千田好夫の書評勝手

啓発されるべきは誰か?

身体障害を持つA君・知的障害を持つB子さんが職場で嫌がらせを受け、本人から「辞める」と言わせられたのは、もう十年前だ。C労政事務所にこれを訴え、会社側に事情聴取をしてもらったが、シラをきるばかりでラチがあかない。労政事務所には捜査権も強制力もなく、事情聴取が精一杯と聞いてがっかりした。形のうえでは確かに解雇ではなく、本人の自主退職になっている。白地の用紙に判子を押させられて、退職願までできているという念の入れようだった。「ふけが汚い」「挨拶ができない」「生意気だ」「同じ事ばかりきく」などと同僚から苦情が出て、会社側はそれを指導するでもなく便乗(扇動?)して、本人のいられる場所をなくしていく手口が共通していた。雇用促進法に則って雇用はしたものの雇用率だけは満たして、頃合いを見計らって切ったものと思われる。

本書を見ると、様々な就労支援の仕組みが書かれていて、まさに隔世の感がする。あの頃は相談するところと言えば、弁護士か労政事務所ぐらいしか思いつかなかった。本書に紹介されているのは、養護学校、福祉施設、小規模作業所、通勤寮、職業能力開発校、職業リハビリテーションセンター、雇用支援センター、あっせん型雇用支援センター、障害者職業センター、ハローワークそしてなんと日本経営者団体連盟までが名を連ね、なんらかの知的障害者の就労支援をしている。これらには細かい管轄や設立主体の違いがあり、それをいちいち紹介することはできないが、相互に連絡を取り合い、大阪など所によってはネットワークを形成している。

筆者たちがそろって強調しているのは、就労することよりも就労の継続である。横浜のある就労援助センターでは、離職による新規相談者65人、新規就労者25人、センターから継続就労支援している者は73人で、継続支援者の中で離職者はわずか4人であるという。就労支援の中身は、企業側に対しては雇用管理のノウハウの提供、職域開拓、職員研修など、障害者側には通勤訓練、立ち上げ時のケースワーカー派遣、生活支援などを行っている。別のところではジョブコーチの派遣も行っている。これだけでは細かい内容がわからず、なんとも言えないが、相談できるところがあり、相談者に対してそれなりに成果を上げているのは評価できる。

しかし、気になるのは支援企業の実態が本社ではなく、特例子会社という障害者の雇用に特化した事業所が多いのが気になるところだ。また雇用促進事業全体として、助成金の財源が雇用率(1.8%)を満たさない企業からの納付金によっていることも改善されていない。違反企業がなければ、雇用促進事業はいらないとでもいうのであろうか? また、納付金は反則金ではあっても決して罰金ではない。雇用促進行政には強制力が欠けているのである。障害者雇用をお願いするという形は頑なに崩されていないのだ。お願いの形が多様化しただけであって、10年前と本質は変わっていないというべきだ。それだから、本書では具体例が明示されていないのかもしれない。具体例には、成功例も失敗例もほしいところだが、そのいずれもが欠けているのである。

一見華やかな制度と仕組みの中に、無理やり辞めさせられた当該の無念さが一例でも記されていれば、大きな啓発力を持つ本となったであろうに、成功例さえもない編集方針とはなんであろうか。本書を含むシリーズが「自立啓発事業」として労働省の委託事業ということであれば当然なのか? 啓発されるべきは障害者の方ではないことは明らかなのだが。