量子テレポーテーション「実現可能」
2024.02.02
量子テレポーテーションが電子スピンによる量子ビットで実現可能であると実証される

量子もつれを利用して物理的に情報を送信することなく画像を「テレポート」させる手法を研究者らが実証

長距離の量子通信は情報セキュリティにおいて重要であり、すでに衛星を用いた長距離間で実証されていますが、これまでは2次元を超える高次元状態の通信に課題がありました。新たに南アフリカ・ドイツ・スペインの国際研究チームが、量子通信において送信できる情報の次元を増やし、物理的に情報を送信することなく画像を「テレポート」させる技術を実証しました。

量子コンピュータにおける情報伝達手段の1つである量子テレポーテーションが、電子スピンによって構成される量子ビットで実証されたことが、ロチェスター大学とパーデュー大学の研究チームによる研究で報告されています。

量子テレポーテーションは「テレポーテーション」という名前ですが、粒子が離れた場所に瞬間移動するという技術ではなく、量子もつれを利用して離れた場所に粒子の状態を転送する方法です。量子もつれによってどのように粒子の状態が転送されるのかは以下の記事を見るとよく分かります。

従来のコンピュータは情報をビットとして扱いますが、量子コンピュータは情報を量子ビットによって処理します。ビットは「0」または「1」いずれかのバイナリデータを保持しますが、量子ビットは「0」と「1」両方のデータを同時に保持可能。個々の量子ビットが同時に複数のデータを処理できる能力は量子コンピュータ技術の基礎となっています。

量子テレポーテーションは主に光子による実例が示されてきましたが、ロチェスター大学の物理学教授であるアンドリュー・ジョーダン氏および物理学准教授のジョン・ニコル氏らによる研究チームは、電子間における量子テレポーテーションが可能であることを報告しました。電子スピンによる量子ビットは、半導体で情報を送信する手段としても有望視されています。

「電子は簡単に相互作用する量子ビットとして有望であり、半導体中にある個々の電子による量子ビットもスケーラブルです。電子間の長距離相互作用を確実に作り出すことは、量子コンピューティングにとって不可欠な技術です」とニコル氏はコメントしています。

電子スピンによる量子ビットでは、量子ビットを制御する個々の電子には自転方向に基づく向きが存在し、電子スピンが上向きだと「1」、下向きだと「0」となります。電子スピンの向きに関わらず、任意の粒子が同じ電子スピンの状態にある場合は、同時に同じ場所に存在することはできません。同じ量子状態にある2つの電子は互いに重なり合うことができず、もし同じ場所に存在した場合は一方の向きが変化します。

ニコル氏らの研究チームは、電子スピン量子ビットの量子テレポーテーションを実現するために、交換相互作用の原理に基づく技術を利用して電子対の量子もつれを分散させ、電子スピンの状態を維持したまま量子テレポーテーションを実現することに成功しました。

「私たちは、粒子が相互作用しない場合でも2つの電子間に量子もつれを生成する方法と、テレポーテーションを使った量子コンピューティングに潜在的に有用な方法である『量子ゲートテレポーテーション』を実証しました。われわれの研究は、光子がなくても量子テレポーテーションが可能であることを示しています」とニコル氏は語っています。

■「瞬間移動(テレポーテーション)」を科学するとこうなる

「もしも、ひとつだけ好きな超能力を得られるとしたら?」と問いかけられ、意思の力だけで物体を動かす「念力」や発火能力の「パイロキネシス」などを自由自在に操る自分の姿を夢想したことがある人は多いはず。そんな幼い頃に憧れた超能力のひとつに、離れた場所に物体を一瞬で転送したり自分自身が瞬間的に移動したりする「テレポーテーション」があります。

テレポーテーションは、ある場所に存在する物体を非物質化し、その正確な原子配置を別の場所に送るというものです。この時、原子配置などの情報は転送先で精巧に物質を再構成するために使用されると考えられます。FAXは通信回路を使って瞬時に画像データを転送することができますが、「情報を転送する」という意味において、FAXもテレポーテーションのようなものと考えることができます。

しかし、量子レベルで考えるとこのテレポーテーションという現象はより複雑になります。

最初に「量子テレポーテーション」を公表したのは、IBMの物理学者であるチャールズ・ベネット氏とその同僚でした。公表されたのは1993年で、量子もつれの効果を利用した方法でした。その方法というのは、まず初めに転送したい粒子Aと量子もつれの状態にある2つの粒子(BとC)を用意します。次に、BとCを別々の場所に転送し、Aの情報をBに送信します。この時、BとCは量子もつれの状態にあるため、Bに転送されたあらゆる情報がCにも自動的に同期(転送)されます。

ただし、Cには物理的な時間や空間を使用して情報を送信したわけではないので、CはAに姿を変えます。これは、Aをもといた場所からCが送られた場所まで転送、つまりはテレポーテーションさせたということになるわけです。

量子テレポーテーションが1993年に公表された後、1997年に物理学者のアントン・ツァイリンガー氏率いる研究チームが量子テレポーテーションの実験を成功させ、その後も2014年にジュネーブ大学の研究グループが25kmの量子テレポーテーションに成功するなどしています。

2001年にはデンマークの研究者がそれぞれ1兆個以上の原子を含むガス雲同士を量子もつれの状態にすることに成功しました。しかし、この2つのガス雲はたったひとつの窒素分子にぶつかるだけでも量子もつれが失われてしまうそうです。よって、量子テレポーテーションを実現させるには量子もつれの状態にあるペアがそれぞれ他の粒子などと反応しないように隔離する必要があるそうで、それを実現することは非常に困難なことだそうです。

そして、人体には10の28乗個の原子が存在し、その数は天文学的な数字だそうです。このとてつもない数の原子を量子もつれの状態でキープするだけでもとても大変なことは明らか。さらに、少数の原子を同時に振動させるだけでもとても困難なのに、量子テレポーテーションを実現するにはこれらを完璧に同期させる必要があるので、これがいかに大変なことかよくわかるはず。

自然環境では物体が環境と常に相互に作用しており、一瞬にしてデコヒーレンスが生じます。よって、もしもテレポーテーションのために自分を構成する原子の情報を量子もつれを利用して転送しようとしても、デコヒーレンスにより瞬時に構成原子の情報が変わってしまうでしょう、とNautilusは記しています。

■量子テレポーテーションの記録を更新、ジュネーブ大

光子の量子状態を結晶体に転送する「量子テレポーテーション」実験で、過去最長記録となる25キロメートルの転送に成功したと、スイス・ジュネーブ大学(University of Geneva)の物理学者チームが21日、英科学誌「ネイチャー・フォトニクス(Nature Photonics)」で発表した。

 同大の光ファイバー上で行われた今回の実験では、同チームが2003年に達成した6キロの記録が更新された。研究チームは声明で、今回の実験により「光子の量子状態は、結晶体への転送中に、この2つが直接的に接触していなくても維持され得る」ことが判明したと述べている。

 量子テレポーテーションは、「量子もつれ」の関係にある1組の原子粒子が、距離を隔てていても一心同体の双子のような反応を示すとの理論に基づいている。

 量子粒子は原理的には、現在のコンピューターの2進コードよりもはるかに大量のデータを運ぶのに使えるかもしれない上、情報の解読も不可能であるため、暗号研究者らの大きな関心の的となってきた。

 「もつれ」関係にある2粒子の片方に触れるだけで、メッセージは完全に消去されることになる。そのため、光にコード化された量子データを実際の通信において情報を壊さずに保存・処理する方法を見つけることが、大きな課題となっている。

 この課題を探究している研究チームは「量子もつれ」状態にある光子2個の一方を長さ25キロの光ファイバーの中に進ませ、もう一方の光子を結晶体に送って光子の持つ情報を保存した。

 そして3個目の光子を、ビリヤードのように光ファイバーの中にある最初の光子に向けて打ち出し、衝突させると、光子は両方とも消滅した。研究チームはこの衝突を測定し、3番目の光子が持っていた情報は破壊されず、もつれ状態にある2番目の光子を含む結晶体にたどり着いていることを発見した。

 実用可能な量子テレポーテーションがはるかかなたの目標であることに変わりはないが、今回の成果は注目すべき実験的な進展だと研究チームは話している。
2024.02.02 12:28 | 固定リンク | 化学

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