーがリスト掲載者に該当するのであれば、規制の適用を受ける場合がある。
こうした制裁対象者の調査の手段については、
・ ホームページ等で公開された情報の調査
・ 調査会社による企業情報の入手
・ 取引先にヒアリングを行い、株主・役員・エンドユーザー等に関する情報の提供を要請
・ 当該国の現地の専門家による調査
・ 現地の言語での情報収集
などが考えられる。
いずれの取引についても網羅的な調査を行うことが本来的な対応ではあるが、いかなる場合もこれらをすべて実施することは現実的ではない。まずは社内で取引ごとにリスクアセスメントを行い、リスクに比例した対応(いわゆる「リスクベースアプローチ」)を検討せざるをえないであろう。
かかるリスクアセスメントにあたっては、専門家の助言を得ながら規制内容の厳格性・広範性を理解し、取引の内容・性質(対象製品)や商流を分析するとともに、OFACが公表している過去の執行事例等も適宜参考にすることが求められる。また、輸出管理規則(EAR;The Export Administration Regulations)に関して米国商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security)が公表している制裁違反の“Red flag”は、OFAC規制におけるリスクアセスメントにおいても参考となる。これら”Red Flag”に該当する事象が見られる場合は、網羅的な調査を行う必然性は高くなり、調査の結果、取引の中止・見直しの検討まで必要となる場合もある。
例えば※
・ 顧客またはその住所が、米国商務省の拒否者リストに記載されている関係者の一つと類似している。
・ 顧客または購買担当者が、その商品の最終用途に関する情報を提供することに消極的である。
・ 小さなパン屋のために高性能のコンピュータを注文するなど、製品の能力が買手の業務内容に合っていない。
・ たとえば、電子産業のない国に半導体製造装置を出荷する場合など、出荷先の国の技術水準に適合しない。
・ 通常融資が必要となるような高額商品を、顧客が現金で支払うことを希望している。
・ 顧客は、ビジネスの経験がほとんどないか、まったくない。
・ 顧客は、製品の性能についてよく知らないが、その製品を欲しがっている。
・ 顧客から、定期的なインストール、トレーニング、またはメンテナンスサービスを拒否された。
・ 納期が曖昧であったり、遠方への配送が計画されている。
・ 製品の最終目的地として、貨物輸送会社が記載されている。
・ 輸送ルートが、商品と目的地に鑑みて異常である。
・ 梱包が、述べられた発送方法または発送先と一致していない。
・ 国内、輸出、再輸出等いずれの目的で使用するのかを質問されたとき、顧客が言い逃れをしている。
また、これらの情報収集に加えて、取引相手に対して、リスト掲載者の関与がない(株主にもエンドユーザーにも存在しない)旨の誓約書を提出させたり、契約書においてその旨の表明保証させることによって、補完的なリスクヘッジを行うことが望ましい。
さらに、こうしたリスクアセスメントを定期的に実施するための社内体制の構築も必要となる。この点、OFACは、規制違反のリスクを最小化し、違反が生じた場合の潜在的な罰金の軽減を受けるためのガイドラインとして、「OFACコンプライアンスコミットメントのためのフレームワーク」(A Framework for OFAC Compliance Commitments)を策定し、以下の五つの措置を講じることを推奨しており、これらに則した対応が望ましいといえる。
対応推薦例※
① 経営陣のコミットメント(担当取締役の任命、当該取締役によるコンプライアンスプログラムの承認等)
② リスクアセスメント(対象物品、顧客、地域ごとの制裁リスクの評価等)
③ 内部統制(リスクアセスメントの結果を反映したポリシーの策定等)
④ 監査(プログラム実施の検証等)
⑤ 定期的な従業員の教育(知識、規制遵守責任の説明等)
米国では、本稿の対象であるOFAC規制のほか、一定の品目の米国からの輸出を規制する輸出管理規則(EAR;Export Administration Regulations)の適用範囲も急拡張されており、本稿では詳細は取り扱っていないが、特に米国産品を取り扱う企業は、OFAC規制とあわせて、それと同等のコンプライアンス対応を強いられることとなる。
見方によっては、「米国がまったく関与しない取引についても制裁を課す」という法令のあり方については、国際社会では「過剰である」との批判も大きいところであるが、米国と関係のある日本企業にとっては避けて通ることはできないため、いま一度、規制の内容やポイントを正しく理解し、過度に取引に消極的になることなく、コンプライアンス体制を整えていく必要がある。
OFAC規制の代表的なものとしては、原法が1977年に制定された国際緊急事態経済権限法(International Emergency Economic Power Act)等を根拠として、大統領がテロ行為等の「特別かつ異常な脅威」があると判断する場合に、その権限で取引の禁止、資産凍結等を命じるものが挙げられる。直近では、2023年2月、ロシアによるウクライナ軍事進攻に対する経済的支援ルートの断絶等を目的として、バイデン大統領がロシアの金融機関等を制裁リストに加えた例などがある
米国は、その他にも、法令や大統領令を組み合わせて、随時、さまざまな理由から制裁対象を追加しており、たとえば、2021年3月、新疆ウイグル自治区における少数民族に対する人権侵害に関連して、グローバル・マグニツキー人権説明責任法(Global Magnitsky Human Rights Accountability Act)に基づき、現職の中国政府関係者を深刻な人権侵害と汚職の「加害者」であるとして制裁対象者に指定したというものがある
規制の中には、米国企業が「所有または支配」する外国子会社も遵守しなければならないとされていることがある。このような規制にあっては、日本企業のグループ会社である米国法人が取引の当事者となる場合のみならず、その米国企業が「所有または支配」する外国子会社(典型的には、当該米国企業が過半数以上を出資している日本企業の孫会社がこれに該当する)が関与する場合も、一次制裁の対象となる。
OFAC規制といえば、海外企業との取引の場面で日本の金融機関から送金をする際に、当該取引の“当事者”や“関係地”に制裁国の関係者が含まれていないことの確認を求められることでも馴染みがあるルールであるが、日本企業の米国子会社はもちろん、日本企業自体にも直接適用(域外適用)がありうるものであり、特に、下記⒉(2)で述べる一次制裁に関しては、違反した場合に民事または刑事の多額の賠償・罰金の対象となるため、企業としては、規制の内容を正確に把握したうえ、コンプライアンス体制を構築しておく必要がある。
■OFAC規制の概要
制裁リスト
OFAC規制は、特定の国を相手とするほぼすべての取引行為を禁じる規制のほか、特定のテロリスト等として米国政府が指定する事業体、自然人等との取引等を禁じる規制があり、規制対象となる行為や遵守要件は、対象国や、それぞれの経済制裁の根拠法令によって内容が異なる。
個別に指定された事業体等は、「SDNリスト(Specially Designated Nationals and Blocked Persons List)」と呼ばれる一覧表を中心に、その他にも、「部門別制裁者リスト(Sectorial Sanctions Identifications List)」等のリストに掲載される。
OFACは、これらのリスト掲載者を一括して検索できるデータベースを公表している注3。
また、米国商務省国際貿易局(International Trade Administration)は、事業体等に加えて、特定の国家・政府機関等も検索可能なデータベースであるConsolidated Screening List(CSL)を公表している。
■一次制裁と二次制裁の区分
OFAC規制は、一般に、“一次制裁”と“二次制裁”とに区分されることが多い。
その文脈はさまざまであるものの、“一次制裁”とは、通常、「米国の管轄権が及ぶ(Nexus to US jurisdiction)」取引に対する規制をいい、その範囲は以下のとおり解される。
「米国の管轄権が及ぶ(Nexus to US. Jurisdiction)」取引:米国人(=US. Person)※や、米国産品が関与し、または、米国内で行われる取引
※ 米国人(=US. Person):米国市民、永住権を有する外国人、米国法または米国内の司法権(外国支店を含む)
そして、ここでの“米国人”の関与は、非常に広く捉えられており、“非米国人”が“米国人”に関与させる場合も含む。たとえば、日本企業が制裁対象国の所在企業と取引をする際に、米ドル建てで決裁を行う場合、米ドル建て決済は、米国金融機関が介在するのが通常であることから、米国人が関与するものとして規制対象となる。
他方、“二次制裁”は、典型的には、「米国の管轄権」が及ばない、非米国人と制裁対象者(上記リスト掲載者)との取引を規制するものをいう。
■一次制裁と二次制裁の区分がもたらす意味
一次制裁と二次制裁の区分は上記のとおりであるが、企業にとっては、この区分がもたらす意味を正しく理解することが重要である。
すなわち、ある国に関連する制裁が一次制裁に限られるのであれば、日本企業にとっては、対象取引について、米国法人であるグループ会社が当事者となっていたり、米国ドル建ての決済としている場合等、「米国の管轄権が及ぶ」場合を除いて、原則として無関係ということになる。
他方で、ある国に関連する制裁が二次制裁を含む場合、つまり、「米国の管轄権」が及ばなくともリスト掲載者との取引を一切禁止するような内容であれば、日本企業は、この場合も、都度、取引相手等の上記リスト該当性を確認することが必要となる。
なお、一次制裁に違反すれば民事罰・刑事罰の対象となるが、二次制裁の違反は民事罰・刑事罰の対象にはならず、制裁リストへの追加、米国企業との取引禁止等のいわば間接的な制裁を受けることになる。
■OFAC規制が適用される可能性の把握
企業がOFAC規制のコンプライアンスを検討するにあたっては、まず、制裁に関連する国がどこなのかを把握することが出発点となる。
OFACは、“制裁対象国”のリストというものは公表していない注5。そのような中で、自社で行っている取引がOFAC規制の対象になりうるか否かや制裁関連国を洗い出すには、OFACがアクティブな制裁リストを一覧化しているウェブページ「Sanctions Programs and Country Information」が参考となる注6。企業としては、少なくとも当該ページから特定できる国やそこに属する者と取引を行う場合は、OFAC規制の対象となる可能性があることを理解する必要がある。
■制裁調査(OFACはFAQを公表)
各データベースに取引相手等の情報を入力し、検出されなかったからといって、常に「問題なし」と結論づけられるわけではない。なぜなら、程度に差はあるものの、一部の国は包括制裁の対象とされており、OFACが特定の事業体や個人をリストに掲載していなくとも、取引自体が包括的に規制されている場合がありうるからである。
このような国については、取引相手等の上記リストの該当性を確認するだけでは不十分であり、「制裁の内容に照らして、当該取引が規制対象となっていないか」という分析が必要となる。
かかる分析にあたって、OFACはFAQを公表しており(ただし、FAQの数は非常に膨大であり、本稿執筆時点で1,120番まである。国によっては、当該国に関するFAQが一つのページにまとめて掲載されている場合もある注8)、このほか、対象国ごとに規制の概要がまとめられたガイドラインが定められている場合もあり注9、まずはこれらを参照することになる。これに次いで、法令は非常に多岐にわたり内容も複雑であるため、必要な範囲で米国現地専門家等の助言を得たうえで、調査を進めるということになる。
なお、こうした制裁は、国際情勢や米国の政策に伴って、あるいは大統領が代わる都度、頻繁に追加・変更されるため、一度調査しただけでは不十分である。このため、企業担当者としては、定期的に情報をアップデートする必要があることにも留意しなければならない。
■企業の悩みとは
上述のとおり、国ごとのOFAC規制の適用可能性、法令調査(一次制裁のみか、二次制裁を含むか等)、当該取引に「米国の管轄権」が及ぶか否かを確認し、その結果、OFAC規制の適用がありうることはわかったものの、取引が一律に禁止されるわけではないことが把握できれば、次のステップとして、取引相手等の情報を上記データベースに入力し、各リストの該当性の調査を進めていくこととなる。
ここで企業の頭を悩ませるのが、“50%ルール”の存在である。“50%ルール”とは、1人または複数のリスト掲載者が直接または間接に合計で50%以上所有する事業体は、それ自体が制裁対象とみなされるというルールである注10。たとえば、取引先に50%を保有する株主がいる場合、当該株主のリスト該当性を調査する必要があるほか、当該株主が法人株主である場合は、当該株主の株主まで調査しなければならないということになる。
また、OFAC規制は、制裁対象者との間接的な取引に対する規制を含んでおり、たとえば、取引の直接の相手方は制裁対象者に載っていなかったとしても、当該取引先を通じて製品を入手したエンドユーザーがリスト掲載者に該当するのであれば、規制の適用を受ける場合がある。
こうした制裁対象者の調査の手段については、
・ ホームページ等で公開された情報の調査
・ 調査会社による企業情報の入手
・ 取引先にヒアリングを行い、株主・役員・エンドユーザー等に関する情報の提供を要請
・ 当該国の現地の専門家による調査
・ 現地の言語での情報収集
などが考えられる。
いずれの取引についても網羅的な調査を行うことが本来的な対応ではあるが、いかなる場合もこれらをすべて実施することは現実的ではない。まずは社内で取引ごとにリスクアセスメントを行い、リスクに比例した対応(いわゆる「リスクベースアプローチ」)を検討せざるをえないであろう。
かかるリスクアセスメントにあたっては、専門家の助言を得ながら規制内容の厳格性・広範性を理解し、取引の内容・性質(対象製品)や商流を分析するとともに、OFACが公表している過去の執行事例等も適宜参考にすることが求められる。また、輸出管理規則(EAR;The Export Administration Regulations)に関して米国商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security)が公表している制裁違反の“Red flag”は、OFAC規制におけるリスクアセスメントにおいても参考となる。これら”Red Flag”に該当する事象が見られる場合は、網羅的な調査を行う必然性は高くなり、調査の結果、取引の中止・見直しの検討まで必要となる場合もある。
例えば※
・ 顧客またはその住所が、米国商務省の拒否者リストに記載されている関係者の一つと類似している。
・ 顧客または購買担当者が、その商品の最終用途に関する情報を提供することに消極的である。
・ 小さなパン屋のために高性能のコンピュータを注文するなど、製品の能力が買手の業務内容に合っていない。
・ たとえば、電子産業のない国に半導体製造装置を出荷する場合など、出荷先の国の技術水準に適合しない。
・ 通常融資が必要となるような高額商品を、顧客が現金で支払うことを希望している。
・ 顧客は、ビジネスの経験がほとんどないか、まったくない。
・ 顧客は、製品の性能についてよく知らないが、その製品を欲しがっている。
・ 顧客から、定期的なインストール、トレーニング、またはメンテナンスサービスを拒否された。
・ 納期が曖昧であったり、遠方への配送が計画されている。
・ 製品の最終目的地として、貨物輸送会社が記載されている。
・ 輸送ルートが、商品と目的地に鑑みて異常である。
・ 梱包が、述べられた発送方法または発送先と一致していない。
・ 国内、輸出、再輸出等いずれの目的で使用するのかを質問されたとき、顧客が言い逃れをしている。
また、これらの情報収集に加えて、取引相手に対して、リスト掲載者の関与がない(株主にもエンドユーザーにも存在しない)旨の誓約書を提出させたり、契約書においてその旨の表明保証させることによって、補完的なリスクヘッジを行うことが望ましい。
さらに、こうしたリスクアセスメントを定期的に実施するための社内体制の構築も必要となる。この点、OFACは、規制違反のリスクを最小化し、違反が生じた場合の潜在的な罰金の軽減を受けるためのガイドラインとして、「OFACコンプライアンスコミットメントのためのフレームワーク」(A Framework for OFAC Compliance Commitments)を策定し、以下の五つの措置を講じることを推奨しており、これらに則した対応が望ましいといえる。
対応推薦例※
① 経営陣のコミットメント(担当取締役の任命、当該取締役によるコンプライアンスプログラムの承認等)
② リスクアセスメント(対象物品、顧客、地域ごとの制裁リスクの評価等)
③ 内部統制(リスクアセスメントの結果を反映したポリシーの策定等)
④ 監査(プログラム実施の検証等)
⑤ 定期的な従業員の教育(知識、規制遵守責任の説明等)
米国では、本稿の対象であるOFAC規制のほか、一定の品目の米国からの輸出を規制する輸出管理規則(EAR;Export Administration Regulations)の適用範囲も急拡張されており、本稿では詳細は取り扱っていないが、特に米国産品を取り扱う企業は、OFAC規制とあわせて、それと同等のコンプライアンス対応を強いられることとなる。
見方によっては、「米国がまったく関与しない取引についても制裁を課す」という法令のあり方については、国際社会では「過剰である」との批判も大きいところであるが、米国と関係のある日本企業にとっては避けて通ることはできないため、いま一度、規制の内容やポイントを正しく理解し、過度に取引に消極的になることなく、コンプライアンス体制を整えていく必要がある。
ジェイン・バーキンさん死去(エルメス)
2023.07.18
ロンドン生まれのバーキンさんは、フランスの音楽家セルジュ・ゲンズブールさんと共に世界的な名声を得た(エルメス)
ジェイン・バーキンさん死去 「フランス象徴」する英出身の俳優で歌手
「フランス象徴」英出身の俳優で歌手歌手、そしてファッション・アイコンとして世界的に知られたジェイン・バーキンさんが16日、パリで亡くなった。76歳だった。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領はバーキンさんを「フランスを象徴する存在」と呼び、「永遠に忘れられない音楽や映像を残してくれた」「完璧な芸術家」だとたたえた。エリザベット・ボルヌ仏首相は、バーキンさんが「世代を超越」した存在だったと振り返った。
イギリスの駐フランス大使、メナ・ローリングスさんはツイッターで、バーキンさんの死去を悲しみ、「最もフランス的なイギリスのアーティスト」と呼んでたたえた。
ロンドンで生まれ育ち、1970年代にフランスの映画や音楽でスターとなったバーキンさんは、フランスの音楽家セルジュ・ゲンズブールさんと公私にわたるパートナーとなり、ヒット曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」で世界的な名声を得た。この曲はその性的な歌詞から複数の国で放送禁止となり、ローマ教皇庁に非難されたものの、逆に2人の世界的知名度を上げる結果となった。
さらに、フランスの高級ファッションブランド、エルメスの当時のCEOとの偶然の出会いから、バーキンさんの名前を冠したバッグが作られ、今も世界的に有名なファッション・アイテムとなっている。
バーキンさんとゲンズブールさんは12年間の結婚生活が終わった後も、友人であり続け、ゲンズブールさんはバーキンさんに曲を提供し続けた。2人の娘、シャルロット・ゲンズブールさんも歌手と俳優として活躍している。
バーキンさんは「バビロンの妖精」、「いつわりの愛」など数々のヒット曲を発表。俳優としては、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」(1966年)、アガサ・クリスティー原作の「ナイル殺人事件」(1978年)、同「地中海殺人事件」(1982年)などに出演した。
モデルとしても活躍したバーキンさんの名前を冠したエルメスの「バーキン」バッグは、1984年に製造開始となった。エールフランスのフライトでたまたま、当時のエルメスCEO、ジャン=ルイ・デュマさんと隣り合わせの席になったバーキンさんが、持っていたバッグの中身をこぼしてしまったのがきっかけだったという。
女性用の大きいバッグ、特に母親用の大きいバッグが見つからないのだとバーキンさんが不満を漏らすと、デュマCEOは「すぐさま、アスティカージュによる縁仕上げのフラップとサドルステッチが施された、しなやかで収納力があり長方形のフォルムの特別なバッグをスケッチしたのです。しかもそのバッグには、哺乳瓶のためのスペースもきちんと用意されていました」と、エルメスは自社サイトで説明している。
こうして誕生した「バーキン」は今や、ものによっては数百万円から数千万円の値段が付き、手に入るまでに何カ月あるいは何年も待たなくてはならないアイテムとなっている。
バーキンさん自身は2006年に英紙ガーディアンに対して、「大好きだけど、あまりになんでも詰め込んでどこにでも持っていくので、腱鞘炎(けんしょうえん)の一因になっていると思う」と話していた。
バーキンさんは様々な社会的課題のために活動を続け、2015年には動物愛護の観点から、ワニ革のバッグから自分の名前を外すようエルメスに求めるなどした。
バーキンさんは約60年の俳優人生で約70本の映画に出演した
バーキンさんは1990年代後半、白血病の治療を受けた。2021年9月には、脳卒中のためアメリカの映画祭出演を中止したと報道されていた。
クリミア橋攻撃破壊「水上ドローン攻撃」
2023.07.17
ウクライナ南部ヘルソン州とクリミア半島を結ぶチョンハル橋が22日、ミサイル攻撃を受けた。ロシアはウクライナがイギリスから供与された長距離ミサイルを使って攻撃したとしている。
チョンハル橋は、並行する2本の橋からなる。ロシアが任命したヘルソン州トップのウラジミール・サルド氏によると、2本とも損傷した。負傷者はいなかった。
サルド氏は、イギリスがウクライナに供与した長距離巡航ミサイル「ストームシャドウ」が、「イギリス政府の命令」による攻撃に使われた可能性が高いと述べた。
チョンハル橋はクリミア半島からウクライナ本土南部の前線への最短ルート。ロシア占領下の都市メリトポリへと続く重要な連絡路でもある。メリトポリは今月初めにザポリッジャ州で始まったウクライナの反転攻勢の標的のひとつだと考えられている。
サルド氏が投稿した複数の画像では、2本の橋の片方にぽっかりと穴が開いていることがわかる。同氏は、すぐに修復作業が行われ、車両は一時的に別のルートを通ることになるとしている。ロシアに任命されたヘルソン州の別の当局者は、修復作業は数週間かかる可能性があるとしている。
ウクライナ軍のナタリア・フメニウク報道官は、ウクライナの国営テレビで、自軍の狙いはロシアの補給路の寸断だと述べた。ウクライナ軍情報当局のアンドリイ・ユソフ氏は、さらなる攻撃が続くだろうと述べた。
クリミア半島からの補給路
ウクライナはこれまでも、ロシア占領地にある橋を攻撃している。昨夏には、ロシアがクリミア半島から物資を運んでくるのを阻止するため、ドニプロ川を渡るための主要な経路であるアントニフスキー橋を繰り返し攻撃した。
昨年10月には、クリミア半島とロシアの間のケルチ海峡にかかるケルチ橋が、死者も出た攻撃で、数週間にわたり機能停止に追い込まれた。ウラジーミル・プーチン大統領はこの攻撃を「テロ行為」だと非難した。ケルチ橋は現在も、全面通行は可能になっていない。
サルド氏は今回の攻撃を受け、ウクライナと隣国モルドヴァとルーマニアを結ぶ橋を標的に報復を行うと警告している。北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるルーマニアとモルドヴァは、サルド氏の発言は容認できないと反発している。
戦況は
ウクライナによる南部と東部での反転攻勢は、遅々として進んでいない。同国はこれまでに南部ザポリッジャ州と東部ドネツク州で八つの村を取り戻したとしている。
今月上旬に、ヘルソン州のロシア支配地域にあるカホフカ水力発電所のダムが決壊したことで、反転攻勢はより困難な状況に陥っている。ダムの下流地域は洪水に見舞われ、ドニプロ川を渡るのもはるかに難しくなった。数十人が死亡し、農場は破壊され、水の供給にも影響が出ている。ダムの決壊は、ロシアの破壊工作だとの見方がある。
ロシア軍はウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の故郷クリヴィー・リフの住宅地や、南部のオデーサ港を含むウクライナの都市を、夜間に狙い続けている。
ゼレンスキー氏は22日、ロシアが昨年の侵攻開始直後に占拠した、欧州最大のザポリッジャ原発に対する「テロ攻撃のシナリオ」を用意しているとの情報を、諜報機関が入手したと述べた。
同氏は「放射能に国境はない」と警告した。
ロシア政府は即座にゼレンスキー氏の発言に反応し、「またうそをついている」と一蹴した。
ザポリッジャ原発にある原子炉は6基すべてが停止されている。しかし、国際原子力機関(IAEA)は21日、同原発の安全性をめぐる状況は「極めてぜい弱」だと警告した。
原子炉の冷却に使用する水路の水位は、カホフカ・ダムが破壊されて以来低下している。ウクライナの反攻が報じられる中、IAEAは原発周辺はますます緊張が高まっているとしている。
■クリミア橋破損はウクライナ特別作戦と報道
ウクライナメディア「ウクラインスカ・プラウダ」は17日、クリミア橋の破損について、ウクライナ海軍と保安局による特別作戦だったと治安当局者の話として報じた。無人ボート(水上ドローン)が使われたという。
■クリミア橋、通行止め-当局が「緊急事態」を宣言
ロシアが一方的に併合したウクライナ南部クリミアとロシアをつなぐ橋が、当局による「緊急事態」が宣言されたことを受け、通行止めとなった。
クリミア半島で「首長」を名乗る親ロシア派幹部セルゲイ・アクショノフ氏はテレグラムの投稿で、ケルチ海峡に架かるロシアとクリミアを結ぶ橋の145番目の支柱付近で17日未明に発生した事件を巡り、調査官が現地に派遣されたと説明した。
当局者は詳細についてほとんど語っていないが、ロシアはクリミアに対する激しい無人機攻撃が16日にあったことを報告。ロシア国防省は7機の無人機などが破壊されたと発表し、「テロ攻撃 」だとウクライナを非難していた。
■クリミア橋「非常事態」で通行止め、親ロシア派が投稿 爆発の情報も
ロシアが一方的に併合したウクライナ南部クリミア半島で「首長」を名乗る親ロシア派幹部セルゲイ・アクショノフ氏は17日未明、同半島とロシアを結ぶクリミア橋で「非常事態」が発生し、橋が通行止めになったとSNSに投稿した。
アクショノフ氏は詳細を明らかにしていないが、100万人以上の読者が登録するロシアのSNS上の軍事情報チャンネル「バザ」は「暫定的な情報」としてクリミア橋で爆発が起き、「少なくとも2人が死亡した」と伝えている。
「プリゴジン死亡」プーチン・プリゴジン会談は「でっち上げ」だった
2023.07.15
「プリゴジン死亡」プーチン・プリゴジン会談は「でっち上げ」だった 「嘘八百のプロバガンダ」
■仏暴動で使われた武器はウクライナから送られた
最近フランスで起きた暴動では、誤解を招く多くの投稿がオンラインで共有された。先週、一気に広がったものの一つは、アメリカのウクライナへの軍事支援に関するものだった。
その投稿は、ニュースサイトの見出しと思われるスクリーンショットと、ライフル2丁の画像でできていた(下の画像)。
見出しは、「フランスの警察、ウクライナから届いた可能性のあるアメリカ製ライフルで撃たれる」というものだった。
ツイッターの「青いチェックマーク」付きのアカウントのいくつかが、この投稿をシェア。以来、100万回以上閲覧されている。
BBCヴェリファイ(検証チーム)は、この投稿がメッセージアプリ「テレグラム」の、親ロシアのチャンネルが発信元であることを突き止めた。投稿に使われた画像は、2012年にモスクワ近郊の射撃場で開かれた射撃競技会に関する、ロシアの軍事ブログの記事に出ている。
同じ見出しと画像を使った記事は、オンラインでは他に見当たらなかった。また、アメリカがウクライナに供与した武器が、最近のフランスでの暴動で使われたことを示す証拠もない。
■ウクライナに「赤ちゃん工場」
ロシアがウクライナで 「赤ちゃん工場」を発見したという投稿を、ツイッターの「青いチェックマーク」付きのアカウントが最近、広めている(下の画像)。
2~7歳の子どもたちが「工場で育成」され、「児童売春宿」に送られるか、臓器を摘出されて西側諸国で売られている――という内容だ。
BBCヴェリファイは、この投稿の出所が、「The People's Voice」の3月公開の記事だと突き止めた。「The People's Voice」は、ファクトチェック団体からインターネットで最大の偽ニュース製造者だとされる「YourNewsWire」の別名だ。
このグループはこれまでも、反ワクチン陰謀論や、2017年の米ラスヴェガス銃乱射事件に関するデマなど、さまざまな虚偽や誤解を招く記事を広めてきた。
ロシア政府と、同政府が掌握しているメディアには、ウクライナで違法な臓器摘出がなされているとする根拠のない主張を展開してきた過去がある。
■クラマトルスクのミサイルはウクライナ製
ウクライナ東部クラマトルスク中心部で6月末、ロシアのミサイル攻撃により8人が死亡した。
攻撃直後、まっとうな情報源だと自称する、ツイッターの「青いチェックマーク」を付けたアカウントが、攻撃はウクライナが誤って実施したと投稿。北大西洋条約機構(NATO)軍と外国の雇い兵らを収容する軍兵舎を直撃したと主張した(下の画像)。
その投稿は、「(イギリスがウクライナに供与した)ストームシャドウミサイルが突然、軌道を大きく変え、クラマトルスクに命中し、外国兵と雇い兵を収容するウクライナ軍の兵舎を壊滅させた」とした。
この投稿の閲覧回数は100万回を超えた。
クラマトルスクの攻撃はウクライナ軍が発射したミサイルが原因だとする証拠も、軍兵舎が爆撃されたという証拠もない。
■ゼレンスキー氏は選挙を中止
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が選挙を「中止した」とする投稿が、ツイッターで最近、拡散された。
その投稿では証拠として、ゼレンスキー氏が6月下旬に応じたBBCのインタビューでの発言を挙げている。
ゼレンスキー氏はそのインタビューで、ウクライナで来年、選挙があるかと尋ねられ、「(戦争に)勝てばある。戒厳令も戦争もなくなっていたら、ということだ。選挙は、戦争がない平時に、法律に従って実施しなくてはならない」と答えた。
この発言について、米FOXニュースの元司会者で、アメリカのウクライナ支援に批判的なタッカー・カールソン氏は、最近スタートさせた自らのツイッターの番組で、ゼレンスキー氏がウクライナの民主主義を終わらせたことを証明するものだと述べた。
ツイッターでは、これに似た内容の「青いチェックマーク」付きのアカウントの投稿が、何十万回とシェアされている(下の画像)。
ウクライナの憲法は、戒厳令下での議会解散と国政選挙を禁じている。そのため、戒厳令が終了するまで、現在の大統領と議会が政権を維持する。
ウクライナ国家安全保障防衛会議のオレクシイ・ダニロフ書記は最近、戒厳令が敷かれている間は、憲法の定めにより、「選挙は行われない」と認めた。
BBCヴェリファイは、この記事で取り上げた虚偽や誤解を招くツイッターの「青いチェックマーク」付きの投稿について、ツイッターに質問した。ツイッターの広報は、問い合わせを受けたことは認識しているとしたが、コメントはしないとした。
■「休養中」、解任、恐らく死亡 ロシアの消えた将官たちが明らかにする軍内の亀裂
将官1人を失うことは、首尾よく進まない戦争の最中であれば不運な出来事とみなせるかもしれない。しかし24時間で2人を失うとなると、さすがに迂闊(うかつ)な話に思える。ただこれこそが、ウクライナ南部のロシア軍司令部で起きていることだ。2つの事例が描き出すのは、ロシア軍の上層部に蔓延(まんえん)する機能不全と意見対立に他ならない。
11日、ウクライナ軍のミサイルが同国南部の港湾都市ベルジャンスクにあるホテルを直撃した。ベルジャンスクはロシア軍によって占拠されていた。
死亡が伝えられた多くのロシア人の1人に、オレグ・ツォコフ中将がいた。ツォコフ氏はロシア軍南部軍管区の副司令官で、ウクライナ南部の占領地域の防衛に当たる主要人物だった。これまでウクライナでの戦闘ではロシア軍の将官が10人前後死亡しているとされるが、同氏はこのうちの最高位の階級と考えられている。
当該のホテルをロシア軍の第58諸兵科連合軍が司令部にしていたことは伏せられていなかったようだが、それでもツォコフ氏はホテル内に入った。昨年秋にはルハンスク州のスバトボ近くでウクライナ軍の攻撃に遭い、ひどく負傷してもいた。
第58諸兵科連合軍は、中南部ザポリージャ州の西側で前線を守る重要な役割を果たしている。そこは反転攻勢に出たウクライナ軍が突破を試みている地域だ。
しかしこれよりも格段に悪い事例が、続いて起きることになった。
12日遅く、第58諸兵科連合軍の司令官イワン・ポポフ少将による4分間の音声メッセージが浮上した。その中でポポフ氏は、ロシア軍上層部の対応を裏切りと呼んで非難。支援不足のために大勢の部下を失ったと訴えた。
ポポフ氏はロシアの防衛態勢の大きな欠陥を指摘した。ウクライナ側はロシアの後方陣地に長距離砲撃を仕掛ける新たな作戦で、ロシア側の状況悪化を招こうとする姿勢を鮮明にしている。
ポポフ氏はメッセージを通じ「対砲兵射撃の不足や砲兵偵察所の欠如、敵の火砲により我が軍に大量の死傷者が出ている状況」について疑問を呈したと説明。「他にも複数の問題を提起し、その全てを最高レベルで率直かつ厳重に伝えた」と述べた。
米シンクタンクの戦争研究所(ISW)によると、ポポフ氏の主張はロシア軍が抱える重大な問題を露呈している可能性がある。具体的には作戦に動員できる予備兵の不足から、兵士を交代させながらウクライナの反転攻勢を防衛することができていない事態が想定される。この状況はロシア軍の防衛線を脆弱(ぜいじゃく)なものにしかねないという。
しかし、ポポフ氏の批判はこれで終わらない。 ゲラシモフ参謀総長に向けたとみられるメッセージの中で、「ウクライナ軍が我が軍を正面突破することはできなかったが、身内の上級指揮官が我々を後方から攻撃し、最も困難かつ緊迫した局面で卑劣にも軍を切り捨てた」と指摘。さらにショイグ国防相にも矛先を向け、危険を感じた上官らが仕組んだ命令によって自分を解任、排除したと主張した。
■プリゴジンはすでに死んだ(粛清)
プリゴジンは今、どういう状態にあるのか。情報が錯綜するなか、元米軍陸軍大将は「彼を見ることはもうないだろう」と語った
6月下旬にロシア政府に対する「反乱」を起こした民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジンは、「すでに死んでいる可能性が高い」と元米陸軍大将が語った。ロシア大統領府は、反乱後の6月29日にウラジーミル・プーチン大統領とプリゴジンを含むワグネル幹部が面会したと発表しているが、これについても「演出」だという見方を示した。
元米陸軍大将のロバート・エイブラムスは今週、ABCニュース・ライブに出演し、プリゴジンとプーチンの会談は、ロシア政府がでっち上げたものだと主張した。そのうえで、反乱後のプリゴジンは、二度と公の場所に姿を現すことはないかもしれないと述べた。
在韓米軍司令官だったエイブラムスは、「まず、プーチンとプリゴジンが本当に会談したという証拠が出てきたら、私は驚くだろう。あれは高度な『演出』だったと思う」と語った。「私の見立てでは、プリゴジンを公の場で見ることはもうないだろう。彼は身を隠すか、投獄されるか、何らかの処分を受けることになると思うが、二度と彼を見ることはないだろう」
ではプリゴジンはまだ生きていると思うか、という質問に対してエイブラムスは、「すでに死んでいると思う」と答え、もし生きているとしたら「どこかの刑務所」にいる可能性が高いと言い添えた。
プーチンの盟友でもあるプリゴジンは6月23日、ロシア国防省に対する武装反乱を起こした。ロシア国防省が、ウクライナにあるワグネルの拠点を爆撃し、自身の兵士数十人を殺害したと主張してのことだ。
ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が仲介した結果、プリゴジンがベラルーシに亡命すれば、ロシア政府はすべての嫌疑を取り下げる、という取引が成立し、武装反乱は終結した。
ロシアに戻ったとされるが目撃情報なし
以来、プリゴジンは所在不明だ。ロシアとベラルーシを行き来するワグネルの航空機は目撃されており、反乱の数日後にはプリゴジンがプライベートジェットでベラルーシに到着したとルカシェンコは述べている。一方でロシアのドミトリー・ペスコフ報道官は7月10日、プーチンが6月29日にロシアでプリゴジンと会談したと発表した。これはプリゴジンがベラルーシに到着したとされる翌日にあたる。
「プーチン大統領が会談を主催し、35人を招待した。ワグネルの指揮官とプリゴジン本人を含む幹部全員だ。この会談は6月29日にクレムリンで行われ、ほぼ3時間に及んだ」とペスコフは述べた。
会談が報告され、プリゴジンはロシアに戻ったと報道されているにもかかわらず、生きているプリゴジンの目撃情報はまだない。
■兵士から絶大な支持
ロシアの軍事ブロガーらが示唆するところによると、ツォコフ氏とポポフ氏はどちらも有能な軍人で、部下からの信頼も厚い。51歳のツォコフ氏はロシア軍の期待の星だったようで、2021年にはプーチン大統領も出席したクレムリン(ロシア大統領府)での士官候補生のための式典で演説している。
軍事ブロガーのライバー氏はポポフ氏について、兵士から絶大な支持を得ていたと説明。前線の兵士らは解任の知らせを受け、大変にやる気を失っているとした。「気取らない性格で頭脳明晰(めいせき)、誠実に職務に当たるポポフ将軍」というのが彼らの評価だという。
ポポフ氏が司令官として最後に発した言葉は自分の部隊に向けたものだった。「さようなら、私の最愛の戦士、最愛の親族、一つの家族よ。私はいつでもあなた方の手の届く所にいる。同列になってあなた方を支持することは自分にとって名誉だ」
忠誠心をかき立てる司令官を失うことは、迂闊であるだけでなく危険な場合さえある。
6月末には民間軍事会社ワグネルが武装反乱を起こし、一部の軍高官の能力と忠誠に疑義を投げかけた。このうちの何人かは、その後公の場に姿を見せていない。
ロシア航空宇宙軍の司令官で、ウクライナ侵攻の総司令官を一時務めたセルゲイ・スロビキン上級大将は、ワグネルのトップ、エフゲニー・プリゴジン氏から支持され、同氏と良好な関係を築いていた。反乱が進む最中には、幾分乱れたような格好で動画に登場し、反乱をやめるように訴える姿も見せていた。
スロビキン氏は総司令官に就任後の昨年11月、ヘルソン州からの「秩序ある撤退」を進めた人物だが、今年1月には任を解かれた。ワグネルの反乱後は姿を見せていない。
スロビキン氏の状況に臆測が渦巻く中、ロシア下院のカルタポロフ国防委員長は12日の動画で同氏が「休養中」のため姿を見せないと説明した。難航する戦争のただ中では興味深い状況と言える。クレムリンは、スロビキン氏に関する質問には国防省が答えるとの立場を取る。
カルタポロフ氏は13日にはポポフ氏にも言及。「当事者たちが問題を解決すると確信している」とした上で、有望な将軍であるポポフ氏は軍で仕事をするべきだとの見解を示した(カルタポロフ氏自身も、過去に第58諸兵科連合軍の司令官を務めた経歴を持つ)。
カルタポロフ氏は国防省に向けたように見られるメッセージも残した。「どのボスにも共通する最も重要なスキルは、問題を把握し、部下の話を聞く力だ。これを実行することが想定される人々が、既に話を聞き、把握し、これから行動を取ると思う」
■不確実性と混乱
軍事ブロガー界隈(かいわい)からの発言はより直接的だ。彼らはかねて、軍の権力層が仕返しに血道をあげているとして懸念を表明してきた。
最も有力な軍事ブロガーの一人のライバー氏は、ポポフ氏の運命にこそプリゴジン氏の武装反乱以降始まった「魔女狩り」の実態が表れているとの見方を示す。
非公式の情報発信メディア「VChK-OGPU」も12日、国防省内部の「戦争」が依然として継続しているとし、ポポフ氏の解任を要求したのはゲラシモフ参謀総長だったと主張した。
VChK-OGPUによれば、ポポフ氏がプーチン氏に直接抗議する姿勢を見せたため、「ゲラシモフ氏がその任を解き、前線に送った」という。
ポポフ氏が現在どこにいるのかは不明。
不確実性と混乱が渦巻く中で、国防省は完全な沈黙を守っている。ツォコフ氏の死亡やポポフ氏の解任、スロビキン氏の現在の居場所に関するコメントは一切出てこない。
一方で、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長は、高度に演出された形で公の場に登場している。前者は武装反乱直後にウクライナ国内を視察(映像の正確な撮影時期は疑問の余地がある)、後者はスロビキン氏の副官と電話会議を行う様子が確認されている。
ランド研究所に所属するロシア軍の専門家、ダラ・マッシコット氏は、スロビキン氏の所在への臆測が続く中で同氏の率いる航空宇宙軍の最新状況にあえてスポットライトを当てる行為は恐らく意図があると指摘する。
さらに10日にはツイッターで、ショイグ氏による前触れなしでの訓練施設の訪問に言及し、「万事順調」で自分が適任者だとアピールする取り組みがなおも続いているとの見方を示唆した。
ブロガーのライダー氏も同様の見方を示す。「ロシア国防省の指導部が主に明るい報告に依拠している事実は否定しがい状況にある。そうした状況は否定的な報告を阻害する」と指摘する。
さらに「ポポフ氏とゲラシモフ氏の対立で浮き彫りになったように、ロシア軍には結束が欠如している。敵は間違いなくその点を利用するだろう。そして当然ながらロシアはそこから痛手を被る。これこそが最も悲しいことだ」ともつづった。
西側の専門家らは、狭量な対立の文化が国防省をはじめとするロシア軍の多数の組織に浸透していると指摘。慢性的な腐敗も一因となっているこうした風土は、ウクライナでの戦況が差し迫った中でも変わっていない。
いかなる軍事作戦でも後退を余儀なくされ、混乱に陥ることはある。しかしロシアによるウクライナ侵攻では、機敏な統率や一貫した指導力が発揮された事例がほとんど確認できないのが実情だ。
有能な司令官たちの喪失は、ロシアの「特別軍事作戦」が週を追うごとに特別なものでなくなりつつあるということを改めて示している。