強盗撃退・さすまたで特需「開発秘話も」
2023.12.10
上野・貴金属店の強盗撃退で「さすまた特需」も製造会社長は危機感 その意外な理由とは さらに開発秘話も

11月下旬、東京・上野の貴金属店に押し入った3人組を、店員がさすまたで撃退した事件。その様子をとらえた動画が話題になり、さすまたの製造会社には問い合わせが殺到しているという。だが、製造会社の社長は思わぬ「特需」にも意外や冷静で、逆にある懸念を口にする。

事件があったのは11月26日のこと。上野の貴金属店にヘルメット姿で押し入った3人組に対し、大柄な店員がさすまたを振りかざして応戦。倒した犯人のバイクをさすまたでたたいて威嚇し、逃げる犯人を追いかけていく。

この様子をとらえた動画がテレビやネットニュースなどで報じられると、店員の圧倒的な体格と勇猛果敢な撃退ぶりに、SNSでは称賛するコメントが飛び交った。

 2日後の28日、18歳の男2人が警察に出頭し逮捕され、12月7日にも新たに20歳の男が逮捕された。

 動画をきっかけに「特需」に沸くのが、さすまたなどの防犯製品を製造する会社だ。

■さすまた使用方法

1、左が瞬間的拘束用具の「ケルベロス」(黒のバンド部分)を装着したさすまた

2、右は手足に巻き付け、自由を奪うことを想定した瞬間的拘束用具の「不動」

3、手前が小型・軽量のさすまた「弁慶」。女性にも使い安いつくりになっている

4、佐野機工が開発した防犯製品で不審者を取り押さえる方法を実演。不審者役は社長(同社提供の動画から)

■保育園や病院からの問い合わせ

警察と協力して2011年から、さすまたや犯人を拘束する新型の防犯製品を開発してきた栃木県の「佐野機工」には、事件前の10倍超にのぼる問い合わせが寄せられているという。

 同社が開発した、さすまたの先端に取り付けられたバンドが犯人にくるくると巻きついて体を拘束する「ケルベロス」は、優れた防犯製品として過去に警察庁長官賞を受賞した。さらには社長自らが体を張って、女性社員たちに拘束される動画をSNSで公開したところ、「社員のうさばらし」などと思わぬ話題を呼んだ。

「上野の事件の影響だと思いますが、貴金属店などの小売業者からも問い合わせをいただいています。傾向としては保育園や病院など、弱い立場の人がいて、職員がいざというときにその方々を守らなければならない職場からの問い合わせが目立ちます」

 佐野仗侊(たけみつ)社長は、反響の大きさについてそう語った。

 だが、佐野社長は意外にも冷静で、逆に懸念を口にする。

「撃退した店員の方はとても勇気があったと思います。ただ、あの映像のさすまたの使い方が独り歩きすることは極めて危険だと感じています。なぜなら、さすまたは攻撃的に使うと凶器にもなり得ます。犯人を倒したら頭を強打して……、などと過剰防衛で自らが罪に問われるリスクも否定できません。そんなつもりじゃなかった、ではすまされないのです。また、犯人が凶器を持っている場合は、相手が興奮してより攻撃的になり危険にさらされる可能性もあります」

上野の事件は、あくまで攻撃的に使って成功した一例に過ぎず、常識的な使い方だと思い込んではいけないということだ。

 佐野社長いわく、ケルベロスも攻撃には向いていないという。なぜなら開発する際、警察当局から、犯人にケガを負わせない、という点を最も強く念押しされたからだ。

警察が来るまでの時間を稼ぐためや、自分たちが逃げる時間を稼ぐための道具、というのが正しい理解である。

「積極的に犯人を攻撃していいという勘違いが広まれば、危険な防犯製品を作る業者が出てきかねません。防犯製品は、製造する側の倫理観が非常に大切なのです」と佐野社長は強調する。

■「うちもいつ襲われるかわからない」

佐野機工では、ケルベロスなどを販売する際、必ず対面やオンラインで使用法をレクチャーし、訓練の機会を作っている。使い方をちゃんと理解し、過剰防衛のリスクを防ぐためにも、売っておしまい、の姿勢は許されない。それが同社の考え方だ。

「犯人は犯行前に下見に来るケースが多い。防犯製品をどこに置けば犯人の目にとまりやすく、犯行をためらう可能性が高まるのか。レクチャーや訓練に加え、購入者の職場などの状況をしっかり見て、ていねいにコーディネートすることが重要だと考えています」(佐野社長)

「ルフィ」を名乗った男らのグループによる一連の広域強盗事件や、今回の上野の事件を受け、とりあえずの備えではなく、「うちもいつ襲われるかわからない」という切迫感のある問い合わせが増えていると、同社の従業員たちは感じているという。

「一にも二にも、備えが大切です。そのために、防犯製品の役割と、正しい使い方を知って活用していただきたいと思います」(佐野社長)

 のど元を過ぎれば……ではないが、防犯意識は覚めがちだ。だが、何者かも分からない「上」からの指示を受け、あっさりと凶行に走ってしまう人間が増えている現実を、忘れてはならない。

■「さすまた」より威力を発揮 社長への“うさばらし”で話題 警察も太鼓判の防犯製品開発秘話

特殊な形をした「さすまた」などを振るう女性たちが、「不審者」の成人男性をあっさりと捕らえてひきずり倒し、行動不能にしてしまう。新しい防犯製品を開発した会社の社長自らが体を張って、その威力を紹介した動画だが、その見事な「やられっぷり」が話題になった。この強力な防犯製品は、不審者などを取り押さえるために、全国の学校や商業施設などに配備されている「さすまた」の弱点を克服すべく、栃木県の企業が県警の依頼を受けて開発したものだ。

黒く長いバンドが先端に取り付けられた「さすまた」を、女性が力を込めて男性に突きつけた。すると、外れたバンドが男性の上半身に一瞬で巻き付き、両腕の自由を奪われた男性はそのまま押し倒されてしまった。畳の上に転がされた男性はもがくものの、バンドをはずすことができない。

ツイッターなどで公開している動画で紹介されているこのバンドは、栃木県真岡市で自動車部品などの製造を手掛ける「佐野機工」が開発した新型の防犯製品「ケルベロス」だ。

「ケルベロス」を紹介した佐野機工の動画に登場する「不審者」役の男性は、同社の佐野仗侊(たけみつ)社長。捕獲する側の女性は、同社の従業員たちだ。社長自らが体を張った動画は、「社長撃退」「社長へのうさばらし」などと面白がられ、大きな反響を呼んだ。この「ケルベロス」を使って、武術家らを行動不能にしてしまう様子が撮影されたYouTube動画までもが登場した。

■さすまたの「弱点」

佐野機工が「ケルベロス」などの防犯製品の開発を始めたきっかけは2011年春、栃木県警からの「打診」だった。県内で試作品を作ってくれそうな企業を探していた県警が、自動車部品などの精密な製品を長年製造してきた佐野機工を知ったのだという。

 しかし、当時の同社に防犯関連の製品を手掛けた経験はなく、佐野社長は「とにかくびっくりしまして。とりあえず、お話だけうかがいに行きますという回答しかできませんでした」と振り返る。

児童8人が死亡した2001年の大阪教育大付属池田小学校での殺傷事件などをきっかけに、学校などに配備されるようになった「さすまた」。

 2011年には愛知県の小学校に包丁を持った男が侵入し、校長ら3人がさすまたを使って取り押さえることに成功した事例もあったが、数人がかりで制圧することが前提で、さらに相手が暴れた場合には腕力が必要になることなど、実用性や使い方に不安を抱く声が少なくなかった。佐野社長が出向いた際、県警の担当者も、そんな「弱点」に頭を悩ませていたのだった。

「歴史資料館などに展示されている昔のさすまたを見ると、U字の金具にとげとげがついているんです。捕まったら痛くて暴れられないし、昔は着物にとげがからんで捕まえやすかったのでしょう。ところが、現代のさすまたは、捕まえられる側にもけがを負わせないように、つるつるになっています。犯人が手でつかんではねのけたり、暴れられたりした経験が警察にもあったようです」(佐野社長)

■県警が示した「難題」

佐野社長が県警側から示されたのは、3つの「難題」だった。

(1)捕まえる側だけではなく、捕まえられる側にもけがをさせないこと。

(2)逮捕術などの訓練を受けていない人でも、安全かつ簡単に相手を捕まえられること。

(3)捕まえた後に警官が到着するまで、逃げられないようにすること。

「こんな感じのものを作ってほしい」。そう言って県警の担当者が見せたのは、腕などに巻き付ける交通安全の反射バンドだった。「板バネ」と呼ばれる金属板でできており、バネの力で簡単に巻き付き、なおかつはずれにくいものだ。

 確かに、バネの力で勝手に犯人に巻き付き、動きを封じることができるバンドならば、女性でも使えそうだし、暴れられてけがを負わされるリスクも小さいかもしれない。

 だが……。

「われわれも自動車部品で板バネを使ってきましたから、その発想は分かります。ただ、腕に巻き付けるだけの小さな板バネと、向かってくる人間の体を拘束できるほどの大きさの板バネでは、話がまったく違います。体を拘束するためには、板バネがきれいに巻き付く必要がありますが、大きくなればなるほど、ずれが生じやすくなりますからね。

 これって正直、ドラえもんの世界の道具なんじゃないか、まいったなぁと思ったのが正直なところでした」

チャレンジするか否か。佐野社長は悩んだ。

 当時の同社は、東日本大震災の後に自動車部品の需要が急激に落ち込み、社内の雰囲気は暗くなっていた。「はっきり言って、暇でした」と佐野社長。

 そんな状況の会社に舞い込んだ、言わば「お国の仕事」。それも、人々の安全な暮らしに役立つ製品を作ってほしいと依頼される機会など、めったにあるものではない。

 県警から示された開発期限は、わずか3カ月。「自動車部品だって3~4年かけて開発する」(佐野社長)ほどの“むちゃぶり”だったが、最終的にチャレンジする決断をした。

■「むちゃぶり」はさらに

とはいえゼロからの開発スタート。まずは、くるくる巻き付く板バネづくりのヒントになるノウハウを持っていそうな企業に足を運んだが、次々と門前払いをくらった。人間を拘束するほどの厚みや大きさがある板バネの需要自体がないのだ。

 だが、幸運にも同じ栃木県内で「ぜんまいバネ」の構造に精通した人物に出会えたことで、光明が差し込んだ。社員と一緒に“弟子入り”させてもらい、バネづくりの基礎を学ぶことができた。そして、板バネを成形する機械を自社で作り、「ケルベロス」の試作品の完成までこぎつけることができた。

 しかし、県警に試作品を見せに行った際に待っていたのは、さらなる“むちゃぶり”だった。

 佐野社長たちは、板バネは静かに巻き付き、衝撃も小さいほうがいいという発想で開発していたが、そこには「常識」という盲点があった。犯人からすると、「やられた」という気持ちにならないというのだ。

「音はもっと大きかったほうがいいとか、捕まえられたときの圧力がもっと『ばちーん』となったほうがいいとか言われまして。私たちにはまったくない考え方でしたから、『なんじゃそれはー!』って思いましたよ」(佐野社長)

 ただ、むちゃぶりと同時に伝わってきたのは、県警の担当者たちの執念ともいえる熱い思いだった。

誰にでも扱いやすく、捕まえやすく、そして逃さない。そんな防犯製品があれば、起こりうる悲劇を食い止められるかもしれない。

「頭が痛くなる要望でしたが、一方で警察の方々のそんな熱意をしっかり反映した製品を作らなくてはいけない。そう感じたんです」

■海外展開も視野に

試作を何十回と繰り返した末、開発期限までに「ケルベロス」などの製品は完成した。県警も太鼓判を押し、無事に納入することができた。

 同社はその後も改良を重ねつつ他県の警察や民間企業に販路を広げ、今は海外展開も視野に入っているという。

「『ケルベロス』などは不審者と戦う道具ではありません。動きを封じて、その間に逃げる。そのための道具です」と佐野社長は強調する。

 悪用を防ぐため、個人には販売しておらず、シリアル番号で販売先を把握。販売した後も使い方の問い合わせなどに対応している。

「犯人は現場を下見すると聞きますが、警備会社のステッカーのように『ケルベロス』などの防犯製品が配備されていることが分かるステッカーが貼ってあれば、その施設を狙おうと思わなくなるのではないか。将来そのようになればと期待しています」

 ところで、なぜ佐野社長自らが「不審者役」で動画に登場したのか

「自分が捕まえられることで、製品への気づきが生まれるんですよね。また、力の弱い女性社員が僕を捕まえることで、彼女たちにもアイデアが湧いて、意見を交わすことができるんです」

「社長へのうさばらし」などと面白がられ、反響があったことは予想外だったが、それにも意義を見いだしている。

「製品を知っていただくこともありがたいですが、それ以上に動画を見ることで普段忘れがちな防犯意識を高めてもらい、継続的な防犯訓練につなげてもらえたらと考えています」
2023.12.10 10:14 | 固定リンク | 事件/事故

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