千田好夫の書評勝手

インクルージョンへの新たな思い

とんでもない歴史教科書のおかげで、現在の中学生がどんな教科書を読んでいるのかと思い立ち、今回で2冊目となる地理。地理学の入門書については、前々回で見たように、かつての受験生の目からは良い意味での様変わりに驚いたところだが、教科書となるとどうだろうか。

これもカラフルなB5の本。その「はじめに」にこう書いている。「教科書に書いてある内容をそのまま覚えることよりも、(それを)手がかりにして『調べ方、学び方』を身につけ、日本や世界をよりよく理解できるようになることが大切です」

第1部の扉には月面から見た地球の写真が載せてある。そこから少しずつ地球に近づき、おなじみの世界地図。様々な国境線、特にまっすぐな国境はかつての植民地支配の名残であることが指摘される。緯度経度と季節の移り変わりの仕組み、気候の違いと時差の説明。世界の中の日本の位置と日本の白地図。

第2部では、自分たちの住んでいる校区の調査から始まる。グループで教室の外へ出て、目で見て、耳で聞いて、鼻でかいで「不思議」に思ったことを「発見」する。教室に戻り何を調べるかを決め、野外調査に出かける。2500分の1地図にルートマップをつくり、気づいたことの絵や写真やメモを取り、その土地に詳しそうな人を訪ねて聞き書きをする。自分たちで行けないところは風景写真、地形図、インターネットからの資料等を駆使し、調査の結果をまとめる。それを教室で発表し、意見交換をしてさらに深める。次には、自分の住む都道府県について調べる。具体例として、東京都、山形県、福岡県があげられている。比較検討するために、兵庫県、大阪府、北海道があげられている。これを世界に応用し、中国、ドイツ、アメリカ、ケニアとやってみる。

第3部では、日本の気候と世界各地の気候との比較、交通や人口の動態、日本に住む外国人の様子(この中には学校に行けない外国人の子どものことがさりげなく書いてあり、ボランティアに頼っている現状が指摘されている)、環境保全の問題、文化の交流(特に韓国)を取り上げ、最後に工業や農業、サービス産業、インターネットによる世界と日本のつながりを考える。

おおまかにこの教科書の構成を紹介したが、40年前に私の見た教科書とは明らかに違う。前に紹介した大人向けの「現代地理学入門」はもちろん、「新中学保健体育」とも大いに共通するところがあり、特にこの教科書は、共に調べ、発見し、考え、討論し、深めるといった総合学習的な構成になっているのが特色だ。それだけに、担当の教師の力量も問われるだろう。受験のノウハウを教える方が無味乾燥でも楽には違いないからだ。

最近の学力低下論や「わが国の国柄、伝統、文化」なるものを吹聴しようとする傾向とは全く無縁なことに率直に驚いてしまう。「新中学保健体育」でも感じたことだが、とても意外だ。ぜひ、このような教科書をみんなで育てていきたい。大人が読んでも参考になることがたくさんある。本当におすすめだ。

子どもたちが、野外調査に出かける。そのとき、障害のある級友が一緒にいれば、お互いに見えてくるものがたくさんあるはずだ。フットルースで、バリアフリーの調査に出かけたとき、様々な障害者そして健常者と共に行ったときの成果の大きさを思い出す。障害者だけでは分からないバリアにも気づけたし、何がどうしてバリアなのか健常者も身をもって知ることができる。バリアにさえぎられているのは、障害者だけではないのだ。そう、障害児への個別指導計画とか何とかではない、共に生き共に学ぶという意味でのインクルージョンへの思いが豊かにふくらんでくる。