マイノリティ・リポート
マイマイ新子と千年の魔法
魔界転生
マクロスF 虚空歌姫 〜イツワリノウタヒメ〜
マクロスF 恋離飛翼 〜サヨナラノツバサ〜
マジェスティック
マッチスティック・メン
マッチポイント
マッハ!!!!!!!!
マトリックス
マトリックス・リローデット
マトリックス・レボリューションズ
マリー・アントワネット
マルコヴィッチの穴
マレーナ
Mr.インクレディブル
ミスター・ルーキー
ミス・ポター
みなさん、さようなら
耳をすませば
ミリオンズ
ミリオンダラー・ベイビー
みんなのいえ
■マイノリティ・リポート(スティーブン・スピルバーグ監督)(2002/12/10)
殺人事件を予知し、事件がおきる前に犯人を捕まえるシステムが運用される時代、
犯人を追う刑事の立場だった主人公が「殺人犯になる」未来を予知され、
追われることになる近未来SFです。
ちょっと気を抜くと話が分からなくなりそうな所もありますので、寝不足の時は避けた方がいいかも知れません。
見終わった後に残るものはあまり無かったですが、見ている間は結構楽しめました。
立体的に移動する交通システムなど、近未来の世界描写は面白かったです。
予知云々は別にして、実際ああいう未来になるかは懐疑的ですが。
しかしまあ、確かにつっこみどころは非常に多い映画でした(^^;
例えば(以下ネタバレ反転)犯人と被害者の名前を特定できるのに犯行現場の住所が何故特定できないのか、とか、
たった3人(というより実質1人)の超能力者に支えられたシステムで今後全米をカバー出来るつもりだったのか、
超能力者が出来たのが偶然の産物なら彼らが死んだらそれだけでシステムが終わってしまうのではないか、
とすればそれは「システム」と呼ぶにはあまりに不安定すぎるのではないか、とか、
主人公の犯行現場に何故警察が張りこんでないのか、とか、
「聖域」から排水溝ごときで人間が脱出できるのは防犯体制がなってないと言うより、観客をなめてるのではないか、とか、
車工場で主人公が無事に脱出出来たのが納得いかんとか、
包帯をとられたはずの主人公は失明しないのか?、とか、
・・・・・うーむ、ちょっと考えただけでつっこみどころが山のように・・・(^^;
まあ、言ってもしょーがない事ですのでこの辺にしときます。
ところで主人公は最後逮捕されてなくていいんでしょうか?
主人公に殺されるはずだった男は「自殺」になってましたっけ?
ちょっとはっきり覚えてないです。しかしまあ、
弁明の予知も何もなしにいきなり“あんな形”で収容所送りってのも酷い社会ですなあ。このシステムの問題点って、
(予知能力者の人権問題は勿論として)まず運用方法が不味かったのでは?、と思います。
司法省のおいちゃんが結構いい味でした。あんな事になって残念です。
http://www.foxjapan.com/movies/minority/index.html
■マイマイ新子と千年の魔法(片渕須直監督)(2009/12/5)
樹のぶ子氏の自伝的小説のアニメ化作品で、アリーテ姫の片渕監督の新作です。
上映が11日までということで急いで行ってきました。
戦後10年の昭和30年代、山口県防府市・国衙にて、
空想力豊かな小学3年生の新子の学校に東京からの転校生・貴伊子がやってくる。
最初はなかなか田舎の生活に馴染めない貴伊子だったが、新子ともだんだんと打ち解けていって…
という話。
実に面白く引き込まれました。子供が見ても楽しめると思いますが、大人が見るとかなり心にしみるのではないかと。
子供達ののびのびとした日常を描写しがらも、結構シビアな状況も描かれていきますが、
そんな中でも逞しく笑う新子達が頼もしいです。
麦畑の向こうに船のように家が浮かぶ風景が実に美しかったです。
新子達にとっての「現代」である昭和30年代の世界の日常に、同時にとけ込むように描かれていく「千年前の空想世界」が、現代は過去から繋がる積み重ねなのだと感じさせてくれて感慨深いものでした。
1000年前の世界の中でも、数百年前の歴史に思いが馳せられているのもまた興味深いです。
1000年の歴史がお爺ちゃんから新子に受け継がれ、それがまた貴伊子に受け継がれていく積み重ねの流れを経ての、ラストの笑顔が切ないながらも実に清々しいものでした。
生きていれば様々な別れは付き物ですが、伝えられていくものはあるのだと思えました。
また、この空想世界は、日常に見える事象のカケラから千年前の物語を見つけていく新子達をより感性豊かで魅力的に見せてくれたかと思います。
昭和30年代ということで自分にとっても生まれる前の時代ですが。ポン菓子は懐かしかったです。あれは自分が子供の頃も近所に来ていたなあ。
躍動感のある音楽の使い方も印象的でした。
神戸生まれで広島までは行ってるけど、山口は(九州への修学旅行で)通過したことしかので、いずれ行ってみたいものです。
(ネタバレ度:小)
柳生十兵衛VS天草四郎&再生怪人と化した剣豪達のチャンバラ劇です。(乱暴な解説)
率直に言いまして、
見ている間は特に退屈しませんでしたし、つまらなくは無かったですが、
面白かったか? と聞かれると、とてもとてもビミューです。
一つだけ言えるのは、とても印象の『薄い』映画だったという事です(^^;
若い人でなければ(笑)、多くの人は知っていると思いますが、
山田風太郎原作のこの作品は1981年に深作欣二監督によって映画化がされています。
本来、過去の作品と比べてどうこうとの論調はあまり好みではないのですが、今回は過去の作品の印象が大変に強すぎるので、
やはり言及せずにはいれません。
私の場合、
深作版は十数年前に一度テレビでやっているのを見ただけで、かなりの部分を忘れているにも関わらず、
未だに魔界衆との対決シーンや沢田研二(ジュリー)の怪演、ラストの首すぽーんなど非常に“濃い”印象に残っているのに対して、
今作は、一年後にはほとんど思い出すことさえ出来なさそうだなあ、と(存在自体も)(^^;)
(また天草四郎が今回キャラが薄いのです。)
「肩」のシーンや城崩壊など印象的なシーンも一部はあったんですけどね。
まあ、私の側の問題、見た時の年齢の差もあるだろうし、
過去の思い出が美化されてる面もあるかも知れません。
遠からず、深作版をもう一度見てみたいと思いました。
■マクロスF 虚空歌姫 〜イツワリノウタヒメ〜(河森正治監督)
初日でしたが劇場内の埋まり具合は2/3ってところでしょうか。
サービス精神満点でエンターテインメント作品として楽しめました。
劇場版は2本で完結と言うことで、今回は1本目。
話は基本的にはTV版の流れに沿っていますが、細かいところから大きなところまでかなり設定も展開も変わっていて、印象も結構違います。(旧作TV版と「愛おぼえていますか」ほどの劇的な違いでは無いですが)
それでもあえてTV版に当てはめて言えば、ストーリーはTV版7話の「ファーストアタック」(マクロスクォーター初活躍の回)のあたりまで。(再放送的にタイミング良く)
映画は2本目で完結編のはずで、今回が「7話分」でTV版の残りが「18話分」もあるとすると、完結編では更に大幅にTV版とは違う展開になるのかも知れません(?)
以後割とネタバレ注意。
予告で明かされてるように、シェリルにスパイ容疑があったり、初めからギャラクシーが怪しまれていたり、ランカがバジュラに狙われてる事を早々に自覚したりと、TV版での"謎"が最初からある程度開示されているのが新鮮でした。
そりゃあ、TV版を見た人には分かってる事をあまり引っ張っても仕方ないですからねえ。
その上で「スパイ容疑」のように新たな疑惑を盛り込んできたのはTV版視聴済みの人の興味も引く上手い仕掛けだったと思います。
各人の意思の疎通も割とすぐに為されるので展開がスムーズでストレスが溜まらなくて良かったかと。
VF-25の新装備「トルネードパック」は大気圏内外両用とのことですが、
あの戦闘条件ならスーパーパックでの出撃になりそうなものなのにと、ちょっと不思議でした。(ミシェル&ルカは普通にスーパーだし)
まあ、ちゃんと活躍してましたけど。
ランカの携帯が何故かTV版の黄緑色からオレンジに。
黄緑の方が可愛かった気もするけど、ランカの髪の色に埋もれないようにしたのか、アイ君と色が被るからか?
やたらと機能アップしてましたが、何故にマイクまで仕込まれているのやら(^^;
TVだと「にんじん」くらいだったのに、ランカの下積みドサ回り描写がやたらと多彩に増えてるのが印象的でした。
でも納豆はねーだろ(笑)
ところで劇中でマクロスクォーターやバルキリーのトイが売ってたり、ランカがVF-25のコスプレをしてましたが、ああいうのって機密じゃないのかね?
VF-25は最初の戦いで大っぴらに戦ってたからいいのか?
もしも最初の戦いの「後」で商品開発したのだとしたら、なんという開発力。ジオン脅威のメカニズムですよ。
劇場版ではクランが主役だなんて噂を前に見かけた覚えがあったけど、そんなことは全く無かったぜ。
ちょこちょこ出番はありますが、さほど大きな活躍はありません。
でも、出番が少なくて殆ど印象に残ってないルカよりマシ。
ミシェル周りの話とか、TVとは違う結末も有り得るのかね。
■マクロスF 恋離飛翼 〜サヨナラノツバサ〜(河森正治監督)(2011/2/27)
マクロスF劇場版2部作の後編「恋離飛翼 〜サヨナラノツバサ〜」を見てきました。
前作「イツワリノウタヒメ」の時点で既にTV版とはかなり展開が変わっていましたが、今回は更に別物になっていました。
キャラクターの役割がかなり違っていたり、一部では作品ジャンルすら違っていて意外性はあったかと。
TV版では終盤で明かされた事が早い段階で皆に開示された状態で話が転がるので、先が読めない面白さはありました。
短時間に展開が二転三転するのでちょっと疲れもしましたが。
以下ネタバレ。
・波乗り艦長+波乗りマクロスクォーターが超ステキ(笑)
・新バルキリーYF-29は、設定を全く知らない状態で見たのでバトロイド形態がどういう形なのか把握しきれませんでした。能力的にはVF-25+トルネードとあまり印象は変わらない感じ?
・まさかの「グレイス=いい人化」に吹きました・
・まさか脱獄物になろうとは。
・ミシェルは前作で無事死亡フラグをへし折れたのか、無事生き延びられて良かったです(笑)
・三角関係は、あのどうしようもない優柔不断男アルトが、ちゃんと態度をハッキリさせたのは良かったかと。
・まあ、その後行方不明でシェリルも昏睡状態なので微妙にスッキリとはしないのですが。
・エンディングからすると、シェリルは復活したと考えて良いのか?
・今のタイミングでアイくんを見ると、少女に契約を迫る某白い悪魔を思い出してしまって困りました。ランカも魔法少女だし(笑)
・上映後の劇場でも「キュゥべえが云々」という声が聞こえて笑わざるを得ない。
■マジェスティック(フランク・ダラボン監督)(2002/06/28)
★ネタバレ注★
1951年、ハリウッド新進の映画脚本家ピーター(ジム・キャリー)は
突然『非米活動委員会』から“共産主義者”と名指しされ、審問会に呼び出しを受ける。
学生時代、女の子を口説くため入ったクラブが裏では共産主義団体だったのだ。
(※当時の非米活動委員会の共産主義者狩りを“赤狩り”という。
特に映画関係者は世間への見せしめに都合よい存在だったため、
無実の多くの映画人が餌食になった・・・らしい)
身に覚えが無いながらも「やりすごせるならでっち上げの供述でもなんでもするさ」と言ってのける彼。
その場をやりすごせれば、容疑の真偽も、憲法の自由をねじ曲げた委員会の暴挙も彼にはどうでもよかった。
だが、仕事を取り上げられ、恋人にも去られたピーターは、
失意で飛ばした飲酒運転中に事故にあい、川に転落する。
目を覚ました彼は海岸に打ち寄せられていた。
助けられ、田舎町ローソンに立ち入るが、彼を見た町の人々はなぜか彼に見覚えがあると言う。
だが、気付くと彼は『自分が誰だか分からなくなっていた』
事故で記憶をなくしてしまったのだ。
その時一人の老人“ハリー”が彼に抱きつき言った。
「ルーク!よく戻った。生きていると信じていた、わが息子よ!」
ハリーは、彼を第二次世界大戦に出征し、7年間行方不明になっていた息子だと言うのだ。
この町は戦争で62人も若者を失っていた。
悲しみに沈み時が止まっていたような町の人々に、“ルーク”の帰還は大きな希望と活気を与える。
誠実で勇気のあった若者“ルーク”は皆から愛されていた。
ハリーや“ルーク”の恋人だったアデルや、町の人々と触れあい、
記憶は戻らないながらも“ルーク”としての自分に馴染んでいくが、
彼には現実と向き合い、勇気と誠意を試される時が迫っていた・・・。
★
「米非活動委員会の暴走との対決」と「記憶と希望を失った男と町の再生劇」がどう噛み合うのか、
見ている途中では少々しっくりこない気分を感じていましたが
見終わってみると、よく出来た映画だったなあと思えます。
心に残るいい映画でした。
ジム・キャリーの演技が落ち着いていて、結構はまっていました。
★以下超ネタバレ注★
彼が本物の“ルーク”ではないと内心気付きながらも
本物と信じたがった人々の気持ちが
切ないながらも、この映画に「よさ」を与えているように思えます。
上手く言えませんが。
■マッチスティックメン(リドリー・スコット監督)(2003/10/14)
善良な人々をカモにして、悠々自適な生活を送る詐欺師のロイ(ニコラス・ケイジ)、
しかし彼は病的な潔癖性に悩まされていた。
わずかな汚れや部屋の乱れも我慢できず、併発している広場恐怖症も手伝って
とても人間らしい暮らしとは言えない日々。
そんな彼に、別れた妻との間に「娘」がいたことが分かる。
14歳に成長した娘、アンジェラ(アリソン・ローマン)。
奔放な彼女との出会いから、彼の日々は徐々に変わっていく・・
★
潔癖性な詐欺師と娘を描いたコメディ作品です。
なんとなく好みな匂いを感じて見に行きました。
予告での宣伝文句のことはコロッと忘れた状態で見ていましたが、
それで正解でした。(この映画は余計な先入観なしで見た方が良いかと思われます)
というわけで、とても楽しめました。
途中、どうなることやらとも思いましたが(^^;、気持ちよく映画館を出ることが出来ました。
かなり好きな映画です。
具体的にはネタばれになるのであまり語れないですが〜(^^;
ラスト、当初は少々すっきりしない感も抱きましたが、
あの出来事やあの日々が彼にも(おそらく彼女にも)転機となったのだと言うことが、
時間をおくにつれて納得出来てきた気もします。
いいラストだったと思えます。
実際大事な物は何気ない物だったりしますよね。忘れがちでありますが。
この映画はあまりネタばれを語るべきでは無いと思いますが、ひとつだけ。
アリソン・ローマンが本当は24歳であったとは、
綺麗に騙されました(笑)
ところで、私の場合すっかり忘れていた訳ですが(苦笑)、(以下ネタバレ反転)
シックスセンスあたりから流行っているやり方のように思えますが、
“作品に「秘密」がある”事を売りにしての宣伝は好きではありません。
特にこの映画の場合、映画にとっての大事な部分は「秘密」の部分などではありませんし、
謎解きゲームを促すような宣伝は、作品の本質から観客の目を反らしてしまうように思えてしまいます。なんだかなあ。
■マッチポイント(ウディ・アレン監督)(2006/10/10)
ネットに引っかかったテニスボールがコートのどちら側に落ちるのか、勝負の行方は時に“運”で決まる…
“運”によって別れる人々の運命を描いた作品で、
ドロップアウトしたテニスプレイヤーが上流社会の一家に婿入りして浮気する悲喜劇です(略しすぎ)
なかなか話が進展せずに序盤〜中盤までは焦れったいですが、終盤になって話が面白くなってきます。
因果応報なよくある話になるかと思いきや、話は意外な、苦笑いするしかないような方向に向かいます。
“運”の作用の仕方が実に皮肉で身も蓋もない映画だなあと(^^;
「ボール」の落ちる行方があのように働くとは。
主人公に対しては、人によって自嘲的に見たり、ムカついたりと抱く思いが分かれるかと思いました。
ちなみに自分はムカつきましたが(笑)(実際こういう輩はいるでしょうが、自分にはただの「考え無し馬鹿」にしか思えません)
見る人の性別によってもまた意見が分かれる作品かも知れないですね。
■マッハ!!!!!!!!(プラッチャヤー・ピンゲーオ監督)(2004/07/27)
副題は「仏像を取り戻せ!」
ストーリーは、ムエタイの達人“ティン”(トニー・ジャー)が奪われた仏像“オンバク”の首を取り戻す闘いの旅に出る話です。以上!!!!!!!!
・・いやほんとこれだけです。
しかしこの映画にはこれくらいの超シンプルなストーリーでいいのです。
この映画は、CGを使わず、ワイヤーを使わず、スタントマンを使わず、早回しを使わず、最強の格闘技ムエタイで戦うトニー・ジャーと、
タイの文化を満喫する映画なのです。
つっこみ所はたくさんですが別にいいのです。
あー楽しかった熱かった!!!!!!!!
「CGを使いません!!!!!!!!」が印象的な宣伝から、正直かなり『バカ映画』を予想していたのですが、映画自体は(ユーモアはあれども)真面目です。
ノリ的には正に古き良き『香港アクション映画』の世界です。アクションの決めシーンのリプレイやスローモーションやエンディングのNG集もそのまんま(笑)
まあ、リプレイはともかくスローモーションは少し控えて、素のアクションだけで見せてほしかった気もしないでもないですが
宣伝で散々『本物のアクション』を強調するだけあって、そのアクションシーンはなかなか凄まじいです。
いやもう早い!!!!!!!!熱い!!!!!!!!痛い!!!!!!!!
(なお、私は普段格闘技の試合とか全く見ない人なので、そういう人間の感想だということは御了承下さい)
いやもう、ホントに顔面に当ててるよとか、あれじゃ脳天砕けてますよとか、そりゃあ怪我人も出るという物で(^^;
町中での追いかけっこなども、わざとらしい程の障害物満載っぷりが楽しいです。
こういう映画もひさしぶりで満喫ですよ〜。
ムエタイが皿より椅子よりテーブルよりヘルメットより冷蔵庫よりノコギリより強いってのがよく分かりました!!!!!!!!(cこう1さん)
先に「古き香港映画そのまんま」テイストと言いましたが、ムエタイやタイの文化など、独自の持ち味もきっちり印象的です。
冒頭のアレとか三輪タクシーとか興味深かったです。
悪役の「穴」も印象的ですな。
まぎれもなくB級ですが、熱きB級映画でした。うむ!!!!!!!!
楽しかったです。ストーリーはともかく
実写版ドラゴンボールとかアキラとかよく言われてるけど見ててむしろ
「サイバー北斗の拳」って感じでした。
(あえて「サイバーブルー」と言わない辺りにこだわりがあるらしい)
■マトリックス・リローデット(ウォシャウスキー兄弟監督)(2003/06/24)
あらすじは書くまでもない気がするので省略。
★以下、ネタばれはあまり無いようには気をつけてますが、少々あります。
前作を見た当初は、正直「オシャレな画面に中身スカスカ」と、あまり印象は良くなかったのですが、
後日のテレビでの放送では素直に楽しめたりしました。
最初にノレなかったのは何か先入観があった為なのか、はたまた後日の時はこの手の映像に慣れていた為か、今となっては何とも言えませんが、
その辺の反省もあって、今回は期待しすぎず否定的にならず楽しもうと思いました。
つい先日も期待しすぎた『サラマンダー』で失敗しましたし(笑)
いや、楽しかったですよ。
正直序盤のザイオンのシーンは退屈で心配したのですが、それ以後はこれでもかこれでもかというボリュームですっかり圧倒されました。
まあ、ストーリーを楽しんだと言うよりは、純粋にアクションと映像を楽しんだのですが。
この映画はストーリーをどうこう言っても仕方ない気もして、それはそれでいいかな、と。
足下が崩れ去るようなオチは、新鮮味はあまり無いとは言え、ショッキングで結構好きですけどね。
しかしまあ、何を言っても、今回のキモは「スミスくん」に尽きます。
嬉しそうに楽しそうにネオにつっかかる『たくさんの』スミスくんの映像は格好良さと格好悪さが同居して最高に笑・・いや楽しい絵でした。
何を考えてるか分かり難く、今一感情移入出来ないネオなんかより(←暴言)よほど入れ込んでしまいます。
ネオ達の行動の裏で、スミスくんがどう行動していたのやら、と想像するとかなりおかしい物があります。
手にナイフでおまじないを書いてワクワクとネオを待つスミスくん(中身)。
路地裏で、ネオが来たぞと次々と仲間スミスに知らせて廻るスミスくん。
ドアの向こうでネオが来るのを今か今かとサングラスの乱れを直して待つスミスくん。
更にドアの中で出番を待つたくさんのスミスくん・・・
なんて健気なんだ!(爆笑)
・・・でもヤだなあ、こんなストーカー(苦笑)
ネオに飛んで逃げられて、すごすごと解散するネオの追っかけスミスくん達の残念そうな様子や、
「100人乗っても大丈夫」(byイ■バ)なネオにみんなで突進していくスミスくんなどなど、
ホントに色々と見所があって楽しかったです。
次回も大活躍してくれそうで楽しみですな。
当サイトは「スミスくん」を応援しています(笑)
・・・とまあ、冗談は置いといても(冗談だったのか)
DAY FOR
NIGHTのFさんも書かれていましたが、
ネオやトリニティといった「人間」のキャラクターよりも、「キーメーカー」やキーメーカーを捕まえていたおっさんや、
そして「スミスくん」といったプログラム側のキャラクターの方が人間臭くて魅力的なのはどうしたことなのでしょう(^^;?
皮肉が込められているのかとも思いますが。
ネオも「ソース」でのモニターの中の本音を吐きまくるネオは面白かったですけどねー。
ところで1、「キーメーカー」を見ていて「かぎばあさん」の絵本と思い出しました。懐かしいなあ。
ところで2、スミスくん一杯のポスターを見てると『マルコヴィッチの穴』を思い出したりしました。
ところで3、最後のトリニティの「あの」シーンで第3部と思い出したジョジョ読者は多いと思う。
ウォシャウスキー兄弟監督作品。
つい「ウサスキー兄弟」と呼びたくなるのはいかんでしょうか?
ストーリー面では正直1・2作目のような意外性やどんでん返しはあまりなく、
極めてストレートな(あえて言えば普通の)SFアクション映画になっていたと思えます。
深読みしようと思えば色々出来そうですけどね。
そのため期待外れに感じる人もいそうな気がしますが、
私の場合、過剰な期待も無かったこともあって、SF戦争アクション物として普通に楽しみました。
ところで今作は三部作のラストというより、リローデットと合わせて1本の映画とも思えます。
(バック・トゥ・ザ・フューチャー三部作的と言えるでしょうか)
正直、前作のラストを見て(ネタばれ反転)(ネオが現実で力を使ったところで)“実は現実世界も仮想現実の一部であった”
というようなオチも予想したのですが、そういうダークな展開ではなかったようです。
ところで、映画を見終えての最初の感想は『これならドラゴンボールの実写版も出来るわなあ』でしたよ(笑)
あれでカメハメ波が撃てれば完璧です。楽しみですドラゴンボール(笑)
エイリアン2のパワーローダーもそうでしたが、向こうの作品で出るパワードスーツ(ロボット?)って、
なんでコクピットが剥き出しなのかなあと思いました。
視界の問題やら、少々の装甲があっても意味が無いということかも知れませんが、装甲なりキャノピーなりがあればミフネ隊長も死なずにすんだ・・・・・・かどうかは謎ですか(^^;
やはりパイロットが見える方が“絵になるから”なんでしょうか?
日本の「ジュブナイル」とかでは完全にコクピット内蔵のロボット型でしたが、この辺は文化的な好みの差なのかなあ?
今作でちと不満な点を上げれば、
モーフィアスの影が薄かったことと、
「リローデット」で最高だったスミス君のとんでも変態ストーカーっぷりがイマイチ印象が薄かったことですな。
(現実にまで追いかけてきたりと、やるべきことはやってるんですけどねえ)
実際スミス君はラスボスなんですから、もうちょっと「人間にとってもマシンにとっても脅威」というあたりを強調して見せて欲しかった気もします。
http://whatisthematrix.warnerbros.com/japan/
■マリー・アントワネット(ソフィア・コッポラ監督)(2007/1/23)

マリー・あ〜るトワネット…
まりい・アントワネットも考えたわけですが。
★
14歳でオーストリアからフランスに嫁いだマリア・アントーニが18歳でフランス王妃になり、やがてフランス革命で逃げ出すまでの話。
ギロチンまではいきません。
正直中途半端な所で唐突に終わってしまった、と思えましたが、
幽閉以降の部分は制作者の描きたい所では無かったのかも知れません。
現代人から見れば「アホか」と思えるような宮廷内での生活の中に、外国から放り込まれた"一個人"としての彼女を描こうとした映画なのだとしたら、あそこで切るのも有りなのかも知れません。そもそも結末は多くの人が知ってる話ですし。
一般的に伝えられるような誇張された悪女ではない、等身大の女性としてのマリー・アントワネットを描こうとした作品なのだと思います。
普通なら目玉になりそうな『スウェーデン軍人のフェルゼン伯爵との恋』部分もあっさり流されたり、宮殿以外の市民の様子が全然描写されないのも、「制作者の描きたい部分」が「ヴェルサイユにおけるマリー個人」にあると考えれば分からないではありません。彼女個人を十分に描写出来ているかどうかは意見が分かれる気もしますけど。
彼女の生活や心情(直接的ではないですが)を中心に描写された映画ですが、
"ストーリー"という面では、正直物足りませんでした。
ストーリーよりもマリーのキャラクター描写や、華やかなドレスやお菓子や靴や髪型やらが延々と描写される映画で、ストーリーよりも映像自体を楽しむべき映画かと思います。
従って、ドレスや靴や髪型やお菓子に興味が持てないと辛いかも知れません。
…すみません。正直その辺りは自分には退屈でした。
映画は123分ですがストーリーの単調さもあってかとても長く感じました。
妻は楽しんでいましたし、女性向きの映画なのでしょう。
音楽はポップミュージックでマリーの心情を盛り上げ、服装なども(自分にはよく分かりませんでしたが)比較的現代的なものらしく、
「当時のフランスの様子を忠実に再現した映画」では無いようです。
過去を舞台に現代的エッセンスを融合して新しい物を描こうとしたのかも知れませんが、
かといって「ロック・ユー!」ほどにハジケてもいないので、やや中途半端な出来に感じました。
ノリは良かったと思いますが。
実際のヴェルサイユ宮殿を使った撮影は美しく、興味深く思えました。
宮廷内での生活は現代人から見ると実に馬鹿馬鹿しくも映るもので(まあ、誇張して描かれてるわけですが)、
「文句があるならヴェルサイユにいらっしゃい」と言われても行きたくないなあと思ってしまいました(笑)
いえ、観光でなら一度行ってみたいんですけどね。
キルスティン・ダンストのマリーは悪くなかったですが、14歳には見えないですねえ(苦笑)
登場人物が全員英語をしゃべってるのはご愛敬でしょうか。英語が苦手な自分ですら違和感がありましたが(^^;
入ると俳優のジョン・マルコヴィッチに15分だけなれるという『穴』をめぐって
どんどん欲望にゆがんでいく人々。
前半は笑わしておいて、中盤以降、特にラストを見た後は背筋が寒くなる怖さがあります。
ただ、私としては、もちろんラストも怖いのだけど、
主人公3人ばかりか、他に出てくる10数人の人たちの「誰一人」
「ジョン・マルコヴィッチ」自身のことを考えてやらない所がすげー怖い。
蛇足> 冒頭の人形の動きがすごいっす。
マルコヴィッチの「動き」もすごいっす。
■マレーナ(ジュゼッペ・トルナトーレ)(2001/06/30)
年上の女性に対する少年の恋を描いた話。
なかなかに綺麗事のない生臭さにあふれていて、まあ楽しめたかも。
でも好きとも言えない、なんとも困った状態です。
拒否反応出る人は出そうだなあ。
★★★ネタばれ注意★★★
第2次世界大戦の初頭、イタリアのシチリア島、
12歳半のまだ半ズボンの少年レナートは村で一番美しい女性、マレーナを知る。
マレーナは結婚して2週間目で夫が徴兵されて一人暮らし。
少年は恋に落ち、影からマレーナを見続ける。
マレーナはその美しさと派手さから、街中の男の目をくぎづけにし、
女性の反感を買っていた。
マレーナは街中のうわさのタネだった。
やがてマレーナの夫の戦死が伝えられる。
悲しみ泣き暮れるマレーナだったが、男達は勝手にマレーナを巡って争い、
マレーナ共々裁判沙汰の事件に巻き込まれる。
マレーナの人生は崩れていく、街の人々の勝手な噂の筋書きをなぞるように。
少年はそれでもマレーナだけを追い続けていた。
少年のマレーナへのストーキングっぷりがなかなかすごいです。
その妄想力の逞しさはめぞん一刻の五代くんのようでした。
分からない人には分かりにくい例えですみません。
この辺、結構ギャグっぽく見せてますが、これで引く人いそうだなあ。
そして街の人々の勝手な噂っぷりも、まあ凄い。
島本和彦の炎の転校生等の観客を見てるようでした。
つづけて分かりにくい例えですみません。
この街の人々の勝手さっぷりが際だつため、
少年の変態さがなんか純愛みたいに見えます。
実際最後に一応行動して彼女を助けることになるのは、この映画の救いではあります。
街の人々の勝手な意見、
そして終盤の女性達のある行動は映画の中で非常に醜い部分ですが、
実際の世の中でもこういう現象はあるよなあ、と思うと背筋が寒くなりました。
妻の感想:「『タイタス』についで男のしりを見せられる映画だった・・・」
■Mr.インクレディブル(ブラッド・バード監督)(2004/12/16)
かつて活躍していたスーパーヒーロー達だったが、
そのパワーが一般市民に被害を与えるとの訴えからヒーローとしての活動を禁止された。
そして15年。
元スーパーヒーローのMr.インクレディブルは、そのパワーを隠して保険会社に勤め、
家族と共に「普通の一家」として暮らすことを余儀なくされていた。
当人も家族も有り余る特別なパワーやヒーローとして活躍したいという思いで鬱屈した日々を送っていたのである。
そんなある日Mr.インクレディブルの元に一通の手紙が届く・・
★
ピクサースタジオの最新CGアニメです。
ちなみに吹き替え版で見ました。
実にまっとうによく出来たファミリーヒーロー娯楽物で、とても素直に楽しめました。
かっちりした作りが確かに「プロの仕事」と感じさせてくれます。
や、私としてはかっちりしていない作品も好きですし(ハ▼ルとか(笑))、
万人向けではなく趣味で突っ走った作品も好きなんですが(スカイキャプテ▼とか(笑))、
正統派の力量を見せてくれるのはやはり嬉しいのです。
子供向けに見えて、意外と大人向けの作品でもあります。
肩身の狭いお父さんの悲哀などは年配の方にも共感を呼びそうかと思いました。
もうひとつ言えば、悪人がきっちり死ぬのも子供向けではないのかも知れないとも思いました。
私的には容赦なく潔くてもいいかと思いますが。
(と言いつつ、ディズニー物なんかでも結構悪役はきっちり殺しますよね。アメリカって。
かといって残酷描写は駄目と言われたりで、よく基準が分かりません。血が出なければそれでいいんでしょうか(^^;))
スカイキャプテンほどではないですが、少し古い時代を連想させてくれる作品でもあります。(少し古いアメリカのホームドラマ的というか)
そんな中で悪役がストーカーなのが現代風でしょうか。
とりあえず今作で思った教訓は以下の3つでありました。(ネタバレ反転)
1.ストーカーは止めよう。
2.自作自演は格好悪い。
3.マントやマフラーをつけたまま走ったりバイクに乗ったりするのは危ないよね。
という所でしょうか。
1と2がやはり現代風かなあ(笑)
蛇足ですが、ゴムゴムの実は便利だと思いました(笑)
蛇足2、「in・credible」は「素晴らしい」とか「信じがたい」とか言う意味だとか。
http://www.disney.co.jp/incredible/
阪神タイガースにピンチが訪れた時、
花火を背負って登場し、得意のフォークで三振の山を築いて去っていく
『覆面の』抑えのエースピッチャーがいた。
甲子園での試合でしか登場しない謎の男、背番号119番“ミスター・ルーキー”
果たして彼の正体は・・・!!
・・・昼はビール会社に勤める、
妻と一人息子に恵まれた普通のサラリーマン“大原幸嗣”(長嶋一茂)だったのだ。
家族にも会社にも内緒で彼は、
甲子園での試合限定の(←仕事帰りに寄れるから)パートタイムピッチャーをしていたのだった。
とまあ、実に無茶な話であります。
設定だけ聞くと「反則王」みたいですな、(企画自体は何年も前からあったようですが)
いやー面白かった。
展開自体は実にお約束ですがエンターテインメント性に溢れていて楽しめました。
私は野球には疎い方ですが試合のシーンもリアルで、
なんだかテレビの野球中継そのままの臨場感がありました。
しかしまさかバースとは(笑
大阪難波の映画館で見たこともあってか観客の『おっちゃん率』がとても高かったです。
http://www.mrrookie.com/rookie1.html
■ミス・ポター(クリス・ヌーナン監督)(2007/09/25)
「ピーター・ラビット」の作者ビアトリクス・ポターの半生を描いた映画。
ちなみに自分はピーター・ラビットの本はちゃんと読んだことがありませんでした。すんません;
妻実家にある(はず)らしいので今度読もう。
まだ社会や家庭にお堅さの残る1900年代のイギリスを舞台に、ピーター・ラビットの本の初出版やビアトリクスの恋が描かれます。
派手な展開はなく淡々とした静かな映画ですが、穏やかに見られる良作だったと思います。尺が短い(93分)のも良かったかと。
こういう映画だと、出版絡みの経緯や困難がもっと描かれるのかと思いましたが、そのあたりの描写は少なめです。冒頭の様子ではそういったあたりが描かれそうに見えましたので少し拍子抜けな感も。
どちらかと言うと、30歳を越えるまで自作の「ピーター・ラビット」一筋で生きてきた上流階級のお嬢さまの初恋話が主眼として描かれていました。
が、そのあたりも"極端なドラマチックさ"はあまり無いので、退屈に思う人もいるかも知れません。
作者のファン向けの映画ではあります。
何と言いますか、ああいうお堅い社会(母)の元では、オタクは苦労するだろうなあと思いました。
■みなさん、さようなら(ドゥニ・アルカン監督)(2004/05/28)
カナダ映画です。
★ややネタバレ
女癖が悪く享楽的な社会主義者の歴史学教授の父と、
バリバリの資本主義者で証券ディーラーの息子。
父は息子を「本の一冊も読まない最低の人間」と評し、
息子は浮気で家庭を壊した父のようにはなるまいと、二人は長年断絶していた。
しかし父が危篤と知り息子も駆けつける。
贅沢を嫌う父は設備も整わず廊下にまでベッドがはみ出した公立病院に入院していた。
息子は最新鋭のアメリカの病院に移るように言うが父は嫌がる。
検査の結果、父は助かる見込みのない末期のがんと分かる。
母は息子に「昔からの友人を呼んで楽しい病室にしてやってくれ」と頼む。
息子は父の友人や愛人を集め、教え子に声をかけ、
その財力を駆使し、オンボロの公立病院を父のために改装して一層を借り切り、
痛み止めのヘロインを手に入れたりと、父の「幸せな最後」を演出すべく奔走する。
十数年以上の断絶ゆえ相変わらず言葉の交流は少ない父と子だったが、
二人の間の溝はいつしか埋まっていくのだった・・・
★
予告の印象ではもうちょっとコメディタッチの作品かと思いましたが、結構淡々とした作品でした。
笑いの部分もありますが、下品な親父エロトークがほとんどでその辺はイマイチのれませんでした。
親子の繋がりや死を受け入れることを考えさせる、味のある作品でしたが、
財力にまかせてやりたい放題のやりすぎだったり、ヘロインとかラストの安楽死とか、
どうにも倫理観に引っかかる部分を多く感じてしまって、素直に感動はし難く感じました。
「所詮世の中カネなのか」という気分も少々。
監督と私の感性の相性の問題か、お国柄なのかは分かりません。
ジャンキーの女性と主人公の交流は印象深く感じました。
ところであちらの病院事情は実際あれほど酷いのでしょうか?
■耳をすませば(昔映画館で見たけど、今回はTVで鑑賞のことを書いてます)(2000/11/11)
珍しく早く帰れたら(とゆーかしんどかったので無理矢理帰った)
ちょうどテレビで「カントリーロード」を歌うところをやってました。
あのシーン好きなのです。
仕事仕事でやさぐれてたので、ちと和らぎました。
この映画、可愛くて好きだわあ
「28日後・・・」の監督の作品ですが、今回はホラーでもサスペンスでもなく、メルヘンとさえ言えるファンタジックな映画です。
あと12日でポンドからユーロに変わるというイギリス、
母を亡くした少年ダミアンの秘密の隠れ家に、いきなり大量のポンド札の詰まったカバンが降ってくる。
その総額は約22万ポンド(日本円なら約4664万円)、
信心深い(というか聖者フェチな)ダミアンは、神からの贈り物と信じて貧しい人に配ろうとするが、
現実的な兄のアンソニーは親にも内緒にして物欲を満たそうと躍起になる。
ポンドはそのままだと12日で紙切れ同然になるが、彼等はこの大金をいかに使っていくか・・・
★
という話。
ちなみに、現実にはイギリスはユーロに参加しておらず、映画内での設定です。
自分は見ながら「あれー、実際はどーだったっけー?」とか、あやふやでしたけど(おぃ)
自由に使える大金が手に入ったらどうするかと夢想することはありますが、それを具現化した映画です。
こういう設定なので、もっとコメディ寄りの作品かと思っていましたが、実際は少年の心理に焦点を絞ったほのぼの系な話でした。(勿論コメディ描写も多いのですが)
最初のうちは極端な描写に馴染めない気分も感じたのですが(後述)、見終わってみると面白い映画だったと思えます。
主人公が信心深く、やたら「聖人の幻」が出てくるので、ちょっと引きかけましたが、聖人達が結構俗っぽく、
言っていることが普遍的なユーモアがあって楽しめました。
宗教的な扱いというよりも、少年の亡き母に焦がれる想いや道徳心の象徴という感じですな。
途中までは、弟の極端な現実認識力の無さと、兄のこれまた極端な現実主義すぎっぷりに、正直ちょっとイライラしたりもしましたが(^^;)、
だんだん、それが母を亡くした少年等なりの葛藤なのだろうと見えてきて、兄弟共になかなか愛おしい気分で見られました。
見終わった後に己の日常をふりかえさせられる映画でもあります。
確かに日常は「お金」に振り回されすぎであるなあと。物欲主義に走りすぎであろうかと反省(^^;
極端な性格の兄弟の子供レベルでの話に(前半は)収まっていて、社会のミニチュアとして「お金」に振り回される人々が端的に見える構成が上手いなあと思いました。
それにしても、“募金の強制ぷり描写”が凄いなあ。向こうってあんな感じなんですかね?(笑)
一見、ちょっと古い時代の小劇場系牧歌的作品に見える絵面なのですが、その実CGが独特の表現でバリバリ使われていて、
その牧歌的な絵面とのコントラストが効いていて印象が強いです。
映像的にも楽しめました。
■ミリオンダラー・ベイビー(クリント・イーストウッド監督)(2005/06/14)
元“血止めの名人”のカットマンのフランキー(クリント・イーストウッド)はボクシングのトレーナーとしても一流だったが、
マネージャーとしては、過去の失敗から慎重になり過ぎてリスクを犯せない欠点を持っていた。
そんなダンの元にトレーナーになって欲しいと頼む女子ボクサーのマギー(ヒラリー・スワンク)が現れる。
女子ボクサーを育てるつもりのないフランキーは断るが、フランキーのボクシングジムで働く元ボクサーの老人エディ(モーガン・フリーマン)の助力もあって、やがてフランキーはマギーのトレーナーを引き受ける。
マギーはボクサーとして開花し、
実の娘と袂を分かたれたフランキーと、家族と隔たったマギーは互いを必要とするかけがえのない相手となっていくが・・・
★
極力前情報を排除していたので、“女子ボクシング物らしい”程度しか知らない状態で見ました。
他には女ボクサーのマギーが何か困難にみまわれる事程度。
それだけに後半の展開は驚きました。
前半1時間30分までは、ありがちな、貧乏ボクサーが栄光を掴んでいく“女ロッキー”とでも言うべきサクセス物に見えましたが、
終盤30分で話はガラリと変わります。そしてこの30分がこの作品の肝なのでした。
えー、この映画はネタバレなしではどうにも語り難いので、以下ネタバレありで書きます。
御注意ください。
★(以下ネタバレ注意)
事前の情報は前述した程度だったので本当にガツンと来ました。
“困難”にしても、“試合で怪我をした女ボクサーがリハビリを乗り越えて再び試合に”といったありがちな予想しかしていなかったのですが、
まさかあんな話になるとは。参りました。
その結末に対して実に様々な思いが浮かび上がる作品です。
彼等の決断を正しいとか正しくないとかは言えません。自分が彼女や彼の立場ならどうするかと考えても、考えるたびに結論も変わります。
ただ、重く辛い結末ではありますが、必ずしも“救いがない”とは思えない、不思議な爽快感も感じる作品でありました。
栄光と挫折、尊厳死、運命の悪戯といった物を描いた作品ですが、
おそらくはそれ以上に“かけがえのない人との絆”や“人生の誇り”を描いた作品と感じられたからでしょうか。
映画全体が結構ファジーな描写で(ボクシングも病院も家族も)リアリティを重視した作りでないこともあって、
より“彼等の思いや絆”が象徴的に浮かび上がって感じられたからかも知れません。
それと最後に再登場する駄目男のデンジャーに救われた気持ちも大きかったかも知れません。
デンジャーについては非常に印象的な存在に思いつつも自分の中で明確に言葉に出来ていなかったのですが、
Fさんの感想が極めて納得でありました。
タイトルはネットで見たところでは「100万ドルの賭かった試合をするボクサー」の意味であるようですが、
同時に「100万ドルに匹敵する大事な人」という意味とも思えます。
実の家族と縁の薄い2人故に互いが本当の家族以上に大事な存在になっていたのだと感じられました。
マイホームを建てることになった若夫婦は妻の大学の後輩のインテリアデザイナー(家の設計は未経験)に
家の設計を任せ、妻の父親の大工に工事を依頼する。
しかし、アメリカ建築に憧れ、デザインのみを重視するくそわがままなデザイナーと、
和風建築にこだわる頑固な大工と、どーにも優柔不断な若夫婦の旦那(施主)によって
家造りはひたすら難航し続けるのだった。
三谷幸喜のホームコメディです。
家造りに失敗する要素があれもこれもとぶち込まれていて、まあまあ面白かったですが、
ナンセンスというにはちと弱く、もっと暴走しても良かった気がします。
とりあえず、『家造りに失敗する方法』
1.知り合いや身内という「だけ」の理由で仕事を依頼する。
トラブルの元の典型。
「あの人なら任せて大丈夫」などというが、人柄と仕事は別物、人間関係を悪化させたくなければ
むしろ知り合いは外した方が良い。(まあ、その人の「仕事」が気に入ってるなら別だが)
また、設計者として有能でも、自分が気に入るとは限らない。
他に「有名な先生だから大丈夫」ってのもあてにならない。
2.「設計者の先生に全てお任せします」は禁句。
設計者が好き勝手にやった家=住み良い家・住む人が気にいる家では無い。
実験の免罪符を与えてしまえばきっと後悔する。
建て売り住宅を買うならともかく、
家を設計して建てようと言うなら施主としてのこだわりは打ち出すべし。
(まあ、全て要求を満たす事はほぼ無理だが、言うと言わないでは大違い)
3.建築に関わる法律(建築基準法等)を全く知らない人間に家を設計させる。
アドバイザーがいるなり、監修者がいるならともかくね。
必須の知識も無いくせにやたら態度のでかい精神的に子供な設計者大先生なぞ普通は瞬間でクビだ。
4.設計者と大工が対立した際、どちらの意見もとり入れたり、
周りの人間の意見を無節操にとり入れる。
それで2人暮らしの2階建て一軒家にトイレを3カ所もつけてちゃ話にならない。
5.スケジュールを無視して連絡もよこさない設計者や、設計を勝手に変更する大工や、
施主のコストを無視する設計者&大工に仕事を任せる。
・・・解説無用ですな。
設計者の立場としては、見ていて面白かったですが・・・ちと疲れました。
(後日追記:ごちゃごちゃ書いてますが、要は私が設計者のキャラが大嫌いだっただけですね。(^^))
■ムッシュ・カステラの恋(アニエス・ジャウイ監督)(2002/02/27)
さえないおっさんや廻りの人々のそれぞれの恋の群像劇です。
★以下ネタばれあり★
フランスの中堅会社の社長カステラは
芸術にも教養にも縁の無い下品な親父ギャグの似合うおっさんでありましたが、
付き合いで見た舞台の女優に恋をしてしまいます。
女優は下品なおっさんを当然迷惑がり、
芸術仲間達は芸術に無知なおっさんを煙に巻いてからかったりしていました。
女優の芸術仲間の古典に行ったカステラは一枚の絵を買います。
そしてその絵の画家のスポンサーとなるのでした。
それを知り、自分の気を引くための行動かと思った女優はカステラに忠告に行きます。
「あなたは彼ら(画家達)に利用されている。」と。
カステラは“芸術など理解しない教養の無い人間”のはずだからです。
しかしカステラは本当に絵を気に入っただけだったのです。
女優はいかに自分が思い上がっていたかを知り動揺するのでした・・・
★★★
ユーモアに富んだ良作。気持ちいい作品です。運転手とボディガードのコンビなど、
人物がみな愛すべきいい味を出していました。
http://www.cinemacafe.net/theater/gtc/kasutera.html
"生命の原生体に近いもの達"である「蟲」と人々の関わり合いを描いた、昨年にはアニメ化もされた漆原友紀氏の漫画の実写映画化作品です。
で、自分は原作ファンですが、…映画は辛かったですね。
『原作と違う』云々以前に映画として退屈で意味不明で辛かったです;
映画の日で1000円で見られて良かったと思いました。いや、1000円でもきついかと;
あまりに説明不足で『監督の世界』すぎて、
原作を知らない人にとってはイマイチ意味が分からず、
原作を知っている人にとってすら独自展開すぎて意味が分からないばかりか、ファンであればある程に腹が立つか脱力する映画なのではないかと思いました。
自分の場合は「ポカーン」としましたが、一緒に行った妻も「ポカーン」としておりました(苦笑)
あくまで私感ですが、この映画を楽しめるのは大友監督の"ビジュアル"のファンか、出演俳優のファンくらいかも知れないと思いました。実際は分かりませんが。
まあ、監督が大友克洋氏ということで、原作の雰囲気や展開がそのまま再現されるとはカケラも思っていませんでしたけどね。
『人々の心情や人生を、無情さの中にも優しさを込めて淡々と描いた』原作の漆原友紀氏の柔らかな作風に対して、
『超絶的に細かいディテール描写と圧倒的な絵の迫力で話を大局的に押し進めて、「個人の心情」はそれほど重視しない』大友氏の無機質な作風とでは、創作者としての資質や方向性が真逆だと思いますので。(どっちが良い悪いという事ではありません)
原作は漫画ファンにとってはそれなりに有名だと思いますが、一般的な知名度は低いと思いますので分かりやすく例えようとすると…
…えーと、「寄生獣の作者がドラえもんを実写で撮る」とか「北斗の拳の作者が少女漫画を描く」とかぐらいの資質の合わなさなのではないかと。
あまり上手い例えじゃないですが(^^;
と、見る前に一応覚悟はしていたはずなのですが、覚悟以上に"独りよがり"な映画になりすぎてしまっていたかと。
これに比べれば「スチームボーイ」の方がまだ観客の方を向いていた気もします。
なお、私は大友克洋氏については、
漫画家としてはともかく、正直映画制作者としてはあまり評価していませんので念の為。
「スプリガン」も「メトロポリス」も「スチームボーイ」も映像はともかく話はどれもイマイチでしたし。(まあ、スプリガンは監修でメトロポリスは脚本なんですけど)
大友氏には漫画家に戻るにせよ映画を作るにせよ、次は是非「オリジナル」で勝負して欲しいと切に思います。
映像は綺麗で「漫画原作実写映画」にありがちな「画面の安っぽさ」こそ少ないですが、
しかし、大友氏の漫画やアニメに比べれば「大友氏でなければ作れない」という独自性は感じませんでした。
やっぱり実写よりアニメの方が合ってるんじゃないですかねえ…
脚本は他の人に任せて欲しい気もしますが。(今回脚本も大友氏)
さて、映画にストーリーついては、
一話完結の短編である原作のエピソードを組み合わせて一本の映画を構成するというスタイでした。最近では映画版「どろろ」が近いスタイルだったかと。
原作が短編だから仕方ないですが、こういうやり方って映画として「一本の筋」が通しにくくてイマイチだと思うんですけどね。
そもそも長編の「映画」に向いてる原作では無いんですよ;
エピソードとしては「柔らかい角(真火の話)」「筆の海(淡幽の話)」「雨がくる虹がたつ(虹郎の話)」「眇の魚(ぬいの話)」という4つの話を選り抜いています。
「柔らかい角」を導入部として"蟲師"がどういう仕事かを紹介して、他の3編をベースに組み合わせて一本の話としているのですが、
ぶっちゃけ最初の「柔らかい角」以後は『原作をぶつ切りでベースにしただけ』の、ほぼオリジナル展開に突入します。
ここで話や人間関係を理解させる為に必要な事項の説明をすっとばしまくった上でオリジナル展開を加えた為に、基本的な事項が非情に理解し難くなってしまってる訳ですね;
そして最後には超展開で原作読者の理解すら拒むという。
原作と話が変わっても構わないんですが、映画としての筋は最低通して欲しいところです。
以下は感想というより原作ファンとしての愚痴で。
・人にとって良いものでも悪いものでもない"奇妙な隣人"であるはずの「蟲」が、映画ではほぼ「害を為す存在」として描かれていて一面的だなあと思いました。マシだったのは「虹蛇」の扱いくらいか?
・蟲の描写がほとんど「ホラー的」なんですよね。音楽の使い方とかもほとんどホラー映画。
・原作で感動的に終わったはずの出来事の"その後"を無理矢理作ってしまっていて、なおかつおどろおどろしい奇怪な扱いをしてしまっているのが非情に嫌悪感を感じました。「ぬい」の扱いの酷いこと。これには大事な物を汚された気分になりました。
・「淡幽とギンコの繋がり」も、何故に淡幽がギンコに惹かれているかの部分が描かれていないのが何とも残念。
・虹郎の出番がやたらめったら長いのは、単に「力仕事要員」が必要だったんでしょうか?、その力仕事が発生する理由も説得力が無いんですけどねー。
・出番が長いはずの虹郎ですが、彼が何故虹に拘るかも、その解決も満足には描かれていません。何のために登場させたんだろう。
・最初の「柔らかい角」のエピソードにしても、原作であった母親との絆といった要素は切り捨てられ、即物的にギンコが変異を解決するだけ。「蟲師」という仕事の紹介編としてはそれだけで十分だと判断したんですかねえ。
・ところで真火って女の子だっけ? 原作で「おれ」と言ってるのも、実は「ボクっ娘」みたいなものなのか? 知らなかった!(笑)
とりあえず、俳優については悪くはなかったと思います。
オダギリジョー氏のギンコは、どうもビジュアルが鬼太郎っぽいとは思いましたけど(笑)
淡幽役の蒼井優も、原作とのイメージは違いますが綺麗でしたし。
本作といい「ジョジョ」といい、『原作もこんなものかと思われてはやりきれない原作付き映画』が続きますね。
原作ファンにとっては受難の年でしょうか。
まあ、去年は去年で大物の「ゲド戦記」とか、「笑う大天使」とかありましたけどね。
■ムーラン・ルージュ(バズ・ラーマン監督)(2001/12/12)
思ってもいませんでした。
予告を見たときは、病に冒された高級娼婦と貧乏作家の立場違いの悲恋を描いた、
美しくきらびやかで、悲しい恋の物語なのだと思いました。
いや、決してそれで間違ってはいないのですが…
思ってもいませんでした。
まさかこんなに、見ていて震えるほどに、涙が出そうなほどに…、
滅茶苦茶楽しい超エンターテインメント作品だったとは!(まさかあれほど良い意味で笑えるとは)
20世紀を代表するポップミュージックと踊りがちりばめられた、
そのくせ奇妙に斬新な“ごった煮”のような映画です。
そういう意味では「ロック・ユー!」に通じる物がありますが印象は大分異なります。
「ムーラン〜」はあらゆる物がごちゃごちゃに滅茶苦茶にばらまかれながらも、
それが実に綿密な計算に基づいて構築されているように思えます。
映画製作者の計算し尽くされた罠にはめられる快感をたっぷり味わえました。
世界に酔える作品に出会えるのは嬉しいものでした。
(ただし趣味に合わない人は徹底的に合わないかも知れません)
ストーリー自体はネタばれ注意と描くのもばかばかしい、べったべたに古典的で単純な話です。
“夜毎ナイトクラブで繰り広げられる踊り(カンカン)のステージと舞台劇”
“ショーガールにして高級娼婦の美しいトップスター(ニコール・キッドマン)と
才能はあれど貧乏で内気な作家(ユアン・マクレガー)の恋”
“彼女を自分の物にと欲するクラブへの出資者である公爵”
“実は結核に冒されている彼女”
…と、これらのキーワードで大体予想が出来てしまいそうな話です。
ですが、
スクリーンに繰り広げられる物語のなんと目に馴染じみながらも新鮮なことか、
そしてそのシンプルなメッセージのなんと心に届くことか!
『人がこの世で知る最高の幸せ
それは誰かを愛し、その人から愛されること』
作品冒頭で言っちゃってますのであえてネタばれ表記はしませんが、
クライマックス、彼女は自分の命を燃やし尽くしてしまいます
しかし観賞後の印象は爽やかです。
懸命に生きて恋をした彼女の人生の輝きは、
この世からいなくなったからといって消える物ではないと、
理屈ではなく感覚で感じられたからでしょう。
http://www.excite.co.jp/event/moulinrouge/
■めぐりあう時間たち(スティーヴン・ダルドリー監督)(2003/06/03)
実はこの映画については未だ消化が出来ていません。
色々と、言葉になり切らないものも含めて様々な想いが浮かばせられる、
余韻を感じる映画でした。
★
三つの異なる時代の三人の女性の、それぞれの一日を並列的に描いた映画です。
1923年、イギリス・リッチモンドで暮らす作家:ヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)。
心の病の療養のため郊外に暮らすウルフは、小説「ダロウェイ夫人」の構想を練り始める・・・
1951年、アメリカ・ロサンゼルスの平均的な主婦であるローラ・ブラウン(ジュリアン・ムーア)は
小説「ダロウェイ夫人」をベッドの傍らに置きつつ、朝を目覚める。
何不自由ない暮らしの日々で、今日は優しい夫の誕生日だった・・・
2001年、アメリカ・ニューヨークでクラリッサ・ヴォーン(メリル・ストリープ)は、
賞をとった詩人である旧友リチャードの為にパーティーを企画し、リチャードのアパートに向かう。
リチャードはクラリッサを長年の愛称で呼ぶ。「ミセス・ダロウェイ!」・・・
それぞれの異なる状況の中で、微妙に複雑にリンクしつつ物語は描かれていきます。
★
ぼんやりと見ていては、起きていることの意味を見過ごしてしまいそうにも思えてしまいますが、
ストーリーが複雑に繊細に時代を行き来して織り成される、とても美しいと言っていい映画だと思います。
“自分の為に、自分の人生を生きる”ことは時に痛みや、また他者への犠牲も強いることかも知れません。
しかし何もせずに安穏と日々を送る、もしくは、目の前の事に囚われるあまり自分を省みない人生は、自分の人生と言えるのか?
・・・なかなかに、痛いメッセージです。
ところで、パンフを見るまで気付いてませんでしたが、監督は「リトルダンサー」の監督だったのですね。
(リトルダンサーは大好きでした)
本作は原作を持つ映画でもありますが、「自分の人生を生きる」事は、本作にもリトルダンサーにも通じるものとも思えます。
(と言いつつ、大分記憶も朧になりつつありますが^^;>リトルダンサー)
劇中の作家“ヴァージニア・ウルフ”の『ダロウェイ夫人』は実際の作品で、
映画化もされているようですが、小説・映画とも未見です。
そちらを知って本作を見ると、また違った(あるいは深い)理解が出来るのでしょうか。
http://www.jikantachi.com/home.php
■メトロポリス(アニメ:手塚治虫原作・りんたろう監督)(2001/06/17)
手塚治虫の初期作品の映画化です。
この原作は未読でした。
ロボットと人間の確執や万能科学への警告といった後のアトムでも描かれたテーマが描かれています。
内容についてはつっこんで語りませんが、
CGをフルに使った最新先端の新しいアニメーション(いや、ホント技術的にすごい)でありながら、
手塚作品のテイストがぎっちりと詰め込まれており嬉しくなりました。
キャラクターもおなじみのヒゲオヤジ、ヒョウタンツギにアトラスまで出ていてちょっとびっくりしました。
特に偏執的なロックが見応えがありました。
メトロポリスの街の描写やモブシーンはすげえっす。
■メメント(クリストファー・ノーラン監督)(2002/01/04)
哀しく恐く、すさまじさを持つ映画でした。
とても面白く、頭を使う映画でした。
万人向けではありませんがお勧めっす。
ネタばれなしでは感想の書きようがないので、段階的に注意して書きます。
http://www.amuse-pictures.com/otnemem/
★基本のネタばれ★
妻を眼前でレイプされ殺された男“レナード”(ガイ・ピアース)
彼は事件のショックから『前向性健忘』という記憶障害になってしまう。
事件より前の記憶は普通に残っているが、事件以後の記憶が残らないのだ。
誰と会っても、何をしても、10分もたつと覚えていられない。
そんなハンディを負いながら、彼は妻を殺した犯人を捜そうとする。
自分の身体に重要なキーワードを入れ墨し、ポラロイド写真にメモを書き込みながら。
★★も少しネタばれ★★
この映画、普通の構成ではありません。
時間の順を追って進んでいくのでは無く、時間が逆回しになって進んでいくのです。
単純にフィルムを逆回し、というわけでは無いのですが(一部除く)、
手法についてあまり詳しくは書きません。
ただ、10分しか記憶を持てない、過去が分からない、
目の前の相手が誰かも分からない男の視点を描くのに実に効果的なやり方でした。
観客である我々にも彼と同様に過去が分からないのです。
★★★更にネタばれ感想★★★
そして、この構成は『人の記憶のあいまいさと怖さ』も考えさせてくれたと思えます。
レナードは記憶が残りません。
従って彼は、行動の決定を己に刻んだ入れ墨や、ポラロイド写真に書きこんだメモに従って行動します。
彼はこのような事を言います。(正確なセリフでは無いですが)
“人の記憶だってあてにはならない。大事なのは事実を積み上げた情報だ。
犯罪の捜査だって事実の積み上げで行うのだ
自分にとって入れ墨やメモは情報なのだ”と
そうやって自分の行動を決定し、正当化している彼ですが、
しかし、恐ろしいのは、それらの入れ墨やメモの情報も
彼の『それを書いた時点での判断』でしかないのです。
彼にはかつての判断が正しいか確かめることも、その場で立ち止まることも出来ないとは言え、
普通の人もその場の判断の積み重ねで記憶を決定して行動しているのに違いがないのでしょう。
その都合の良さに普遍的な恐さを感じてしまったのです。
作中で描かれた事も、描かれなかった事も、とても興味深い映画でした。
再度見たい作品です。
◆メメント2回目(2002/01/22)
2回目見てきました。(私にとっては珍しい)
1度見ただけでは、私の記憶容量では理解に自信が無かったのです。
やはり怖い映画ですわ。
妻も言ってましたが、周りの人々の心理も、皆に罪悪感が無いところが怖いっす。
■もしも昨日が選べたら(フランク・コラチ監督)(2006/09/26)
家電等のリモコンが多すぎてテレビのリモコンがどれかも分からないと切れた主人公(二児の父親)が、
複数の機器をまとめて操作出来る「万能リモコン」を買いに行ったところ、
本当の意味での『万能リモコン』を手に入れてしまう。
そのリモコンは「現実の人間」に対しても「早送り」「一時停止」「消音」等の操作が自由自在に可能で、その他にも「過去の人生の再生(愉快な解説付き)」や「チャプター」などの便利機能が満載で、
仕事に、家族関係にと便利にリモコンを使いまくる主人公は、やがてリモコンに人生を翻弄されていくのだった…
★
という話。
非常に面白かったです。笑った笑った。
「リモコン」らしいアイデアのギミックが満載でとても楽しかったです。
アメリカのファミリードラマに「藤子SFテイスト」を組み込んだような作品だとも感じました。
話が進むに連れてだんだん恐くなってくるあたり、「どくさいスイッチ」的な匂いを感じたりして。(オチも含めてですね)
ストーリーや先の展開などは結構読めるのですが、先が読めて問題になるような作品では無いので無問題。
こうなるだろう、こうあるべきだとの観客の思いを実に面白く形にして見せてくれて、
そして家族愛を高らかに歌い上げてくれる。まさにファミリードラマの鏡のような安心感と満足感を与えてくれる作品です。
そして、最後やお祖父さん絡みのシーンには泣かされてしまいましたよ。基本的にはバカな映画なのに(笑)
人物描写が上手くて結構感情移入させられるんですねえ。
(御都合主義な)オチも主人公の最後の行動ゆえと考えればちゃんと納得出来て、幸せな気持ちで劇場を出ることが出来ました。
アメリカファミリードラマらしく、「下品なネタ」や「ひどいギャグ」が満載なあたりは、少々好みが割れるかも知れませんが、
割と可愛いレベルでの下ネタなので、それほど問題では無いのではないかと。
実際劇場では男女問わずに非常に受けていました。
気楽に楽しい作品でお勧めです。
それにしても、
アヒルひでえ(笑)
サブテーマはファーストフード偏食への警告でしょうか。スーパーサイズミー?(笑)
“皮”が嫌だー(^^;;
ちなみに原題は「CLICK」
邦題は内容に合っていないと思えるし(主人公の心情を考えれば合ってると言えるのか?)、
印象が弱くてイマイチな気がします。