プリゴジン氏「ロシアの乗っ取り画策」司令官を拘束
2023.06.11



プリゴジン氏に政治野心か 「総動員」「死刑」訴え地方行脚―ロシアの乗っ取りを画策 ワグネルがロシア軍旅団司令官を拘束

 ロシアの民間軍事会社ワグネルによるウクライナ東部ドネツク州バフムトの「完全制圧」宣言後、帰国した創設者プリゴジン氏が地方行脚を始め、連日のように記者会見を開いている。「プーチン大統領のシェフ」の異名を取るプリゴジン氏を巡っては、「政治的野心」があるのではないかとの見方が強まっている。

■非武装化にロシア失敗と主張

 ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジン氏は、ロシアはウクライナ侵攻で目標とした「非武装化」に失敗し、ウクライナ軍は今や「世界最強の軍隊」の一つになったと述べた。政治学者がインタビュー動画を23日に公開した。保守派の一人として、長期戦を見据えて国内の楽観論を戒めたとみられる。

 ワグネル戦闘員は5月25日にバフムトから撤退を開始した。独立系メディアによると、これと並行してプリゴジン氏は30、31の両日、中部エカテリンブルクや極東ウラジオストク、シベリアのノボシビルスクを回って記者会見を開いた。

 同氏は、ロシア軍のウクライナ侵攻について「東部ドンバス地方解放に2年、首都キーウ(キエフ)到達に3~4年かかる」と長期化を予想。その上で「総動員令の早期発出」「(凍結中の)死刑執行の復活」「計画経済の導入」などが喫緊の課題だと訴えた。

 特に死刑に関し「戦時の犯罪には厳罰が必要だ」「(これに極刑を科したソ連の独裁者)スターリンは正しかった」と持論を展開。バフムトで元受刑者を含むワグネル戦闘員約2万人が戦死したと明らかにしたプリゴジン氏は、人命軽視の姿勢を問題視されており、総動員の主張は批判を集めそうだ。
 ただ、主戦論を掲げる保守派の一部から支持されており、プリゴジン氏はSNSによる過激な内容の情報発信を通じ、影響力の保持を試みている。政権に従順な左派政党「公正ロシア」の乗っ取りを画策中と伝えられたこともある。

 プリゴジン氏は、自身の地方行脚について「政治のキャリア始動と見なしてはならない」「大統領選出馬はない」と説明。一方で「ワグネルの第2戦線」と銘打った新たな活動を示唆し、政治的野心が警戒されている。

■「逃げたのはワグネル(偽情報)」 ロ軍抵抗―ウクライナ軍の現場指揮官

 ウクライナ軍の現場指揮官は、東部ドネツク州の激戦地バフムトで反転攻勢に出たことを認めた上で、ロシアの民間軍事会社ワグネルの戦闘員らが真っ先に逃げ出したと明らかにした。米CNNテレビが12日、インタビューを伝えた。ロシア軍は抵抗したという。

 ワグネル創設者でロシア国防省と対立するプリゴジン氏は最近、弾薬不足が解消されないと主張。ワグネルを側面支援するロシア軍が「配置転換」名目で逃亡していると告発していた。指揮官の証言が事実とすれば、これらの発言が「偽情報」だった可能性がある。

■ワグネル深刻な武器不足「制圧されない」―ウクライナ軍指揮官

 バフムトは、プリゴジン氏らが「実質的に包囲した」と主張したまま制圧されていない。深刻な武器不足が停滞の背景として指摘される。

 ロイター通信によると、プリゴジン氏は通信アプリ「テレグラム」に動画を投稿し「(武器不足の)理由を探そう。よくある官僚主義なのか(軍や政府のワグネルへの)裏切りなのか」と不満を口にした。「ワグネルが今、バフムトから退却したら全ての前線が崩壊する。(その結果)ロシアの国益を守る全編隊にとって状況は一層悪くなる」と警告。戦線維持には、ワグネルへの武器の供給が不可欠だと訴えた。

 プリゴジン氏は、これまでにもしばしば正規軍や国防省を批判し、軍や政界との不協和音は、足踏みを続ける侵攻の舞台裏をのぞかせてきた。

 交通の要衝バフムトは、ドネツク州北部掌握の足掛かりとなる。ロシアの部隊が犠牲を顧みない猛攻を繰り返している。守勢のウクライナ側は、地元部隊司令官が状況を「地獄のようだ」と表現した。撤退命令は出ていない。「防衛は続いている」と主張している。

 ヨルダンを訪問したオースティン米国防長官は6日、今後の展開は見通せないと述べつつ「戦略的と言うよりも象徴的な意味が大きい」とバフムト攻略の意味を読み解いた。ただ「バフムト陥落がロシア軍の次の攻勢につながるとは必ずしも言えない」と語り、甚大な犠牲を出し続けるロシアの戦術への評価は低い。

 一方、米シンクタンク戦争研究所は5日の戦況評価で「ウクライナの部隊が(バフムトを南北に流れる)バフムト川の東側堤防の陣地から退く動きがある」と分析した。ただ「限定的な戦術上の撤退」とみられ、完全撤退の意図があるか判断は時期尚早と指摘していた。

■ロシアの第1防衛線を突破―英国防省は10日

 英国防省は10日、ロシアの侵攻を受けるウクライナ軍が過去48時間に、同国の東部と南部で大規模な作戦を実施したとの分析を公表した。「いくつかの地域では前進し、ロシアの第1防衛線を突破した可能性が高い」とした。

 ゼレンスキー大統領はロシアに対する反転攻勢が始まっていることを認めており、戦況は新たな局面を迎えている。

 ウクライナメディアによると、ウクライナ軍東部方面部隊の報道官は10日、東部ドネツク州の激戦地バフムト周辺で「1日に最大1400メートル前進できた」と述べた。

 英国防省の分析によると、ロシア側は自軍が設置した地雷原を通って撤退し、犠牲者を出している部隊もある。

■ウ軍が反攻開始「プーチン`ヒトラーと同じ轍」

 ウクライナ軍「バフムート方面で支配的な高台を占領」

 ウクライナのハンナ・マリャル国防次官は5日、メッセンジャーアプリのテレグラムチャンネルで「いくつかの地域で攻撃的な行動に移行している。(東部ドネツク州の激戦地)バフムート方面は依然として敵対行為の震源地だ。そこでかなり広範囲に行動し、前進している。支配的な高台を占領している」と述べた。

 マリャル国防次官はさらにこう明らかにした。

 「敵は防御に徹し、陣地を保持しようとしている。南部で敵は守勢に回っている。局地戦が続いている。ロシアが積極的に反攻の情報を流している理由はバフムート方面での敗北から注意をそらす必要があるからだ。ホルティツィア作戦戦略グループは東部戦線で攻撃行動を展開している」

 「敵の激しい抵抗と陣地防御の試みにもかかわらず、わが部隊はいくつかの地域で前進している。バフムート方面の2カ所でそれぞれ200~1600メートル、100~700メートル進んだ。戦闘は続いている」

 ウクライナ軍は、バフムートを制圧したロシア軍を逆に包囲しようとしていると一部のアナリストは解説する。

 ウクライナ地上軍のオレクサンドル・シルスキー司令官のテレグラムチャンネルによると、突撃旅団の戦車が敵陣を破壊し、部隊が小さな森林地帯を前進している。戦闘の規模については言及を避けているものの、バフムートに向かって「われわれは前進を続けている」という。ここ数日、ウクライナ軍はバフムート周辺で前進するため限定的な努力を続けていた。

■口論の末、ワグネルがロシア軍旅団司令官を拘束

 これに先立ち、ロシア国防省はテレグラムチャンネルで「4日朝、敵は戦略予備軍から第23、31機械化旅団を投入し、他の部隊の支援を受けてドネツク方面の5つの前線で大規模な攻勢を開始した。わが軍は敵の機械化大隊6個と戦車大隊2個と交戦し、撃退した。ウクライナ軍の損失は250人以上の兵員、戦車16両、歩兵戦闘車3両、装甲戦闘車21両」と発表した。

 ロシア国防省によると、ドネツク州と南部ザポリージャ州でロシア軍は積極的な行動、空爆、砲撃を行い、ウクライナ軍に損失を与えた。合計して最大300人のウクライナ兵と戦車16両、装甲戦闘車両26両、車両14両を破壊したという。

 ウクライナの反プーチン準軍事組織も引き続きウクライナと国境を接するベルゴロド州への越境攻撃を試みたが、撃退したと発表した。

 ウクライナ南部のロシア軍占領地域にある巨大ダム、カホフカダムが破壊され、洪水のような水が放出された。数千人が避難した。ウクライナ軍と北大西洋条約機構(NATO)はロシア軍が破壊したと非難している。

 一方、英国防情報部は6日のツイートで「この48時間、数カ月間にわたって比較的静かだった場所も含め戦線の多くの区間で戦闘が大幅に増加している。同時にロシアの民間軍事会社ワグネル・グループとロシア国防総省の間の確執は前例のないレベルに達している」と指摘している。

 「ワグネル創設者エフゲニー・プリゴジンは初めてロシア軍がワグネルに対し意図的な殺傷力を行使したと主張した。口論になり、ワグネルはロシア軍旅団司令官を拘束したとみられる。ワグネルの大半はバフムートから撤退。ロシア軍は予備部隊が不足している。ワグネルが国防省にどの程度対応し続けるかが、今後数週間の紛争における重要な要素となる」

■反攻を控え、沈黙を呼びかけていたウクライナ軍

 反攻準備が整ったウクライナ軍は4日、沈黙を呼びかけた。いくつかの前線で戦闘が激化しているのは確実だ。米政府関係者も米紙ニューヨーク・タイムズに、攻撃の急増はウクライナ軍が長い間計画していたロシア軍に対する反攻が始まったことを示す可能性があると述べている。

 反攻はついに始まったのか。ウクライナ軍関係者は筆者にこんな見方を示す。

 「露ベルゴロド州への作戦とザポリージャ州への小規模な陽動作戦の組み合わせは反攻を前に敵の居場所と出方を探る行動の一部だ。ウクライナ陸軍はロシアの空軍と地上軍が軽部隊や即応部隊、本格的な戦闘集団を使ってどのように反応するかを確認したいのだ」

 ロシア軍は塹壕に身を潜めているため、偵察衛星やドローンだけではどこにいるかはっきりしない。

 「ロシア軍はウクライナ軍の全面的な反攻に備えて、防御部隊を分散させないようベルゴロド州の防御を放棄したいようだ。ナチスドイツのアドルフ・ヒトラーがD-デイ(ノルマンディー上陸作戦)でパンツァー戦車部隊の配置を間違えたことがドイツの防衛戦略を台無しにした。ウラジーミル・プーチン露大統領も同じ間違いを犯すかもしれない」

 「ロシア軍はウクライナ軍の反攻を防ぐため、塹壕、対戦車溝、竜の歯の3層の防御帯を頼りにしている。ウクライナ軍が防御帯で立ち往生したり失速したりすると、ロシアの多連装ロケット砲や榴弾砲の攻撃を受ける恐れがある。ロシア軍の大砲はウクライナ軍を8-10対1で圧倒している。一方、ロシア軍の戦車部隊は現在、ほとんどなきに等しい」

■攻防のカギを握る戦車部隊

 「ロシア軍は大砲と戦術航空(ヘリコプターや戦闘爆撃機)で戦うことになる。このためウクライナ軍は機甲師団による電撃戦と突破が必要だ。ウクライナ軍はロシア軍の防御が強固なポイントを迂回し、クリミア半島とロシア本土を結ぶ“陸の回廊”を分断するためアゾフ海とクリミア半島との境に到達する必要がある」とこのウクライナ軍関係者は言う。

 「ウクライナ軍の予備兵力は3~5旅団(1旅団の兵員4000人)で、これらは装甲兵と機械化歩兵の予備兵力である。昨年秋、北東部ハルキウで起きたことを思い出す必要がある。ロシア軍が再集結して動員された時にはウクライナ軍はすでに防御帯を突き破っていた。6週間だ。時間が経てばすべてが分かるだろう」

 2月の英シンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」の報告では、ロシア軍はウクライナに侵攻して以来、T-72B3やT-72B3Mを含む近代戦車部隊の少なくとも半分を失った。損失は1700両以上とされる。

 戦場の空白を埋めるため古い戦車を倉庫から引っ張り出している。今年、モスクワでの軍事パレードに参加した戦車は第二次大戦時のソ連製T-34型1両のみだった。

 IISSのヘンリー・ボイド研究員は「実際の数字はそれよりも20~40%高いのではないか。2000~2300両が失われた可能性がある」と指摘している。ウクライナ軍も戦車を失ったが、ロシア軍が戦場に放置した戦車を奪取、ドイツや英国などからレオパルト2やチャレンジャー2など約300両の主力戦車を受け取り、補強してきた。

■ヒトラーがD-デイで犯した間違い

 米軍関係者や家族のためのサイト「ミリタリー・ドット・コム」で戦史家ジョセフ・V・ミカレフ氏が、ヒトラーがD-デイで犯した間違いについて解説している。

 「問題はパンツァー戦車部隊の配置が違っていたら、ドイツ軍はノルマンディーへの連合軍の上陸をうまく撃退し、D-デイの結果に影響を与えたかどうかだ」という。ミカレフ氏によると――。

 パンツァー戦車部隊の作戦展開にはヒトラーの確認が必要であった。名将エルヴィン・ロンメルは、上陸はカレーとブローニュ・シュル・メールの間で行われる可能性が最も高いと考えていた。セーヌ川を挟んでノルマンディーの北側である。セーヌ川は河口のデルタが大きく、湿地帯が広がる。セーヌ川にかかる橋のいくつかはパンツァーの重量に耐えられない。

 北アフリカで連合軍と戦った経験から、ロンメルは連合軍の航空機が後方地域から前線へのパンツァー戦車部隊の移動を妨げると考えた。フランス沿岸部は湿地帯と丘陵地、森林地帯が組み合わさり、臨機応変に機甲部隊を集結させるのは容易ではない。ロンメルはコンクリート製のトーチカと圧倒的な火力で海岸線での撃破を唱えた。

 勝負の分かれ目は戦場にある9個師団のパンツァー戦車部隊と1個師団の機械化部隊にかかっていた。ロンメルは、歩兵を支援するパンツァー戦車部隊を、連合軍の弱点を突き、ドイツ軍の戦線の穴を塞ぐために展開する局所戦術部隊として海岸沿いに配置したいとヒトラーに直訴した。

 ヒトラーはロンメルの言い分を半分だけ取り入れ、パンツァー戦車部隊を二分した。ロンメルに与えられた3個師団のうちノルマンディーに配置されたのは1個だけだった。2個師団はセーヌ川以北に配置された。

■電撃戦の成否は先行する欺瞞作戦にかかっている

 ドイツは約1400両の戦車を保有していたが、連合軍の侵攻から48時間以内に行動を起こしたのは400両未満であった。ロンメルは上陸地点が判明する前にパンツァー戦車部隊を展開したことで、重要な時間帯に事実上、戦力外としてしまったとミカレフ氏は結論付けている。

 しかし、その裏には名将ロンメルをして上陸地点の判断を誤らせた連合軍の巧みな欺瞞作戦「フォーティテュード作戦」があった。

 ウクライナ軍はモスクワへのドローン攻撃や露ベルゴロド州への越境攻撃を仕掛け、バフムート包囲戦の開始でプーチンの面子を傷つけ、混乱に陥れている。機甲師団による電撃戦の成否は、先行する欺瞞作戦の出来にかかっている。

2023.06.11 10:30 | 固定リンク | 戦争

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