プリゴジン氏生きている「行動計画」
2023.09.04
プリゴジン氏生きている。ワグネルどう動く? 幹部の有事に自動発動“行動計画”

搭乗するジェット機が墜落し死亡したとされるプリゴジン氏についてロシアの捜査当局が本人だと確認したと発表しました。
リーダーを失ったワグネルが今後どう動くのかに関心が集まる中、元側近など関係者を取材しました。

■プリゴジン氏死亡 当局が正式発表

「プリゴジン氏の死が正式に発表されました。その後、多くの市民がつめかけているようです。中には、ワグネルの関係者とみられる軍服を着た男性たちも次々とやってきています。」
この週末も、モスクワでは「ワグネル」の創設者、プリゴジン氏を追悼する人々らの姿が見られました。
(献花に訪れた人)「亡くなった理由については言いたくないですが、私たちのため戦ってくれました。」
Q. 彼の死に誰が関与していると思いますか?
「そのことはよくわからない。でも私にとって英雄です。」

■出発直前に内覧や修理…ジェット機めぐる謎

「飛行機だ。」
「本当に?」
「どこに落ちているの?」
23日に墜落した、プライベートジェット機。ロシア連邦調査委員会はDNA鑑定の結果、プリゴジン氏の死亡が確認されたと発表しました。
これはロシアの独立系メディアが公開した、ジェット機の機内とされる映像です。撮影されたのは、墜落の8時間前。実は、この機体は売りに出されていて、下見に来た購入希望者が撮ったのだと言います。
(購入希望者)「座席シートの革を張り替えないとね。」
機内には、ヘルメットをかぶったプーチン大統領の写真に、『小火器図鑑』、『世界の武器』などの本も。
この日、ワグネル所有のジェット機に何が起きたのか。番組では、搭乗者名簿に名前がある、客室乗務員、クリスティーナさんの親族に話を聞くことができました。
(クリスティーナさんの親族)「私も泣きましたし、(クリスティーナさんの)母も泣いていました。」
この親族は、プリゴジン氏のもとで、仕事をしていることを知り、こう声をかけたそうです。
(クリスティーナさんの親族)「『愛するクリスティーナ。常に監視の目にさらされます。どうなるか本当に考えましたか?』と。彼女は『大丈夫。プリゴジン氏には客室乗務員として接しているだけです』と。」
今、現地メディアが注目し、報じているのが、クリスティーナさんが出発前に別の親族と交わしたやりとりです。
「クリスティーナは『機体の“予定外の修理”のために出発が遅れている。出発の連絡を待っている』と話していた。」
飛行当日の“購入希望者による下見”と、“予定外の修理”は、墜落と何か関係があるのでしょうか。
ロシア独立系メディアの編集長は、機内に爆弾が仕掛けられた可能性を指摘します。
(ロシア独立系メディア 「アイストーリーズ」 アニン編集長)「プリゴジン氏たちは非常に警戒して、常に飛行機もルートも変更していた。専門家は「爆弾の可能性が高い」と考えている。空港でプライベートジェットに爆弾を持ち込む、それができるのはロシア特殊部隊だけだ。疑う余地なくこの殺人の背後にプーチン大統領がいると考えている。」

■元側近ら証言 引き金は“アフリカ利権”か

(プリゴジン)「ショイグ!ゲラシモフ!」
プリゴジン氏が武装蜂起を宣言し、モスクワに向けて、一時、部隊を進軍させてから、ちょうど2カ月。なぜ、このタイミングだったのか。
元ワグネルの指揮官で、プリゴジン氏の補佐役も務めたガビドゥリン氏は―。
(元ワグネル指揮官 マラート・ガビドゥリン氏)「(アフリカ諸国で)暴力で抑圧されている状況を、ワグネルが変え、人々を助けた。アフリカのすべてのプロジェクトはプリゴジンが統率している。」
ワグネルは、アフリカ諸国の内戦などに介入。その見返りとして、巨大な利権を得たとされています。
イギリスに拠点を置くシンクタンクは、この2カ月で、“アフリカ利権”に大きな変化があったと分析します。
(英シンクタンク「ドシエセンター」 ロジジェストベンスキー氏)「ロシア政府は全力でプリゴジンをアフリカ事業から切り離そうとしていた。この“アフリカ利権”の奪い合いにロシア政府は成功した。」
ただ、プリゴジン氏は“アフリカ利権”に意欲を持ち続けていたようで、墜落の2日前にも―。
(プリゴジン氏)「アフリカをより自由にする。アフリカの人々に正義と幸福を。」
このプリゴジン氏のアフリカ行きも、プーチン大統領はすべて把握していたようです。
(プーチン大統領)「(プリゴジン氏は)きのうアフリカから帰国したばかりで、複数の政府関係者と会っていた。特にアフリカで成功し、石油や天然ガス、希少金属や宝石を取り扱っていた。」
アフリカでの功績を称えてみせた一方で…
(英シンクタンク「ドシエセンター」 ロジジェストベンスキー氏)「プーチン大統領自身もプリゴジン氏をアフリカの事業から外すために動いていた。反乱2カ月後にあたる、この日は裏切者を消すには適切な時だったのです。」

■ワグネル今後どう動く?電話してみると…

「ワグネル」は、今後どう動くのか。各地のワグネル事務所に電話取材をしてみると…
Q. ワグネルの事務所ですか?
(ベルゴロド州のワグネル事務所)「いいえ、冷蔵庫販売店だ。冷蔵庫を販売しています。」
「唯一知っているのはワグネルが作曲家ということだけだ。」
Q. ワグネルの事務所ですか?
(カリーニングラード州のワグネル事務所)「いいえ、もちろん違います。」
Q.ニュースでプリゴジン氏が亡くなったことを見ていませんか?
「うちのテレビは故障しているんだ。」

■有事に発動 ワグネルの“行動計画”とは

一方で、SNS上では、こんな呼びかけも。
(ワグネル兵とみられる人物)「ワグネルが何かするんじゃないかと、多くのことが言われている。現在、言えることはただ一つ。我々は動き出しているので待っていろ。」
ロシアメディアは、プリゴジン氏ら幹部が死亡した場合に自動的に発動する“行動計画”が存在していると報じました。
元ワグネルの指揮官は、この“行動計画”について―。
(元ワグネル指揮官 マラート・ガビドゥリン氏)「戦闘に参加している部隊には、必ず“行動計画”は存在している。指揮官が部隊から消えた場合、その指示が機能する。」
ただ、2019年にワグネルを離れ、今の“行動計画”の詳細は知らないとした上で…
(マラート・ガビドゥリン氏)「“行動計画”は戦闘地域でのことだ。ロシア国内で反旗を翻すなんて無理だ。」
一方で、プーチン政権がワグネルの解体を急げば、戦闘員らの反発を招くとの指摘もあります。
(ロシア独立系メディア 「アイストーリーズ」 アニン編集長)「ワグネル兵数人と話をした。全員が指示を待っていた。ワグネルには司令官会議というものがあり、約20人で構成されている。モスクワへの再進軍も否定はできないし、ロシア政府への復讐に出ることも否めない。」

■「パラシュートが落ちてきた」プリゴジン氏に根強い“生存説” プーチン政権の対応は

ロシアの民間軍事会社「ワグネル」を率い、武装反乱を引き起こしたプリゴジン氏は、プーチン政権にとって最大の不安定要素だった。一方で、歯に衣着せぬ発言で国民からは一定の支持を集めていた。

プーチン大統領の関与も指摘されるプリゴジン氏の「死」は、プーチン政権にとってどのような意味をもたらすのだろうか?

まず、ジェット機が墜落した村で耳にしたある噂からひも解いてみたい。

■墜落の村で広まる噂−「パラシュートが2つ」

 モスクワとサンクトペテルブルクの中間に位置するトベリ州クジェンキノ村―。乳牛が放牧されているのどかな草原が広がる。
 23日午後6時19分、この村にプリゴジン氏が所有するビジネスジェット「エンブラエル135」が墜落した。
 そこでこんな噂を耳にした。

 墜落を目撃したという老人は「ミサイルかと思った」と一部始終を興奮気味に語ると、こう付け加えた。
「墜落の直前、パラシュートが2つ落ちてきたんだ。私は直接この目で見ることはできなかった。でも、見た人がたくさんいるんだ!」

 爆発音がする直前に、機内から脱出する2つのパラシュートを複数の人が目撃しているという。
 老人は、爆発音を聞いてから空を見上げたため、パラシュートを直接見てはいない。
それでも、パラシュートの話を強調した。

■故郷での“隠された埋葬劇”の謎

 墜落にも多くの疑問が残るが、プリゴジン氏の埋葬も謎に満ちている。

 8月29日。
 プリゴジン氏の故郷サンクトペテルブルク市内では、プリゴジン氏の葬儀で混乱が起こることを警戒した警察や治安部隊が、早朝から市の中心部の北にあるセラフィモフスコエ墓地に集結していた。
 プーチン大統領の両親も埋葬されているこの墓地の入り口には、前日から金属探知機が設置され、墓地内を数百人の警察・治安部隊が巡回し続けている。
 しかし、何も起こらないまま時間だけが過ぎていく。

■別の場所で“お別れ会”? 霊柩車も登場

 午後1時ごろになると、突然、サンクトペテルブルクの中心部でプリゴジン氏の「お別れ会」が開かれているとの情報が駆け巡った。
 情報を確認するため急行すると、建物の周囲をワグネルの屈強な兵士らが厳重に警備し、霊柩車が横付けされていた。
 しばらくすると何かが霊柩車に運び込まれ、車体が深く沈みこんだ。

 プリゴジン氏の棺だろうか?

 しかしその後、現地メディアが建物の中を確認するともぬけの殻だった。また、その後、霊柩車もプリゴジン氏が埋葬されたところとは別の墓地で目撃された。「お別れ会」は完全な芝居だったとみられている。

■広報の発表はさらに別の場所 警察も知らされず?

 市内の墓地は午後5時には閉まる。プリゴジン氏の埋葬は翌日以降になるだろうと思い始めた丁度そのころ。
 午後5時20分、プリゴジン氏の広報のSNSが突如報じた。

 「エフゲニー・ビクトロビッチ(=プリゴジン氏)への別れは非公開形式で行われた。 別れを告げたい人は、ポロホフスコエ墓地を訪れることができる」

 警察やメディアが警戒している場所とは全く別の、市の東端で葬儀が秘密裏に行われていたということだ。

 SNSの発表から30分ほど過ぎたところで、警察や治安部隊の車両がポロホフスコエ墓地に続々と到着する。SNSの発信を受けて、慌ててやってきたようだった。
彼らも混乱していたようで、警察や機動隊などがそれぞれの持ち場を巡って口論になっていた。
 墓地の入り口は細く、一人分の通路しかないため、車両から降りてくる数百人の警察官らは公道まであふれていた。ライフルやドローン迎撃銃を携えるものもいる。ものものしい空気の中、追悼のために訪れた市民はその日、立ち入りを禁じられた。

■ここまで葬儀を秘密裏に行う理由

 独立系メディア「モスクワ・タイムズ」によると、プリゴジン氏の葬儀を世間から隠したのは、大統領府の意向だという。
 政府高官は同紙の取材に、葬儀会場にワグネルの兵士や市民が大規模に集結するのを防ぐためだったと説明している。映像や写真も一切禁止にし、プリゴジン氏が「英雄視」されることを徹底的に防ぐ狙いだったという。

 プリゴジン氏が「英雄視」されるというのは、私たち日本人にとっては違和感がある。
 数十年前にプリゴジン氏の下で働いたという男性は、「プリゴジン氏は常に恐怖で支配していた」と語り、いまだに恐れている。最近では、ワグネルからの脱走者の頭をハンマーでつぶすなど残虐な性格が知れ渡っている。

 にもかかわらず「プリゴジン氏は英雄だ」というロシア人は少なくない。
 ウクライナへの侵攻が長期化する中、プリゴジン氏は「侵攻が失敗している」という現実を汚い言葉も混ぜながら怒りに任せて率直に語った。
 多くのロシア人は「嘘をつかない、本音を語る人だ」と心を寄せるのだ。

 独立系世論調査機関「レバダ・センター」の調査でも、6月の反乱の失敗後に落ち込んだプリゴジン氏の支持率は回復傾向にあったという。

 こうしたロシア人のメンタリティーがあるからこそ、ロシア大統領府はプリゴジン氏の英雄、神格化を強く恐れたのだ。

■16%が「プリゴジンは生きている」と信じている

 ところが、大統領府の狙いどおりにはいかないようだ。別の現象が起こりつつある。
真相が分からないジェット機の墜落やプリゴジン氏の棺や葬儀の写真が一切表に出ていなという不自然な状況がロシア人にある疑念を抱かせているのだ。

 「レバダ・センター」は、ビジネスジェット機の墜落の理由についてどう考えるか尋ねた結果を9月1日に発表した。

 26%は「悲劇的な事故だった」と考え、20%が「6月の武装反乱に対するプーチン政権の報復だ」と信じている。
 興味深いのは16%の人が、「事故はプリゴジン氏自身が引き起こしたもので、プリゴジン氏は生きている」と信じているという。自作自演だと思っているのだ。

■トップを失ったワグネル兵らの動向は…?

 ブルームバーグなどの報道によれば、ロシア国防省や外務省は現在、アフリカで活動するワグネルに国防省傘下に入るよう圧力を加えているという。
 ただ、スムーズに成功するかは分からない。

 墜落したビジネスジェットに同乗して死亡したワグネルの幹部の葬儀などに現れたプロの傭兵たちは、けた違いに屈強で、周囲を警備する警察官らを圧倒していた。
 互いに固い握手を交わしあっている彼らが、国防省の傘下にすんなりと収まるのだろうか。
 ましてや、仮にプリゴジン氏が生きているという「神話」が広がれば、ワグネルの求心力につながるだろう。

 また、アフリカでは中国が勢力を広げている。
 アフリカ各国政府に影響力を持つワグネルの行方には、中国も食指を伸ばしてくることも想定される。
 ロシア国防省が直面する課題は容易ではない。

■重大な岐路に立たされたプーチン政権

 プリゴジン氏の「死」によってプーチン政権は、正反対の方向に向かう大きな岐路に立たされていると指摘されている。

 ひとつは、プーチン政権が安定するという見方。

 プリゴジン氏という不安定要素を取り除くだけではなく、墜落劇という悲劇的な結末は、プーチン政権に対して反感を抱くエリートや軍人たちへの見せしめになり、反乱の芽を摘むことになるというのだ。

 もう一つは、全く逆で、さらに不安定になるという見方だ。

 ワグネルの兵士にかぎらず、劣勢が続くロシア軍内部にも、本音では、侵攻が失敗していると言い切るプリゴジン氏に同調する軍人は少なくない。

 戦場で戦い続けている者たちにとって、墜落死が脅しになるとも考えづらい。

 彼らの不満が解消されないまま爆発すれば、国内情勢の不安定化は避けられない。

■ロシアのニュースでは報道されず

8月29日にサンクト・ペテルブルグで親族だけでおこなわれたワグネル創設者エフゲニイ・プリゴジンの葬儀は、日本のニュースでは大きく取り上げられたが、ロシアのニュースではほとんど報道されなかった。

墓には「死んでいるも生きているも違いはない」という一篇の詩が添えられた。

ロシアの国営通信社RIA NOVOSTIではこの日、「プリゴジン」の名は一度もニュースに登場しなかったし、主要なテレビ局「第1チャンネル」、「独立テレビ」でもプリゴジンの葬儀への言及は1秒もなかった。

「ロシアテレビ」だけが夜の47分のニュース番組の最後の項目として1分だけ、プリゴジン等の葬儀が行われたという事実だけを淡々と報じた。

プリゴジンの埋葬が8月29日に行われるということは事前に報道されていたが、どの墓地で行われるかという具体的な名前はなく、サンクト・ペテルブルグ郊外のポロホフスコエ墓地という埋葬の場所をワグネル広報が公表したのは、埋葬が終わってからだった。

■葬儀の簡略化は大統領府が関与か?

この葬儀を「家族のみ」で質素に行うと決めたのは、妻と娘の意向だと伝えられているが、『モスクワ・タイムズ』(8月30日)によれば、葬儀を秘密裏に行うことや規模と内容を決めたのは、クレムリンのセルゲイ・キリエンコ大統領府副長官とFSB(連邦保安庁)高官が出席して事前に行われた合同会議だったという。

会議の関係者は『モスクワ・タイムズ』に対して、「プリゴジンは正義を強調し、煽った発言でロシア人の感情をかきたて、一部の人びとの間では国民的英雄になっている。だがクレムリンとしてはプリゴジンを許すことはできない。裏切りかどうかは別としても、おとしめることが必要なのだ」と語っている。

その結果、生前にプリゴジンに贈られた「ロシア英雄」の称号にもかかわらず、本来、この称号を得た者だけに特別に行われる国歌演奏や国旗掲揚、栄誉儀仗兵の配置、葬送の礼砲などは一切行われず、葬儀そのものの写真や動画撮影も禁止された。

■「死んだのか生きているのか」

ロシア正教の伝統では葬儀の翌朝、故人の魂が永遠の平安を得るために最も近い親族が墓を訪れるのが風習になっている。8月30日早朝にはプリゴジンの妻と娘がポロホフスコエ墓地にやってきた。ところが、プリゴジンやワグネルなどというものはもともと存在しなかったかの如く、テレビなどでは一切報道が流れないにもかかわらず、30日朝9時には30人余りの墓参客が墓地を訪れ、花を手向けたという。墓地の周囲に警察官やワグネルの隊員が配備された。

プリゴジンは“本当は死んでいない”という説が一部のロシア人の間で根強く流れる中、真新しい墓には墓碑銘とも言える一篇の詩が額に入れて置かれている。プリゴジンと同じレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルグ)に生まれ、アメリカに亡命して死んだノーベル賞詩人ヨシフ・ブロツキーの詩だ。

   母がキリストに言う
   ――おまえはわたしの息子? それとも神?
   十字架に釘打たれて。
   わたしはどうして家に帰れようか。

   敷居をまたげようか。
   おまえがわたしの息子なのか神なのか
   死んだのか生きているのかも
   わからず、心も決まらずに。

   彼は答えて言う
   ――死んでいるも生きているも違いはない、女よ。
   息子でもあり、神でもある
   わたしは、あなたの。

の詩を墓に献じた者は、生きていようが死んでいようが、神のような人としてプリゴジンの功績と力がロシア中にあまねく行き渡ることを願う気持ちを込めたのだろう。

■候補者1 プーチンへ忠誠を示したエリート司令官か?

モスクワの中心部をはじめロシア各地には、8月23日に墜落死したプリゴジンらを悼む追悼碑が自然発生的に生まれている。際立った個性でワグネルを率いたプリゴジンやカリスマ的司令官ウトキン亡き後、誰がワグネルを束ねていくのか、またアフリカの利権はどうなるのか、ワグネルをめぐっては憶測が絶えない。

「プリゴジンの乱」の後、一度は処罰を検討したプーチン大統領が訴追を中止し、プリゴジンとワグネル隊員をクレムリンに招き入れた6月29日、プーチン自身の口から出たのはコードネーム「セドイ(白髪)」を名乗るトロシェフの名前だった。

ワグネル隊員たちはうなずくように聞いていたが、一番前に座っていたプリゴジンが言った−−「隊員たちはその決定を受け入れないでしょう」。会談後、プーチンは「罪の追及」を取りやめてやったプリゴジンのこの態度に激怒し、プリゴジンもプーチンの突然の提案に、会談後、憤激していたと伝えられている。

そのトロシェフの名が、プリゴジンの後継者としてふたたび取り沙汰されている。 アンドレイ・トロシェフはロシア内務省の精鋭エリート特殊部隊OMONの出身で62歳。アフガニスタン戦争、第二次チェチェン戦争に従軍し、ワグネルの司令官としてはシリアでの戦闘に軍功を立てている。ウトキンからの信頼も厚く、ワグネル本部長としてプリゴジンの右腕だった。

しかし、ロシアのブログGulag.netによると、「プリゴジンの乱」の際、トロシェフは決起に反対したとも言われていて、「乱」の直後には本部長解任のうわさも流れた。しかしプーチンにしてみれば、それが現政権への忠誠心と映っているのかもしれない。 

■候補者2 プリゴジンに心酔する若き指揮官か?

これに対して8月26日、ワグネル関連のSNSは「新指導者にはエリザロフ司令官が就任した」と伝えたが、正式な発表はない。

アントン・エリザロフは42歳。ロシア軍空挺部隊に所属していたが、2014年にワグネルに移り、中央アフリカ共和国で軍事インストラクターを務め、シリアでは部隊を指揮している。

今年1月のバフムトの激戦にも参加、ソレダール奪取作戦の指揮を執り、プリゴジンに高く評価された。ベラルーシに移動してからも宿営地のロジスティックスの責任者を務めていると言われている。エリザロフはプリゴジンに心酔し、プーチンにではなく、プリゴジンへの忠誠心が強いようだ。

■「プリゴジンの乱」後、ワグネルは3つに割れた

まず、7月1日までにロシア国防省と契約を交わし、正規軍の将兵としてウクライナの前線で戦う「元」ワグネル隊員たち。次に「乱」後もアフリカや中東で活動を続けてきたワグネル部隊。そして「乱」後も国防省の支配下へ移ることを拒んでベラルーシへ移動した5千人を超えるワグネル隊員たち。

ベラルーシのワグネルは今回死亡したプリゴジン、ウトキンへの忠誠心が強い人びとだ。今後は「弔い合戦」を企てる動きも出てくる可能性もある。しかし、「乱」後、ワグネルが保有していた戦車や装甲車、攻撃用ヘリなどの装備はすべてロシア政府に接収された。もはや単独で実戦を戦うことも難しいだろう。たとえ「弔い合戦」のようなテロが起きても、モスクワを揺るがすような「行軍」の火種にはなり得ない。

■候補者3 アフリカ利権を取り戻すためにGRU破壊工作担当者を任命

ワグネルがアフリカ諸国で獲得した、金やダイヤモンド、石油などの天然資源の権利は莫大なものだ。プリゴジンを自由に泳がせていたこの2か月の間、プーチン政権はワグネルのアフリカ利権を整理し、利益を確実にロシア国家に取り戻すことに全力を注いできたように見える。

こうした中で、「ワグネル後」のアフリカ利権の采配を任されたと言われているのが、ロシア国防省参謀本部情報総局(GRU)のアンドレイ・アベリヤノフ(56)だ。アベリヤノフはGRU29155部隊を指揮し、プーチン大統領の指令を受けて外国での秘密工作活動に当たってきた。2014年、チェコのヴルビェティツェで起きた弾薬庫爆破事件に関与し、2018年英国南部で起きた元ロシアスパイ父娘の毒殺未遂事件の指揮を取ったことがほぼ確実視されている。

そのアベリヤノフを、7月末にサンクト・ペテルブルグで開催された「ロシア・アフリカサミット」で、プーチンみずからがアフリカの首脳に「あなた方の大陸の安全保障担当」だと紹介した。

英国情報筋によれば、以前からアフリカの利権に触手を伸ばそうとしていたGRUのアベリヤノフは、プリゴジンへの深い恨みを抱いていて、今回のビジネスジェットの墜落にアベリヤノフが関与している疑いがある、という。

■“ワグネル神話の解体”がプーチンの狙い

一度「裏切り者」と名指した者は許さないのがプーチンに沁みついたKGBの流儀だが、それでもプーチンは「才能あるビジネスマンで、わたしの依頼には結果を出した」と語ってプリゴジンに哀悼の言葉を投げかけた。

しかし、プーチンの狙いは、すでに戦闘能力を奪ったワグネルのアフリカ利権を政府機関に移し替えて資金源を断つことによって組織としてのワグネルを解体し、ロシア国民の間でプリゴジンが殉教者として祭り上げられることのないよう、ワグネル神話を徹底的につぶすことだろう。

■「許すという言葉はない」公開処刑か事故死か…プリゴジン氏死亡と旧KGBの遺伝子

2カ月前に「プリゴジンの乱」で世界中を騒がせたエフゲニイ・プリゴジンの所有するビジネスジェット Embraer Legacy 600 RA-02795が墜落した、という情報を最初に知ったのは、プリゴジンの設立した民間軍事会社「ワグネル」に近いサイトGrey Zone上だった。そこには「防空システムによって撃墜されたとみられる」と書かれていた。最後に「情報は確認中」とあった。

果たしてプリゴジンは死亡したのか、だとすればGrey Zoneが伝えるようにロシアの防衛システムの地対空ミサイルによる「撃墜」なのか、偶発的なのか意図的なのか、ここまで(8月25日午後2時)の情報をまとめたうえで、この「墜落」が意味するものを考えてみたい。

■そもそもプリゴジンは死んだのか?

搭乗名簿には、「ワグネル」の創設者エフゲニイ・プリゴジン、戦闘部隊「ワグネル」のカリスマ的司令官ドミトリー・ウートキン、そして「ワグネル」の物品調達・輸送部門を担当するビジネス総括者ヴァレリー・チェカロフの名前があった。「ワグネル」のトップ三人と言ってもいい。

飛行機事故に見せかけて、実はプリゴジンは生き延びているという「自作自演説」もある。しかしそのためには搭乗員名簿のデータの書き換えなど、飛行を管理する「ロスアヴィア」を含め広範な公官庁との「共謀」がなければ偽装できない。プリゴジンはやはり死亡したと見る方が合理的だろう。

■ジェット機は「撃墜」なのか「爆発」なのか?

 ではGrey Zoneが書いたように防空システムの地対空ミサイルによる「撃墜」なのか? 撃墜現場はプーチン大統領のヴァルダイ別荘にも近く、周辺には防空システムの地対空ミサイルが配備されているが、アメリカのCNNなどによるとミサイル発射を偵察衛星が捉えた形跡はないという。残るのは仕掛けられた爆弾による「爆発」か、事故による爆発だ。残骸が5キロ範囲で飛び散り、機体本体とエンジンが2.5キロも離れていることや、ほぼ垂直状に墜落している映像、公表されている飛行高度記録などを見ると、飛行中に急激な破壊が起きたことは間違いない。

 ロシアの独立系メディアLenta.ruによれば、車輪が格納される部分に爆弾が仕掛けられていた可能性があるという。一方、整備不良や金属疲労、燃料混淆など事故の可能性も否定できない。ロシアのメディアは、このジェット機が2019年以来、欧米の経済制裁によって製造元の点検サービスを受けられないまま飛行を続けてきたという情報を強調している。これまでのところ、欧米のメディアは「爆弾説」、ロシア国内は「整備不良の事故説」に傾いているようだ。

■「裏切者は必ず処罰する」

 もし「爆弾」が仕掛けられていたとすれば、FSB(連邦保安庁)が関わっていた可能性が浮上し、プーチン大統領の関与なしに実行することは考えられない。

 6月の「プリゴジンの乱」後、プーチン氏は「裏切者は必ず処罰する」と明言した。その後、理由の説明もなく訴追は取り消されたが、プリゴジンが「正義の行軍」と称した宣言を出したのが6月23日、今回の墜落はそのちょうど2カ月目にあたる。モスクワへの行軍の途中では、「ワグネル」によってロシア軍の戦闘ヘリと航空機が撃ち落とされ、10人を超える兵員、将校が死亡している。「空の責任は空で取らせる」と言わんばかりの「報復」と見えてくる。

 このプライベートジェットの墜落後、プーチン大統領は「犠牲者の家族に哀悼の意を表したい。プリゴジンの人生には間違いもあったが、共通の目標のために成果も上げた」と述べてプリゴジンを讃えた。反プーチンの急先鋒で現在不当に獄中にいるアレクセイ・ナヴァリヌイやウクライナのゼレンスキー大統領など、プーチン大統領は自分が憎悪する人物の名前を口にしない。プーチンは「プリゴジンの乱」以降、この「哀悼」の言葉まで、プリゴジンの名を口にしたことはなかった。

■プリゴジンはなぜ2カ月間、「自由の身」でいられたのか?

 ではなぜプリゴジンはこの2カ月の間、罰せられることなく自由な行動を許されてきたのだろうか。そこにはブラックボックスともいえる「ワグネル」のアフリカでの利権がからんでいると見られる。中央アフリカやマリ、スーダン、モザンビークなど、アフリカでの金鉱やダイヤモンドの採掘権の獲得や、権力者との関係を築いてきたのが民間軍事会社ワグネルとプリゴジンだった。プーチン大統領は巨額の国家予算をつぎ込んで「ワグネル」を支援してきたことをみずから明らかにしているが、「ワグネル」のアフリカでの利権の実態はいまだに明らかになっていない。

 中国が国家プロジェクトとしてアフリカ各国に投資して経済を握り、欧米の企業は先端技術を売り物にしてアフリカ市場を席捲するのに対して、経済も衰え、先端技術もないロシアがアフリカに見出したのは、不安定な政情をさらに不安定にしながら、唯一の競争力のある「輸出品」である武器と武装兵員を売り込むことだった。民間軍事会社は、当初、採掘場や輸送の「警備隊」としてアフリカ市場に入って行ったが、天然資源を資金元とする権力者にとっては、ロシアの民間軍事会社は願ってもない「私兵集団」であった。いわばロシア国家が表ではできない「裏仕事」を引き受けてきたのが民間軍事会社「ワグネル」だった。

■「許す、という言葉はない」

 オープンソース・ジャーナリズム、ベリングキャットのクリスト・グロゼフは、今年7月末にサンクト・ペテルブルグで開催された「ロシア・アフリカサミット」で、プーチン大統領がロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のアンドレイ・アヴェリヤノフ将軍を、今後のロシア政府でのアフリカ担当としてアフリカ諸国の首脳に紹介したとしている。ロシア国内とアフリカ諸国での「ワグネル」の利権の整理と付け替えが進み、プリゴジンなしでのロシアの国益が守られると確信したタイミングが、まさに「プリゴジンの乱」から2カ月目だったではないだろうか。

 FSBがソ連時代のKGB(国家保安委員会)の体質をそのまま受け継いでいることから、FSBには「許す、という言葉はない」とグロゼフは語っている。が、一度怒りを込めて「裏切者」と名指ししたプリゴジンを、若い頃進んでKGBに入り、FSBのトップを務めたプーチン大統領が「許す」とは到底思えない。
2023.09.04 18:05 | 固定リンク | 戦争
中国版ChatGPT「正解」出すと(反則)閉鎖
2023.09.04
「ロシア、ウクライナを侵略」「正解」出すと(反則)閉鎖 中国版ChatGPT

今年2月に中国版ChatGPT「ChatYuan」が公開された。中国では「ウクライナ戦はロシアの侵略」という「正解」を出すと閉鎖されたチャットボットもあるほどだ。統制と検閲の国でAIは中途半端だという批判がある。しかし国家が中央集中的に管理する14億人の人口の個人情報は恐ろしい効率のAIを産む場合もある。

「習近平主席の長期政権(3連任)に対する評価は」

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今年2月、中国初の対話型人工知能(AI)サービス「ChatYuan」が公開された。習主席に対する質問はタブーだった。統制と検閲の中国で予想されたことだという反応もあった。習主席の他にも避けなければならないイシューは多い。ロシアのウクライナ侵攻は北大西洋条約機構(NATO)の東進のためで、対話で解決していくべきだというのが中国政府の公式立場だ。しかしチャットボットは「ウクライナに対するロシアの軍事的行動は侵略戦争」と答えた。「中国経済を楽観しにくい」という回答もあった。結局6日後に閉鎖された。

中国産AIは統制から逃れられない「半分」の技術だとして世界から嘲弄を受けた。だが、今は開発の狂風に支えられて発展している。中国AI開発は個人ではなく企業に焦点を合わせ始めた。14億人の巨大人口が蓄積したデータ分析を通じて収益創出と直結するオーダーメード型AIを企業に提供し、統制は維持しながら収益を出すアプローチ法だ。

テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は6日、上海で開かれた世界人工知能大会(WAIC)開幕式のオンライン基調演説で「私は中国が非常に強力なAI力量を持つことになると予想する。中国は低評価を受けている」と中国AI技術を好評した。13日、中国サイバー空間管理局は「AI開発は産業と企業、科学、専門分野に集中し、体制維持や思想統制、世論管理と直結する分野では統制する」という内容の「生成型AIサービス管理のための臨時措置」を発表した。

ディープラーニングAIの産業化傾向は医療分野で目立つ。先月1日、テンセントは大腸腫瘍を識別するAI支援診断ソフトウェアに対して中国国家薬品監督管理局(NMPA)の承認を受けた。武漢のENDOANGELメディカルテクノロジー(楚精霊医療科技)は今年5月、AI基盤の胃内視鏡診断システムの承認を受けた中国初の医療企業になった。

「判別AI」はデータが蓄積されるにつれて誤差範囲を狭めることができる。上海長征病院は、肺結節(3センチ未満の腫瘍)AI判読プログラムを試験運用中だが、発見率が75%水準だという。冠状動脈映像の補助診断で、AIイメージ分析技法を通じて、過去には45分かかっていた判読時間が5分に短縮された。医療分野で中国AI技術が急成長するのはデータに相対的に容易に接近できるからという理由もある。経済メディア「財新」は「中国は医療データの法的所有権が不明」とし「敏感な医療資料にもかかわらず『病院にないデータ』という名目の使用可能データがある」と指摘した。

ファーウェイ(華為)のAIモデル「盤古」は8カ所の鉱山で、採鉱・採掘・輸送および洗浄など1000項目以上の細分された工程を管理している。鉱山を採掘する際、AIトンネリングシステムが掘削の深さや危険要因を計算する。AIで数百個のカメラをつなぎパノラマ写真にした後、採掘機械を遠隔移動、精密作業のための作業者投入をサポートしている。中国1位のECサイト「京東」は13日、数千億個の媒介変数を持った大型AIモデル「言犀」を公開すると発表した。

中国最大のポータルサイト「百度」は今年3月、大型言語モデル「文心一言」を公開した。中国ではChatGPTを最も至近距離で追撃中だ。百度も対話に禁則語を設けた。「1989年6月4日に何があったか」と聞くと「言い換えてください」と回答する。天安門事態は禁則語だ。

中国産の対話型AI開発は事実上新しい市場開拓でもある。「社会主義、権威主義オーダーメード型AI」市場だ。思想の自由、表現の自由を統制する権威主義国家で使用可能なAI開発を中国が先導し、独走している。中国AI開発変数は米国のハードウェア統制だ。AIコンピューティングに必須であるNVIDIA(エヌビディア)最新型チップに対して米商務省は中国軍が使用する恐れがあるとして中国への輸出を禁止した。
2023.09.04 08:29 | 固定リンク | 速報

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