王将戦七番勝負「藤井聡太1勝」
2023.01.15

「なんなんだこの2人は…」藤井聡太-羽生善治、2日間にわたる“世紀の決戦”後にプロ棋士を驚かせたこと

 1月8日、藤井聡太王将-羽生善治九段の第72期ALSOK杯王将戦七番勝負が開幕した。

 会場となった静岡県掛川市の掛川城で観戦してきたので、現地の様子を交えて歴史的な一戦をレポートしたい。

ここぞというところで結果を残してきた戦法

 後手番となった羽生が選んだのは、王将リーグを全勝したときの原動力である横歩取りではなく、1手損角換わりだった。しかも本局の8手目角交換タイプは、2019年12月の三枚堂達也七段との朝日オープン戦以来、まる3年ぶりだ。藤井は局後に「想定はしていなかった」と語った。

 一方、羽生は「まだ可能性もあるのかなと思ったので。いろんなことを試みる中の一環で、やってみました」と語っている。羽生にとっては60局近くも採用し、タイトル戦の舞台だけでも19局も登板させている。ここぞというところで結果を残してきた戦法だ。経験の差で勝負しようとした。

 藤井は1手損対策で最有力とされている早繰り銀を採用。藤井といえば腰掛け銀だが、早繰り銀も永瀬拓矢王座との王位戦挑戦者決定戦と豊島将之九段との竜王戦七番勝負で採用しており、似た形の経験はある。

 だが、羽生は秘策を用意していた。38手目、前例の自陣角ではなく飛車取りに銀を打つという新手だ。さらに藤井の金をあえて玉側に移動させ、空いたスペースを垂れ歩で狙う。藤井は76分、70分と連続大長考に沈む。藤井の持ち時間を削り、後手番ながら中盤戦を互角に乗り切った。

「歩が下がり、歩が消える」

 2日目、藤井は再び時間を使い、敵陣に銀を打ち込み、飛車を金桂と交換して猛攻する。

 私は世紀の対決を生で見るべく掛川におもむき、立会の久保利明九段、副立会の神谷広志八段と検討する。「藤井の桂」が駒台に乗ったことで検討も弾む。飛車取りに桂を打たれては勝負は終わると、どう桂打を防ぐかを検討する。調べている内に、直感で浮かぶ手が思わしくなく、逆に人間には指しにくい手が正解となることが多いことがわかる。これは難しい将棋だねと皆がつぶやく。

 昼食休憩後、羽生はもっとも指しにくいとされていた手を指す。

 歩を交換して元いた場所の下に歩を打ち、桂を打つマス目を埋めたのだ。

 これは1994年6月米長邦雄名人との第52期名人戦第6局で披露し「歩が下がる」と呼ばれて話題になったテクニックだ。羽生はこの将棋を勝ち、23歳で名人位を獲得した。

 だが藤井も負けてはいない。自分の玉頭の歩を捨て、盤上から歩だけを消滅させ、空いたマス目に桂を打つ。

 囲碁・将棋チャンネルで解説していた森内俊之九段にも「見たことがない手筋ですね」と言わしめた妙手順だ。

羽生は“人間には指しにくい勝負手”を放つが…
 歩が下がり、歩が消える、なんと見事な技の掛け合いだろうか。そして、羽生が桂跳ねを防いで銀を引いたところがクライマックスだ。このまま藤井が先手先手で攻めると思いきや、自陣の左桂を跳ねて力をためたのだ。

 飛車を捨てて猛攻しながらここで手を渡すとは。だが指されてみると次の桂跳ねがとても厳しい。斜めに配置した2枚の桂が強烈な存在感を放っている。羽生は63分の大長考で、角を打って盤上の桂と交換し、取った桂を金取りに打つという、これまた人間には指しにくい勝負手を放つ。だが、藤井はわずか5分で桂を中央に跳ね、ここで勝負あった。

 羽生はあえて金を取らずに攻め合いに出たが、藤井の寄せは正確無比だった。角を立て続けに打ち、あの桂が天使の跳躍をして敵陣に成り込み、最後は角の王手に桂を温存して銀を犠打して終局。投了図の羽生玉には金を取って、桂を打ち、歩以外余らない詰みがある。藤井の寄せは、まるで詰将棋かと思うように美しい。

 新手の銀打ち、歩の垂らし、歩が下がる、角桂交換して手番を握る、羽生は持てる技を出して戦った。藤井の桂のマークも外さなかった。だが終盤に入ってから自陣の桂が三段跳びしてくるところまでは捕捉できなかった。

感想戦は1時間を超えても楽しそうに続く

 2人は大盤解説会場で挨拶した後感想戦に。羽生は盤面を鋭くにらみ、藤井は扇子をクルクルさせ、何度もまばたきをする。タイトル戦の初戦となれば、軽く流すのが普通だが、感想戦とは思えないほど真剣に読んでいる。31歳9ヶ月差という年齢の壁を超えて将棋の真理を追求しようとしている。

 藤井は一回まばたきするたびに、扇子を回転させるたびに、10手は読んでいるだろうか? 2日間脳をいじめにいじめ抜いたはずなのに、なんなんだこの2人は。

 特に羽生の姿を見て驚いた。2022年3月A級順位戦で広瀬章人八段に競り負け、感想戦で疲れ切った顔をしていたのとは別人のようにはつらつとしている。私たちの羽生善治が、2年ぶりにタイトル戦の舞台に戻ってきたのだ。

 感想戦が1時間を超えても楽しそうに続くのを見て、ふとサッカーワールドカップのスペイン戦でゴールを決めた田中碧さんがテレビの対談で語った言葉を思い出した。



「楽しいって、スポーツだけに限らず一番強いですね」

 できることならば2人の戦いをずっとずっと見ていたい。
2023.01.15 12:56 | 固定リンク | 囲碁将棋

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