岸田首相G7「総括」
2023.05.25



■ゼレンスキーG7大統領〝電撃参加〟に狼狽したロシアプーチンor中国習近平

 ウクライナのゼレンスキー大統領が電撃的に出席し、同国へのF16戦闘機への供与が事実上決まった広島での先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)の結果に、ロシアのプーチン政権が狼狽している。ロシア外務省は閉幕日の21日に「広島サミットはプロパガンダ・ショーに成り下がった」などと批判する声明を出したが、具体性のない空疎な言葉が並べ立てられている印象は否めない。ゼレンスキー氏はG7サミットへの出席を通じ、インドなどグローバル・サウスの主要国とも連携することにも一定の成果を出した。

 ロシアはミシュシチン首相を急遽中国に派遣し、ロシア・中国の連携をアピールするが、G7は中国には協議を呼び掛けるなど露中の接近にもくさびを打つ。中国からの支援を確保するために、ロシアは中国に対し一層下手に出ざるを得ないのは必至だ。

■空疎な言葉の羅列

「G7首脳らは広島で開催されたイベントをプロパガンダ・ショーに変質させた」「反ロシア、反中国をヒステリックにあおっている」「欧州はアングロ・サクソンに主権を譲り渡した」

 ロシア外務省の声明は、具体性のない言葉でG7への批判を並べ立てた。その内容からは、ロシアがむしろ今回のG7サミットでの決定事項や声明に対しての反論や、対応を決めることができていない現状が浮かび上がっている。それだけ今回のG7サミットの結果は、ロシアにとり衝撃的なものだったと推察される。

 最大の焦点は、米国のバイデン政権がウクライナ軍パイロットに対するF16戦闘機の訓練を支援すると発表し、欧州などの同盟国がウクライナに対してF16を提供することを容認した事実だ。この報道が流れた翌日の20日、ロシア外務省のグルシュコ次官が「事態をエスカレートさせる動きであり、西側に途方もないリスクを背負わせることになる。しかし、われわれは対応する用意がある」と反応し、その後のロシアメディアの報道もF16の供与に向けた動きをつぶさに報じ続けている。ロシア側がF16投入を強く警戒している実態を伺わせている。

■F16投入へのウクライナの期待

 F16戦闘機は長射程の攻撃能力を持ち、ウクライナ軍が制空権を確保する作戦に重要な役割を担うと期待されている。戦闘能力は現在ウクライナ軍が主力とする旧ソ連製のミグ29の数倍とされ、ロシアが保有する戦闘機を上回る。ウクライナ軍はこれまで、ロシア軍の戦闘機からの長射程攻撃に悩まされてきたが、F16の投入により事態が大きく変化する可能性がある。

 米メディアはF16をめぐり、「ウクライナでの戦況を本質的に変化させうる武器」だと指摘する。欧米諸国はこれまで最新鋭戦車の提供などは発表していたが、それらは長距離の攻撃を仕掛けるには限界があり、さらにロシアの占領地に侵入すれば燃料などの補給面などで大きな困難を伴う。一方で戦闘機は、一度の出撃で複数個所での作戦に従事でき、ロシア領内などから発射されたミサイルの迎撃能力にも優れるためだ。

 ウクライナ軍兵士に対する訓練は今後数週間以内に始まるとも報じられており、訓練期間は「数カ月」(サリバン米大統領補佐官)を要する見通しだ。米国のどの同盟国がどれくらいの規模の戦闘機を提供するかも未発表だが、ゼレンスキー大統領は21日に広島市内で行われた会見で、「詳細は答えられないが、相手国と話し合いを進めている」と述べており、すでに訓練の実施や戦闘機の供与規模などをめぐっても詳細な協議が実施されている状況が伺えた。

 ゼレンスキー氏はさらに「ロシアが(その威力を)〝実感〟する武器になる」と述べるなど、強い自信をのぞかせる。今回の米国の決定が、戦況に重大なインパクトを与えるのは確実だ。

 バイデン米大統領はこれまで、F16の提供に慎重な姿勢を崩さなかった。ただそれでも実際には、提供に踏み切るタイミングを模索していた跡もうかがえる。米軍はすでに3月の時点で、ウクライナ軍パイロット2人を国内の米軍基地に招き、フライトシュミレーターを使ってF16の訓練操縦に必要な期間を見定めようとしていたという。

 同盟国からのF16提供も、ゼレンスキー氏の発言からはすでに水面下で進められていた実態がうかがえる。F16提供に向けた準備が整っていたことも踏まえ、最終的な調整を対面で行いたかったゼレンスキー氏が、日本政府に対し訪日を働き掛けていた可能性がありそうだ。

■グローバル・サウスの反応

 ゼレンスキー氏はさらに、G7サミットへの対面出席を実現させたことで、対ロシア制裁に加わらない南半球の国々との首脳との会談も実現させた。注目されたのはインドのモディ首相との会談だ。

 ゼレンスキー氏の訪日が極秘裏に行われた背景のひとつは、ロシアへの制裁に否定的な国々がゼレンスキー氏訪日を事前に知れば、G7サミットへの出席を断る可能性があるためだった。そのような中、ロシアに融和的な国の象徴的存在であるインドのモディ首相は、ゼレンスキー氏との距離を感じさせない老獪な振る舞いを見せた。

 モディ氏は会談で「あなたは私たちの誰よりも、戦争の痛みを知っている。インドも、私個人も、この問題の解決に向けてできることはどのようなことでもすると約束する」とゼレンスキー氏に語り掛けた。モディ氏はウクライナに留学していた自国の学生たちと話し合い、「ウクライナがどのような状況に陥ったか、詳細を聞いた」とも述べて、ウクライナを支援する姿勢を示した。モディ氏は会談で「これは、政治、経済の問題ではなく、人道の問題だ」とも語り、政治・経済とは切り離して対応する考えを強調した。

 インドは制裁を受けるロシアから膨大な量の原油を輸入し、ロシア経済を事実上支えているうえ、4月末にはロシアとの防衛協力の強化にも合意している。そのようなインドが、ウクライナにどこまで実質的な支援を提供できるかは見通せないが、ウクライナを支える言質をインドのトップからゼレンスキー氏が直接得た意義は少なくない。

■ロシア首相は〝中国詣で〟

 そのような中、ロシアは同じくG7で批判の目を向けられた中国との連携強化に動き出している。23日にはミシュスチン首相が中国を公式訪問。それに先立つ22日には、パトルシェフ安全保障会議書記がモスクワを訪れた中国共産党幹部と会談し、テロ対策などをめぐり意見を交換した。

 G7から名指しで批判された両国が連携を一層深めることは必至だ。ただ、実際にはウクライナに軍事侵攻をしかけているロシアと、台湾や日本などの周辺国を威圧するものの、ロシアのような軍事行動を起こしていない中国とは、置かれる環境が異なる。

 G7は首脳声明で「中国に率直に関与し、われわれの懸念を中国に直接表明する」としながらも「中国と建設的かつ安定的」な関係を構築する用意があると呼びかけた。台湾情勢に言及されたことに中国は激しい反応を見せたが、「残酷な侵略戦争」を仕掛けたと指弾されたロシアとは同列には扱われていない。

 中国はロシアに対する協力姿勢を強調するが、実際には欧州に売れなくなったロシア産原油を格安で買いたたくなど、その実態は打算的だ。旧ソ連諸国に対するロシアの影響力が弱まる中、中国の習近平国家主席は5月下旬に西安で、旧ソ連諸国である中央アジア5カ国首脳との初の首脳会議を対面で行った。これらの国々への影響力を高めようとする中国の意図は明白だが、ロシアは異論をはさむことすら困難だったに違いない。

 そして23日夜にはロシアの首相が北京に駆け付けた。ウクライナ侵攻から抜け出せないロシアの首脳が、実質的に中国の支援を求めて訪中した格好だ。ロシアを取り巻く国際的な状況が、改めて浮き彫りになっている。
2023.05.25 11:02 | 固定リンク | 国際

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