内容●[1]はんだ[2]コーヒー[3]ぴんく[4]あたしの夢はメイドさんに朝起こしてもらうことです
職場で「となりのトトロ」のDVDをちらっと観てしまった。ちらっと。冒頭から入浴のあたりまで。あー。こんなのを観てしまうと、もう家庭用のTVじゃ観られないなあと。
はー。まったりまったり。会社に来るまでに雨でずいぶんぬれてしまった。
うぐ。予算と人員と時間に関する話にはなにかと政治的なかけひきがある。思いついたことをすぐに口に出せないのはつらいなあ。
会社を休んで病院に行ってみた。だがしかしすぐには背中を切ってはくれない。また後日。
ぼへーっと。日本橋をうろうろ。昼間っから。
とらのあなで、もりしげ「子供の森」「子供の森・完結編」「蹂躙」を買う。そして帰る。「フロレアール」はあきらめる。
もりしげの本3冊。3年ぐらい前にキサキチさんに「子供の森」を見せてもらったときには、とんでもないものを読んでしまったと思ったものだった。いまこうして見ると、とんでもないというほどでもなかった。そりゃもう、痛かったり熱かったり、ランドセルがかしゃんかしゃんと音をたてたりしてもう大変である。当時は底知れぬ黒さを感じたのだけど、いつの間にかわたしがどんどこ沼の奥へと沈んでしまい、いま底の深さが見えてしまった。
沼の底。どんなに救いない悲惨なだけの話でも、その悲惨な人物であるおんなの子がかわいく描かれているかどうかの方が大事になる。……という程度の沼の深さ。
あるいは、そんな痛くて熱い悲惨な登場人物がいま、同じ著者の「花右京メイド隊」にたくさん出ていることに気がついたりする程度の、沼の深さ。
いまのへろへろお花畑っぷりからは、もはや以前の痛くて熱い漫画は想像しがたいほどだ。かといって、過去を忘れたのではなく、ずいぶん前に死なせた登場人物までも「花右京メイド隊」に出している。そこまでするというのは、もう、くり返せないという決意なんじゃないだろうか。
「Hotel ergriffen」のデモ版を動かしてみる。娼婦と主人公の話、なんだと思う。……うー。これだけではさっぱり。「雰囲気を伝えたく」だそうで。わたしには最後まで読めなさそうだということはわかった。夜中のTVで演ってる湿っぽい映画のような感じ。
急に思い立って「femme fatale」を注文。わたしの遊んだことのないタイプ。
背中をアレするのは明日だと思っていた。しかし病院でもらったメモを見直してみたら2週間後だった。明日会社は半休を取ろうと思っていたのだけど、取り消しである。もっとアレするのを早くしてくれと病院の人に頼んでみた。したらば1週間後になった。やっぱり半休は取り消しである。
「メイドさんロックンロール」が帰ってくる。
しかし。あまりにも注文がきたらしく、ここではもう注文を締切ってしまった。んで、二次受付が明日の昼から始まる。とても会社から注文するほどの愛と勇気となんとやらはないので、あきらめる。そのうち店に並ぶわなあ。いくらなんでもなあ。
「メイドさんパラパラ」が聴きたいじゃあありませんか。ねえ。
かわいいなあ
さすが小学生
……ひいいいっ。
克己心のない人はこんなマンガを読まないほうがいいと思います。
……ひいいいっ。そんなにわたしを責めないでえ。
事業部の経営方針を途中からのぞきに行く。なんとか黒字は確保。つまらない数字の羅列を見ていたら、一日出荷が遅れるごとに7,000万円の損失と言われたのを思い出す。そして休憩時間中に職場に戻ってから、参加するのは「主任以上」であったことを思い出す。あらあら。たいした発表じゃないのに。
うーん。Mac OS 9時代にiTunesで作ったMP3に、日本語が入っているもののうちのいくつかが、Mac OS X上で見ると化けている。うーん。iTunesが自動生成したファイル名なので、本来ユーザは気にする必要はないはずなのだけれど、どうにも気味悪いので、見つけしだい直している。Mac OS 9時代のファイル名31文字制限がなくなったものだから、MP3ファイルに埋め込まれた曲名を使って長い長いファイル名をつけていくのだけど、これをMac OS 9に持っていくとまずいことになりそうで心配。
うーむーむー。Mac OS XでiTunesを動かすと重い。Aquaも重い。うーむーむー。わたしの脳の動作が108KHzになりそうなほど重い。最初のころは軽くなったと喜んでいたのに。現状のままではPowerPC G4な林檎さんを買ってきても満足するかどうかがあやしい。
[1]はふん。「メイドさんベスト」はまたしても受付終了。ここまで人気があるとはなあ。
[2]「花右京メイド隊の歌」の、マリエルの「天空の楽園花のように」の部分でもうめろめろ。さらに追求すると「楽園」の「え」の発音だけ声色が違うのだけど、どうもここに核があるっぽい。んで、「楽園」の「ん」のあとで息を吸う。田中理恵演じるマリエルはこの間だけ人形から人間に戻る。
[3]「三色の秘密」の3人の聞き分けかた。「濡れたように赤いの」の空気が抜ける感じで声色が丸いのがいちご、「キュッと締まって蜜がたっぷり」のとんがっているのがりんご、その中間なのが「夢心地にゆらめく」のさんご。これでやっと区別がつくようになった。
今日はどこへも行かない。なにもしない。これだけ決意して、寝る。夕方起きだして居間に行ったら、まっくらだった。誰もいない家で、一人。また寝る。
昼から活動開始。シャワーを浴びて、また寝る。
……ああああっ。いかんいかん。2時に活動再開。3時半ごろ日本橋に着く。
あ、さて。今日はどれみさんのCDを買いに行かんといかん。おんぷっちのCDが9/21に出ていたらしいんである。しかし。いままで店で見つからなかったものが、今日になっていきなり見つかるはずはない。やっぱり見つからない。2軒めでも見つからない。
そして早くも日本橋から脱出する時間になった。1枚のCDを探すだけのためにわたしは日本橋に来たのでは無い。ぼへーっと歩き回ったり、えろいゲームの箱の裏側をながめて笑いをこらえたり、たこ焼きをつまんだり、といろいろやることがあるのだ。どないしよ。時間に縛られるぐらいなら、急いで次の目的地に行くのはまたこんどにした方がいいのかもしれない。でも、このままでは永久に行かないような気もするので、やっぱり行ってみることにする。次に目指すは映画館だ。
あわただしく移動。今度は迷わずテアトル梅田にたどりつく。4時35分の上映にはぎりぎり間にあった。「愛のエチュード」の巻。
あらすじ。チェスの名手ルージンが、世界大会の期間に出くわすアレやコレ。チェスが強いこと以外になんのとりえもないルージンには、ナターリアの登場はたいへんな衝撃だった。ナターリアに出会ってから運命の歯車はきしみはじめ……となるのかと思ったらこれが正反対。昔の師匠がいまの宿敵。ルージンの弱点をアレやコレやと攻めてくる。ナターリアに助けられて、壊れていく自我をなんとかつなぎとめ、決勝戦に挑むのであった。だがしかし、以下略。
感想。はー。まったり。いまよりもずっと寛容でなかった世界の、いまよりもずっと寛容だった人のおはなし。本当は痛くて痛くてしょうがねえ主人公なのだけど。はー。まったり。長い空白は決して埋まることはなく、ただ死をもってつぐなうのみだ。いかがわしいおっさんというものにあこがれてしまう。生まれも育ちも立派な貴族。あとは堕していくばかり。
PowerPC G4 800 MHzが二個入りの林檎さんの最安値が35万円かー。悪くないなあ。
……ああ。いかんいかん。35万円を安いと思ってしまった。安いけど高いのだ。いまの林檎さん2台ぶんだからなあ。これ以上安くもならなさそうだし。うーん。
昨日届いた「femme fatale」がまだ終わらない。清らかさと「fatale」は背中合わせ。
「femme fatale」終了。おどろおどろしい。大げさなまでになにもしない主人公が「一緒にいた方がましだから」と気付くまでの10週間。純度の高いものは不安定であるな、と。そして隠れロリゲー。
「井上喜久子のお姉ちゃんといっしょ」3月号をいまさら聴く。そうか。国語の先生になりたかったのか。国語の先生に、なりた、かった……のか。難しそうな言葉が混じるととたんに言葉遣いがあやしくなったりするのは役者としてどうなのか、とかそんなことは言ってませんよげほごほん。
このCDのすごいところは、全編おねえちゃんがしゃべったり食べたりするだけでただ放し飼いにされているところであり、またそれゆえに不安定きわまりないところである。正規分布の中央値におさまることは決してできず、はしっこの狭い領域をひた走るおねえちゃんはすごいなと。うらやましいなと。したらば、変な言葉遣いも突然話題が変わることも、とんでもない発想を産みだすかもしれない種なんである。おねえちゃんの想像のはしっこが、わたしのはしっこと重なりあう瞬間はとても刺激的だ。
わたしには「うなぎのジョナサン」級の想像はできそうにない。仮に構成作家がついているのだとしても、それはそれですごいなと。
思考が二者択一しかないというのはなんだか危険な感じである。でも、二者択一をもうちょっと拡張して二者の間で線形補間ができるようになっても本質的にはあんまり変わっていないから、第三の答えはぜんぜん違うところから探したいのだな。そうなんだな。おにぎり食べたいんだな。
さて。「シスタープリンセス」と「ハッピーレッスン」の二つが視界に入ったとして、思考が二者択一と線形補間しかなかったらどうであろう。前者を買うという思考の島と、後者を買うという思考の島との、距離(a+b)の海峡を行ったりきたり。買わないという可能性はなく、代わりに前者をa/(a+b)本、後者をb/(a+b)本買うという選択肢がある。……いや別にaとかbだとかはどうでもよくて。どういうわけだか、だれかに洗脳されたのか自ら進んで罠にはまりに行っているのか、最近シスプリが気になってしょうがない。いやいや待てよと。ちよいとお待ちになつておまいさん。あたしは単に小学生が好きなだけで、別に妹が好きなわけじゃないんだおまいさん。でも気になるんだ聞いておくれよおまいさん。
どちらかといえばおねえちゃんに可愛がられたりいたぶられたりする方がわたしの趣味っぽい。サディスティックな願望は、マゾヒスティックな願望を理解することで相互作用が生じ、より強い効果となったりならなかったりして、もお大変。なんだかもう、自分でもなに書いてんだか分かっちゃいないよべらぼうめ。メディアワークスの陰謀により送り込まれたシスプリをなんとか回避したと思ったら、第二の刺客ハピレスが迫ってくるんである。妹がだめならおねえちゃんである。正確には、ある日突然5人のおねいさまが押し掛けてきてぼくのママになるという、向こうの世界が見えそうなほどへんてこりんな話なのであってべつに姉は出てこないのだけれど、まあ、5人の役割としてはおねえちゃんである。
なんだか一瞬、両者の間をとって、年下のおねえちゃんが家に押し掛けてきてぼくの支配者になる話だったらいいのになあ、と思ったのだけれども、シスプリとハピレスを両方買ってきたところで、どうやっても線形補間処理はされないのだ。ピンク髪とかメイドさんとかそんな要素のことばかり考えていたら脳の中で勝手に妄想がふくらんでいって、現実世界のCD-ROMのビット列までも書き換えそうになる。シスプリとハピレスというへんてこりんな世界たちは。でも、線形補間処理はわたしの内側でしかなされないから困った。CD-ROMはわたしの外側にあるんですもの。こんなことを書いている最中にも語尾の「なんですもの」は「酢のもの」に似ているなあ、だとか考えていて文章がまとまらなくてもうやばいです親分ずらかりやしょうぜ。今月は「ボクのヒミツたいけん」がありますからねっ。
……というわけで買わずにすんだ。両方とも。
うむ。毎日毎日これぐらいまったりした日々だったらよかった。健康とか。趣味とか。
うーん。書くことがないなあ。うーん。
「それにしてもまあ、アレだ」
……3秒分の時間稼ぎをしてみたけれど、やっぱり書くことが思いつかない。うーん。桂小枝はしゃべる前に必ず「それにしてもまあ、ナンですなあ」という意味のなさそうな台詞で始めるのだけれど、これは4秒間の間に自分の世界に聞き手を引き込んでしまうという必殺技で、それと同時に構成を確認しているんだと思う。たぶん。
……まだ書くことが出てこないなあ。うーん。忘れてしまったような、最初からなかったような。
ソフト屋さんには下のほうのライブラリと全体のひな形だけを作ってもらって、動作の記述は設計屋でやった方がいいような気がする。定数を一つ変えるのに何時間も待っていられない。いられないのだけど、他にもやることがあるから待っている間にそっちに手を出してしまう。これでいいのか悪いのか。すき間なく仕事をしているように見えても、個人の仕事の範囲がちいとも独立しなくて効率が悪い。だんだん要員が減らされていることを考えると、このままでは来年あたりには自滅するような気がする。
次のおしごととして、旧製品にちょこっと機能を追加するというあまりありがたくない設計業務をもらった。しかし少ない人数でできるのはやっぱりありがたい。
午前は出社。午後だけは休む。今日は待ちに待った遠足である。会社発、病院行き。あんまりうれしいので、帰りに駅前のラーメン屋に寄る。この店ははずれだった。
さて。背中の表面にある小さな突起物は米粒よりも小さい。これを切除するのだから、深さをある程度考慮してもせいぜい米粒ほどの体積のものであろう。手術といっても、メスで皮膚の表面を削るようなものだと思っていた。
さう云ふ風に私は思つていたのだが其の実手術は四十分に及んだのである。先ず予想外の出来事として看護婦が新たな患部を発見してしまつたことが挙げられやう。これで切除部位は二箇所に増えてしまつた。
手術などすぐに済むと思っていたのは大正時代ぐらいにさかのぼれるほど遠い昔のことだった。若かったのだ。きっとそうだ。見通しが甘かったのだ。医師はまた例によって麻酔の注射をして、一つめの患部に刃先を当てる。麻酔は効いているのだろうけれども、鋭く刺すような痛みがたびたび感じられる。ときどき強い力で押され、あるときには引っ張られる。何十回となく、はさみでなにかを切る音が聞こえる。
続いて、医師の手術は新発見の患部へと移る。今度は麻酔がよく効いてくれたようで、あの鋭い痛みはない。ただ、押されて引っ張られて、はさみでぱちんぱちん切られる。
わたしは、引っ張られるように感じるのは、糸で表皮を縫合する処置であると分かった。はさみでぱちんぱちんするのは糸を切っているのだと分かった。それにしてもずいぶん切るものだな、とは思ったけれど、とにかく、麻酔で鈍感になった感覚ではそう感じるしかない。なんせ背中のできごとはわたしには見えないのだ。
医師の興味は、二つの患部を行ったりきたり。エチルアルコールで消毒したり、例によって押したり引っ張ったり。「これで二つとも切り終わったからね」という医師の台詞は、手術の終了を意味するはずだった。……のだけれど、それはわたしが若かったのだ。
まだ、縫っていなかったんである。はさみで切っていたのは糸ではなく、わたしの背中だった。本当の宴はここから始まる。
新発見の方の患部は麻酔がよく効いているようで、縫合に際してもするどい痛みが走るぐらいですんだ。しかし古い方の患部が、もう大変である。針と糸が身体に入ってきてまた出ていくという感覚は、先ほどの「引っ張られる」ような感覚ですまされようはずはない。針と糸が通っていくんである。0.5と0.3ミリメートル径の白い糸を使い分けながら、糸は挿入され、適度な摩擦とともに通りぬけて、また抜けていく。この痛みばかりは予想できなかったが、実際に体験してみると納得できる。たしかにいま糸が背中を通っていくのだ。
麻酔はぜんぜん効いていないのだとしか思えない。ときおり、息を吐いているのか吸っているのか分からないような弱い声で、叫んでしまう。そのたびに一本また一本と麻酔薬を注射器で患部のそばに与えるのだけれど、やっぱり痛いものは痛い。注射それ自体もやっぱり痛い。
メスとはさみで背中を切っていたころの鋭い痛みが、縫合のときにはやや鈍くなり、その代わり肉をがりがりと削るという荒い痛みに代わる。糸の列車はただ肉の層を横目に見ながら短いトンネルの入り口から出口まで観光をすればいいのだろうけれど、この観光客には、身動きもとれずに表面を削られる筋肉と脂肪のトンネルの気持ちは分かるまい。糸は一両目が通りすぎれば二両目があらわれ三両目四両目と糸の長さだけ続くのだけれど、肉のトンネルには交代要員などいないのだ。だから削るのは細い糸で、削られるのはわたしの背中の山脈であるという主従関係はどうにも変えがたく、ときどき変な声を上げて注射を求めるぐらいしか逆らう術がない。
今日の痛みを総合計すれば、なんとかの痛みもかくやってなぐらいの出血大サービスである。麻酔が本当に効いていればこんなことにはなるまい。……と思っていたのはわたしが若かったのだ。医師は、縫合が終わったあとに摘出した組織をわたしに見せた。わたしが米粒大と予想した、謎の組織「粉溜」の背中支部はもう少し大きかった。ひしゃげた白っぽい袋のようなもので、球体に近似すれば、大きさは直径6ミリメートルほどにはなろうか。同じほどの大きさのものが二個である。古いほうは、以前に化膿してできた生成物を摘出しているから元気がない。新しいほうは、まだできたばかりで組織の表面に張りがある。化膿はしていないためいまのところ実害はない。
こんなに大きいとは思わなかった。背中にパチンコ玉を入れられるようになってしまった。こりゃあ痛いわ。こりゃあ確かに時間もかかる。これをふさぐのだから、深く深く針と糸を挿しこむことにもなろう。ここまできて、やっと痛みを理解した。やっぱり、麻酔は効いていたのだ。効いていたからこそ、この程度の痛みですんだのだと思うべきだ。新発見の方の患部であまり痛みを感じなかったのは、症状の進行する前に切除できたからだ。
家に帰ってもまだ背中が痛む。あとで調べてみたのだけれど「粉溜」とは良性の腫瘍で、俗にいう「こぶ」のたぐいである。衛生状態はあんまり関係なく、どうも疲れるとできる人が多いらしい。わしも、もう歳なんだなあ。
医者に行く。手術痕を押さえてあるガーゼを交換する。
朝は抗生物質を飲んできた。だが、昨日の晩に飲むのを忘れていた。そして、今日の昼も飲んでいない。前に背中の処置をしたときも、処方された薬を半分ほどしか飲まなかった。
帰り道に美容室に寄って髪を切る。一通り終わったあとに、美容師のおっちゃんが肩のあたりを両手でばんばんたたく。背中に当たりそうなのでやめてもらった。
日本橋にふらふらと出かける。
ソフマップで「Brightia」を買う。こっち方面の薄口な絵柄も観とこうかなと。7,000円ぐらい。別に、近ごろ無性に「悪魔っ娘を調教プレイ」したくなった、とかそういうんじゃなくて、その。
んで。もうすぐ閉店するらしいスタンバイにも行ってみた。あれこれ大安売り。1,000円だの2,000円だのという大特価ご奉仕中な棚があった。「ねこえすえむ」と「めるふぇんメイド地獄」がどっちも2,000円だった。へんてこな題名の誘惑に逆らえず2本とも買ってしまう。ああ。あずまさんのアホー。
別の階でDVDが3割引だと知り、どれみさん7-9巻と花右京メイド隊2巻を買う。あと、CDがいっぱい。
予定外の買いもので、明日の旅費がなくなってしまった。帰りに銀行に寄ったのだけどもう開いていない。15分前に閉まってしまった。どこも5時に閉まるらしい。開いていても、わたしのカードでは出せないという。なんとなく、金融街の北浜に行けばお金がありそうな気がした。北浜から淀屋橋まで歩いてみたが、お金が出せるところに行きつかない。
たまたま見つけた、ある端末はお金を貸してくれるという。クレジットカードを入れたらば、お金が出てくる。これで4万円の借財ができた。
うむ。ピンク髪の淫魔、スカーレットさんがなんとも。
「人間界に降りる」ってそういう意味だったのかー。人間界でも話は並行して進んでいく。大学の講義室に遅刻して入っていくところで、スカーレットさんそっくりの人とばったり出会ってしまう。
もうね、アホかと。馬鹿かと。調教ゲーってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。寝台の上で縛られた悪魔っ娘といつ喧嘩が始まってもおかしくない、挿すか挿されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。
……うむむ。意外にも萌え気分。
「Brightia」で遊びはじめたところ、しばらくして「過去の遺物」という文字の列を見つけた。「遺物」を「漬物」と読んでしまい、なんともおかしかった。
8か月周期であらわれる、薄くて高い本イベント。ぷにケットの4回めの日。
また例によって例のごとく。新幹線でえんやこら。今回ばかりは、本当に飛行機に乗る気がしなかった。6時に立ち上がる。6時55分に出発。浜松町の駅のそばに「世界貿易センター」という建物がある。いままで3回もこの地にやってきたのだけど、世界貿易センタービルがここにあったとは知らなかった。
このビルはとても大きいので、全景を撮影することはできなかったが、浜松町の駅の建物から、世界貿易センタービルのごく一部分を撮影している。世界貿易センタービル突入前の映像。そして突入の瞬間。(16 nov, 2001追記。画像が見られなかった不具合を修正。……なのだけど、あまりのくだらなさに脱力するもいまさらあとに引けず)
10時40分ごろ東京都の産業と貿易を振興しているっぽい建物のそばに着く。そしたらば。行列ができていた。ぷにケットに行列ができるってのは本当だったのか。並んでいると、なんだか、すごく、恥ずかしい。
「ぷにケットに参加される方はこちらです。Eternal Kanonは向こう側ですー」
とスタッフの人が案内しているのが聞こえてきて、いけないことをしている気がしてくる。
んで。11時ごろぞろぞろと会場入り。したらば「Eternal Kanon」に来た人たちがもっとでっかい行列を作っているのが見えた。すげー。あの狭い会場に。どうやって。ちょっと経ってから一介のキサキチさんと遭遇。
んで。今回はがんばりすぎてしまった。前日に「Brightia」で午前3時まで遊んでしまい、さらに遠足の前日の小学生の気分みたいなものでまったく翌朝まで寝られなかった。なもんだから階段を登るのでさえ辛い。なんだか視界もぼやけている。
なのになのに、シルバー王女のカードに目がくらんでしまい、スタンプラリーに手を出してしまった。たいして広くない会場を歩き回ってスタンプをもらい続けるという遊び。わたしはアホだ。すなわち、アホでなければわたしでない。いやそんなことはない。簡単に集まると思っていたのだけど、15個のスタンプの最後の2個がなかなか見つからず、歩きに歩いて足が痛くなった。これは「H」と「R」のスタンプが存在しないということを証明するという難解なゲームなんじゃないかと本気で思った。夏と冬のまんが大会でさえ、ここまではがんばらない。なんとか15個を集めてカードをもらう。しやわせー。
んで。いまでもなお新たな作家の本が見られて楽しい。問題作も手に入ってしやわせ。「ガチャガチャ」のカプセルの中に丸めた本が入っているのがあったりして。ぷにケットはあいかわらずへんな一日で、たのしー。
ジャンル | 冊数(全数との比) | アレな内数(ジャンル内の比率) |
どれみさん | 23(100%) | 11(48%) |
合計 | 23(100%) | 11(48%) |
最近は朝から病院に行くために、会社は午前だけ休みにしている。なもんだから、前の晩につい寝るのが遅くなってしまう。で、翌朝は全身がだるくなったりなんかして、病人にあるまじき不健康っぷり。
昼から会社に向う途中で、全身がだるいので午後も休みにしようかと思った。が、職場の電話番号が分からなかったのでやめた。くう。夢のえろゲー休暇が。
おおおお。眠いぜ眠いぜ眠くて寝るぜ。
調教そのものよりも、絵を全部集めてしまおうという支配欲が珍しくわたしをやる気にさせるのだろう。じつにお手軽。絵を集めるのがとても簡単なので、全部集められずに人生を悲観したりする可能性が低い。もはやリハビリテーションの域。ほら。わたしでも最後まで遊べた。
はー。一度まったりしてしまうと、もうやる気なし。電話がいっぱいかかってくる。あんな不具合こんな不具合。
仕事中に「すっぽん」という道具、およびこの命名について考えた。まずは、この「すっぽん」の説明をせねばならない。
わけあって、基盤についている電解コンデンサを交換することになった。脚のある素子なので外すのがちょっと面倒だ。基盤には穴が開いていて、このでっかい素子の脚が通っている。基盤の裏側で脚は折り曲げられて、そこをはんだで止めてある。これを外すには、基盤の裏側からはんだごてで熱してはんだが溶けている間に脚をひっこ抜くことになる。
ひっこ抜くやいなや、液体のはんだは表面張力だかなんだかのふしぎな力のせいで、薄い膜となって穴をおおってしまう。そしてこの膜は、冷えて固まってしまう。すると、新しい電解コンデンサを挿しこめなくなってしまう。そこで、またはんだを熱して、溶けている間にこの膜を除去することになる。方法はいろいろあるけれども、ここでは「すっぽん」を使うことにする。「すっぽん」は職場で代々受け継がれてきた名称で、一般的な呼称ではない。正式名称は分からないので、一般的な呼称として「はんだ吸い取り機」とでも呼ぶことにしよう。「すっぽん」は「はんだ吸い取り機」の一種である。
「はんだ吸い取り機」にもまたいろいろある。「すっぽん」の構造を文字だけで表現するのはとても面倒なのだけど、写真が見つからないのでとにかく書いてみる。「すっぽん」は筒状の機具であり、手に持って使用する。筒の下端に吸い取り口があり、ここから溶けたはんだを吸い取ることになる。筒の上端からは細い棒が飛び出ている。この棒の奥には強いばねがつながっており、また、この棒は筒の内部に向かって押し込むことができる。最深部まで押し込むと棒は止め具の作用により、その位置で静止する。そして、筒の側面にある押しボタンにより止め具が外れ、ばねの作用により棒が上部へと押し上げられる。このときに、筒の内部の隔壁が引き上げられ、筒の下部の気圧が下がる。そして吸い取り口から溶けたはんだが吸い込まれる、という原理によって動作する。
構造の理解のために、以下のような使い方を例示する。まず「すっぽん」を片手に持ち、もう片方の手を使って上端の棒を押し込んでおく。強いばねなので、押し込むには結構な力がいる。そして片手を放す。空いた手ではんだごてを持ち、基盤の穴を熱する。そして、もう片方の手で「すっぽん」を穴に近づける。ここで「すっぽん」を持つ手の親指でボタンを押し込むと、ばねのエネルギは解放され、はんだが「すっぽん」の内部に吸い込まれる。……という感じで使うことになる。
さて。なぜこの機具を「すっぽん」と呼ぶのか。それは、この機具の動作が「吸い込む」というものだからだ。
さて。ここから話が複雑になっていく。ここで第二のはんだ吸い取り機である「ぶーぶー」に登場願うことになる。「ぶーぶー」という呼称は、同僚が勝手に命名したもので、今日はじめて聞いたものである。
「ぶーぶー」はものすごく進歩したはんだ吸い取り機である。やはり筒の先端から吸い取ってくれるのだけど、筒の内部にファンがある。ファンの作用によって吸い取ってくれるので、ばねを押し込んだり解放したりしなくてもいい。その上、筒の下端の吸い取り口にはヒータが内蔵されているので、はんだごてを用いる必要がない。なんというハイテク装備。
この「ぶーぶー」という命名は、この機具を動作させたときの、ファンのたてる音に由来する。
さて。同僚はなみなみならぬ愛着を持って、このハイテク機具を「ぶーぶー」と呼ぶ。「ぶーぶー」といったら自動車に対する幼児語とするのがより一般的な解釈なのだが、こちらは「ぶ」にアクセントを置いて発音し、一方ハイテクはんだ吸い取り機の方は平坦な発音をして区別する。
他の同僚がこの機具のことを「自動すっぽん」と呼ぶのが許せないという。このハイテク吸い取り機の動作は「すっぽん」という呼称に似つかわしくないからだ。「すっぽん」のことを「すっぽん」と呼ぶのなら、自動吸い取り機の方はその動作音から「ぶーぶー」と呼ぶべきだ、と主張した。
わたしは、「すっぽん」と「ぶーぶー」を同じクラスに属する語として扱うことに違和感を覚えた。「ぶーぶー」は擬音語である一方で「すっぽん」は擬態語だからである。このことを指摘すると、同僚は「すっぽん」は擬音語ではないかと反論した。
「すっぽん」を使ったら「すぽんっ」ていうやないか。
いやいや違うとわたしは返す。「すっぽん」はそんな音をたてないのだ。
「すっぽん」の音は「すぽんっ」ではなく「かしゃっ」やんか。
……と。「すぽんっ」という音は、ゴムなどの弾力のある素材を使って気密の高い状態を保ち、そして勢いよく隔壁を持ち上げて気密を一気に壊すことで得られる音を表現している。「すっぽん」という命名は、排水溝の掃除などで使うような、棒の先にゴムの半球体がくっついた、あの機具に対してであれば擬音語であるといえよう。しかし、この、プラスチックの筒とばねでできたはんだ吸い取り機からそんな音はしないのであり、「すっぽん」というのはおそらくは先の掃除用具の挙動のようなものを念頭に置いた上でなければ得られない、擬態語としての命名なのである。
これで同僚に分かってもらえた。この自動はんだ吸い取り機のことを「ぶーぶー」と呼ぶのならば、手動のはんだ吸い取り機は「かしゃん」とでも呼ぶべきなのである。よって「すっぽん」と「自動すっぽん」の関係の不自然さに対する、擬音という観点からの同僚の指摘は崩されることになる。
さて。こうやって文字にするとちいとも面白くないのが気になるのだけど、まあとにかく職場で「すっぽん」「かしゃっ」などと言っている間はとても面白かったのだ。「すっぽん」が比較的認知されている擬音表現であり擬態表現でもあり、「吸い込む」という動作を示す先入観を持ちやすい、ということを説明できた。これを、吸い込む動作とはかけはなれた「かしゃっ」という擬音語を用いて説明できたことが面白いのだ。……やっぱり文字にするとちいとも面白くないのだけど、おかしいったらおかしいんである。
また朝から病院。
はだかになって寝台で横になる。背中を見ている医師が突然「ばっし」と言った。ばっし、罰し、抜歯。ああ、抜糸である。いつの間にか用意されたはさみで、背中をぱちんぱちんする。そして、鋭い痛み。1本を残してあとは抜いたらしい。
昨晩は「ねこえすえむ」で遊んでみる。なにか構成に見覚えがると思ったら「めいどいんへぶん」と同じところで作っている。なにもかもが理不尽で困ってしまう。ねこ(略)むという名の妖しい会員制クラブに入りびたって、調教したりされたりする話。おねいさんは全員猫耳である。たぶん世界初、猫耳娘調教シミュレーションなのである。ばばーん。
これがまた期待に違わずへんてこりん極まる。猫耳のおねいさんたちは全員そっちの道は素人という設定で、だんだん怪しい未知の世界を知っていく。そして声の人の演技がど下手なもんで、ますますもって未知の世界。
おねいさんのうちの一人、ばななさんがあまりにもへんてこりんなのでしばらく追っかけてみる。ちいとも「女王さま」に見えないばななさんが、だんだん女王さまに見えてくる。ばななさんはちいとも言葉で責めてくれない。わざわざ、プレーヤにどんな言葉でなぶってほしいかという選択肢を与えながら、恥ずかしいだの汚らしいだのと文句をつけて言ってくれない。そんな、サービス精神のなさゆえに、ぐるっと一周した新たな刺激となって「女王さま」像を構成する。
そこへ、だ。ばななさんはしだいに「女王さま」に育っていくのだ。あいかわらず声の人の演技はど下手なまま、主人公をいたぶるようになっていく。主人公の本当の願望を知ってか知らずか、ただ小生意気な猫耳娘が育っていく。
いえーい。秋のバグまつり。こんどのはかなり深刻。とてつもなく不安になった。こんなところにいていいのだろうか。いつまでいてもいいのだろうか。
なにもかもが運のよさで決まる。この部門が電機屋にしては珍しく利益率が高いのは運がいいからだし、給料がいいのも運がいいからだし、こんなへんてこりんな職場に飛ばされてくるのもまた、運だ。
いまの職場にずっといることを前提にしている人と、そうでない人とでは、考え方がぜんぜん違う。わたしはまだ、長く同じ職場にいたことがないから、10年も同じところにいるなんて想像もつかない。10年経たないと分かりそうにない。
他人とつきあえない人が他人を使っちゃいけないな、とかそんな話。いやなら出ていけばいいとわたしは安易に考えてしまう。でも、どうやったら職場を出ていけるのかということもまた、わたしはまだ知らない。
朝から病院にゴー。最後の糸をひっこ抜く。
げふう。駅前の駐車場の予約券をもらいに行くのを忘れていた。
CDを買いに行く。「メイドさんベスト」がソフマップのそっち方面の売場では見つからない。ヤマギワソフトのそっち方面売場で発見する。
来た来た来ました、汁ゲーの時代が。この絵はどうやって描いてるんだろう。天汁地汁我汁子汁。急いては事を子孫汁。ソフマップで「Inner Palace」を買う。
あと、どれみさんのCD「キャラクターミニアルバム2」瀬川おんぷ。あと、お姉ちゃんとかかない嬢だとかの5人組で「ダンシングクイーン」のカバー。うう。妙なモン買っちまった。
「Inner Palace」で遊んでみる。主人公は王子さまで、ハーレムまであってうはうはな日々。この中の誰かと結婚するところで終わる。ぐはー。女装少年までいたのか。ちょっとお兄さん本気出しちゃうよ。なのだけど、フィル少年はどうにも言うことをきいてくれない。ぐはー。お兄さん本気出しちゃうよ。
しまった。買いものにいくのを忘れていた。お兄さんったら本気出しているばっかりですっかり忘れていた。ピンセットを買うのを忘れていた。
また朝から病院に行く。例によって患部を消毒して、ガーゼで押さえる。医師にはこれで最後と言われた。明日の朝、自分でこのガーゼを引っぺがした時点で治療は終了である。最初に、背中の痛みに飛び起きてからもう2か月経ってしまった。おかげで何日か、ゆっくり出社できた。これをわたしの秋休みとする。
残業手当が90時間まで出るようになったはいいのだけれど、年間720時間の枠はどうにも変わらないらしい。もうぜんぜん残っていない人もいるわけだ。となりの人とか。なーむー。
日記なんか書いてる時間があったらもっとゲームがしたい。……と思ってはみたものの、思うだけにとどまる。ゲームよりももっと面白いもの。いまわたしにとっていちばん面白いのは「ネットサーフィン」ですよ。奥さん。
まず。Mac OS Xでwebブラウザを動かしてみる。んで、本文のフォントを明朝体にしてみる。「ヒラギノ明朝W3」とか。ばばん。Aquaの働きにより美麗なレンダリングがなされ、どんな馬鹿記事もまじめそうに見えてしまうからふしぎ。さらに見出しのフォントを見出し明朝体にしてみる。「ヒラギノ明朝W6」とか。ばばん。これでくそゲーの評価記事なんかを読むと面白い。どんなに感情を込めた文章もどうにも滑稽だ。
基盤が800枚で質量200kg。1枚250g。
毎月毎月800kgもの基盤が流れていくのか。毎月毎月800kgもの基盤があの坂道を降りてきて、また上がっていくのか。
派遣で来てる人はやっぱ違うなと。いろんな修羅場をくぐってきた人の話は面白いなと。わたしに、こんなつまらん仕事は辞めてしまえと言ってくれるすごい人。
朝からまったり。昼もまったり。職場で、画面の色合いを比較するために映画のDVDを見ていたら、いつの間にか観入ってしまって「恋に落ちたシェークスピア」の最後の方であまりのへんてこりんで強い刺激の連続に涙が出てきて、ふと我に還るともう、笑うしかなくなって「いまの、どこがおかしかったんや」と同僚にたずねられてしまうぐらいにまったり。
おうちに帰ると、叔父がいた。叔父はちょっと前までは電車を運転していたのだけれど、いまは電車を降りて駅で働いている。わたしの姿を見て、会社帰りには見えないと言われた。客商売の身からはそう見えるのだろう。
仕事の話になったので、ここで長年の疑問をぶつけてみた。
疑問[1]雨の日に電車の発進時に車輪がすべっているような音がするのだけれど、本当にすべっているのか。
疑問[2]満員電車とそうでない電車とで加速性能は異なるのか。
回答[1]雨の降りはじめのときに、レールの上の油の膜が浮いてきてすべりやすくなる。減速時には、車輪の空転のために回生ブレーキと空気ブレーキの切り換わりが誤動作してますますへんてこりんな挙動をするという。
回答[2]列車にかかる荷重を計測していて、加減速の出力を制御するようになっているため、運転者が荷重を意識する必要はない。法律で、走行中からの急制動では600m以内に停止できねばならないという決まりがあり、以前よりこの機能は使われているという。
父上と給与明細を見せっこする。きゃっ☆ 労働基準監督署の立ち入り調査で引っ掛からないのかと不思議がられた。こっちは先月のぶん。
今月は。残業手当109,733円。アレしてナニして受け取ったのが218,329円。未払いの残業手当の累計が3.5時間ぐらい。
工事現場の足場が崩れて人がたくさん死んだ。崩れた足場が山をなしてビルの2階にまでとどくという。で、
「じゃあ、2階に行くのに足場がいりませんやんか」
……と言ってしまった。やばっ。睡眠不足はいかん。そのときは面白いと思ったのだ。もう自分で笑いをこらえるほど。でも、あとで考えるとどこが面白いのかさっぱり分からない。眠気のせいで、はからずもわたしの世界がわたしの外側に出てしまった。
またまた日本橋へ。ソフマップで「ボクのヒミツたいけん」を買う。3軒のぞいてみたら、同じ日に発売された「最終痴漢電車」がどこにもない。売れてるのかー。
あと、どれみさんのDVD[6]と[10]を買う。あと、ももこのCDを買う。
PowerPC G4 800*2な林檎さんを触ってみる。Mac OS Xでもさすがに操作が軽い。テスト用にPhotoshopででっかい画像を処理させてみると、処理によってCPU占有率が100%から190%ぐらいの間で動作する。ウチの林檎さんだと、CPUが1個なのでがんばっても90%ぐらいまでしか使えない。ほかのプロセスの負荷が無視できなくて、ちょっと他の操作をしたりすると60%ぐらいにまで下がってしまう。ちょっとうらやましい。
後輩が芝居に出るというので観にいく。舞台の上では別人みたいな顔をする。表情が豊かになるほどに、ふだんどんな顔をして生きたらいいのか迷ったりしないんだろうか。帰りに大学時代の仲間で飲みにいく。
「ボクのヒミツたいけん」をちょこっと遊んでみる。推定小学生の章くんが主人公。少年は両親の不在のため親戚の由美おばさんの家に預けられる。したらばおばさんも、娘の雪ちゃんもそのともだちも、みんなぶっ壊れた変態ばっかりなもので章くん大ピンチの巻。
んで。これがやっぱり恥ずかしい。「Close 2U」とか「おジャ魔女どれみ」であるような、小学校のころあんなことがあったなあという感じの恥ずかしさではなくて、もっといけない恥ずかしさである。主人公はわけも分からずにはだかにひんむかれて以下略。美子おばさんはなにもかもお見通しで、ただ章くんは追いつめられて責められて以下略。これは恥ずかしい。
「メイドさんベスト!!」が頭に中でぐるんぐるん。はろーはろーご主人さまー。わたしアナタのメイドさんー。
んで。「MAID iN HEAVEN」以外のゲームの主題歌も入っている。「絶滅キング」というゲームの主題歌が意外な収穫だった。歌っているのが水子一郎という人。……誰やねん。びゅんびゅんぶっとばすんだ、ばばばばばーん。
急に思い立って、そっち方面のゲームがどれぐらい発売されているのか調べたくなった。getchu.comで2001/05から2001/10までに発売されたタイトルを数えてみた。
2001/05 | 41 |
2001/06 | 75 |
2001/07 | 78 |
2001/08 | 65 |
2001/09 | 65 |
2001/10 | 86 |
合計 | 410 |
半年間で410本。ただし、ゲームソフト以外にも関連商品のCDとかDVDが含まれていたりするので、いくつかのキーワードで除外して326本。まだ少し誤差があるかもしれない。
半年で300本。こりゃエラいことだなあ。全部やろうとしたら毎日2本やっつけないと終わらんのである。さすがにそこまではしないけれども、もうちょっと購入時のフィルタを厳しくしないと、大量にロリゲーに手を出してしまって困っちんぐ。Getchu.comのジャンルを選ぶところで「ロリ」と「ショタ」があったら、とか思ってしまう。厳密なフィルタを作ってほしい。
なのだけど、そういうサービスを用意する側からしてみればちょっと違うのかもしれない。顧客の望んでいそうなものを絞って表示する場合、この絞り方の精度がよほど高くないと、新作をただわんさと並べて顧客に選ばせる方が売り上げが高くなってしまいかねない。
顧客が地雷原をひた走らねばならない現状がそのままでよいはずもなく。山のような選択肢があることを喜んでいいような悪いような。これから、コンテンツがさらに細分化されたり増えてしまったり、はたまた一部分を組み合わせて別の新しいものを作ってしまうとかそんな展開になってしまった場合に、誰も売りかたが分からなくなったりせんのかなあ。
また「Inner Palace」の日々に戻る。やったやったやりました。フィル少年を第一王妃にすることに成功する。ふふふふ。はーははは。ぬふふふ……げほごほ。
フィルの情夫っぽさがもっと出せてたらよかったなあ。それだと姉のプルとかぶるから引っ込めたのかもしれないけど。
はー。まったり。
会社からここが見つからないようにと会社のグローバルなIPアドレスの頭2つが閲覧者と一致したら弾くようにしてみた。その効果を確かめてみようとして会社からここをのぞいてみた。したらば。会社のフィルタに弾かれてしまった。ぐあああ。「Games」のサイトだから見てはいかんらしい。ぐああああ。これのどこがゲームのサイトですかー。いちばん上の題名のところに「最後の夏休み」とか「山でガッツ」とかランダムに出てくるのがいかんのだろうか。「さーもんぴんく」がだめなのか。はたまた「ねこ(略)む」かっ。そうなのかっ。
たぶん、単純に「ゲーム」という単語とか、いくつか有名どころのゲームの題名に反応するフィルタなんだろう。あるいは、ネットワークを管理している人が自力で調査してたりしたらやだなあ。おーい。見てますかー。
一昨日。ソフマップの前で任天堂のゲームキューブが置いてあるのを見た。「ピクミン」というゲームが動いていて、ちっさい客人が遊んでいた。横から見ていると、なんだかよく分からないけれどうれしくなってしまう。タイトル画面の花がゆらゆらしているところだけでもなんだかうれしくなってしまう。ちっさい客人が楽に動かしているのを見て、さわってみたいなー、と。さわりはしないのだけれど。
んで。今日会社に来たらば。職場に「ピクミン」があるからふしぎ。こういう新しいものが出たらすぐに買ってくる人がいるのだ。やっぱり最初の印象は間違っていなくて、デモ画面が動いているのを見ているだけでさわりたくなってくる。画面の作り方がいいんだと思う。疲れなくていい。視野角の広さで決まるんじゃないかと推測。んで、ちょっとさわってみたらばボタンがたくさんあって、ゲームをどうやって始めたらいいのかさえ分からず、すぐにあきらめてしまった。
んで。しばらくこのゲームキューブはかわいらしいテスト用信号源として、入れかわり立ちかわりいろんな機械をつなげて動作試験に使われる。たびたび誰かが遊んでいる。50歳も過ぎていようおっさんが「ピクミン」で遊んでいるのを見て、ちょっと目がうるんでしまった。いい歳をしたおっさんたちがゲームキューブを取りかこんで「青ピクミンは水に強いんや」などと言って遊んでいる。これだったら、わたしが遊んでも最初の敵に殺されずにすむような気がする。
……てなことでも書いておけば「Games」のサイトっぽくなるかいなと。しかしなあ。碧さんのとこを「Adult」と分類してしまうようなフィルタだしなあ。ちょっとなあ。
次の仕事がちょっとずつ入ってくる。ちょっとだけ。
買う気はないのだけれど、見れば見るほどゲームキューブの本体が魅力的なので困る。背が高いから吸気口が高いところにあってほこりを吸いこみにくかったり、ディスクの径がちっさかったり、主記憶が1トランジスタ型のSRAMだったり、すごく分解してみたい気にさせられるという点で魅力的だ。だから困ってしまう。