ロシア軍南部2州完全孤立で「全部隊投降」か
2023.10.04
ウクライナ反転攻勢 ロシア防衛線の突破口を拡大 ロシア軍瓦解へ 米供与「ATACMS」のトンデモない実力
BBCビジュアル・ジャーナリズム・チーム
ロシアに対する反転攻勢をじわじわと進めるウクライナ軍は、南部ザポリッジャ州の前線でロシア軍の防衛線を越え、その突破口を少しずつ拡大している。
ウクライナ各地の戦場における、9月末までの主な情勢は次の通り。
複数のアナリストによると、ザポリッジャ州の前線でウクライナ軍は初めて装甲車を、ロシア側の陣地へと進めた。
東部バフムート周辺では、ロシア軍が精鋭部隊をザポリッジャ州へ移動させた後、ウクライナ軍が少し前進した。
ロシア軍はウクライナ南西部で、ドナウ川の港へのドローン攻撃を継続。ウクライナの穀物輸出を妨害し続けている。
■ウクライナの装甲車が前進
ウクライナ軍は8月末に奪還したという南部ロボティネ村の近くで、ロシア軍の防衛線を越え、ここ数週間でその突破口の幅を広げてきた。軍事アナリストたちは、次の大攻勢に向けてウクライナ側が準備をしているのかもしれないと話す。
ザポリッジャ市の南東約56キロにある小さいロボティネ村は、6月初めにウクライナの反転攻勢が始まって以来、重要な拠点となっている。
ウクライナ軍の進軍ペースはゆっくりだが、アメリカのシンクタンク戦争研究所(ISW)のアナリストたちは9月末の時点で、ロシアが設置した対戦車用の溝や「竜の歯」と呼ばれる障壁を越えて、ウクライナ軍が装甲車をロシア陣地に前進させているのを初めて確認したという。場所は、ロボティネに近いヴェルボヴェのすぐ西側だという。
ISWによると、これは「前進の重要な証拠」だが、確認できるロシアの防衛拠点をすべて通過したわけではないため、ウクライナがロシアの防衛線を完全に突破したとはまだ言えないという。
BBCのフランク・ガードナー安全保障担当編集委員は、この作戦がウクライナの反転攻勢で最も戦略的に重要な部分だと指摘。もし成功すれば、ロシア国内のロストフ・ナ・ドヌからロシア支配下のクリミアまで続く、ロシア軍の補給線を切断することになるという。
これが実現すれば、2014年に併合して以来クリミアに駐留させている大部隊を、ロシアは維持できなくなるとガードナー編集委員は言う。
ただし、ウクライナ軍の前進はこれまでのところロボティネ村周辺に限られているため、部隊がアゾフ海まで到達しロシアの補給線を断てるようになるまでには、まだまだ先は長い。
■バフムート攻防
ロボティネ村近くでウクライナ軍が防衛線の突破口を広げようとする間、ロシア軍は援軍をこの地域に送り込んでいる。援軍の中には、他の地域に配備されていた精鋭部隊も含まれている。
イギリス国防省は、ロシア空てい部隊(VDV)の再配備によって、東部バフムート周辺の防衛が手薄になった可能性があると指摘する。バフムート周辺はこの戦争の激戦地の一つ。
バフムートは今年春以降、ロシアの支配下にあるものの、その周辺ではウクライナが少しずつ前進している。イギリス国防省によると、バフムートから南約8キロに位置するクリシュチイヴカとアンドリイヴカの二つの村を、ウクライナ軍が奪還し、足場を固めているという。
■クリミア攻撃
ウクライナ軍はここ1カ月、クリミア半島への攻撃も強化している。9月22日には、ロシア黒海艦隊が母港とする港湾都市セヴァストポリにミサイルを撃ち込み、艦隊司令部を攻撃した。
この攻撃でロシア軍の将官34人が死亡し、その中には黒海艦隊のヴィクトル・ソコロフ司令官も含まれるとウクライナは主張した。しかし、ロシア政府はその後、攻撃の数日後に撮影されたものだとする映像を公開。そこにはソコロフ司令官が映っていた。
ウクライナ軍はこれに先立ち、9月13日にもセヴァストポリをミサイルで攻撃し、軍艦と潜水艦を破壊。黒海艦隊の艦艇補修に使われる乾ドックにも大きな損傷を与えた。
いずれの攻撃にも、イギリスやフランスが提供した長距離巡航ミサイル「ストームシャドウ」が使用されたという。
ウクライナ軍はさらに9月14日には、ロシアがクリミア半島の防衛に設置した防空システムS-400を海軍が破壊したと発表した。
ウクライナ軍は8月末にも別のS-400を破壊したほか、洋上の天然ガス設備に設置されているロシアのレーダーを破壊している。
ロシアの黒海艦隊は、ウクライナにとって重要な標的となる。ロシア海軍の旗艦艦隊と位置付けられており、その艦船からのミサイル攻撃はウクライナに甚大な被害をもたらしてきた。
黒海艦隊はさらに、ウクライナの穀物輸出を阻止するため、海上輸送ルートを封鎖している。これを克服することが、ウクライナ政府にとって目下の大きな課題となっている。
ロシア政府は今年7月半ば、国連とトルコが仲介したウクライナ産穀物の輸出協定から離脱した。軍艦ではない船舶による黒海の安全航行を保障する協定から離れた理由として、ロシアは自国産の農産物が不利な状態に置かれていると主張した。
ロシアの協定離脱以来、オデーサ港など黒海に面したウクライナの港から穀物を積んで出港できた船はごくわずか。9月22日になってようやく、協定失効後初めて、大型貨物船が穀物を積んでオデーサの南にあるチョルノモルスク港を出港し、1週間後にトルコに到着した。
■ドナウ川の港に攻撃
イギリスの農業・園芸開発委員会(ADHB)によると、ウクライナが輸出する穀物の65%が現在、ドナウ川のイズマイル港とレニ港から出荷されている。穀物は川や運河を経て、ルーマニアのスリナ港とコンスタンタ港から黒海へと出る。
ドナウ川の河口から黒海に出る船は直ちにルーマニア領海に入るため、理論上はこの方が安全ということになる。
しかし、ロシアはドローンを使ってウクライナのドナウ川港も攻撃している。
ドナウ川はウクライナと、北大西洋条約機構(NATO)加盟国を隔てる国境でもあるだけに、ロシアのこの攻撃は地政学上の不安要素をはらんでいる。ロシアのドローンが少なくとも1回は、ドナウ川を越えて対岸のルーマニア国内イズマイルで爆発した様子が撮影されている。
■1年以上続く戦闘
ロシアによるウクライナ侵攻は2022年2月24日未明、ウクライナ各地の都市へのミサイル攻撃で始まった。
数十カ所へのミサイル攻撃から間もなく、ロシアの地上部隊が国境を越えて進み、数週間のうちにウクライナの広い範囲を制圧。首都キーウの近郊までロシア軍は迫った。
ロシア軍はウクライナ北東部ハルキウを砲撃し、東部だけでなく南西部へルソンも制圧。南東部の港湾都市マリウポリを包囲した。
しかし、ウクライナの人たちは各地で徹底抗戦を繰り広げた。対するロシア兵の士気は低く、食料や水や銃弾が不足するなどロシア軍は補給の面でも深刻な問題に直面した。
2022年10月までに、開戦当初の勢力図は大きく塗り替えられた。首都キーウの制圧に失敗したロシア軍は、ウクライナ北部から完全に撤退した。
開戦から1年半以上がたち、ウクライナは今も続ける反転攻勢によって、戦況を好転させようとしている。
■ロシア軍瓦解へ
南部激戦地でもう一息のウクライナ軍、突破できればロシア軍瓦解へ
1.突破拡大するウクライナ地上軍
ウクライナ軍とロシア軍は、ザポリージャ州西部に主要戦力を集中させて戦っている。この地での勝敗により、戦争の勝敗が見えてきそうな天王山の戦いだ。
ウクライナ南部ザポリージャ州の西部で、ウクライナ地上軍(陸軍に海軍歩兵が加わっているので地上軍の名称を使用)は、ロボティネからトクマクまでの目標線(オリヒウ攻撃軸)に向けて突破口を形成し、それを拡大して、南下しつつある。
一方、ロシア地上軍は南下するウクライナ軍の南下を止めようと必死で、両軍は死闘を繰り広げている。
この地の戦いでは、ウクライナ軍の後方連絡線は後方にあるが、ロシア軍のそれは南にアゾフ海があるために主に東にある。
そのため、ザポリージャ州防御のロシア軍は、この地で敗北すれば、東からの後方連絡線を遮断されるという脅威を受けている。
ザポリージャ州西部のオリヒウ攻撃軸では、両軍の戦闘力の先端がぶつかり合っているのだ。
ロシア軍が占拠する地域は、南北に幅約110キロあるが、防御陣地はその北部の約30キロに集中している。
その約30キロの間に、ロシア軍は前進陣地、第1・第2・第3の防御陣地を、地域によっては第2と第3の間にも陣地線を構築した。
さらに、市街地を利用した防御も実施している。
ウクライナ軍はこれまで、前進陣地や第1防御線を破壊してきた。ベルボベ正面では第2防御線を突破して進んでいる。
ロシア軍はこれらの防御線の戦闘に最も力を入れてきた。ウクライナ軍も苦戦を強いられてきたが、10~12キロほど深く進軍できている。
ベルボベ正面は、応急陣地の2.5防御線と第3防御線がある。あと、十数キロの戦だ。ロシア軍の戦力は減少しているし、もともと配備されている部隊は2個旅団だけだ。
ロボティネ正面は、まだ第2防御線と第3防御線が残っている。したがって、まだまだ厳しい戦いが続く。
これらの防御線を打ち破れば、その南にはトクマクなどの都市を守るように陣地が構築されているが、主要な都市以外はウクライナ軍を阻止できるような陣地は作られていない。
このため、第3防御線を突破されたときのロシア軍は、ウクライナ軍の前進を止めるためには応急陣地を構築するか、機動打撃により攻撃するほかはない。
南部戦線における地上戦を、第3防御線までの戦いとこれ以降のヤゾフ海までの戦いに区分して、今後の戦闘予想について考察する。
2.オリヒウ攻撃軸、防御3線突破要領
オリヒウ攻撃軸のこれまでの攻撃には、十数キロの前進のために4か月を費やした。
これは、ロシア軍が戦力と防御準備の点で最も強い抵抗をしてきたためだ。地雷などの障害処理にも時間がかかった。
ロシア軍は死力を尽くして戦ったが、戦力を消耗し、ウクライナ軍の前進の速度を遅らせられても、止められてはいない。
火砲の損害も著しく多く、砲撃も大きく減少してきた。
一方、ウクライナ軍は、クラスター弾をロシア軍の防御陣地に使い、効果も出ている。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と米国のジョー・バイデン大統領の会談では、射程距離の長い地対地ミサイルATACMS(Army Tactical Missile System、エイタクムス)供与の発表もあった。
この兵器の供与により、攻撃進展速度はさらに速くなるであろう。
これから、ウクライナ軍はどの方向から攻撃するのか予想する。
どの攻撃方向を選択するかで、攻撃目標、攻撃進展速度、ロシア軍の機動打撃対処方法も変わる。
今後の攻撃方向は概ね3つに集約される。
オリヒウ攻撃軸の東側のベルボベから南への攻撃方向(A-1)、ロボティネからトクマクの東を通過する攻撃方向(A-2)、ロボティネからトクマクへ進む攻撃方向(A-3)がある。
図2:オリヒウ攻撃軸、予想されるウクライナ軍の攻撃方向とロシア軍の防御線
3つの攻撃方向の特色について述べる。
A-1の場合は、現在、第2防御線を突破し戦闘中であるベルボベを経由して南下する攻撃軸である。
この経路では、第3防御線のみ1本だけが立ち塞がってくる。道路状況によっては、応急陣地のような第2.5防御線を突破する必要がある。
また、現在の接触線から第3防御線までは十数キロ、現在攻撃しているベルボベを占拠すれば、残り7~8キロであり、第3防御線を突破するまでに、最短の攻撃軸である。
この攻撃軸が、現在では最も進展していることから、ウクライナ軍は、この方向を重視して攻撃を進める可能性が高い。
A-2の場合は、ロボティネから南下して、トクマクの東側を通過して南下する攻撃である。
また、この方向はトクマクへの直接攻撃を避けるものである。この方向は、まだ第2と第3の防御線が無傷のまま残っている。
ここを突破するには、ロシア軍の火砲数が著しく減少している現状でも、現在の予備部隊を投入しクラスター弾やATACMSを使ったとしても、10月末まで突破することが難しくなっている。
ただ、突破してしまえば、これらの南には周到な防御陣地が構成されていないので、217高地まで到達するのは早くなる。
A-3の場合は、ロボティネからトクマクの市街地を直接攻撃するものである。
トクマクまでには、A-2と同様に第2と第3防御線がまだ無傷のまま残っている。さらに、トクマクの周囲にも陣地線が構築されている。
著名な都市を攻撃して成功すれば攻撃成功の宣伝はできるが、トクマクを占拠するまでに多くの時間を要してしまう。
トクマクだけで数か月間かかる可能性がある。
そうなればロシア軍が新たな防御線を構築して、ヤゾフ海まで南下するのに時間がかかってしまい、ウクライナ軍の戦争構想が失敗する恐れが出てしまう。
できれば、市街地の戦闘を避けて、南下作戦を実施したいと考えるだろう。
もしも、トクマクがロシア軍に占拠され続ければ、ウクライナ軍の南下作戦の側背に脅威が残ると思われるが、ここは一部の部隊で拘束すればよい。
また、火砲を使って、トクマクに占拠する司令部や兵站施設を火砲で攻撃していけば、つまり兵糧攻めをしていれば、この寒い冬の期間に、ロシア軍の降伏を促すだろう。
この3つの攻撃方向を比較すれば、A-1が攻撃進展が進んでいること、ロシア軍の防御線が少なく短いこと、その後の攻撃進展が速いことが予想されることから、この方向を主攻撃として攻撃を続行する可能性が高い。
とはいえ、ウクライナ軍は第3防御線の突破口を形成したとしても、突破口の拡大を行う必要性があることから、ロボティネからトクマク方向への攻撃も継続して実施するだろう。
3.ヤゾフ海に面する都市までの攻撃方向
ウクライナ軍は、第2と第3防御線を突破した後は、南下してヤゾフ海に面する都市、メリトポリやベルジャンスクまでを奪還して、南部2州およびクリミア半島とロシア占拠地との間を分断する作戦だ。
これらはどうのようになるのだろうか。
具体的には、どの地域を目標として、どの方向から攻撃するのか。
攻撃方向については、3方向(A-1ab、A-2、A-3)が考えられる。
図3:南部戦線ザポリージャ州オリヒウ攻撃軸作戦予想
A-1は、A-1aとA-1bに分けられる。
A-1aは、ウクライナ軍が現在、ロシア軍の第2線陣地のベルボベを打ち破って進む延長線上の方向だ。
これは、295高地からベルジャンスクに至る経路だ。この経路には主要な道路はないが、ロシア軍の防御陣地がなく、抵抗が少ない。
295高地を占拠していれば、ロシア軍の機動打撃がある場合でも、対処が有利に進められる。
A-1bは、第3防御ラインを打破した後に217高地を経由して、その後、道路P37号線沿いに南下しベルジャンスクに至るものだ。
途中から主要な道路を使用できることで、比較的機動が容易である。
また、この道路を獲得することで、トクマクへの補給を制約することができる。217高地を占拠していれば、ロシア軍の機動打撃がある場合でも、対処が有利に進められる。
A-2は、ロボティネから第2と第3の防御線を突き抜け、その後、方向を南東に向けて進み、150高地、そしてベルジャンスクに至る経路である。
これは、都市トクマクを攻撃せずに、トクマクの東をすり抜けて進むものであり、攻略に時間がかかるトクマクの市街戦を避け、ベルジャンスクに至ることができるので、早期にアゾフ海に到達することができる。
前述したが、トクマクを奪回しないことは、ウクライナ軍の攻撃前進に側背に脅威が残るが、これについては一部の部隊でロシア軍を拘束すれば済むことである。
ウクライナ軍がベルジャンスクに到達すれば、トクマクやメリトポリを守る部隊への補給を遮断することができるので、兵糧攻めで陥落させることができる。
A-3は、第2防御線を通過してトクマクの防御線を突破し、トクマクに入り市街戦を実施しなければならない。
トクマク奪回に多くの時間がかかる。その次に、メリトポリに入り市街地戦闘を実施することになる。
トクマクおよびメリトポリでの市街地戦闘は、陥落させるために時間がかかるし、ウクライナ軍としても大きな被害を受けることになる。
また、ロシア軍の兵站連絡線を止めることができないので、ロシア軍も長期間戦うことができる。
4.ヤゾフ海に面する都市までの攻撃目標
ウクライナ軍は、現在の接触線からヤゾフ海に到達するまでに、目的・距離別に概ね、
(1)ロシア軍防御線を突破する目標線(トクマク目標線)
(2)ロシア軍兵站線の妨害を可能とする目標線(ロシア軍兵站妨害目標線)
(3)ロシア軍を東西に分断する目標線(ロシア軍東西分断目標線)を設定すると考えられる。
図3ウクライナ軍の南部戦線ザポリージャ州オリヒウ攻撃軸作戦予想を参照。
(1)トクマク目標線
ウクライナ軍が、ロシア軍の3線の防御線の3線目に突破口を形成し、さらに突破口を拡大することができれば、ロシア軍のザポリージャ州における防御は瓦解する。
そして、これよりも南には防御線がないために、ロシア軍はウクライナ軍の南下を阻止することは極めて難しくなる。
ただ、この目標線を獲得しただけでは、ロシア軍を東西に分断することはできない。また、兵站活動を妨害することも難しい。
このため、ウクライナ軍は、この目標線獲得後は、速やかに南下するだろう。
(2)ロシア軍兵站妨害目標線
トクマク目標線を獲得しただけでは、ロシア領域からメリトポリへの後方連絡線(E58道路)を遮断することはできない。
ウクライナ軍は、少なくとも217高地や295高地の南までを獲得しなければならない。
ただし、トクマク目標線を獲得すれば、それよりも周到に準備した防御陣地がないので、ここを通過できればロシア軍兵站妨害目標線まで到達する時間は少なくて済む。
この目標線に到達する前後には、ロシア軍は北部・東部の戦力を抽出してザポリージャ州に移動し、この地まで進出したウクライナ軍を機動打撃するだろう。
ロシア軍がこの地を奪回されれば、南部2州のロシア軍は孤立する可能性が高まる。
(3)と(4)ロシア軍東西分断目標線
ウクライナ軍がメリトポリおよびベルジャンスクに到達すれば、東西の後方連絡線を完全に遮断できる。
ロシア軍は、この地を奪回されれば南部2州のロシア軍は完全に孤立するし、クリミア半島の部隊までもが孤立する。
孤立すれば、時間の経過とともに兵糧攻めにより、投降する部隊が増加する。
このような事態を防ぐために、ロシア軍は前述同様に各地から戦力を抽出して、最大規模の機動打撃を実施するだろう。
5.トクマク目標線進出で南下阻止不可能に
オリヒウ攻撃軸でウクライナ軍の攻撃が進展すれば、ロシア軍の防御は瓦解し、主力はベルジャンスク経由でロシア領内に後退し、一部はトクマク、メリトポリの市街地に集結し、長期間の防御を行うだろう。
しかし、補給が続かず、自滅することになる。
図4:ロシア軍の防勢作戦イメージ
自滅を防ぐために、ロシア軍はまずザポリージャ州東部やヘルソン州に配備している部隊から兵力を抽出して、機動打撃-1を行うだろう。
この場合、ザポリージャ州西部やヘルソン州の部隊が少なくなる。
この動きをウクライナ軍が察知すれば、これらの2つの地域から反撃を開始することになるであろう。
図5:各段階におけるロシア軍の機動打撃要領
ロシア軍はこれまで何度も攻勢に失敗したこと、ロシア軍に大きな損失が出ていることから、トクマク目標線でウクライナ軍の攻撃を撃退することは不可能であろう。
ロシア軍が次に反撃を行うのは、295高地および217高地だ。
この場合、ロシア軍は北部戦線や東部戦線から戦力を集中して機動打撃-2を実施する可能性がある。
障害物を利用した陣地線での防御ではなく、防御の利がない機動打撃では、ロシア軍の成功はない。
ウクライナ軍にベルジャンスクが奪回されれば、ロシア軍は東西に分断されてしまい、ザポリージャ州およびヘルソン州の2州に配備されたロシア軍は孤立し、弾薬等の補給が得られなくなる。
さらに、クリミア橋がATACMSで破壊されれば、補給が完全に途絶してしまう。
孤立を防ぐために、ロシア軍は、この正面に対して北部と東部の戦線から抽出した多くの部隊を使って、機動打撃-3・4を実施するだろう。
ロシア軍のこれまでの戦いであれば、ウクライナ軍を撃退することは困難である。
また、この時点になると、ロシア軍内に混乱が起きている可能性が高く、機動打撃は失敗するだろう。
ウクライナ軍にメリトポリが奪回されれば、ロシア軍は東西に分断され、2州に配備されたロシア軍は抵抗できずに早期に降伏することになる。
■米供与「ATACMS」のトンデモない実力
ロシア軍は戦々恐々…米国がウクライナに供与を決めた長距離ミサイル「ATACMS」のトンデモない実力 専門家は”微妙なさじ加減”に注目
「バイデン政権、ウクライナにATACMSを少数提供へ-関係者」との記事を配信し、YAHOO! ニュースのトピックスに転載された。ATACMSは「エイタクムス」と発音され、日本語に訳すと「陸軍戦術ミサイル・システム」となる。
ATACMSの性能は極めて高く、いわゆるゲームチェンジャー、戦況を一変させる兵器だと指摘されてきた。今回、初めて供与されるわけだが、ウクライナの念願がようやく叶った形だ。
2022年2月にロシア軍がウクライナに侵攻すると、早くも6月の時点でATACMSを供与すべきか議論になった。
ゼレンスキー大統領は供与を切望していた。しかし、バイデン大統領は22年6月21日の会見で「第三次世界大戦は望まない」と強く否定。さらに今年1月にもアメリカ国防省の高官が「性能が過剰だ」と説明したことを読売新聞が報じた
ATACMSを供与するとロシアを過度に刺激しかねない──これがアメリカの本音だった。軍事ジャーナリストが言う。
「ATACMSの射程距離は300キロメートルと長く、命中精度も高いことで知られています。東京都庁から300キロ圏内といえば、静岡県、愛知県、富山県、長野県などです。これらの地域なら、どこでもピンポイントで攻撃できるわけです。ロシアにとって脅威であることは言うまでもなく、対抗措置として戦術核の使用をほのめかしても不思議ではありません。バイデン大統領の『第三次世界大戦は望まない』という発言は、ATACMSの高性能を考えれば当然でした」
やはり怖いロシア
だが、遂にアメリカは供与へと踏み切った。ロシアの恫喝に屈せず、ウクライナに対する強い支援を実現したということなのだろうか。
「ブルームバーグを筆頭に欧米のメディアは、全て『少数』の供与と報じています。これは異常事態と評しても大げさではありません。ホワイトハウス側が『少量』を強調しているわけですが、本来ならあり得ないことです。情報戦でロシアにプレッシャーを与えるためにも、供与数を公表しないのが普通でしょう。バイデン政権が供与を明らかにしながら同時に火消しにも躍起なのは、依然としてロシアの反応が怖いからです」
ならば「ATACMSはロシアの逆上が心配されるほど高性能な兵器」という言い方も可能だろう。一体、ATACMSの何が凄いのか。
クリミア半島の港湾都市セバストポリに、ロシア黒海艦隊の司令部があります。ウクライナ軍は9月22日、司令部の攻撃に成功したと発表。34人の将校が死亡し、その中に艦隊司令官のビクトル・ソコロフ大将も含まれているとの情報も飛び交いました。さらにBBCは、攻撃にはイギリスとフランスが共同開発した空中発射巡航ミサイル『ストームシャドウ』が使われたと報じました。
ロシア空軍の基地も攻撃可能
ストームシャドウも輸出版は射程距離が280キロある。ATACMSの300キロとほぼ互角と言えるが、性能の差は大きいという。
「ストームシャドウは航空機から発射する必要があり、ウクライナ空軍は数機しか持っていないSU-24戦闘爆撃機を使用しています。機数が足りないのは明白で、いつでも爆撃機を飛ばせるわけではありません。ところが、ATACMSは高機動ロケット砲システム『HIMARS』からの発射が可能です。おまけに、ストームシャドウの最高速度は音速(マッハ1)未満の亜音速ですが、ATACMSはマッハ3で飛びます」(同・軍事ジャーナリスト)
ウクライナ南部の都市ヘルソンは、反攻作戦における重要拠点の一つ。このヘルソンからセバストポリの距離は約250キロだ。
「ATACMSを使えば、ウクライナ軍はクリミア半島に駐留するロシア軍を広範囲に攻撃できます。例えば、アゾフ海沿岸の都市ベルジャンシクにはロシア空軍の基地があり、戦闘機や軍用ヘリである程度の航空優勢を確保しているとされています。しかし、ウクライナ領内からATACMSを発射すれば、基地を攻撃できます。甚大な被害が出るのは確実で、一定期間、離着陸を不可能にすることが可能です」
封じ込められるロシア軍
アメリカは以前からHIMARSの供与は行っており、ウクライナ軍はフル活用している。そして重要なことだが、HIMARSがロシア軍の攻撃を受けて破壊されたという報道は今まで一つもない。
「HIMARSが発射するロケット弾の射程距離は約80キロです。ロシア軍は着弾地点から発射地点を算出するレーダーシステムを稼働させており、その範囲は30キロから40キロと推定されています。榴弾砲なら撃たれても発射地点を割り出せますが、HIMARSだとお手上げです。情報の精度が高いことで知られているオランダの戦争研究サイト『ORYX』でも、HIMARSの損害は確認されていません。そしてATACMSに至っては射程距離300キロですから、“絶対的な安全地帯”からロシア軍の重要拠点を攻撃することができます」(同・軍事ジャーナリスト)
ロシア軍がクリミア半島に拠点を置く司令部、兵站、軍港、空軍基地は、大半が射程圏内となる。ロシア国内とクリミア半島を結ぶクリミア大橋を標的とする可能性も高い。
「ロシア軍は今、ウクライナ領内に攻め込む考えはありません。ATACMSが実戦配備されれば、さらに自陣内に引きこもるでしょう。ロシア軍を封じ込めることができるわけですから、ウクライナ軍にとってはまさに戦術核を手にいれたほどの価値があります。ATACMSでクリミア半島のロシア軍を集中攻撃すれば、反転攻勢に強い追い風が吹くのは間違いありません」
ATACMSと冬
アメリカが「少量」を強調しているのは前に見た通りだ。これには「在庫」の問題も大きいという。
「ATACMSは1991年の湾岸戦争で初めて実践で使用されました。ところが、中距離核戦力全廃条約(INF)が2019年に失効したことから、アメリカ軍は射程500キロ超のミサイル開発にシフトしており、ATACMSの製造は終了しました。在庫は約4000発と見られているのですが、ウクライナの他にも台湾など供与を求めている国はたくさんあります。そのためアメリカ軍は、ウクライナにATACMSを無制限で供与することは反対していたのです」
こうした状況から考えると、アメリカはATACMSを「ウクライナが冬を乗り切るための兵器」と位置づけている可能性が高いという。
「秋の終わりに差しかかかると、ウクライナの大地は泥濘と化し、戦車の移動が難しくなります。そして長い冬が到来し、大地は凍って軍事車両の通行は可能になりますが、今度は兵士が寒さで動けなくなります。ただでさえ戦線は膠着するわけですが、ATACMSの射程距離に入っているロシア軍は新しい陣地や兵站の構築さえ難しくなります。衛星で監視され、そこを狙われたらひとたまりもありません。ウクライナ軍はロシア軍を身動きできない状況にさせ、戦況を見ながら重要な軍事施設を破壊し、戦果を宣伝しながら春を迎えようとしているのではないでしょうか」
ロシア軍の悪夢
春になるとNATO(北大西洋条約機構)加盟国から供与される航空戦力が揃うと言われている。これでウクライナ軍は、戦車を孤立させず、空の支援を得ながら反攻作戦を行うことが可能になる。
「ただでさえロシア軍はATACMSで身動きが取れなくなるわけですが、春になって航空戦力が整うと、かなりの脅威を感じると思います。もしロシアのプーチン大統領にまともな判断能力があれば、停戦交渉に応じても不思議ではない状況です。アメリカの狙いも、おそらくはそこにあるのではないでしょうか」
停戦交渉が現実のものとなるためにも、ATACMSの大活躍が期待される。もちろん実力は充分だと専門家の誰もが太鼓判を押す。
「ATACMSを搭載しているコンテナは、HIMARSのロケット弾のコンテナと全く同じ形です。操作するアメリカ軍の兵士も『100メートル離れると、どちらか分からない』と口を揃えます。これは敵軍に監視された場合を想定しているからです。戦場に潜むHIMARSを発見し、軍事衛星やドローンで必死にコンテナを判別しようとしても、射程距離が80キロのロケット弾なのか、300キロのATACMSなのか分かりません。HIMARSは『高機動ロケット砲システム』と訳されるように、発射した後は高速で離脱することが可能です。そしてATACMSなら、マッハ3で標的まで飛んでいきます。こうなると、もう誰にも止められません。今冬、ロシア軍にとっては悪夢のような被害が出ると思われます」
BBCビジュアル・ジャーナリズム・チーム
ロシアに対する反転攻勢をじわじわと進めるウクライナ軍は、南部ザポリッジャ州の前線でロシア軍の防衛線を越え、その突破口を少しずつ拡大している。
ウクライナ各地の戦場における、9月末までの主な情勢は次の通り。
複数のアナリストによると、ザポリッジャ州の前線でウクライナ軍は初めて装甲車を、ロシア側の陣地へと進めた。
東部バフムート周辺では、ロシア軍が精鋭部隊をザポリッジャ州へ移動させた後、ウクライナ軍が少し前進した。
ロシア軍はウクライナ南西部で、ドナウ川の港へのドローン攻撃を継続。ウクライナの穀物輸出を妨害し続けている。
■ウクライナの装甲車が前進
ウクライナ軍は8月末に奪還したという南部ロボティネ村の近くで、ロシア軍の防衛線を越え、ここ数週間でその突破口の幅を広げてきた。軍事アナリストたちは、次の大攻勢に向けてウクライナ側が準備をしているのかもしれないと話す。
ザポリッジャ市の南東約56キロにある小さいロボティネ村は、6月初めにウクライナの反転攻勢が始まって以来、重要な拠点となっている。
ウクライナ軍の進軍ペースはゆっくりだが、アメリカのシンクタンク戦争研究所(ISW)のアナリストたちは9月末の時点で、ロシアが設置した対戦車用の溝や「竜の歯」と呼ばれる障壁を越えて、ウクライナ軍が装甲車をロシア陣地に前進させているのを初めて確認したという。場所は、ロボティネに近いヴェルボヴェのすぐ西側だという。
ISWによると、これは「前進の重要な証拠」だが、確認できるロシアの防衛拠点をすべて通過したわけではないため、ウクライナがロシアの防衛線を完全に突破したとはまだ言えないという。
BBCのフランク・ガードナー安全保障担当編集委員は、この作戦がウクライナの反転攻勢で最も戦略的に重要な部分だと指摘。もし成功すれば、ロシア国内のロストフ・ナ・ドヌからロシア支配下のクリミアまで続く、ロシア軍の補給線を切断することになるという。
これが実現すれば、2014年に併合して以来クリミアに駐留させている大部隊を、ロシアは維持できなくなるとガードナー編集委員は言う。
ただし、ウクライナ軍の前進はこれまでのところロボティネ村周辺に限られているため、部隊がアゾフ海まで到達しロシアの補給線を断てるようになるまでには、まだまだ先は長い。
■バフムート攻防
ロボティネ村近くでウクライナ軍が防衛線の突破口を広げようとする間、ロシア軍は援軍をこの地域に送り込んでいる。援軍の中には、他の地域に配備されていた精鋭部隊も含まれている。
イギリス国防省は、ロシア空てい部隊(VDV)の再配備によって、東部バフムート周辺の防衛が手薄になった可能性があると指摘する。バフムート周辺はこの戦争の激戦地の一つ。
バフムートは今年春以降、ロシアの支配下にあるものの、その周辺ではウクライナが少しずつ前進している。イギリス国防省によると、バフムートから南約8キロに位置するクリシュチイヴカとアンドリイヴカの二つの村を、ウクライナ軍が奪還し、足場を固めているという。
■クリミア攻撃
ウクライナ軍はここ1カ月、クリミア半島への攻撃も強化している。9月22日には、ロシア黒海艦隊が母港とする港湾都市セヴァストポリにミサイルを撃ち込み、艦隊司令部を攻撃した。
この攻撃でロシア軍の将官34人が死亡し、その中には黒海艦隊のヴィクトル・ソコロフ司令官も含まれるとウクライナは主張した。しかし、ロシア政府はその後、攻撃の数日後に撮影されたものだとする映像を公開。そこにはソコロフ司令官が映っていた。
ウクライナ軍はこれに先立ち、9月13日にもセヴァストポリをミサイルで攻撃し、軍艦と潜水艦を破壊。黒海艦隊の艦艇補修に使われる乾ドックにも大きな損傷を与えた。
いずれの攻撃にも、イギリスやフランスが提供した長距離巡航ミサイル「ストームシャドウ」が使用されたという。
ウクライナ軍はさらに9月14日には、ロシアがクリミア半島の防衛に設置した防空システムS-400を海軍が破壊したと発表した。
ウクライナ軍は8月末にも別のS-400を破壊したほか、洋上の天然ガス設備に設置されているロシアのレーダーを破壊している。
ロシアの黒海艦隊は、ウクライナにとって重要な標的となる。ロシア海軍の旗艦艦隊と位置付けられており、その艦船からのミサイル攻撃はウクライナに甚大な被害をもたらしてきた。
黒海艦隊はさらに、ウクライナの穀物輸出を阻止するため、海上輸送ルートを封鎖している。これを克服することが、ウクライナ政府にとって目下の大きな課題となっている。
ロシア政府は今年7月半ば、国連とトルコが仲介したウクライナ産穀物の輸出協定から離脱した。軍艦ではない船舶による黒海の安全航行を保障する協定から離れた理由として、ロシアは自国産の農産物が不利な状態に置かれていると主張した。
ロシアの協定離脱以来、オデーサ港など黒海に面したウクライナの港から穀物を積んで出港できた船はごくわずか。9月22日になってようやく、協定失効後初めて、大型貨物船が穀物を積んでオデーサの南にあるチョルノモルスク港を出港し、1週間後にトルコに到着した。
■ドナウ川の港に攻撃
イギリスの農業・園芸開発委員会(ADHB)によると、ウクライナが輸出する穀物の65%が現在、ドナウ川のイズマイル港とレニ港から出荷されている。穀物は川や運河を経て、ルーマニアのスリナ港とコンスタンタ港から黒海へと出る。
ドナウ川の河口から黒海に出る船は直ちにルーマニア領海に入るため、理論上はこの方が安全ということになる。
しかし、ロシアはドローンを使ってウクライナのドナウ川港も攻撃している。
ドナウ川はウクライナと、北大西洋条約機構(NATO)加盟国を隔てる国境でもあるだけに、ロシアのこの攻撃は地政学上の不安要素をはらんでいる。ロシアのドローンが少なくとも1回は、ドナウ川を越えて対岸のルーマニア国内イズマイルで爆発した様子が撮影されている。
■1年以上続く戦闘
ロシアによるウクライナ侵攻は2022年2月24日未明、ウクライナ各地の都市へのミサイル攻撃で始まった。
数十カ所へのミサイル攻撃から間もなく、ロシアの地上部隊が国境を越えて進み、数週間のうちにウクライナの広い範囲を制圧。首都キーウの近郊までロシア軍は迫った。
ロシア軍はウクライナ北東部ハルキウを砲撃し、東部だけでなく南西部へルソンも制圧。南東部の港湾都市マリウポリを包囲した。
しかし、ウクライナの人たちは各地で徹底抗戦を繰り広げた。対するロシア兵の士気は低く、食料や水や銃弾が不足するなどロシア軍は補給の面でも深刻な問題に直面した。
2022年10月までに、開戦当初の勢力図は大きく塗り替えられた。首都キーウの制圧に失敗したロシア軍は、ウクライナ北部から完全に撤退した。
開戦から1年半以上がたち、ウクライナは今も続ける反転攻勢によって、戦況を好転させようとしている。
■ロシア軍瓦解へ
南部激戦地でもう一息のウクライナ軍、突破できればロシア軍瓦解へ
1.突破拡大するウクライナ地上軍
ウクライナ軍とロシア軍は、ザポリージャ州西部に主要戦力を集中させて戦っている。この地での勝敗により、戦争の勝敗が見えてきそうな天王山の戦いだ。
ウクライナ南部ザポリージャ州の西部で、ウクライナ地上軍(陸軍に海軍歩兵が加わっているので地上軍の名称を使用)は、ロボティネからトクマクまでの目標線(オリヒウ攻撃軸)に向けて突破口を形成し、それを拡大して、南下しつつある。
一方、ロシア地上軍は南下するウクライナ軍の南下を止めようと必死で、両軍は死闘を繰り広げている。
この地の戦いでは、ウクライナ軍の後方連絡線は後方にあるが、ロシア軍のそれは南にアゾフ海があるために主に東にある。
そのため、ザポリージャ州防御のロシア軍は、この地で敗北すれば、東からの後方連絡線を遮断されるという脅威を受けている。
ザポリージャ州西部のオリヒウ攻撃軸では、両軍の戦闘力の先端がぶつかり合っているのだ。
ロシア軍が占拠する地域は、南北に幅約110キロあるが、防御陣地はその北部の約30キロに集中している。
その約30キロの間に、ロシア軍は前進陣地、第1・第2・第3の防御陣地を、地域によっては第2と第3の間にも陣地線を構築した。
さらに、市街地を利用した防御も実施している。
ウクライナ軍はこれまで、前進陣地や第1防御線を破壊してきた。ベルボベ正面では第2防御線を突破して進んでいる。
ロシア軍はこれらの防御線の戦闘に最も力を入れてきた。ウクライナ軍も苦戦を強いられてきたが、10~12キロほど深く進軍できている。
ベルボベ正面は、応急陣地の2.5防御線と第3防御線がある。あと、十数キロの戦だ。ロシア軍の戦力は減少しているし、もともと配備されている部隊は2個旅団だけだ。
ロボティネ正面は、まだ第2防御線と第3防御線が残っている。したがって、まだまだ厳しい戦いが続く。
これらの防御線を打ち破れば、その南にはトクマクなどの都市を守るように陣地が構築されているが、主要な都市以外はウクライナ軍を阻止できるような陣地は作られていない。
このため、第3防御線を突破されたときのロシア軍は、ウクライナ軍の前進を止めるためには応急陣地を構築するか、機動打撃により攻撃するほかはない。
南部戦線における地上戦を、第3防御線までの戦いとこれ以降のヤゾフ海までの戦いに区分して、今後の戦闘予想について考察する。
2.オリヒウ攻撃軸、防御3線突破要領
オリヒウ攻撃軸のこれまでの攻撃には、十数キロの前進のために4か月を費やした。
これは、ロシア軍が戦力と防御準備の点で最も強い抵抗をしてきたためだ。地雷などの障害処理にも時間がかかった。
ロシア軍は死力を尽くして戦ったが、戦力を消耗し、ウクライナ軍の前進の速度を遅らせられても、止められてはいない。
火砲の損害も著しく多く、砲撃も大きく減少してきた。
一方、ウクライナ軍は、クラスター弾をロシア軍の防御陣地に使い、効果も出ている。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と米国のジョー・バイデン大統領の会談では、射程距離の長い地対地ミサイルATACMS(Army Tactical Missile System、エイタクムス)供与の発表もあった。
この兵器の供与により、攻撃進展速度はさらに速くなるであろう。
これから、ウクライナ軍はどの方向から攻撃するのか予想する。
どの攻撃方向を選択するかで、攻撃目標、攻撃進展速度、ロシア軍の機動打撃対処方法も変わる。
今後の攻撃方向は概ね3つに集約される。
オリヒウ攻撃軸の東側のベルボベから南への攻撃方向(A-1)、ロボティネからトクマクの東を通過する攻撃方向(A-2)、ロボティネからトクマクへ進む攻撃方向(A-3)がある。
図2:オリヒウ攻撃軸、予想されるウクライナ軍の攻撃方向とロシア軍の防御線
3つの攻撃方向の特色について述べる。
A-1の場合は、現在、第2防御線を突破し戦闘中であるベルボベを経由して南下する攻撃軸である。
この経路では、第3防御線のみ1本だけが立ち塞がってくる。道路状況によっては、応急陣地のような第2.5防御線を突破する必要がある。
また、現在の接触線から第3防御線までは十数キロ、現在攻撃しているベルボベを占拠すれば、残り7~8キロであり、第3防御線を突破するまでに、最短の攻撃軸である。
この攻撃軸が、現在では最も進展していることから、ウクライナ軍は、この方向を重視して攻撃を進める可能性が高い。
A-2の場合は、ロボティネから南下して、トクマクの東側を通過して南下する攻撃である。
また、この方向はトクマクへの直接攻撃を避けるものである。この方向は、まだ第2と第3の防御線が無傷のまま残っている。
ここを突破するには、ロシア軍の火砲数が著しく減少している現状でも、現在の予備部隊を投入しクラスター弾やATACMSを使ったとしても、10月末まで突破することが難しくなっている。
ただ、突破してしまえば、これらの南には周到な防御陣地が構成されていないので、217高地まで到達するのは早くなる。
A-3の場合は、ロボティネからトクマクの市街地を直接攻撃するものである。
トクマクまでには、A-2と同様に第2と第3防御線がまだ無傷のまま残っている。さらに、トクマクの周囲にも陣地線が構築されている。
著名な都市を攻撃して成功すれば攻撃成功の宣伝はできるが、トクマクを占拠するまでに多くの時間を要してしまう。
トクマクだけで数か月間かかる可能性がある。
そうなればロシア軍が新たな防御線を構築して、ヤゾフ海まで南下するのに時間がかかってしまい、ウクライナ軍の戦争構想が失敗する恐れが出てしまう。
できれば、市街地の戦闘を避けて、南下作戦を実施したいと考えるだろう。
もしも、トクマクがロシア軍に占拠され続ければ、ウクライナ軍の南下作戦の側背に脅威が残ると思われるが、ここは一部の部隊で拘束すればよい。
また、火砲を使って、トクマクに占拠する司令部や兵站施設を火砲で攻撃していけば、つまり兵糧攻めをしていれば、この寒い冬の期間に、ロシア軍の降伏を促すだろう。
この3つの攻撃方向を比較すれば、A-1が攻撃進展が進んでいること、ロシア軍の防御線が少なく短いこと、その後の攻撃進展が速いことが予想されることから、この方向を主攻撃として攻撃を続行する可能性が高い。
とはいえ、ウクライナ軍は第3防御線の突破口を形成したとしても、突破口の拡大を行う必要性があることから、ロボティネからトクマク方向への攻撃も継続して実施するだろう。
3.ヤゾフ海に面する都市までの攻撃方向
ウクライナ軍は、第2と第3防御線を突破した後は、南下してヤゾフ海に面する都市、メリトポリやベルジャンスクまでを奪還して、南部2州およびクリミア半島とロシア占拠地との間を分断する作戦だ。
これらはどうのようになるのだろうか。
具体的には、どの地域を目標として、どの方向から攻撃するのか。
攻撃方向については、3方向(A-1ab、A-2、A-3)が考えられる。
図3:南部戦線ザポリージャ州オリヒウ攻撃軸作戦予想
A-1は、A-1aとA-1bに分けられる。
A-1aは、ウクライナ軍が現在、ロシア軍の第2線陣地のベルボベを打ち破って進む延長線上の方向だ。
これは、295高地からベルジャンスクに至る経路だ。この経路には主要な道路はないが、ロシア軍の防御陣地がなく、抵抗が少ない。
295高地を占拠していれば、ロシア軍の機動打撃がある場合でも、対処が有利に進められる。
A-1bは、第3防御ラインを打破した後に217高地を経由して、その後、道路P37号線沿いに南下しベルジャンスクに至るものだ。
途中から主要な道路を使用できることで、比較的機動が容易である。
また、この道路を獲得することで、トクマクへの補給を制約することができる。217高地を占拠していれば、ロシア軍の機動打撃がある場合でも、対処が有利に進められる。
A-2は、ロボティネから第2と第3の防御線を突き抜け、その後、方向を南東に向けて進み、150高地、そしてベルジャンスクに至る経路である。
これは、都市トクマクを攻撃せずに、トクマクの東をすり抜けて進むものであり、攻略に時間がかかるトクマクの市街戦を避け、ベルジャンスクに至ることができるので、早期にアゾフ海に到達することができる。
前述したが、トクマクを奪回しないことは、ウクライナ軍の攻撃前進に側背に脅威が残るが、これについては一部の部隊でロシア軍を拘束すれば済むことである。
ウクライナ軍がベルジャンスクに到達すれば、トクマクやメリトポリを守る部隊への補給を遮断することができるので、兵糧攻めで陥落させることができる。
A-3は、第2防御線を通過してトクマクの防御線を突破し、トクマクに入り市街戦を実施しなければならない。
トクマク奪回に多くの時間がかかる。その次に、メリトポリに入り市街地戦闘を実施することになる。
トクマクおよびメリトポリでの市街地戦闘は、陥落させるために時間がかかるし、ウクライナ軍としても大きな被害を受けることになる。
また、ロシア軍の兵站連絡線を止めることができないので、ロシア軍も長期間戦うことができる。
4.ヤゾフ海に面する都市までの攻撃目標
ウクライナ軍は、現在の接触線からヤゾフ海に到達するまでに、目的・距離別に概ね、
(1)ロシア軍防御線を突破する目標線(トクマク目標線)
(2)ロシア軍兵站線の妨害を可能とする目標線(ロシア軍兵站妨害目標線)
(3)ロシア軍を東西に分断する目標線(ロシア軍東西分断目標線)を設定すると考えられる。
図3ウクライナ軍の南部戦線ザポリージャ州オリヒウ攻撃軸作戦予想を参照。
(1)トクマク目標線
ウクライナ軍が、ロシア軍の3線の防御線の3線目に突破口を形成し、さらに突破口を拡大することができれば、ロシア軍のザポリージャ州における防御は瓦解する。
そして、これよりも南には防御線がないために、ロシア軍はウクライナ軍の南下を阻止することは極めて難しくなる。
ただ、この目標線を獲得しただけでは、ロシア軍を東西に分断することはできない。また、兵站活動を妨害することも難しい。
このため、ウクライナ軍は、この目標線獲得後は、速やかに南下するだろう。
(2)ロシア軍兵站妨害目標線
トクマク目標線を獲得しただけでは、ロシア領域からメリトポリへの後方連絡線(E58道路)を遮断することはできない。
ウクライナ軍は、少なくとも217高地や295高地の南までを獲得しなければならない。
ただし、トクマク目標線を獲得すれば、それよりも周到に準備した防御陣地がないので、ここを通過できればロシア軍兵站妨害目標線まで到達する時間は少なくて済む。
この目標線に到達する前後には、ロシア軍は北部・東部の戦力を抽出してザポリージャ州に移動し、この地まで進出したウクライナ軍を機動打撃するだろう。
ロシア軍がこの地を奪回されれば、南部2州のロシア軍は孤立する可能性が高まる。
(3)と(4)ロシア軍東西分断目標線
ウクライナ軍がメリトポリおよびベルジャンスクに到達すれば、東西の後方連絡線を完全に遮断できる。
ロシア軍は、この地を奪回されれば南部2州のロシア軍は完全に孤立するし、クリミア半島の部隊までもが孤立する。
孤立すれば、時間の経過とともに兵糧攻めにより、投降する部隊が増加する。
このような事態を防ぐために、ロシア軍は前述同様に各地から戦力を抽出して、最大規模の機動打撃を実施するだろう。
5.トクマク目標線進出で南下阻止不可能に
オリヒウ攻撃軸でウクライナ軍の攻撃が進展すれば、ロシア軍の防御は瓦解し、主力はベルジャンスク経由でロシア領内に後退し、一部はトクマク、メリトポリの市街地に集結し、長期間の防御を行うだろう。
しかし、補給が続かず、自滅することになる。
図4:ロシア軍の防勢作戦イメージ
自滅を防ぐために、ロシア軍はまずザポリージャ州東部やヘルソン州に配備している部隊から兵力を抽出して、機動打撃-1を行うだろう。
この場合、ザポリージャ州西部やヘルソン州の部隊が少なくなる。
この動きをウクライナ軍が察知すれば、これらの2つの地域から反撃を開始することになるであろう。
図5:各段階におけるロシア軍の機動打撃要領
ロシア軍はこれまで何度も攻勢に失敗したこと、ロシア軍に大きな損失が出ていることから、トクマク目標線でウクライナ軍の攻撃を撃退することは不可能であろう。
ロシア軍が次に反撃を行うのは、295高地および217高地だ。
この場合、ロシア軍は北部戦線や東部戦線から戦力を集中して機動打撃-2を実施する可能性がある。
障害物を利用した陣地線での防御ではなく、防御の利がない機動打撃では、ロシア軍の成功はない。
ウクライナ軍にベルジャンスクが奪回されれば、ロシア軍は東西に分断されてしまい、ザポリージャ州およびヘルソン州の2州に配備されたロシア軍は孤立し、弾薬等の補給が得られなくなる。
さらに、クリミア橋がATACMSで破壊されれば、補給が完全に途絶してしまう。
孤立を防ぐために、ロシア軍は、この正面に対して北部と東部の戦線から抽出した多くの部隊を使って、機動打撃-3・4を実施するだろう。
ロシア軍のこれまでの戦いであれば、ウクライナ軍を撃退することは困難である。
また、この時点になると、ロシア軍内に混乱が起きている可能性が高く、機動打撃は失敗するだろう。
ウクライナ軍にメリトポリが奪回されれば、ロシア軍は東西に分断され、2州に配備されたロシア軍は抵抗できずに早期に降伏することになる。
■米供与「ATACMS」のトンデモない実力
ロシア軍は戦々恐々…米国がウクライナに供与を決めた長距離ミサイル「ATACMS」のトンデモない実力 専門家は”微妙なさじ加減”に注目
「バイデン政権、ウクライナにATACMSを少数提供へ-関係者」との記事を配信し、YAHOO! ニュースのトピックスに転載された。ATACMSは「エイタクムス」と発音され、日本語に訳すと「陸軍戦術ミサイル・システム」となる。
ATACMSの性能は極めて高く、いわゆるゲームチェンジャー、戦況を一変させる兵器だと指摘されてきた。今回、初めて供与されるわけだが、ウクライナの念願がようやく叶った形だ。
2022年2月にロシア軍がウクライナに侵攻すると、早くも6月の時点でATACMSを供与すべきか議論になった。
ゼレンスキー大統領は供与を切望していた。しかし、バイデン大統領は22年6月21日の会見で「第三次世界大戦は望まない」と強く否定。さらに今年1月にもアメリカ国防省の高官が「性能が過剰だ」と説明したことを読売新聞が報じた
ATACMSを供与するとロシアを過度に刺激しかねない──これがアメリカの本音だった。軍事ジャーナリストが言う。
「ATACMSの射程距離は300キロメートルと長く、命中精度も高いことで知られています。東京都庁から300キロ圏内といえば、静岡県、愛知県、富山県、長野県などです。これらの地域なら、どこでもピンポイントで攻撃できるわけです。ロシアにとって脅威であることは言うまでもなく、対抗措置として戦術核の使用をほのめかしても不思議ではありません。バイデン大統領の『第三次世界大戦は望まない』という発言は、ATACMSの高性能を考えれば当然でした」
やはり怖いロシア
だが、遂にアメリカは供与へと踏み切った。ロシアの恫喝に屈せず、ウクライナに対する強い支援を実現したということなのだろうか。
「ブルームバーグを筆頭に欧米のメディアは、全て『少数』の供与と報じています。これは異常事態と評しても大げさではありません。ホワイトハウス側が『少量』を強調しているわけですが、本来ならあり得ないことです。情報戦でロシアにプレッシャーを与えるためにも、供与数を公表しないのが普通でしょう。バイデン政権が供与を明らかにしながら同時に火消しにも躍起なのは、依然としてロシアの反応が怖いからです」
ならば「ATACMSはロシアの逆上が心配されるほど高性能な兵器」という言い方も可能だろう。一体、ATACMSの何が凄いのか。
クリミア半島の港湾都市セバストポリに、ロシア黒海艦隊の司令部があります。ウクライナ軍は9月22日、司令部の攻撃に成功したと発表。34人の将校が死亡し、その中に艦隊司令官のビクトル・ソコロフ大将も含まれているとの情報も飛び交いました。さらにBBCは、攻撃にはイギリスとフランスが共同開発した空中発射巡航ミサイル『ストームシャドウ』が使われたと報じました。
ロシア空軍の基地も攻撃可能
ストームシャドウも輸出版は射程距離が280キロある。ATACMSの300キロとほぼ互角と言えるが、性能の差は大きいという。
「ストームシャドウは航空機から発射する必要があり、ウクライナ空軍は数機しか持っていないSU-24戦闘爆撃機を使用しています。機数が足りないのは明白で、いつでも爆撃機を飛ばせるわけではありません。ところが、ATACMSは高機動ロケット砲システム『HIMARS』からの発射が可能です。おまけに、ストームシャドウの最高速度は音速(マッハ1)未満の亜音速ですが、ATACMSはマッハ3で飛びます」(同・軍事ジャーナリスト)
ウクライナ南部の都市ヘルソンは、反攻作戦における重要拠点の一つ。このヘルソンからセバストポリの距離は約250キロだ。
「ATACMSを使えば、ウクライナ軍はクリミア半島に駐留するロシア軍を広範囲に攻撃できます。例えば、アゾフ海沿岸の都市ベルジャンシクにはロシア空軍の基地があり、戦闘機や軍用ヘリである程度の航空優勢を確保しているとされています。しかし、ウクライナ領内からATACMSを発射すれば、基地を攻撃できます。甚大な被害が出るのは確実で、一定期間、離着陸を不可能にすることが可能です」
封じ込められるロシア軍
アメリカは以前からHIMARSの供与は行っており、ウクライナ軍はフル活用している。そして重要なことだが、HIMARSがロシア軍の攻撃を受けて破壊されたという報道は今まで一つもない。
「HIMARSが発射するロケット弾の射程距離は約80キロです。ロシア軍は着弾地点から発射地点を算出するレーダーシステムを稼働させており、その範囲は30キロから40キロと推定されています。榴弾砲なら撃たれても発射地点を割り出せますが、HIMARSだとお手上げです。情報の精度が高いことで知られているオランダの戦争研究サイト『ORYX』でも、HIMARSの損害は確認されていません。そしてATACMSに至っては射程距離300キロですから、“絶対的な安全地帯”からロシア軍の重要拠点を攻撃することができます」(同・軍事ジャーナリスト)
ロシア軍がクリミア半島に拠点を置く司令部、兵站、軍港、空軍基地は、大半が射程圏内となる。ロシア国内とクリミア半島を結ぶクリミア大橋を標的とする可能性も高い。
「ロシア軍は今、ウクライナ領内に攻め込む考えはありません。ATACMSが実戦配備されれば、さらに自陣内に引きこもるでしょう。ロシア軍を封じ込めることができるわけですから、ウクライナ軍にとってはまさに戦術核を手にいれたほどの価値があります。ATACMSでクリミア半島のロシア軍を集中攻撃すれば、反転攻勢に強い追い風が吹くのは間違いありません」
ATACMSと冬
アメリカが「少量」を強調しているのは前に見た通りだ。これには「在庫」の問題も大きいという。
「ATACMSは1991年の湾岸戦争で初めて実践で使用されました。ところが、中距離核戦力全廃条約(INF)が2019年に失効したことから、アメリカ軍は射程500キロ超のミサイル開発にシフトしており、ATACMSの製造は終了しました。在庫は約4000発と見られているのですが、ウクライナの他にも台湾など供与を求めている国はたくさんあります。そのためアメリカ軍は、ウクライナにATACMSを無制限で供与することは反対していたのです」
こうした状況から考えると、アメリカはATACMSを「ウクライナが冬を乗り切るための兵器」と位置づけている可能性が高いという。
「秋の終わりに差しかかかると、ウクライナの大地は泥濘と化し、戦車の移動が難しくなります。そして長い冬が到来し、大地は凍って軍事車両の通行は可能になりますが、今度は兵士が寒さで動けなくなります。ただでさえ戦線は膠着するわけですが、ATACMSの射程距離に入っているロシア軍は新しい陣地や兵站の構築さえ難しくなります。衛星で監視され、そこを狙われたらひとたまりもありません。ウクライナ軍はロシア軍を身動きできない状況にさせ、戦況を見ながら重要な軍事施設を破壊し、戦果を宣伝しながら春を迎えようとしているのではないでしょうか」
ロシア軍の悪夢
春になるとNATO(北大西洋条約機構)加盟国から供与される航空戦力が揃うと言われている。これでウクライナ軍は、戦車を孤立させず、空の支援を得ながら反攻作戦を行うことが可能になる。
「ただでさえロシア軍はATACMSで身動きが取れなくなるわけですが、春になって航空戦力が整うと、かなりの脅威を感じると思います。もしロシアのプーチン大統領にまともな判断能力があれば、停戦交渉に応じても不思議ではない状況です。アメリカの狙いも、おそらくはそこにあるのではないでしょうか」
停戦交渉が現実のものとなるためにも、ATACMSの大活躍が期待される。もちろん実力は充分だと専門家の誰もが太鼓判を押す。
「ATACMSを搭載しているコンテナは、HIMARSのロケット弾のコンテナと全く同じ形です。操作するアメリカ軍の兵士も『100メートル離れると、どちらか分からない』と口を揃えます。これは敵軍に監視された場合を想定しているからです。戦場に潜むHIMARSを発見し、軍事衛星やドローンで必死にコンテナを判別しようとしても、射程距離が80キロのロケット弾なのか、300キロのATACMSなのか分かりません。HIMARSは『高機動ロケット砲システム』と訳されるように、発射した後は高速で離脱することが可能です。そしてATACMSなら、マッハ3で標的まで飛んでいきます。こうなると、もう誰にも止められません。今冬、ロシア軍にとっては悪夢のような被害が出ると思われます」