千田好夫の書評勝手

ママがんばって

前にも書いたことがあるけれど、健常者が作者で障害児(者)の登場するドラマや小説というのは、どこかくすぐったい。できれば見ないで通り過ごしたい。その理由は、第一に作者の(善悪を問わず)障害に対する思いこみの激しさに恐れ入るからであり、第二に、私自身の創造力のなさもあって、登場人物と自分との距離をとることが難しいからだ。

だから、みずのさんの漫画も噂には聞いていたけれども、あえて自分では見ないできていた。そんな私の食わず嫌いをくつがえしたのは、みずのさん自身である。「障害児を普通学級へ・全国連絡会」の集まりに講師でお招きしたのだが、私の予想に反して「思いこみの激しさ」などみじんもなく、かえって会場から元気のいい発言が飛び出すと目を丸くされていたのがとても印象的だった。

みずのさんが頑張っていないわけではない。漫画を読めば、我が子(りのちゃん)が超未熟児で生まれて障害が残ると分かったときの落胆、孤軍奮闘の育児から徐々に仲間ができてくる過程、保育園から普通小学校への入学、漫画家という仕事と学校への送り迎えのやりくりなどがよくわかる。漫画家であることを除けば、タイトルの如くごく普通の障害児の親としてがんばっているのである。

だからなのか、日常のできごとを「Nifty Judy」に毎月載るみずのさん一家の喜怒哀楽が素直に伝わってくる。脳性麻痺で下半身のマヒの強いりのちゃんは、わがままで元気いっぱいの女の子。おとなしくて優しい「のぶお」お兄ちゃん。炊事洗濯大好きのパパ。4人家族のおりなす生活は、どこにでもあるような風景である。もちろん、最初は車椅子に抵抗があった。しかしそれを使うしかないりのちゃんが、当たり前の存在となれば、車椅子にも違和感がなくなってくる。

とくに、りのちゃんとのぶお君の関係がおもしろい。りのちゃんにとって、お兄ちゃんはけんか相手でもあるけれど、いないととっても寂しい存在。お兄ちゃんにとっては、ちょっぴりストレスのたねで、すごーくかわいくない存在。けんかしたすぐ後でも、「お水持ってきて」と頼まれれば持ってこないわけにはいかない。ママが忙しければ、なんでもお兄ちゃんにかかってしまう。でも、のぶお君にとっては妹が障害が有るかないかというよりも、まずは「妹」なのだ。親から見てはらはらすることも、兄妹の間ではあっけらかんとしている。それを通して、親にも「りのちゃんは歩けないんだからやってあげて(当然)」という言い方の不当性がわかってくる。

一緒にいればこそ、同じ風景の中にいればこそわかることが、主人公の目のようにいっぱい輝いている、素敵な漫画本である。

柿のたね kakinoki@big.or.jp
最終更新日: 2004/08/20