JAXA「月面着陸に成功」トラブルも
2024.01.20
JAXAの月面探査機「SLIM」の月面着陸に成功 トラブルも 

JAXA探査機、日本初の月面着陸-太陽電池機能せず電力切れも 

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の無人探査機が20日、日本として初めて月面に着陸した。ただ、探査機の発電に問題が発生し、活動は短時間に限定される可能性がある。

JAXAによると、小型月着陸実証機(SLIM)は日本時間20日午前0時ごろに着陸降下を開始し、同20分ごろ月に着陸した。着陸後の探査機との交信は確立できているが、搭載した太陽電池が発電しておらず、数時間で電力が尽きる可能性があるという。

月面への無人探査機の着陸成功は、旧ソ連、米国、中国、インドに続く5カ国目。岸田文雄首相は同日、「月面着陸に至ったことは大変喜ばしいニュース」だとソーシャルメディアのX(旧:ツイッター)に投稿し、「さらなる挑戦を引き続き後押ししていく」との考えを示した。

2024年1月20日未明、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月面探査機「SLIM」が月面に着陸した。

SLIMは小型月着陸実証機として、月面へのピンポイント着陸や岩石の分析などを目的としている。

月面への無人探査機の着陸に成功したのは、旧ソ連、米国、中国、インドに続く5か国目となり、日本の宇宙開発の歴史的な快挙となった。

昨年9月に鹿児島県の種子島宇宙センターから国産の「H2A」ロケットで打ち上げられたSLIMは、狙った場所へのピンポイント着陸などを実証する計画となっている。月探査を巡る国際競争が過熱する中、日本はJAXAが22年11月に超小型探査機の通信が確立できず月面着陸の計画を断念。宇宙開発スタートアップのispace(アイスペース)の試みも昨年4月に失敗していたが、今回挽回できた格好となる。

JAXA宇宙科学研究所の国中均所長は記者会見で、降下がうまくいってなければ高速で月に激突し、「探査機の機能は全て失われてしまう」と指摘。「着陸後も正常に今もなおデータが地球に送り届けられているということは、われわれが当初目的としていたソフトランディング(軟着陸)に成功したことの証左だ」と述べた。

国中所長は、ピンポイント着陸の成否については1カ月程度の分析が必要だとした上で、探査機が予定通りの軌道を描いていたことから「個人的にはピンポイントランディング技術が実証できたと考えている」と述べ、今後の宇宙開発に向け「大変大きな一歩」だとした。

JAXAは探査機の電力が尽きるまで月面からのデータ取得を優先して行っていく考えだ。探査機の太陽光パネルが想定と違う方向を向いている可能性があり、今後時間の経過と共に太陽光の当たり方が変わって発電する可能性もあると国中氏は説明した。

探査機が搭載していた小型月面探査ローバ「LEV-1」と変形型月面ロボット「LEV-2」は月に向かって降下途中にホバリングしている際に正常に分離できたという。

三菱電機によると、同社がSLIMのシステム開発と製造を担当した。これまでの海外の探査機に比べ、着陸地点の精度を数キロメートルから100メートルオーダーに向上するとともに、大幅な軽量化を図っていることを特徴としているという。

■着陸の経緯

SLIMは2023年9月に鹿児島県の種子島宇宙センターから国産の「H2A」ロケットで打ち上げられた。

月周回軌道に入った後、月面に向けた最終飛行を開始したのは2024年1月20日未明である。

SLIMはエンジンを逆噴射して減速を始め、高度約15キロメートルから約20分かけて月の赤道付近にある「神酒の海」の近くに着陸した。

着陸地点の精度は従来の探査機の誤差数キロメートル以上に対し、SLIMは100メートル以内となる世界初の「ピンポイント着陸」を目指していた。

■着陸後の状況

着陸後、SLIMは太陽電池パネルを展開して電力を確保し、地球との通信を確立する予定だったが、太陽電池パネルの展開にトラブルが発生したとみられる。

そのため、SLIMは電力が切れるまでの約2時間で月面の岩石の分析や撮影などの観測を行ったと推測される。

JAXAはSLIMからのデータを受信し、着陸の詳細や観測の成果を分析するとともに、太陽電池パネルのトラブルの原因を調査する予定である。

JAXAの月面探査機「SLIM」は2024年1月20日未明、月面に着陸し、日本が5番目の月着陸国になった。

SLIMはピンポイント着陸や岩石の分析などを目的としていたが、太陽電池パネルの展開にトラブルがあり、電力が切れるまでの約2時間で観測を行ったとみられる。

JAXAはSLIMからのデータを分析し、着陸の詳細や観測の成果、トラブルの原因を明らかにする予定である。
2024.01.20 19:29 | 固定リンク | 化学
この世は「幽霊のような遠隔作用」
2024.01.05
「幽霊のような遠隔作用」の現象(もつれ)を利用したのが、量子コンピュータor量子情報 アインシュタインが批判したが現実となってしまった

量子力学の概念

宇宙は「もつれ」で出来ているというのは、量子力学における奇妙な現象の一つである。量子もつれとは、相関を持った二つの量子が、どんなに離れていても瞬時に影響し合うということである。この現象は、因果律を破るように見えるため、アインシュタインは「幽霊のような遠隔作用」と呼んで否定した。しかし、その後の実験や理論によって、量子もつれは実在することが確認された。量子もつれは、宇宙の基本的な性質を示すものであり、量子情報や量子コンピュータなどの応用分野にも重要な役割を果たす。本論文では、量子もつれの歴史的な発展と現代的な意義について概説する。

量子もつれの発見と論争

量子もつれの概念は、1935年にアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼン(EPR)によって提唱された。EPRは、量子力学が物理現象を完全に記述できないと主張し、隠れた変数という概念を導入した。隠れた変数とは、量子力学では観測できないが、物理的な実在を持つと仮定される変数である。EPRは、隠れた変数を用いて、量子もつれという現象を説明しようとした。

量子もつれとは、例えば、二つの電子が相互作用した後に離れていくとき、それぞれのスピンが反対の向きになるということである。このとき、一方の電子のスピンを測定すれば、もう一方の電子のスピンも分かるということになる。しかし、量子力学では、測定するまではスピンは確定しておらず、確率的に決まるとされる。EPRは、これは不合理であり、測定する前にもスピンは決まっていると考えた。つまり、隠れた変数が存在するとしたのである。EPRは、このようにして、量子力学に対するパラドックスを提示した。

しかし、EPRの主張に対して、物理学者たちは反論した。特に、1948年にボームが提案した実験をもとに、1964年にベルが導いた不等式は、量子もつれの現象を検証するための重要な基準となった。ベルの不等式とは、隠れた変数が存在すると仮定したときに成り立つべき関係式である。

ベルは、この不等式が量子力学の予測と矛盾することを示した。つまり、隠れた変数が存在するとすると、量子もつれの現象は説明できないということである。ベルの不等式は、その後の実験によって、何度も破られた。これは、量子もつれが実在することを示す強力な証拠となった。量子もつれは、隠れた変数ではなく、量子力学の本質的な性質として受け入れられるようになった。

量子もつれの理解と応用

量子もつれの現象は、物理学者たちにとって、挑戦と魅力の対象であった。量子もつれは、因果律や局所性という古典的な原理に反するように見えるが、それは本当にそうなのだろうか?

量子もつれは、どのようにして生じるのだろうか?

量子もつれは、どのようにして検出や操作ができるのだろうか?

量子もつれは、どのようにして宇宙の構造や情報の伝達に影響するのだろうか?

量子もつれは、どのようにして新しい技術や応用につながるのだろうか?

これらの問いに答えるために、物理学者たちは、さまざまな理論や実験を展開してきた。その中で、特に注目されるのが、量子情報や量子コンピュータという分野である。

量子情報とは、量子もつれや量子重ね合わせという現象を利用して、情報の符号化や処理や伝送を行うという分野である。

量子情報では、量子ビットという単位を用いる。量子ビットとは、0と1の状態を重ね合わせた量子状態であり、測定するまでは0と1の確率的な重ね付けで表される。量子ビットは、量子もつれを利用して、他の量子ビットと相関を持つことができる。このようにして、量子情報では、古典的な情報にはない特徴や能力を持つことができる。

例えば、量子暗号という技術では、量子もつれを用いて、通信の安全性や秘匿性を高めることができる。 また、量子テレポーテーションという技術では、量子もつれを用いて、量子状態を別の場所に転送することができる。

量子コンピュータとは、量子情報を用いて、計算を行うという分野である。量子コンピュータでは、量子ビットを用いて、計算の入力や出力や中間過程を表す。量子コンピュータでは、量子もつれや量子重ね合わせを利用して、並列的に計算を行うことができる。このようにして、量子コンピュータでは、古典的なコンピュータにはない特徴や能力を持つことができる。

例えば、ショアのアルゴリズムという技術では、量子コンピュータを用いて、素因数分解という問題を効率的に解くことができる。 また、グローバーのアルゴリズムという技術では、量子コンピュータを用いて、探索という問題を効率的に解くことができる。

■アインシュタインが放った量子力学への疑問…「量子もつれ」の謎を解く物語

量子力学は、物理現象の最小のスケールで起こる法則を記述する理論である。量子力学では、粒子や波動の性質を持つ量子と呼ばれる基本的な存在が、確率的に振る舞うことが知られている。量子力学の予測は、実験によって高い精度で検証されており、現代の科学技術に不可欠な理論である。

しかし、量子力学には、古典的な物理学とは根本的に異なる現象が多く存在する。その中でも、特に注目されるのが、**非局所性**と呼ばれる性質である。非局所性とは、空間的に離れた量子同士が、相互に影響を及ぼすことができるという現象である。非局所性は、アインシュタインやベルなどの物理学者によって、量子力学のパラドックスとして指摘された。非局所性は、因果律や相対性理論と矛盾するように見えるが、実はそうではないことが、理論的にも実験的にも示されている。

本論文では、非局所性の概念と歴史を概説し、その重要性と意味を解説する。また、非局所性を利用した量子情報技術や量子基礎論の最新の研究動向について紹介する。最後に、非局所性の未解決の問題や将来の展望について議論する。本論文の目的は、非局所性が量子力学の本質的な特徴であり、物理学の基礎を揺るがす可能性を持つことを示すことである。

■「隠れた変数」理論とは?

 一人の天才の独創によって誕生した相対論に対し、量子論は、多数の物理学者たちの努力によって構築されてきた。数十年におよぶ精緻化のプロセスで、彼らを最も悩ませた奇妙な現象=「量子もつれ」。

 たとえ100億km離れていても瞬時に情報が伝わる、すなわち、因果律を破るようにみえる謎の量子状態は、どんな論争を経て、理解されてきたのか。EPRパラドックス、隠れた変数、ベルの不等式、局所性と非局所性、そして量子の実在をめぐる議論……。

 当事者たちの論文や書簡、公の場での発言、討論などを渉猟し尽くし、8年超の歳月をかけて気鋭の科学ジャーナリストがリアルに再現した本『宇宙は「もつれ」でできている』。これが物理学史上最大のドラマだ!

■1世紀におよぶ量子力学構築の物語

 『宇宙は「もつれ」でできている』の最大の魅力は、数式をまったく使うことなく、量子力学の構築に携わった物理学者たちがどんな考えやきっかけからどのような着想を得て、そしてどんな議論を通じてこの理論を精緻化していったかを、個々の人物のエピソードをふんだんに交えつつ、巧みに描写している点にある。

 量子力学は、原子や原子核、素粒子から、広大な宇宙にいたるまで、その性質とふるまいを理解するためになくてはならない存在だが、たった一人の独創によって誕生した相対性理論とは対照的に、一夜にして生まれたものではない。

 数多くの物理学者たちが取り組んだ結果、個々の科学者が打ち出した理論がすべて相互に関係していることが判明したのである。この驚くべき科学史上の紆余曲折について、『宇宙は「もつれ」でできている』は丹念に順を追って説明している。

 量子力学の完成は必然的に、彼ら当時の物理学者たちが互いにコミュニケーションを取り合わないかぎり、ありえなかった。

 アインシュタインやボーア、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、パウリ、ボーム、ディラックら、錚々(そうそう)たる物理学者たちが直接会って会話をしたり、手紙のやり取り(当時は電子メールなどあろうはずがない! )をしたりすることで侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が闘わされ、世紀の初頭から約30年の歳月をかけて、1930年代に量子力学が完成したのである。

 『宇宙は「もつれ」でできている』の著者であるルイーザ・ギルダーは、長年にわたって彼らが交わしたさまざまな形によるコミュニケーションを、あたかも彼女自身が直接、見聞したかのような鮮やかな“口調”で語っている。

 本書の執筆にあたり、ギルダーは8年半もの歳月をかけて、先人たちが執筆した論文や書簡、公の場での発言や討論の記録などを渉猟したという。

 史実に裏打ちされた再現ドラマは実にヴィヴィッドに描かれており、時に激しく、時に哀感をもって語られる物理学者たちのやりとりに、読者は生々しささえ感じることだろう。

 量子力学誕生の舞台となった当時のヨーロッパは、ナチスドイツの台頭に伴って風雲急を告げる時代でもあった。純粋に科学だけを追究できない難しい時代の空気を追体験することもできる本書からは、理論物理学者である私自身、初めて知るエピソードが多く、大いに興味をそそられた。

 ルイーザ・ギルダーは、2000年にアメリカの名門・ダートマス大学を卒業した若い科学ジャーナリストだが、描写が実に巧妙で、往時の物理学者たちの会話を見事に再現している。

 存命の科学者たちへのインタビューも含め、20世紀初頭からの約1世紀におよぶ量子力学構築の物語を、まるで現場に居合わせているかのような迫力で体感させてくれる。その一端をご紹介しよう。

■大きな論争の火種となった難問

 アルベルト・アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言って、量子力学を受け入れようとしなかったことで有名だ。

 彼は量子力学が「不完全な理論」であると主張したが、ニールス・ボーアは徹頭徹尾、量子力学を支持し、両者は互いに自身の主張を譲ろうとはしなかった。アインシュタインは巧妙な思考実験を思いつき、ある物理学会(ソルヴェイ会議)でボーアにそれを披露している。

 さすがのボーアも「うーん」とうなってしまったが、「もしアインシュタインの主張が正しいなら、物理学はもうおしまいだ」と考えて、なんとしても量子力学を擁護しようと試みた。

 その場ですぐには反論できなかった彼だが、翌日になって(前夜はおそらく、一睡もしなかったことだろう)、論敵の「一般相対性理論」を逆手に取り、こんどはアインシュタインをぎゃふんと言わせてみせたのだった。ギルダーは『宇宙は「もつれ」でできている』で、彼らの“論争”を間近に見ていたような鮮やかな描写で紹介している。

 ギルダーはまた、ドイツでナチスが台頭し、ヒトラーが実権を握るようになって以降の、優秀なユダヤ人物理学者たちが散り散りになっていく姿を哀感を込めて描写している。

 その象徴が、ノーベル賞こそ受賞しなかったものの、当時を代表する優秀なユダヤ人物理学者だったエーレンフェストを襲った悲劇である。障害のある息子とナチスの非道な政策の狭間でついに命を落とす彼の末期について、私は本書で初めて知った。

 ギルダーが描く量子力学の発展史のなかで、とりわけ重要な役割を果たすのが「量子もつれ」という概念である。これもまた、アインシュタインとボーアの間で大きな論争の火種となった難問だ。本書の理解を促すために、ここでかんたんに「量子もつれ」について解説しておこう。

 量子力学が一応の完成を見たとされる1930年からわずか5年後の1935年、「EPR論文」とよばれる有名な論文が発表されている。それは、「量子もつれ」を用いて、量子力学が「不完全な理論」であると指摘するものだった。

 EPRとは、この論文の三人の共同執筆者であるアインシュタイン(Einstein)、ポドルスキー(Podolsky)、ローゼン(Rosen)の頭文字をとったもので、その内容からしばしば「EPRパラドックス」ともよばれている。

 「量子」とは、ときに“波”のごとくふるまったり、ときに“粒子”のごとくふるまったりする物理的な「実体」で、光子や電子が典型的な量子である。一般に、量子は内部構造をもたないが、エネルギーや運動量、スピン(自転)などの物理量を有している。

 二つの量子のあいだでいったん相互作用が生じると、その二つの量子は「相関」をもつと言われる。相関をもった二つの量子がどんなに離れていっても――たとえ互いに100兆km離れても――、その相関性は完全に保たれる。

 二つのうち、一方の量子の物理状態(たとえばスピン)だけを実際に測定器を使って測定し、その値をはっきりと確定してしまうと、その瞬間(同時に、すなわちゼロ秒間で! )、100兆kmのはるか彼方にあるもう一方の量子の物理状態が、いっさい測定することなく自動的に決定してしまうのである。

 このような意味で、二つの量子の間の相関性は「量子のもつれ」とよばれるようになった(名付け親はシュレーディンガー)。

 EPR論文が提起したのは、100兆kmも離れた二つの量子の相関関係は崩れることなく、完全に保たれることに対しての疑問であった。

■幽霊のしわざ!? 

 話を簡素化するために、ここでは二つの量子に「二つの電子」を選ぶ。

 電子にもまた内部構造がなく、粒子としてふるまうときは点のごとくふるまうのだが、スピンしている。電子は2回転して初めて元の状態に戻るような量子であるため、1回転では「半分」まで戻るという意味で「スピン1/2」とよばれている。

 右ネジを右回りに回すと前進し、左回りに回すと後進するように、スピン1/2の電子の「自転軸」には「上向き」と「下向き」の二つの方向がある(前者を「スピン・アップ」、後者を「スピン・ダウン」とよぶことにする)。

 実際に、相関をもっていて100兆km離れた電子Aと電子Bとからなる系に測定器をかけて、それぞれの電子の状態を測定してみるとどうなるだろうか。

 たとえば、測定器を電子Aに向けた結果、電子Aのスピンがアップであると測定されたとする。電子Aがスピン・アップと観測されたその瞬間(そう、まさにその瞬間、ゼロ秒間で! )、100兆km離れた場所にある電子Bのスピンは自動的に(観測することなしに! )スピン・ダウンに決定する。相関をもつ(つまり、もつれた)二つの電子の合計スピンは、必ずゼロにならなければならないからだ。

 では、100兆km離れたところにある電子Bは、いったいどうやって電子Aのスピンが上向き(スピン・アップ)であることを知ったのか?
 
 アインシュタインの特殊相対性理論によれば、信号伝達の最高速度は光の速度=秒速30万kmである。電子Aの測定結果が、光速度で100兆km離れた電子Bに到達するまでに要する時間は3.3億秒(約10年)であり、とても「瞬時」とは言えない。観測によって実際に現れる電子Aのスピンの状態が瞬時に電子Bに到達することは、明らかに特殊相対性理論に違反している。

 それにもかかわらず、電子Aの測定結果が瞬時に(測定することなく)電子Bのスピンの状態を完全に決定してしまうということは、電子Aを測定する以前に(電子Aのスピンの状態いかんにかかわらず)、電子Bのスピンの状態がすでに「下向き」に決まっていたということにはならないか?
 
 逆もまたしかりで、もし電子Aのスピン状態を測定した結果が「下向き(スピン・ダウン)」であったなら、その瞬間、100兆km離れたところにある電子Bのスピン状態は、なんの測定もなしに「上向き(スピン・アップ)」となる。やはり、電子Aに測定操作を施す以前に、電子Bのスピン状態はすでに決まっていたと結論せざるを得ない。

 アインシュタインは、あたかも因果律を破るかのようなこの現象を“幽霊”による遠隔作用であると非難し、こうした不条理な結論をもたらす量子力学を「不完全な理論」であると批判したのである。

 この問題を解決するためにアインシュタインやその他の高名な物理学者たちが持ち出したのが、「隠れた変数」理論だった。

 量子力学は、ハイゼンベルクの「不確定性原理」等によって、実際に測定しても量子の測定値(物理量)をはっきりと決めることができないが、相関している二つの電子(合計スピンがゼロ)の場合には、一方の電子のスピンを正確に測定すると、もう一方の電子のスピン状態が測定なしに正確に決まってしまう。

 「隠れた変数」理論とは、それがどんなものであるかは具体的にわからないものの、「隠れた変数」を用いることで不確定性原理による測定値の「あいまいさ」が消えてしまい、すべては古典物理学のように(測定器による測定誤差を除けば)測定値にはなんのあいまいさも残らず、明瞭に決定できる「決定論」に帰着できるというものだ。

 つまり、「隠れた変数」によって、「EPRパラドックス」はパラドックスではなくなるというのである。この「隠れた変数」理論は、デヴィッド・ボームを虜にした。『宇宙は「もつれ」でできている』でギルダーが詳しく紹介しているように、ボームは1980年代まで、執拗にこの理論に固執することになる。

■すべては「非局所的」に起こる

 一方、物語の転換点が、1964年に訪れる。北アイルランド出身の物理学者、ジョン・ベルは当時、EPR論文にすっかりとりつかれ、夢中になっていた。ベルは当初、ボームの「隠れた変数」理論に大きな関心を寄せていたが、ある日、自ら「思考実験」を思いついたのである。

 彼は、二つの粒子間の「相関性」について深く考え、EPR論文が理論を「局所的」に考えていることに気づいた。局所的とは、「情報が部分から部分へと伝わる」という意味である。

 ベルは、二つの相関している電子が100兆kmも離れているのに、一方の電子の測定結果が瞬時にもう一方の電子の状態に影響を及ぼすということは、二つの電子の相関関係は局所的ではなく、「分離不可能」な一つの系(そう、全体で一つ! )を成していて、その系の中で起こることは部分から部分へと伝わるのではなく、系全体に瞬時に影響を及ぼすと考えたのだ。

 すなわち、すべては系内の全範囲にわたって「非局所的」に起こるのだ、と。

 「EPR論文」が示す二つの相関した電子は、たとえ100兆km離れていても一つの系内に収まっており、測定結果は系全体に非局所的に及ぶ。そこには、信号が伝わるという現象はいっさい起きていない。なぜ信号なしで情報が伝わるのか? それは、系内の粒子(量子)たちが「もつれて」いるから――。

 もつれた粒子たちからなる一つの系は、「部分」に分けることができず、したがって「部分から部分に伝わる」ような局所的な現象は起こらない。「非局所性」と「分離不可能性」が一致しているのである。ジョン・ベルは、もつれた二つの量子の相関性の強さから、ある「不等式」を数学的に導き出し、それはやがて「ベルの不等式」とよばれるようになった。

 その着想のもととなったのが、彼の同僚のラインホルト・ベルトマンの履く、左右で色の異なる靴下だった(このユーモラスなエピソードの顛末も『宇宙は「もつれ」でできている』で詳しく語られている)。

 ベルの不等式が成り立てば「隠れた変数」の必要性が生じ、「非局所性」や「分離不可能性」は現れない。その場合には、系の部分部分を考えねばならず(局所的)、すべては決定論に従うこととなって、量子力学は不完全な理論となってしまう。一方、ベルの不等式が成立しなければ、すべては量子力学が主張するとおりの結果が得られる――。

 1970年代以降、このベルの不等式を実験的に検証する試みが多くなされ、1980年代に入ってようやく、ある決定的な実験事実が発表されることになる。それは、ベルの不等式が成立しない(破れる)ということであった。

 その結果、量子力学が完全に成り立ち、晴れてその正当性が認められることになったのだが、時すでに遅く、あれほど「量子力学は不完全であり、神はサイコロを振らない」と主張していたアインシュタインは、すでに他界していた。草葉の陰で、彼はどう思っていることだろう。

 量子力学の理論としての正当性に難問を投げかけ、やがてその正当性を明確に示すことにつながった「量子もつれ」(Quantum Entanglement)。その奇妙でふしぎな現象は、アインシュタインやボーアをはじめとするあまたの物理学者たちの頭を悩ませ、時に人間関係をももつれさせながら、量子論の精緻化に貢献してきた。ギルダーが見事に解きほぐす「もつれの物語」を、ぜひ堪能していただきたい。

■宇宙は「もつれ」で出来ている

量子力学では、空間的に離れた二つ以上の量子が、互いに関連付けられた状態になることがあります。この現象を「もつれ」と呼びます。もつれた量子は、一方の量子の状態を観測すると、他方の量子の状態も即座に決まるという不思議な性質を持ちます。この性質は、非局所性と呼ばれ、因果律や相対性理論と矛盾しないことが示されています。

もつれは、原子や分子などの微小なスケールで起こる現象と考えられてきましたが、近年の研究では、より大きなスケールでのもつれの存在も示唆されています。例えば、ダイヤモンドの結晶や超伝導体などの物質や、光の粒子であるフォトンや重力波などの場の量子も、もつれることが実験的に確認されています。

では、宇宙の最大のスケールである宇宙全体も、もつれている可能性はあるのでしょうか?この問いに答えるためには、宇宙の始まりと進化について考える必要があります。現在の宇宙論では、宇宙は約138億年前にビッグバンと呼ばれる爆発的な膨張から始まったと考えられています。ビッグバンの直後の宇宙は、非常に高温高密度で、物質やエネルギーが量子的に揺らいでいました。この時期の宇宙は、インフレーションと呼ばれる急激な膨張を経験しました。インフレーションによって、宇宙は指数関数的に大きくなり、その後はよりゆっくりと膨張し続けました。

インフレーションの理論は、宇宙の平坦性や均一性などの観測事実を説明する有力な仮説ですが、同時に、宇宙のもつれに関する興味深い可能性を提供します。インフレーションによって、もともと近接していた量子が、現在では観測可能な宇宙の範囲を超えて離れた場所に存在することになります。しかし、もしもこれらの量子がインフレーションの前にもつれていたとしたら、そのもつれはインフレーションの後も保たれている可能性があります。つまり、宇宙の一部や全体が、もつれた状態にあるということです。

宇宙のもつれに関する仮説は、宇宙の構造や進化に影響を与える可能性があります。例えば、もつれによって、宇宙のエントロピーが低く抑えられ、宇宙の熱的死が遅らせられるという考え方があります。また、もつれによって、宇宙の膨張が加速されるという仮説も提案されています。さらに、もつれによって、宇宙の量子重力理論が構築されるという期待もあります。量子重力理論とは、量子力学と一般相対性理論を統合する理論で、現在の物理学の最大の課題の一つです。

宇宙は「もつれ」で出来ているという仮説は、まだ検証されていないものですが、宇宙の本質を理解するための重要な手がかりになる可能性があります。今後の理論的な研究や実験的な観測によって、宇宙のもつれの存在や性質が明らかになることを期待します。
2024.01.05 20:58 | 固定リンク | 化学
シリコン量子ビット誤り修正を観測
2023.10.11
シリコン量子ビット誤り修正を観測 理化学研究所 東京工業大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループの樽茶 清悟 グループディレクター、量子システム理論研究チームのダニエル・ロス チームリーダー、東京工業大学 超スマート社会卓越教育院の米田 淳 特任准教授らの共同研究グループは、シリコン量子ビット[1]間に強い誤り相関[2]を観測しました。

本研究成果は、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータ[3]を実現する有力候補の一つである、シリコン量子コンピュータの将来設計と性能向上に大きく貢献することが期待されます。

大規模量子コンピュータで実用的な計算を行うには、量子ビットの誤りに対する耐性(訂正機能)が必要と考えられます。その際、量子ビット誤りの特性、とりわけ量子ビット間の誤り相関が、誤り耐性に大きく影響することが知られています。

今回、共同研究グループは、高密度集積の観点で有望なシリコン量子ビットを用い、量子ビット誤りをもたらす電子スピン[4]の位相回転速度のゆらぎ[5](時間的変動)を測定しました。このゆらぎの量子ビット間相関を評価することで、隣接するシリコン量子ビット間では誤り相関が強くなり得ることが分かりました。これは、シリコン基板に量子ビット列を高密度集積した際の量子誤り耐性、ひいてはシリコン量子コンピュータの将来設計に影響を及ぼす重要な知見です。

■誤り修正を観測

誤り耐性型汎用量子コンピュータは、あらゆる量子計算を実行できる量子コンピュータで、圧倒的な情報処理能力を持ち、社会に変革をもたらすと期待されています。特に従来の量子コンピュータとは異なり、量子ビットに生じる誤りに対して耐性(訂正機能)があるため、大規模集積化による情報処理能力の向上が可能です。

大規模な誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現する手法として注目されているのが、シリコン量子ドット[6]中の単一電子スピンを用いるシリコン量子ビットです。シリコン量子ビットは、現在の大規模集積回路技術との親和性が高く、大規模集積化に有利と考えられます。近年、その基本動作や特性の確認などを行う原理検証として、誤り耐性獲得に必要とされる、極めて高い精度での操作や量子非破壊測定[7]が示されるなど、目覚ましい進展が見られています。

今後の研究開発で集積化を推し進め、誤り耐性の獲得を目指すにあたり、量子ビットに生じる誤りの特性を理解しておく必要があります。シリコン量子ビットの誤りに関しては、主に単一の量子ビットを対象として、これまでに多くの詳細な測定がなされてきました。しかし、複数のシリコン量子ビットに生じる誤りの特性の評価は技術的に困難であり、とりわけ誤り耐性の獲得に大きな影響を与える量子ビット間の誤り相関に関して、精密な測定が待たれていました。

■研究手法と成果

共同研究グループは、高密度に集積されたシリコン量子ビット列において期待される誤りの特性を調べるため、100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度離れたシリコン量子ビットのペアに対して、各量子ビットに誤りをもたらす、位相回転速度のゆらぎ(時間的変動)の同時測定を行いました。

シリコン量子デバイス中に隣接して電子スピンを二つ閉じ込め、金属電極(黄土色)に制御信号を与えることで、それぞれを量子ビットとして動作させた。これらの量子ビットのペアに対し、誤りをもたらす位相回転速度のゆらぎ(時間的変動)を同時に測定することで、量子ビット間の誤り相関を評価した。

このようにして同時測定されたゆらぎのデータを解析し、それらの間の相関の強さや位相関係を周波数ごとに評価しました(図2)。0.02Hz程度以下の低い周波数においては、量子ビット間に負の相関が観測された一方で、0.06Hz程度以上の周波数領域では、量子ビット間に正の相関が観測されました。1Hzにおけるゆらぎの量子ビット間相関の強さは0.7程度と、最大値1の70%に達しました。これらの結果から、100nm程度離れたシリコン量子ビット間では、強い誤り相関が観測され得ることが分かりました。

シリコン量子ビットに誤りをもたらす位相回転速度ゆらぎの、量子ビット間での相関の強さや、位相関係を周波数ごとに評価した結果。各データ点の色は、相関の位相を表す。低周波側では相関の位相が180°に近く、一方の量子ビットにおいて位相回転が速い場合には他方では遅いというような、負の相関が観測された。高周波側では相関の位相が0°に近くなっており、一方の量子ビットで位相が進んでいる場合には他方でも進んでおり、一方が遅れている場合には他方でも遅れているというような、正の相関が観測された。

さらに、量子ビット間に働くスピン交換相互作用[8]に観測されるゆらぎと、それぞれの量子ビットの位相回転速度のゆらぎの交差相関[9]に着目したところ、強い相関が観測されました。スピン交換相互作用は磁気的なノイズには鈍感であることから、そのゆらぎは電気的なノイズによってのみ生じると考えられます。従って、今回実験に用いたシリコン量子ビットに生じる誤りが、デバイス中の欠陥、不純物などに由来する電気的なノイズに支配されていることが、実験によって直接的に示されました。

■期待は

今回、シリコン量子ビットの隣接ペアに対して誤りをもたらすゆらぎを測定し、強い相関を観測しました。シリコン量子ビット間において誤り相関が強くなり得るという知見は、シリコン技術に立脚した誤り耐性型汎用量子コンピュータの将来設計と性能向上に大きく貢献すると考えられます。

また、本研究で確立した交差相関に基づくノイズ源の同定手法を用いることで、従来方法ではノイズ源の特定が困難な状況においてもノイズ源の特定が可能になり、より高品質な量子ビットデバイスの開発につながると期待されます。
2023.10.11 20:32 | 固定リンク | 化学
燃料不要な「量子エンジン」新時代の幕開け
2023.10.09
OISTが燃料不要な「量子エンジン」の設計・製作に成功 エネルギー新時代の幕開けか

量子エンジンはどのような原理で動くのか。これまでに話題となった「熱を使わないエンジン」の開発史とともに紹介する

沖縄科学技術大学院大(OIST)とドイツの複数の大学による国際研究チームは、世界で初めて「量子力学の原理を用いたエンジン」の設計・製作に成功しました。

現在使われている熱機関(heat engine)は、熱をエネルギー源としています。熱源や燃料を装置外から取り込むものは外燃機関、装置内で生成した熱エネルギーを利用するものは内燃機関と呼ばれます。

18世紀半ばから19世紀に起こった産業革命では、石炭を利用した外燃機関である蒸気機関の開発で動力源が刷新され、社会構造が変わりました。その後、外燃機関は小型軽量化が難しいことから、自動車や飛行機などの輸送機関を中心にガソリンエンジンなどの内燃機関に取って代わられましたが、熱を動力に変換するという原理は同じでした。たとえば自動車のエンジンは、燃料と空気が混ざった気体に点火して熱膨張させ、シリンダー内の圧力を高めることでピストンを上下させ、それを動力として車輪を回転させます。

今回、OISTが開発した量子エンジンは、内燃機関と同様に圧力を発生させて動力を得ますが、熱を使わずにガス中の粒子の「量子的性質の変化」を利用しているといいます。研究成果は英科学総合誌「Nature」に先月27日付で掲載されました。

量子エンジンは、どのような原理で動くのでしょうか。最近話題となった「熱を使わないエンジン」の開発史とともに紹介しましょう。

■半永久的に動くとされ、世間を騒がせた「EMドライブ」

2000年代に入って「従来とは全く違う原理で動くエンジン」と話題になったものと言えば、イギリスの航空宇宙技術者のロジャー・ショーヤー氏が考案した「EMドライブ」です。

推進力を得るのに必要なのは「マイクロ波を密閉容器内で反射させること」のみ。つまり、既存のロケットエンジンのように推進剤を使わなくても推進力を得ることができます。マイクロ波は太陽光発電でも得られるため、装置が壊れない限り半永久的に動くと説明されていました。ただしショーヤー氏は、なぜ推進力を得られるのかの原理を十分に説明することはできませんでした。

もちろん、研究者たちは半信半疑どころか「眉唾もの」と見ていましたが、各国が追試をしたところ、10年に中国の西北工業大が2.5キロワットの電力を使用したシステムで720 ミリニュートンの推力を生み出すことに成功したと発表。さらに14年には米航空宇宙局(NASA)が中国チームと同じ装置を使って30〜50マイクロニュートンの推力を確認したと発表したことで世間は騒然としました。

けれど独ドレスデン工科大は18年に、EMドライブからわずか(4マイクロニュートン)な推力が観測されたものの、EMドライブでマイクロ波が発生しない状態にして実験装置のみを起動させても同じ推力が観測されたことから、EMドライブが生む推力と考えられてきたものは、地球の磁場と電源ケーブルの相互作用によって生じた力ではないかと結論づけました。

ドレスデン工科大ではその後も研究が続けられ、21年にはNASAの追試で発生した推力はエンジンの熱による装置の歪みによるものと考えられると発表しました。「高出力での追試がまだ行われていない」という声もありますが、「宇宙開発を促進する夢のエンジン」と期待されたEMドライブに対して実用化を信じる人は、今やほとんどいなくなりました。

■量子熱機関を模擬的に再現

一方、量子テクノロジーの進展とともに期待が高まっているのが、量子エンジンです。この分野で日本は世界を先導しています。

理化学研究所を中心とする国際研究チームは2020年、スピン量子ビットで量子熱機関を模擬的に再現することに成功しました。

通常のデジタル回路では「0か1か」で情報が保持されるのに対し、この研究で用いたスピン量子ビットは「0でありかつ1でもある」という量子重ね合わせの状態を任意の割合で組み合わせることで情報を表現します。

また、熱機関は、熱エネルギーから動力を生み出す「エンジン」と、その逆過程で動力を用いて高温部分から熱を奪う「冷凍機」に大別されます。研究チームによると、スピン量子ビットでは、エンジンと冷凍機の機能を高速で切り替えるなど、従来の古典熱機関では実現し得ない技術の開発につながると期待できるといいます。

この研究では、本来ならばスピン量子ビットを高温部分及び低温部分と選択的に相互作用させて量子熱機関を作るのですが、現代の技術では難しいため、代わりにエネルギー差が大きい、あるいは小さいスピン状態と磁気共鳴により相互作用するようなマイクロ波をスピン量子ビットに照射しました。つまり、エンジンと冷凍機の間に量子干渉効果が現れるかに主眼を置きました。

その結果、ゆっくりとした方形波変調(0.05MHz)の下では現れなかった、複雑な干渉パターンが速やかな方形波変調(2MHz)の下で観察されました。これは、模擬的な量子熱機関の成功を示唆する「量子重ね合わせ」が現れたためと解釈できました。

今回のOISTの研究チームは、極低温下の条件のもと実験室内で動作する超小型の量子エンジンを製作して概念実証を行いました。

自然界に存在する粒子は、量子的性質に基づいて、フェルミオン(フェルミ粒子)かボソン(ボース粒子)のどちらかに分類されます。フェルミオンに属する粒子には、電子や陽子、中性子があります。一方、ボソンに属する粒子には光子や質量を担うヒッグス粒子、湯川秀樹博士に予言された中間子などがあります。

絶対零度に近い極低温の世界では、粒子は量子力学的な効果が重要となります。ボソンはフェルミオンよりも低いエネルギー状態にあり、両者のエネルギー差をエンジンの動力に利用することができます。つまり、ボソンをフェルミオンに変化させ、また元に戻すことが、量子エンジンの動力になります。

ボソンとフェルミオンの違いは、スピン角運動量がディラック定数の整数倍か半整数倍かです。なので、フェルミオンをボソンに変えるには、2つのフェルミオンを組み合わせて分子にします。この新しい分子はディラック定数の整数倍のスピン角運動量なので、ボソンになります。

研究を主導したOISTのトーマス・ブッシュ教授は、新しくできた分子を分解することで、フェルミオンを再び取り出すことができて、これを繰り返し行うことで熱を使わずにエンジンを動かせると説明します。さらに、ドイツの共同研究チームが構築した現在の実験の設定では、エンジンの効率を最大25%高められることが分かったといいます。

■動力源の概念を抜本的に変える可能性

もっとも、今後、自動車などに使える実用的な量子エンジンを作るためには、いくつかのステップを乗り越えなければなりません。たとえば、量子エンジンはフェルミオンとボソンのエネルギー差を用いるため、極低温状態を保たなければなりません。冷却のためには、かなりのエネルギーが必要となります。それでも、実用化されれば、動力源の概念を抜本的に変えてエネルギー革命を起こす可能性があります。

研究チームは、今後、基礎的な研究を進めて性能を高めたり、バッテリーやセンサーなど、他の機器への応用の可能性について調査したりする予定だといいます。

SFやファンタジー小説には「スチームパンク」と呼ばれる、イギリスのヴィクトリア朝やエドワード朝の雰囲気をモチーフとして蒸気機関が動力のベースとなっている世界観が1ジャンルとして認知されています。日本の作品では、映画「ハウルの動く城」やゲーム「ファイナルファンタジーⅥ」が代表例です。

今、学問の世界では、量子エンジンのような19世紀の熱力学と現代の量子論を融合した研究分野に対して「量子スチームパンク」という言葉が浸透しつつあります。小説や映画の題材になる日も近いかもしれません。
2023.10.09 11:46 | 固定リンク | 化学
ノーベル賞次々決まる
2023.10.05
■ノーベル生理学医学賞 カタリン・カリコ博士「考えてもみなかった」

新型コロナウイルスのワクチン開発への貢献で、ノーベル生理学医学賞に選ばれたカタリン・カリコ博士が喜びを語りました。

「大切にしていることは、役立つものを作るということです。ですから、ノーベル賞の受賞は考えてもみなかったことです」(カタリン・カリコ博士)

 ビオンテック社の上級副社長を務めるカリコ博士(68)は、ペンシルベニア大学のドリュー・ワイスマン教授(64)とともに、新型コロナで用いられたmRNA(メッセンジャー・アールエヌエー)ワクチンの開発に貢献しました。

 受賞決定を受け、カリコ博士は会見で「賞や単なる製品開発のためだけに研究しているわけではない」と述べ、ノーベル賞に繋がったことへの喜びと驚きを口にしました。

 カリコ博士はまた「自分がやっていることを楽しめないなら、やるべきではない。でも問題解決が好きなら、科学が向いている」と若い研究者にエールを送りました。

■欧米3氏にノーベル物理学賞 一瞬「アト秒」の光使う新手法

スウェーデンの王立科学アカデミーは3日、2023年のノーベル物理学賞を、「アト秒」(アトは100京分の1)というごく一瞬だけ光るレーザーを使って物質中の電子の動きを捉える手法を開発した欧米の3氏に授与すると発表した。カメラのフラッシュに相当する技術で、電子の動きのように素早くて観測が非常に難しい現象の研究に新たな手段をもたらした。

受賞が決まったのは、米オハイオ州立大のピエール・アゴスティーニ名誉教授、ドイツのミュンヘン大のフェレンツ・クラウス教授、スウェーデンのルンド大学のアンヌ・リュイリエ教授。

半導体の開発などさまざまな材料の性質を知るためには内部の電子の動きを調べることが重要だが、動きが非常に速く捉えることが難しい。極めて短い時間だけ光を当てる技術が求められる。

リュイリエ氏は1980年代後半、強力なレーザー光を希ガスに通すと波長の極めて短い光が発生する現象を発見。アゴスティーニ氏とクラウス氏は、光が当たる時間をアト秒単位まで短くできると証明した。

「電子の世界への扉開いた」 ノーベル物理学賞 医療への応用も期待

アト(100京分の1、京は1兆の1万倍)秒というごく短い時間に変化する電子の動きを追う実験方法の開発に貢献。「電子の世界への扉を開いた」と評価された。

アト秒という短い時間に、原子や電子のように超高速で動くものを観察する場合、レーザー光をストロボのように何度も瞬間的に当てて、見かけ上は静止させる必要がある。

電子はアト秒よりも短い時間に変化しているため、極めて短い時間でレーザー光を光らせる「光パルス」が必要になる。

リュイリエさんは1987年、赤外線レーザー光を希ガスに通すと極端に波長が短い光が出ることを発見した。01年には、アゴスティーニさんが250アト秒の光パルスを、クラウスさんは650アト秒の光パルスを、それぞれ実験で作り出した。

これにより、3人はアト秒光パルスを発生させる方法の確立に貢献し、電子の動きを捉えることを可能にした。アト秒分野の物理学は電子による物理現象の理解につながり、医療分野への応用も期待されるという。

アト秒物理学を研究する新倉弘倫(ひろみち)・早稲田大教授は「3人はアト秒物理学という新分野を開拓した。多くの研究者や企業が研究を進め、イノベーションにつながることを期待したい」と話した。

素早く動くものを見るためには変化の一瞬を切り取る必要がある。ルイエ氏は1987年、赤外レーザー光を貴ガスに通すと、ガスの原子との相互作用により光の波が変化することを発見。アゴスティーニ氏は2001年、持続時間250アト秒の光パルスを連続して作り出すことに成功した。同じ頃、クラウス氏は独自に同650アト秒の光パルスを単離した。

3氏の貢献により、アト秒レーザーで以前は追跡できなかった原子や分子レベルの非常に速い物理過程を観察できるようになり、エレクトロニクスや医療診断に応用が期待される。日本でも東京大学や理化学研究所でアト秒レーザーの開発を進めている。

受賞理由となった「アト秒」とは「0.000000000000000001秒」という極めて短い時間のことで、これほど短い時間に起きる現象は通常の技術では観察することができない。

しかし、リュイリエ教授は特殊な気体を通過したレーザー光の波長が短くなるという現象を発見し、アゴスティーニ名誉教授とクラウス教授はこの現象を応用して数百アト秒だけ光る「アト秒パルス」を発生させる実験に成功した。

「アト秒パルス」をカメラのフラッシュのように使えば、物質中を素早く動き回る電子の動きなどを「写真を撮るように」捉えることができるようになり、新素材の開発や医学など様々な分野での活用が期待されている。

■ノーベル化学賞は、量子ドットの発見と合成に貢献した米国の3人に

受賞が決まったのは、ムンジ・バウェンディ米マサチューセッツ工科大教授とルイス・ブラス・コロンビア大名誉教授、米企業の主任研究員だったアレクセイ・エキモフ氏の3人。

今年のノーベル化学賞の受賞者が発表され、「量子ドット」の分野で功績を挙げた、アメリカのマサチューセッツ工科大学の研究者ら3人が選ばれました。

ノーベル化学賞の受賞が決まったのはアメリカ・マサチューセッツ工科大学のムンギ・バウェンディ教授、アメリカ・コロンビア大学のルイ・ブラス教授、そしてアレクセイ・エキモフ氏の3人です。

受賞の理由については極めて小さい「ナノサイズ」の粒子「量子ドット」の発見、合成に寄与したとしてその功績を称えています。

量子ドットはその大きさによって異なる色で光る性質があり、コンピューターなどのディスプレーに使われているほか、手術の際に切除する腫瘍組織を光って示す染料として使用されています。

■史上初の事態…ノーベル化学賞、事前流出した名簿そのままだった

ノーベル賞受賞者が公式発表数時間前に事前流出する事態が起きたことと関連し、スウェーデン王立科学アカデミーは4日、遺憾を表明した。

この日スウェーデンメディアはノーベル化学賞受賞者3人の名簿が発表予定時間より4時間ほど早い同日朝に流出したと報道した。スウェーデンのSVT放送はノーベル化学賞受賞者を選定する選考委員会がモウンジ・バウェンディ氏、ルイス・ブラス氏、アレクセイ・エキモフ氏の3人の受賞者の名前が記載された報道資料の電子メールをミスで送ったと伝えた。

現地日刊紙エクスプレッセンはこの日、受賞者発表予定時間は現地時間午前11時45分だが問題の報道資料電子メールは午前7時31分に届いたと報道した。

これと関連し選考委員会の委員長はロイターに「これは王立科学院のミス。われわれの(受賞者最終決定)会議は午前9時30分に始まるのでまだ何の決定も下されていない。受賞者は選ばれていない」と話した。

王立科学アカデミー報道官も「どんな資料が流れたのかコメントすることはできない。知っておくべき重要なことは、王立科学アカデミーはまだ(受賞者最終決定)会議を開いておらず、今年の受賞者がだれになるのか決まっていないという点」とAFPに電子メールで明らかにした。

選考委員会は予定通りこの日午後に今年のノーベル化学賞受賞者を発表した。受賞者3人は量子ドットを発見し研究を発展させたモウンジ・バウェンディ氏、ルイス・ブラス氏、アレクセイ・エキモフ氏の3人だった。これはこれに先立ちスウェーデンメディアを通じて報道された名簿と同じだ。

アカデミーのハンス・エレグレン事務局長は受賞者発表記者会見で「依然としてわからない理由で報道資料が配布された。正確な経緯を把握しようとけさからとても忙しかった」と話した。その上で「名簿の事前流出は非常に不幸なことだ。深刻な遺憾を示す」と明らかにした。

これまでノーベル賞受賞者の選考結果が事前に流出したという議論は何回もあったが、1901年にノーベル賞が制定されたから受賞主体のミスで受賞者名簿が事前に流出した事例は今回が初めてという。

これに伴い、化学賞、物理学賞、生理医学賞の3つの科学部門のノーベル賞選考と授賞を務める王立科学アカデミーは今回の選考発表過程で大きな穴が明らかになり激しい批判は避けられないものとみられる。

■ノルウェー劇作家にノーベル文学賞

今年のノーベル文学賞をノルウェーを代表する劇作家ヨン・フォッセ氏に授与すると発表した。

授賞理由は「革新的な戯曲や散文」。ノルウェーからの文学賞受賞は1928年のシグリ・ウンセット氏以来95年ぶり、4人目となる。

59年、ノルウェーの西海岸ハウゲスンで生まれた。80年代に作家デビューし、小説や詩、児童文学、エッセー集などを刊行。初の戯曲「だれか、来る」を発表した後は、多数の劇作で現代演劇界をリードし、「イプセンの再来」「21世紀のベケット」と呼ばれる。間を生かした詩的、音楽的なせりふで、リアリズムと不条理演劇の間を往来する作風が特徴。

日本でも2004年に「だれか、来る」(太田省吾演出)や「名前」(三浦基演出)、07年に「死のバリエーション」(アントワーヌ・コーベ演出)などが上演されている。

フォッセ氏はノルウェー西岸で生まれた。戯曲約40本のほか、小説や詩、エッセー、児童書、翻訳を多数手掛けている。

アカデミーは「フォッセ・ミニマリズム」の名で知られる同氏のスタイルを称賛した。

フォッセ氏の代表作は七つの作品を1巻にまとめた「セプトロジー」。妻を亡くし1人暮らしをする年老いた画家が、宗教やアイデンティティー、芸術、家族の暮らしについて考察する物語を描く。

約800ページからなる「セプトロジー」は形式面の実験が称賛されてきた。フォッセ氏の思索的な散文は句読点などによる中断がほとんどなく、同氏の哲学的な問いに呪文のような流れを与えている。

アカデミーは「フォッセ氏は言語面でも地理面でも強固な地域的つながりとモダニズムの芸術技法を組み合わせている」と述べ、同氏のスタイルに影響を与えた人物としてアイルランドの劇作家サミュエル・ベケットやオーストリアの詩人ゲオルク・トラークルを挙げた。

フォッセ氏の選出は、アカデミーが他の大陸の作家をないがしろにして欧州の作家を優遇しているとの批判への反論にはならなそうだ。

ノーベル文学賞は歴史的に男性作家が圧倒的多数を占めており、これまでの受賞者120人のうち、女性は17人のみにとどまる。
2023.10.05 21:12 | 固定リンク | 化学

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