ベラルーシのキャンプは罠?
2023.06.29



プリゴジンのものと見られるプライベートジェットが6月27日、ベラルーシに着陸したが、プリゴジンが率いる民間軍事会社ワグネルの未来は不明なままだ。 ベラルーシのキャンプは罠? プーチン更迭か?

プリゴジンの所有とされる「エンブラエル・レガシー600型機」(エンブラエルはブラジルの航空機メーカー)が、現地時間午前7時37分にミンスク南西の飛行場に着陸したと、ベラルーシの人権監視団体「ハジュン・プロジェクト」が報告した。

ロシアで武装反乱を起こしたプリゴジンは24日、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が仲介したウラジーミル・プーチン大統領との取り決めにより、モスクワへの進軍を止めて隣国のベラルーシにやってきたとみられる。2日後、プリゴジンは「進軍の狙いは、ロシア軍指導部の無能さを追及することにあり、プーチン政権の転覆ではなかった」と述べた。

プリゴジンはさらに、ワグネルの独立性の維持も求めていた。これについてロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのシンクタンク「LSE IDEAS」のシニア・アソシエイト、レオン・ハートウェルはニューズウィークの取材に対し、「ワグネルはロシア正規軍に吸収される可能性もある」と話した。

■ベラルーシのキャンプは罠?

アメリカのシンクタンク戦争研究所(ISW)も、プーチンが26日にワグネルの指揮官と戦闘員に向けて発したメッセージを受けて、ワグネルをロシア国防省に組み込みたいというロシア政府の意図を示していた、と述べた。

ワグネルは分割され、それによってロシア軍の既存の編成が強化される可能性がある。だが、プリゴジンの百戦錬磨の部下たちが果たしてロシア正規軍の命令に従うのか、という疑問は残る。

「反逆者を正規軍に吸収することは大きなリスクを伴うが、ウクライナの戦場では正規軍よりワグネルのほうがはるかに大きな戦果を上げてきたことを思えば、プーチンはワグネルの人的資源と経験を何としても必要としている」と、ハートウェルは言う。「プリゴジンを取り込まないことも、リスクを伴う。プリゴジンを野放しにしておけば、ウクライナ戦争の大義について、ロシアの公式プロパガンダと矛盾する発言を続ける可能性がある」

ロシアの反体制メディア「Verstka」は26日、ベラルーシ当局が、プリゴジンに従うワグネルの戦闘員を収容するためモギリョフ州に新たにキャンプを建設していると伝えた。プーチンは、ベラルーシはロシア正規軍に加わりたくないワグネル戦闘員たちの「避難所」だと説明した。だが、これが「罠」である可能性もあるとISWは述べている。ロシア政府は、そうした戦闘員たちを裏切り者と見なすからだ。

ワグネルが今後どうなるにしても、この軍事会社は、ロシア政府にとってきわめて便利な存在だった。これは、ワグネルがドネツク州の都市バフムトでの戦いを制したウクライナに限った話ではない。

■ワグネルの今後

プーチンがウクライナに侵攻した2022年2月以前のワグネルの中核事業は、中央アフリカ共和国やマリなどの政府を警護することだった。

ワグネルとロシア政府とのつながりは長く謎に包まれていたが、いまや公然の秘密だ。その証拠にロシアのセルゲイ・ラブロフ外務大臣は26日、ワグネルはアフリカにとどまるだろうと発言した。またプーチンは27日、ワグネルには国家予算から年間860ドル余りの資金提供をしてきたと認めた。

LSE IDEASのアソシエイト、ヴク・ヴクサノヴィッチはニューズウィークに対して、「ワグネルは、アフリカ大陸におけるロシアの安全保障上の存在感を担う大きな要素だ。その見返りにロシア政府は、アフリカのレアアース鉱物などの重要資源を入手する」と話した。

「したがって、ワグネルは今後も、ウクライナでも国際的にも、活動を継続するだろう。ただし、ロシア国防省の厳しい統制下で、ということになる可能性が高い」とヴクサノヴィッチは述べる。

「プリゴジンがいなくなっても、ワグネルは「ウクライナや、その他の安全保障に関わる現場にとどまり続ける」と続けた。「ロシア政府は、ワグネルという資産を手放したくはないだろう」と、ヴクサノヴィッチは言う。
プリゴジンは海外での活動継続を許される可能性もある。「プリゴジンが、国外におけるワグネルの活動の指揮を続けられるかどうかは、プリゴジンとロシア指導部との関係を理解するうえで重要な鍵になる」と、欧州外交評議会(ECFR)広域欧州プログラム長のマリー・デュムランはニューズウィークに話した。

■「プリゴジンの乱」で、プーチン早期退陣の可能性

ロシアが混乱状態に陥れば、予測不能で核兵器も持つロシアは世界にとって危険な存在に

傭兵は、カネの切れ目が縁の切れ目。犬は捨てられると、飼い主にかみついてくる。1979年のソ連のアフガニスタン侵入後、アメリカが支援した反ソ連・ムジャヒディンの勢力は、ソ連軍撤退後はアメリカに見捨てられて、反米テロリスト集団「アルカイダ」に衣替えしている。

今回のプリゴジンの乱については、プリゴジン特有の大げさな物言いが横行していて判断を鈍らせるが、昨日までのロシア・西側の報道を総合すると、実情は次のようなものだろう。

■西側の報道を総合すると

プリゴジンが囚人から身を起こし、ケータリング・サービスで軍に取り入り、プーチンに取り入り、「プーチンの料理長」と呼ばれるようになったのは周知の事実。その後、彼は「軍隊ケータリング」、すなわち傭兵業に手を伸ばす。2014年、ロシア軍が東ウクライナに侵入した時、米国の傭兵会社が活動していたが、ロシア軍諜報部GRUは同じような企業をロシアにも作っておくと便利だと思い、プリゴジンをくわえこんだのだろう。

しかしプリゴジンのワグネル社は、ロシア軍には敵視される。国のカネで活動しているのに(プーチンは27日、2022年5月からの1年間で、政府がワグネル社に兵員給料・賞与用に約10億ドル分の資金を払ったと言っている)、軍の命令を受けず、「いいとこ取り」ばかりするからだ。2015年秋にはロシア軍とともにシリアに駐留したが、この時も夜間勝手に油田の接収に向かい、守っていた(とは知らなかった)米軍から壊滅的な攻撃を受けている。ロシア政府は「ワグネルは民間会社」ということでしらを切ったが、本当は米ロの軍事衝突すれすれだった。

これでワグネルはさすがに中央から冷や飯を食わされ、リビアとか中央アフリカ共和国でのドサ周りをさせられる。ここで地元の鉱産資源利権などに食い込もうとしたが、多分うまくいかなかったのだろう。2022年2月、ウクライナ戦争が始まると、欧州に舞い戻る。

そして戦線が膠着すると、ワグネルは中央から便利に使われ始めた。ロシア軍が兵員確保に苦労する中で、ワグネルは月2000ドルを超える給与を提示。戦死保険まで備えて、兵員を募集した。そして100万人に上る囚人という人材プールに目を付け、当局とのコネで囚人を戦線に叩き込む。死刑の代わりに。

この半年、ワグネルは「バフムトの戦い」の主役だった。冬季に軍は大きく動けないが、戦略拠点(と言うほどでもない)のバフムトを決戦の場に仕立て上げて、ウクライナ軍を消耗させた。ロシア軍本体は温存され、二重・三重の塹壕・堡塁線と地雷原を構築した。

この防御線のせいで今、ウクライナ軍の逆攻勢は止められていて、ロシア軍の間では「ドネツクでのサファリ」という言葉が流行している。つまりドイツがウクライナに供与した戦車レオパルト(豹)を鹵獲(ろかく)、あるいは破壊しに行こうと言うのだ。ウクライナ軍が消耗した時を見計らって、ロシア軍が逆逆攻勢に出れば、占領地域を拡大することができるだろう。

これで、ワグネルは不要になった。カネがかかるし、弾薬をやらないとすぐ国防相や総参謀長の悪口をSNSに書き立てる。これはもう、軍の中に吸収してしまおうということで、6月末にはその契約への署名受付を始めることになった。

■モスクワへの「進軍」

ここでワグネルは立ち上がる。ウクライナに接するロストフ州の首都ロストフ・ナ・ダヌーにあるロシア軍南方軍管区の建物などを「占拠」、23日にはトラックなどを連ねてモスクワへの「進軍」を始める。その模様をSNSなどで流すから、ロシアの国営テレビもニュースで詳しく流さざるを得ない。というわけで、外部からは1917年のロシア革命後、地方から「反乱軍」が攻めあがった時と同じに見えてしまった。

しかし一連の騒ぎは、白昼夢のごとく、音も色もついていない感じ。と言うのは、「反乱軍」がロシア軍(国内軍)の抵抗を何も受けていないのだ。抵抗しても、ワグネル軍の戦力にはかなわなかっただろうという見方もあるが、ハイウェーを高速で走るワグネル軍がミサイルとか大砲を落ち着いて撃てるはずもない。

要するに、「ワグネル軍を止めろ」という指令がクレムリンから下りてこなかったから、軍、国家親衛隊(国内軍)、警察等々、ロシア専制国家を支える装置の数々はばらばらのまま、動き始めなかった、というのが実情なのだろう。日本でもよくある、「上からの調整が不十分で、諸省庁の谷間に落ちて」しまったのだ。

それに、「プリゴジンはプーチンのお抱え」という意識が浸透しているから、現場では自分の判断で何かをしようという気が起きない。

加えて、今回の「進軍」は当初、「反乱軍の進軍」ではなかった。「プーチンお抱え傭兵隊の陳情のためのクレムリン詣で」だったのだ。日本の戦前の二・二六事件で、天皇の意を受けた「兵に告ぐ」声明が出るまでは、反乱軍はまだ反乱軍ではなかったのと同じ。

だから24日10時、意を決した――自分の責任であることを認めるのと同じだったので――プーチンが声明を発して、ワグネルを反乱軍扱いしたところで、プリゴジンも反転を即座に決めた。プーチンはプリゴジンと直接取引はできないので、ルカシェンコにプリゴジンとの交渉を委ねた。ルカシェンコにとっては、プーチンに恩を売る絶好の機会。

■プーチン早期退陣の可能性

プーチン早期退陣の可能性が出てきたと思う。「プリゴジンの乱」のごたごたはプーチンの責任だ、彼がウクライナ戦争を始め、プリゴジンなどを引き込んだせいで、ロシアは破滅に向かっているではないか――という声が、ロシアの要人たちの喉から出かかっている。ロシアは、プーチン独裁の国ではない。公安=FSBを核とする保守エリート層の神輿として、プーチンは存在している。神輿が古くなると、次の神輿が担ぎ出される。

プーチンは1999年12月、エリツィンに禅譲を受け、首相から大統領代行に昇格。翌年3月の選挙で正式に大統領になった人物。当時のエリツィンは1998年8月のデフォルトで経済をめちゃめちゃにした上、病気で執務もできず、周囲から圧力を受けていた。禅譲の4カ月前の99年8月、プーチンは国家保安庁長官から首相に横滑り、9月にはチェチェン独立運動鎮圧戦争を開始。首相が司令官役を務めるというのは異例なことなのだが、首都グロズヌイを灰燼に帰すという決然たる指揮ぶりで大人気を得ると、その勢いで2000年3月の大統領選挙で勝利する。

当時の情勢を、ウクライナ戦争の今に当てはめるとどうなるか? 「ロシアはこれからウクライナで逆逆攻勢に出て、キーウをミサイルで大規模攻撃。ドネツク州、ザポリッジャ州、ヘルソン州全域を占領。それを成果にして停戦合意を結ぶ。この逆逆攻勢はプーチンに差配させるのではなく、後任の大統領代行にさせる。その代行は逆逆攻勢での「功績」を支えに、来年3月の大統領選挙で国民のお墨付きを得る。もともと有力な対抗馬はいない。しかし後任者の人気を盛り上げるには、禅譲は早い方がいい」ということになる。

■「ミシュスチン(首相)大統領代行」の可能性

となると、ミシュスチン首相が最も自然な禅譲相手。大統領が執務不能の場合の代行は首相、と憲法で定められているからだ。また、彼は元国税庁長官で、経済のマネジメントに優れているし、2020年1月首相就任以来、権力の黒幕FSBとも信頼関係を築いているだろう。

西側のマスコミでは、プーチンの後任として、シロビキの親玉であるニコライ・パトルシェフの息子、ドミトリー・パトルシェフ農業大臣が云々されることが増えている。まだ経験不足だと思うが、6月14日には国賓として来訪したテブン・アルジェリア大統領を空港に出迎えている。

7月11日にはリトアニアでNATO首脳会議がある。今のところ、ここではNATOのウクライナ支援の限界が明らかになる情勢だ。ここまでロシアは静かにしているのが得策。そして夏、西側諸国の関係者が皆休暇に出て、緊急対応がしにくい時を狙ってプーチンは退陣。「大統領代行」が「逆逆攻勢」を開始する、という寸法だ。

■ロシア軍のメルト・ダウン? 「動乱時代」へ?

話しは続く。で、逆逆攻勢を開始すると、消耗しているウクライナ軍は抵抗できないかもしれない。しかしこの時、天祐が働く。と言うのは、ロシア軍、国防省の上層部ががたがたになって、派閥闘争も生じている可能性があるので、そういう時ロシア軍の兵士は「自主性」を発揮することがあるからだ。第1次大戦の時、本国首都の情勢が流動化する中、上官を射殺したり(これは自衛隊でも同じ)、勝手に故郷に帰ってしまう兵まで続出している。

26日付のBBCロシア語ニュースは、「何が何だかわからない混乱期が到来するかもしれない。17世紀初頭の『動乱時代』のような時期が10年以上続き、予測不能で核兵器も持つロシアは、世界にとって危険な存在になるだろう」と書いている。

■『砂の器』

6月10日付の英エコノミスト誌は面白い記事を掲載している。プーチンの実の母親はベラ・プチーナと言って、5月31日ジョージアの寒村で97歳で亡くなったとしている。彼女はロシアにいた頃、大学のパーティーで知り合った男と一夜を過ごしてプーチンを懐妊。その後ジョージアの兵士と結婚して、ジョージアに移住。プーチンは一緒にいたが、9歳の時、ベラの両親のもとに厄介払いされた。ところがこの両親(祖父母)は病身で、プーチンを軍の寮に送り、その後ベラとの音信は途絶えた、というのだ。

これはまるで松本清張の小説、映画『砂の器』のような可哀そうなロマン。暗い思い出を抱えた男が名声を博すも、追いつめられて殺人を冒すという物語。プーチンは戦争犯罪を犯して、国際刑事裁判所のお尋ね者となり、うっかり海外に出られない。これではロシアの外交は麻痺してしまう。これもまた、ロシアの保守エリートたちが「彼を更迭する」理由の一つになるだろう。
2023.06.29 08:28 | 固定リンク | 戦争

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