罠に嵌った中国
2023.07.01


■「中所得国の罠」発展途上国が一定規模(中所得)にまで経済発展した後、成長が鈍化し、高所得国と呼ばれる水準には届かなくなる。中国がまさにそうとも言える。

脱却するには経済構造の転換が必要だとされる。産業の高度化及び「規模の経済」や中産階級の拡大による内需や購買力の上昇も重要視される。また、そのためにはインフラや教育への投資も必要となる。1990年代末に中所得国の罠に陥った韓国や台湾は電機やIT分野で産業の高度化を行い、高所得国入りを果たした。

中国は「中所得国(中進国)の罠」に嵌り脱却できずにいる。理由はあきらかで「自由がない経済圏」ではむりもない。ネット通販「618商戦」も盛り上がらず(アリババ国有化)、国民の不満も高まる一方。

ゼロコロナ政策解除後の中国の景気回復は、サービスを中心とする個人消費が牽引してきたが、その勢いが失われつつある。先鋭化する共産主義へ真っしぐら。

6月中旬に行われた恒例のネット通販セール「618商戦」では、電子商取引(EC)サイト各社が大幅な値引きを実施したにもかかわらず、消費者の節約志向のせいで盛り上がりに欠ける結果に終わった。

端午節連休(6月22日から24日)の国内旅行支出も、新型コロナのパンデミック前の2019年に比べて5.1%の減少となった。さらに、6月の乗用車販売台数も前年比5.9%減となる見通しだ。

個人消費が低迷し始めている要因は、不動産市場の悪化にある。住宅が売れないと付随するモノやサービスの消費も伸びないからだ。

住宅市場は今年2月から3月にかけて回復基調にあった。しかし、4月に入ると早くも息切れし、4月の主要50都市の新築取引面積は前月に比べて25%減少。5月も1割落ち込んでいる

不動産市場の悪化のそもそもの原因は「家余り」にある。中国の1家庭当たりの住宅保有数は先進国並みの水準となりつつある

■不動産バブルの崩壊が露呈させた“作りすぎ”の問題

気になるのは中国で「不動産神話」が崩壊しつつあることだ。

6月19日付ブルームバーグは「住宅所有者や関係者などへのインタビューから、不動産が常に中国で最も安全な投資先の1つだという信頼が薄れ、景気減速に拍車をかけていることが浮き彫りになった」と報じた。

住宅所有者は「不動産ブームで現金化できる最後の機会だ」と考えており、中国の金融センターである上海の不動産市場でも売り圧力が日に日に強まっているという。

投機的な購入の抑制を目指す政府にとって、こうした意識の変化は歓迎すべきことだが、政府の当初の予想を超えて不動産市場が深刻な不振に陥るリスクが生じつつあるのではないだろうか(不動産バブルの崩壊)。

不動産バブルの崩壊は、中国の過剰生産能力の問題も露呈させている。

世界最大の鉄鋼生産国である中国で、生産抑制の動きが広がっている。不動産投資の低迷で鋼材需要が落ち込み、在庫の余剰感が強まっているからだ。多くの雇用を生む製造業の中核を成す鉄鋼業の不振は、中国経済へのさらなる打撃となるだろう。

不動産バブルの崩壊がもたらす金融システムへの悪影響も

30年前の日本と同様、中国でも不良債権問題が長期にわたって経済の重しとなり、大規模な金融危機が勃発する可能性も排除できなくなっている。

■中国経済にとっての頼みの綱はハイテク産業

このような状況を受けて、中国ではこのところ政府に対して景気刺激策を求める声が高まっている。しかし、筆者は「期待外れに終わる」と考えている。経済対策を担う地方政府の財政が火の車だからだ。

政府をあてにできないのであれば、成長の新たな源泉を見つけるしかない。中国経済にとっての頼みの綱はハイテク産業だ。

中国経済にとっての朗報は、今年第1四半期の中国の自動車輸出台数が日本を抜いて世界第1位になったことだろう。中国の輸出台数は前年比58%増の107万台となり、日本の輸出台数(95万台)を上回った。電気自動車(EV)など新エネルギー車の輸出が伸びて全体の4割弱を占めた。

中国は2009年に新車販売台数で米国を抜いて世界最大の市場となったが、今やEVの分野でも最大の市場規模を誇っている。

だが、手放しでは喜べない状況だ。中国の自動車市場の過剰生産能力は年間約1000万台となっており(昨年の北米地域の全生産台数の3分の2に相当)、EVを巡る環境も同様だ。

競争の激化で中国のEV企業は共倒れの状態になりつつある。

米EV大手テスラは中国・上海工場の増強を目指しているが、国内の過当競争を危惧する中国政府はEV工場の新規承認に後ろ向きだ

■中国のハイテク産業は「張り子の虎」か?

中国の航空機産業も存在感を高めつつある。6月中下旬に仏パリ近郊のル・ブルジェ空港で開かれたパリ航空ショーでは、中国国有の航空機製造会社「中国商用飛機(COMAC)」の展示ブースに多くの航空関係者が訪れた。COMACが開発した中国初の大型国産ジェット旅客機C919は、5月末から商用便として運航が始まっている。

中国政府は、この旅客機こそ「中国製造2025」政策(2025年までに製造強国の一員となることを目指す)の「旗頭的な存在」と胸を張るが、「中国産とは言えないのではないか」との声も上がっている。商用機に使われている部品の大多数が海外製(大半が欧米製)だからだ(6月8日付CNN)。

中国は「5G(第5世代移動通信)大国」としても知られている。国内の5G基地局数は2023年4月時点で273万基(全世界の5G基地局数の約6割)を超え、ユーザー数も6億3400万人(全世界の約6割)に達した。

しかし、中国の3大通信事業者(中国電信、中国聯通、中国移動)の業績向上につながっていない。5Gの特性を生かしたキラーアプリがないことが災いしている(6月19日付東洋経済オンライン)。

このように、中国のハイテク産業は「張り子の虎」だと言わざるを得ない。バブル崩壊で金回りが悪くなれば、「化けの皮」が剥がれるのは時間の問題だろう。

■経済破綻で米中逆転はない

23年も半ばを過ぎようとしている今、中国経済は多くの問題に見舞われている。個人消費の低迷や危機的な不動産市場、輸出不振に加え、若年層の失業率は20%を突破し過去最悪を更新。地方政府の債務も膨らんでいる。こうしたひずみは世界中に波及し始めており、商品相場や株式市場などあらゆる面でその影響が見られる。

インフレ抑制を図る米連邦準備制度の利上げで米国がリセッション(景気後退)入りするリスクもあり、世界1、2位の経済大国が同時に低迷するとの見通しも強まっている。

さらに悪いことには、中国指導部は状況を好転させる大きな選択肢を持ち合わせていない。

大型の景気刺激策で需要を押し上げるという中国政府がこれまで採ってきた典型的な手法は、不動産や産業における大規模な供給過剰を招き、地方政府の債務残高を急増させている。

そのため、約30年にわたり前例のない経済成長を遂げた後、沈滞から抜け出せなくなった日本のような状況に、中国も陥るのではとの議論も浮上。

これに拍車をかけているのが、中国共産党の習近平総書記(国家主席)が取る米国と対決スタンスだ。将来の経済成長をけん引するはずの先端半導体やその他テクノロジーの供給から中国を切り離そうとする米国の動きが強まっている。

こうした力学を踏まえれば、中国経済の成長が今年は期待外れに終わるばかりではなく、経済規模で米国を追い越そうという中国の勢いもそがれる可能性がある。

ブルームバーグ・エコノミクス(BE)のチーフエコノミスト、トム・オーリック氏は「数年前までは、中国がハイペースで米国を追い抜き、世界最大の経済大国にならないとは考えにくかった」が、「地政学が焦点となった今、米中逆転はほぼ確実に遅れるだろうし、全く起こらないシナリオも想像し得る」と述べる。

BEは不動産不況の深刻化や改革ペースの遅れ、米中デカップリング(切り離し)の劇的な進展といった下振れシナリオでは、中国の成長率は30年までに3%まで減速するとみている。

■「ベース効果」

中国政府が3月に示した今年の成長率目標(5%前後)は、発表時は控えめとみられていたが、今では現実的と思えない。ゴールドマン・サックス・グループは6月、今年の中国成長率予測を5%から2.4%に引き下げた。

世界経済の成長率が2.8%と予想される中で、一見するとそれほど悲観的な数字ではない。しかし実際には中国は22年もロックダウン(都市封鎖)など厳格なコロナ対策を続けていたため、今年の比較対象となる昨年の水準は低い。

こうした見かけ上、成長率を押し上げるいわゆる「ベース効果」を差し引くと、23年の成長率はパンデミック前平均の半分にも届かない3%に近くにとどまるとBEは想定している。

政府がこのまま手をこまねいていれば、事態がさらに悪化する恐れもある。不動産建設が急減し、土地売却収入が減少して公共財政に打撃を与え、米国のリセッションで世界需要が弱まり、中国市場が「リスクオフ」モードに移るというシナリオでは、BEの予想モデル「SHOK」は成長率がさらに1.2ポイント下がることを示す。

「中国は今、工業化からイノベーションに基づく成長への移行期にある。イノベーションを基盤とする成長はそれほど速いペースではない。中国の経済成長が今後さらに鈍化していくことに備える必要がある」とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンスの金刻羽教授(経済学)は話している。
2023.07.01 14:36 | 固定リンク | 経済

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