「戦狼外交」を否定した「秦剛外相解任劇」
2023.07.29



秦剛氏は目下、国務委員は解任されていないという。その点をどう解釈するのか

秦剛外相解任で浮上する3つの可能性 「国より党」政治化する対外政策 就任半年余で解任された中国の秦剛外相。後任には前外相で外交を統括する王毅政治局委員が任命されるという異例の人事や、中国外務省ホームページから秦氏の情報が一斉に削除されたことなどから「事実上の更迭」と目されている。

健康問題や香港のテレビ局の女性キャスターとの関係を問題視されて調査を受けているといった情報も取りざたされているが、確かな解任理由は発表されていない。前駐米大使でもあり「戦狼外交」の旗手とも目された秦氏。アジア政治外交史の専門家が中国の政治化する対外政策を念頭に、解任劇によって推察される3つの可能性を列挙した。

■外交部への一連の統制強化

世界では「戦狼外交官」のことが議論されるが、「戦狼外交官」が誕生した背景には中国国内での外交部(外務省)の立ち位置の変化、とりわけ中国共産党による管理統制強化があるのではないかと考えられる。習近平政権下の中国では「国家の安全」の論理が強化され、西側諸国が中国でカラー革命(※編集部注・2000年代に旧ソ連の共和国などで独裁的政権の交代を求めて起こった民主化運動の総称)を起こそうとしているという言説が宣伝によって広められている。

外国との関わりは強く制限され、管理される。外国、外国人と関わる仕事はむしろ強い管理の下に置かれるようになったのだ。中国の対外政策もまた、国内のそうした状況から強い影響を受け、いわば政治化している。

2010年代末から中国国内で外交部への疑義が強まり管理統制が強化され、特に中国共産党中央紀律委員会が外交部に対して「紀律検査」を行って外交部が批判対象となったことが重要だろう。この結果、外交部の党書記に外交経験のない党組織部副部長の斉玉氏が就任して部内の管理統制体制が築かれた。

斉書記は「主題教育専題党課」という学習会を、外交部幹部を相手に連続して実施して思想の徹底を図っている。また斉書記は、『求是』などの党の機関誌に「論文」を発表して自らの外交理念を内外に示しているが、それはまさに習近平氏の政策思想にはめ込められた外交であった。斉書記の描く外交は、まさに習近平政治と一体化した「政治」としての外交であり、また国家というよりもむしろ党のための外交だということになろう。

詳細はわからないが、こうした状況の中で外交部職員の評価基準も大きく変わったことが想定される。外交部も職員たちも、「愛国的か」「習近平思想に則っているか」が問われるようになったと考えられ、彼らは身を守るためにもそれに即して行動することを求められるようになったのだろう。

バイデン政権発足後の2021年3月、アラスカで行われた米中外交トップ会談で、楊潔箎国務委員(当時)や王毅外交部長(当時)がブリンケン国務長官らに対して語った「厳しい」言葉がまさにそうした国内からの視線、習近平政権の党中央を意識した言葉遣いだっただろう。そうした基準に照らせば、楊潔箎氏や王毅氏は「傑出した」外交人材だということになろう。また、日常的にも、外交部報道官はまさに国内向けにナショナリズムを煽り、在外の外交官も国内の外交言説を語るようになった。彼らは世界で「戦狼外交官」と呼ばれるようになった。


■一定程度には存在した揺り戻し

このような「戦狼外交」や外交部への管理統制に向けた動きへの反発や揺り戻しがなかったわけではない。新型肺炎の感染が世界的拡大し始めていた2020年3月中旬、中国外交部の趙立堅報道官が自らのツイッターに、その新型肺炎が米軍によって中国にもたらされた可能性があると書き込んだ。

このことが騒動になると、逆に3月下旬には崔天凱駐米大使が趙報道官の見解に反論したとの報道があり、4月上旬には趙報道官が事実上自らの発言を撤回した。だが、結果的に見れば、崔天凱大使のような方向性が主流になっていったわけではない。4月中下旬にはトランプ大統領らの中国批判は強化され、中国側の対米言論もエスカレートしたのだった。

この頃、欧州でも中国による「戦狼外交」への懸念が強まった。例えば、駐スウェーデン大使の桂従友氏のあまりに過激な言動は大きな批判を巻き起こした。桂氏は早くも2018年に中国人旅行者のトラブルをめぐる事件に関するインタビューなどから過激な言動を繰り返したが、これは上記の中国共産党の外交部への管理統制強化の以前から、外交部や外交官たちの中にさまざまな動きがあったことを想起させる。

桂大使の言動はその後も強まっていき、スウェーデンの対中認識を悪化させる契機となった。桂大使は2021年秋には辞任を表明、2022年1月に正式離職した。桂氏は現在も外交部の「大使」として国内で業務を続けている。

その後、中国の欧州外交における「戦狼」ぶりはやや低調になったかに見えた。中国からの外交使節が欧州諸国を巡回して、中国のある程度「穏健」な外交を復活させるような動きが2022年後半には多少見られたという話もあった。2023年1月、「戦狼外交官」の象徴のように言われてきた趙立堅報道官がその職を退いたが、失脚ではなく「辺境及海洋事務局副局長」に就任したのだった。

2023年3月、前年秋にすでに外交部長となっていた秦剛は国務委員ともなった。異例の出世である。この時、秦部長兼国務委員は記者会見で「戦狼外交官」という中国外交官への見方を一蹴し、中国の外交官はむしろ「狼と共に舞うのだ(悪人と共にいて常に危険に晒され、身を慎むことが求められる)」と、従来から述べていた持論を展開した。

この秦部長の発言が、従来からの外交部への管理体制強化、政治としての外交のあり方への疑義であったかは判然としない。だが、結果的に見て秦剛外交部長は、「戦狼外交」の波を止めることはできなかったようだ。あるいはむしろ、外交部への管理統制は従来以上に強化されたのかとさえ思われる。それは、2023年4月の盧沙野駐仏大使のウクライナ問題をめぐる発言、また同月の呉江浩駐日大使の台湾をめぐる発言などからも予測できよう。


■どう見る?秦剛外交部長(国務委員)解任劇

秦剛氏は2023年6月にブリンケン国務長官らを迎えた後、25日にスリランカ外相およびベトナム外相、そしてロシア外務副大臣との会談を最後にその姿が見られなくなったとされている。

目下のところ事実関係が判然としないので、いくつかの可能性を列挙しておきたい。

第一に、単純に報道で言われているように女性問題や汚職、機密漏洩などの職務規定違反、あるいは「紀律」に反する行為があったとする見方がある。この可能性もあろうが、王毅―斉玉ラインが秦剛氏を守ろうとすれば一定程度は守れたであろう。

第二に、7月25日の全人代常務委員会で易綱氏が中央人民銀行総裁を辞任させられたように、欧米先進国との関係性についての管理統制フィルターが、外交部に限らず、党政府の諸部門で従来以上に強化された結果、従来は問題視されなかったものが問題視されるようになった可能性である。この場合は、外交部内のこれまでの動向よりも大きな動きが影響したということになる。

第三に、上記のような外交部、あるいは外交のあり方をめぐる動静の流れの中で秦剛氏解任を位置付ける見方である。ブリンケン国務長官との会談に問題があった可能性もあろう。ブリンケンとの会見では、王毅氏の厳しい表情に対して秦剛氏の笑顔は印象的であった。

だが、それだけでは解任の理由にはならないだろう。いずれにせよ、秦剛氏を王毅―斉玉ラインが守らなかったということ、あるいは守りきれなかったということは確かだろう。そして、王毅氏の外交部長就任も、たとえ暫定的な任命であるにしても、中国共産党の外交(外事)委員会から国務院、外交部に至る一貫指導という点では、習近平政権の党の国務院への指導強化にかなうことにもなる。

新たに王毅氏の後任が任命されるにしてもこうした一貫性は考慮されるだろう。目下、中国の外交政策、また外交部という組織は王毅―斉玉が一元的に把握したというようにも見えるが、中国共産党には中央対外連絡部などの組織があり対外政策に関わる機関は多様だ、また、王毅氏と斉玉氏との関係性についても判然としない点が多く、引き続き考察が必要である。

なお、最後になるが、秦剛氏が目下、国務委員については解任されてはいないという点をどう解釈するのかという課題が残されている。国務委員も追って解任されるのか、外交部長だけになるのか。この点についても引き続き注意深く見守る必要がある。
2023.07.29 11:17 | 固定リンク | 戦争

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