内容●自分でもわけが分かりません。
また坦々麺。
うわあああん。宿題が止まらないよう。休みを取りたいのに。いま。
助っ人が来てくれているおかげで、忙しいながらなんとか前に進んでいる。
いま無性に朗読がやりたい。姉ちゃんの自作詩集を全部朗読したい。ああもう、ICレコーダーさんはどこへ行ってしまったのか。また買うのか。
時間があったので、天王寺の「坦坦」で「赤唐坦々麺」を食べる。「ハバネロ坦々麺」はもう辛すぎて味が分からなかったが、今回はおいしく食べた。それでいてちゃんと辛かった。このあたりがぼくの限界なんだろう。
そばのコンビニにて、「リプトン・スパークル・アップルティーソーダ」を見つけたので買って飲む。甘い。
年末のアレの稽古。台本がないままに、即興の芝居を要求される。……無理っ。演劇とかやってる人はすごいな。
減らない。
助っ人が来てくれたので、投げられる仕事は投げる。投げても投げても減らない。やっと大物がひとつ片付きそうだ。
建物はなかった。
ものすごく久しぶりに夢をみた。なにかを買いにきた夢だったのだが思い出せない。目覚ましの電子音で目が覚めたときには覚えていたが、家を出るころには忘れてしまった。
「ホワイトローズ」115回め。
ビールを一杯。また出ていく。
3週間ぶりに下寺住宅に来てみた。話には聞いていたが、南側の建物はもうなかった。
残された荒れ地を撮ろうにも、新たに立てられた柵にはすき間がない。ぴかぴか光るブリキの柵は背が高いし、レンズでのぞく1センチのすき間もないのだ。
「ホワイトローズ」116回め。
またビールを一杯。また出ていく。
断面。
前日の晩に、明日は朝から歯医者さんだから早く起きなければと念じて寝た。
なんと2日連続で夢をみた。夢の中では歯茎がひどく傷んでしまったようで、鏡を見ると歯茎の新鮮な断面が見えていた。この歯茎では歯を支えられないから、歯医者さんで、歯を保持するための糸のような機具を取り付けられている。
自分の家で鏡を見る、というだけの夢だった。ピンクのマドモワゼルに治療されるところを夢にしてほしかったのに。幼いころにも、自分の身体の断面が夢に出てきたことがあった。あのときは自分の足だった。
朝っぱらから「おおとり歯科」へ。4回め。
まずピンクのマドモワゼルが歯石を削る。鋭い音のする機具で歯を削り、仕上げに歯と歯茎のすきまに先のとがった針のようなものを入れてこする。
そして虫歯の治療、3本目である。歯の詰めたアマルガムが外れたのをきっかけに、おおとり歯科に来てみたのだが、こんなに重症になっていたとは気付かなかった。
連中は奥歯の内部の深いところに巣を作っていた。歯の天面と、歯と歯の間のちょっとしたすき間の二つの方向から削る。この断崖絶壁を削り落とし、複雑な形状の詰めものを挿入しようという作戦なのである。塹壕を掘ってすぐに歯の型を取らなかった。硬化性の薬剤を詰めて神経を麻痺させる。一週間の後に発掘し、あらためて型を取りさらに詰めもので埋める作戦なのである。
最後に痛み止めの薬を処方された。これから痛むのか。奥歯の噛み合わせに違和感があるままに、あと一週間を過ごす。
「ホワイトローズ」117回め。
ななみ嬢とアオイ嬢と写真を撮ってもらう。
「アクエリアス」をやっつけてからもう1か月ほど経った。久しぶりに「マジックスパイス」にやってきた。「チキン」の「虚空」を食べた。裏メニューでないただの「虚空」を食べたのは久しぶりだ。100や200ばかり食べてきたが、25の「虚空」はやっぱり辛いのである。
それと同時に、とても甘かった。最初に食べたときは汗だくになって、時間をかけて食べていたあの「虚空」を甘く感じる。恐ろしい子……!
「ホワイトローズ」118回め。
球体関節人形の写真集、三浦悦子「義躰少女」の萌えを373さんに分かってもらえた。ひめあ嬢もこれが気に入っていた、らしい。見てほしかった人に見てもらえたみたいだ。鶴橋でなら、暗黒趣味とメイド趣味は共存できる。勝手にそう思っている。ここで恋月姫の美しい写真集を置くことはぼくにはできなかった。
焼酎ばかり飲む。芋焼酎と芋焼酎、そして芋焼酎を飲む。
ポール・モーリアが亡くなった。彼がナウいポップスを紹介してくれなかったら、ぼくはヴィッキーやフランス・ギャルのレコードを探したりすることはなかっただろう。
どういうわけか、偶然にも中学校のころにポール・モーリアのやたらめったらあるカヴァー曲を聴いちゃったのが入口だった。当時はCDを1枚買うのもけっこう大変だったので、買ったら穴が開くほど解説を読んだりして、それがつもり積もってまめ知識となった。ヴィッキーの「L'Amour est Bleu」はユーロヴィジョンコンテストで4位だったのを、ポール・モーリアのオーケストラでカヴァーを録音したらやたらめったら売れて有名になった、とか、ルクセンブルク代表で出場したけれどギリシア人で曲はフランス語だ、みたいなまめ知識が。
バールのようなもの。
前日に鶴橋で焼酎と焼酎と焼酎を飲んで帰ったら、電車の中にピンクの帽子を置き去りにしてしまった。
あくる日に駅で、忘れものの登録情報を調べてもらったところ、ピンクの帽子は3件届けられているのだという。淡いピンク色という条件に該当しそうなのが2件。さらに図を描いて説明して、新三田駅で保管されているものと形が似ていることを確認してもらった。しかしまだ決め手とはいえないから、現物を動かすことができない。
その1件を預かっている駅まで現物を見に行くことになった。いま、忘れものを探す旅が始まる。これまたエラく遠い駅だ。
電車に乗り込むとき、今日は長旅になることを覚悟した。忘れものは終点の駅で回収されることが多い。この新三田の帽子がわたしのものでなかったらば、次は西明石の帽子をあたる羽目になるのだ。そんな、わくわくするような不吉さを持って電車に乗り込んだ。
電車にえんえん揺られてたどり着いた新三田では、すでに連絡がついていて、すぐにピンクの帽子を出してくれた。透明な袋に透けて見える色彩はまぎれもなく、袋から取り出された形はまぎれもなく、いつものピンクの帽子であった。
すばらしいことに、駅員さんはちゃんと数あるピンクの帽子の中からわたしの帽子の特徴を理解して見つけてくれていた。でも本当は、電車で東から西への大旅行を繰り返して、今日の一日がピンクの帽子のために振り回されたのだと後悔したかった。泣きそうになりながら電車の窓から海を見ていたかった。そしてその苦労話を誰かに自慢したかった。
「ホワイトローズ」119回め。
酒は飲まなかった。かわりにカレーの「5辛」を食べる。これが辛い。すごく辛い。「マジックスパイス」で「虚空200」を食べる訓練をしばらくやっていなかったので、ずいぶん弱くなってしまった。
ひなつ嬢とアオイ嬢に「バールのようなもの」の「バール」とは、釘抜きのことだと教わった。さらに辞書で調べて「金てこ」のことであると説明された。「バールのようなもの」ではなく「バール」の意味を知ってしまったことの重大さが理解できようか。
わたしはニュース原稿における特徴的な言い回しである「バールのようなもの」の「ようなもの」に込められた意味にしか興味がなかったのだが、彼女たちは「バール」を知っているがゆえに「バールのようなもの」がどのようなものであるかを想像できるのだ。
わたしは「バール」とは「バールのようなもの」の部分集合であり、「泥棒が扉をこじ開けるのに使う道具」であるという遠回しな定義でのみ記憶して、それ以上の具象化を避けてきた。
いままで、あえて「バール」がなにかということから目をそらして生きてきたのに、ずいぶんあっけなく正解を教わってしまう。このようにしてわたしは一歩大人になった。世界から夢がひとつ消えた。もう、これから「バールのようなもの」と口に出すときには、無邪気な喜びではなく、陰のある表情でしか言えなくなった。
また稽古。台本が少しだけしかなく、かわりに課題を与えられる。笑いすぎて息ができなくなる。
昼寝する。
のどが痛くて声が出ない。ひざの関節が痛い。そして熱っぽい。
早く帰ってきて昼寝する。
今週の自殺。
また休んだ。寝たり起きたりして過ごす。
最近、若年の「いじめを苦にした自殺」が注目されていて、新聞で毎日見かけるようになった。今年に入って急に取り上げられるようになったのだけれど、自殺者数が増えているのかどうかは分からない。1998年から日本の自殺者は(おそらくは経済的理由により)突然に増え、あとは横ばいで毎日平均90人が自殺している。
自殺者の遺体が電車を止めるのはもう慣れっこだけれど、いま話題になっている自殺予告の手紙は気になった。文部科学省の大臣に届いたことと、最近若年の自殺が話題なのも手伝って、いつにないほど注目されている。朝日新聞によれば手紙は下記のような内容であった。
午前0時15分すぎに会見した銭谷真美・初等中等教育局長によると、あて名に「文部科学省 伊吹文明大臣様」と手書きで書かれた封筒に、(1)大臣(2)教育委員会(3)校長先生(4)担任の先生(5)クラスのみんな(6)クラスのみんなの保護者(7)両親――にあてた計7通の手紙が入っていた。6日午前中に郵送されて来たという。
学校でいじめを受けているとし、8日までに状況が変わらなければ、11日に学校で自殺すると書かれていた。「クラスのみんな」あてには「なぜ僕をいじめるのですか。キモイからですか。クサイからですか。なぜ僕のズボンをおろすのですか」。校長あてには「なぜ親がずっとまえから校長先生にいじめのことをいってもずっとなにもしないのですか」などとあった。
自殺予告はずいぶん前からあったが、今回の事件には世の勢いを感じる。若年の「いじめ」自殺が取り上げられるほどに、自殺は伝染して止まらなくなる。いま学校の校長の自殺が相次いでいて、「自殺」は責任を取る方法として理解されてしまうのも無理もないことだろう。
「デスノート」が現実にやってきたみたいな、死が相対化されるさまに不吉なときめきを覚えている。「彼」は高いところから見ていて、警察や学校や新聞記者が動き出すのを見ている。自殺を思いとどまるようにと大臣が呼びかけるのを遠くから見ている。
自分の命を使うことで誰かを罰しようという人はきっと数多い。警察とか裁判とかいろいろ逃げ道はあるだろうに自殺を選ばせるとは、なんたる教育の貧しさか。いくら戦ったところで、教室は「彼」を消したがっている。戦えば死ぬまで終わらないのに。死んだら教室の無神経な傍観者が泣いて、教員の経歴にひとつ傷がつく。
これから、手紙の消印に残されていた「豊」という文字を含む地域で、派手に犯人探しが行われていることだろう。犯人が追いつめられて、予告通りに11月11日に自殺をするしかなくなるのが心配だ。
「彼」が死のうと死ぬまいと、毎日90人が自殺している。この騒動が過ぎ去ったら、新聞やTVはどのような自殺ジャンルを発見するのだろう。
ライブハウスに入った。
心斎橋の「バハマ」へ。なんとか開演に間にあう。前売り1,000円。安っ。開演ぎりぎりに入ったら、見覚えのある人がけっこういた。
ドグラマグラ。今日が初めてのライブだそう。最初の曲のギターがぼろりろりーん、と弾かれた瞬間からもう自分の好みだった。唄い手兼ギターもベースもぜんぜん客席を見ないけれど、曲に入り込んで泣いてしまっているけれど、ぜんぜん崩れない。いままでかなり唄ってきたであろうことが想像されるもので、なんだかんだ言ってステージは危うくておもしろかった。
Single Action Army。唄い手だけは客席を見る。ギターとベースにも視線を送る。唄い手が言う、個性のばらばらな仲間が集まったとはどういうことか。てんでばらばらだったものが、最後から2番目のカバー曲に入って一つになった。ああよかった。あと、バックコーラスも女声(Dr.)なのだった。男声も聴きたかったなあ。ベースの人、一言もしゃべらず。
最後のバンドも見たかったのだが、ぼくにもやらねばならぬことがある。挨拶もせずに抜け出して地下鉄に乗る。
思い出せない。
1週間も経ってしまうと、この日に何があったのかもう思い出せない。もうさっぱり分からない。時間をかけて思い出したり、会社の書類をあさって痕跡を探し出すことはできるかもしれない。でも、そんなことをするぐらいなら寝てしまいたいので、もう日記はいつもの「特記事項なし」だ。
とっとと抜け出す。
職場の引っ越し作業で荷物をたくさん箱につめる。荷物をたくさん捨てる。試作品をたくさん分解して、たくさん分類して、たくさん捨てる。
とっとと抜け出す。
「ホワイトローズ」120回め。
人、少なっ。平日の夜はこんなことになっているのか。つぐみ嬢が調子が悪いらしく、挨拶して帰っていった。あとキリカたむに、わたしが何者なのかを聞かれた。
ダメットさんを。
真夜中に思い出して立ち上がる。土曜の夕方に放送される「ダメットさん」を録画するべくビデオデッキさんの前に鎮座する。
リモコンさんが見つからないのだ。本体の押しボタンだけでは録画とか停止とか再生とか早送りとか受信チャンネル切り替えとかカセット取り出しだとかしかできなくて、録画予約ができない。そう云ったやうなインターフェイスの欠如と云ふ技術上の要請は、矢鱈と押しボタンの多い赤外線リモコンさんを誕生せしめたのである。時に二十世紀末のことであった。
もう何年になるであらうか。日曜朝の「おジャ魔女どれみ」に挫折したのが最後であったか。当時の職業病で、もう映像信号を見るのも厭になってビデオデッキに触れることもなくなってゐた。久しぶりに電源を入れてみて、リモコンさんが居ないという重代事に気がついた。
ビデオテープがごっそり減ってゐた黒い箱の中に、リモコンさんが鎮座ましますのを発見した。数年ぶりの発掘にあって乾電池はまだ切れてゐない。時に二十一世紀初頭、土曜の朝のことであった。
そしてまた何時もの歯医者さんに向かふ。遅刻である。
さらに歯を削って型を取る。また例の、硬化性の有機溶剤の強いにおいのする仮の詰めものを入れる。前回は痛み止めの薬を処方されたがとくに痛みはなかった。また待つこと数日間だ。
「ホワイトローズ」121回め。
チルたむがいるときはフランスの曲がかかっているのだが、どういうわけか日本語の曲だ。みさ嬢といっしょにいるときは、みさチル(Mr. Children)の曲をかけるらしいですよ。く、苦しい。
「中谷美紀に似ている」と「中谷の家に行く」は似ている。
なんとか探し出したビデオデッキのリモコンさんを使い「土曜はダメよ」の録画予約を行い家を出た。深夜に家に戻って録画したテープを見てみると……。
1時間の番組なのに45分ぐらいでテープが止まっているのである。ちょっとだけ巻き戻して再生してみると、エンジェル萌たんが映っておるではないか。はー。ぼくのエンジェルが。萌たんが。しばらく経ってエンジェルの絵が乱れてきて、かわりに何年か前に録画したらしい「ボボボーボ・ボーボボ」が映し出された。
ボーボボと軍艦が闘っていた。ぼくはTVの電源を切って寝た。
萌え線路。
そして今日。失意のあずまさんは、奈良の萌えな線路を探しに旅に出た。
35ミリと85ミリのレンズと一眼レフをお出かけセットに詰め込んで旅に出た。これは遠い。電車を何度も乗り継いで、めずらしい構造の駅にたどり着いた。ここで、見覚えのある線路を見つけた。
ここは無人駅で電車の来ない線路がある。帰りの電車が来るまで30分。ここではいつくばって写真を撮る。電池が切れたら、こんどは小さいほうのカメラで撮る。電車の時間になったので、大阪に戻る。
「ホワイトローズ」122回め。
やまとさんにエラいことを聞いてしまったので、お礼に萌え線路の写真を自慢する。
「土曜はダメよ」を373さんが録画してくれていたらしく、たぶんめぐ姐さんの字で「あずまたむへ」と書かれたDVDを受け取る。これで「ダメットさん」をちゃんと見られるというわけなのである。
「萌えしゃんどん」にお帰りしてする。2回め。
店を移ったときに名前が変わっていたぴよ嬢と、これまた久しぶりのまりも嬢に怒られる。いままでどこに行ってたのかと。なんかもうすごい浮気者かなにかみたいに言われる。ははは。くだんの店がなくなってからまりも嬢はどこかで復帰するだろうとけっこう探していたというのに、油断するとこれである。
メイドは続けたいと言っていたのと、名前は変えないと言っていた。新店ができるたびにのぞきに行った。布施の「ぴゅあめいど」の壁に「まりも」という名前を見つけたときにはもしやと思ったのだが、確認する前に店がなくなってしまった。夏ごろにもう探すのをあきらめてしまった。なんだかもうストーカーみたいじゃないか。ちなみに「ぴゅあめいど」のほうは同じ名前の違う人だったみたいだ。
まりも嬢は一年の間におもろくなっていた。しゃんどんに入ってからもう2か月経っているそう。ぴよ嬢とまりも嬢と写真を撮ってもらう。もう、当然のように「また来てください」なんて言うのはやめてほしいもんである。またお帰りしてしまうじゃないか。
ここで終わればなかなか楽しい一日なのだが、戦いはまだ続く。
引っ越し。
職場の引っ越し作業の続き。試作品の分解と分類と廃棄をかなりやっつける。ぼくの席に以前座っていた人の遺産が多すぎるんである。
特記事項なし。
遅刻する。
会社をとっとと抜け出して歯医者さんに急ぐ。やや遅刻。
「萌えしゃんどん」に寄る。3回め。
前回時間がなくて間に合わなかった、まりも嬢の写真を受け取る。あと、前回「バチカン市国」って言おうとして、まちがって「バチコン」と言いかけてしまったのをまだ覚えられていた。きゃー、恥ずかっしーい。
カレーが売り切れだったので、カレーピラフを食べる。すぐに出てくる。
派手に遅刻する。
特記事項なし。
特記事項なし。
行き先だけは多い休日。
歯の治療でまたまた電車に揺られて一時間半。もう派手に遅刻する。ピンクのマドモワゼルに歯の表面を削ってもらう。
難波の「モンタージュ」へ。今日のイベントはとっても出演者が多かった。
萌たんの出番はかなり後のほうで、時間も前回ほどにはなかったので振付や台詞の指示が少なく、残念ながらお客はあまりついてこない。萌たんの口調に焦りが見えた。あと、後列から見ていたので生着替え部分の魅力が半減して、残念に思った。写真をたくさんと、手描きの「乙うちわ」を買ってきた。
ケイたんはぞうさんギターを抱えて、一人で弾き語りで出ていた。本当に一人でやるんだなあと驚いた。ずいぶん堂々としてきて、久しぶりに見たらえらい違いだ。
とくに注目していなかったペロペロキャンディーズが、思いのほか強力だった。うわー。どうしよう。
前回驚かされた猫のおねいさんは出なかった。いったい、あの「ネコ」と書かれていたのは誰のことだったのか。ぼくは、あの猫のおねいさんをまた見たい。ああ見たいのだ。
「萌えしゃんどん」に寄る。4回め。
また時間がなくて受け取れなかった、まりも嬢の手作りパフェの絵入りコースターを受け取る。えらい時間をかけているようだった。見たところ絵なんか描きなれていないようなのに。この店はメイドさんがいっぱいなので、こんなこともできるんだろう。
前回食べられなかったカレーを食べる。ビーフカレーを頼んだのだが、この、肉のような具材はいっぱいなんなのだろう。手作りが売りなのだが、残念ながらおいしいとは思えなかった。で、すぐに出てきた。次にお帰りできるのはいつになるやら。
「ホワイトローズ」123回め。
ビールを飲んですぐに出てきた。
かくのごとく寄り道して、さらに自分の稽古に向かう。また遅刻。
目立ってしょうがない。
黒服に黒帽子で絵を撮りにいく。
黒服と黒帽子のまま「ホワイトローズ」へ。124回め。
衣装のままだったので、めぐ姐にこの機会に写真をと言われたのに撮ってもらうのを忘れていた。あとチルたむには、どういう心境の変化かと問われた。時間切れですぐお出かけする。えらく目立っている。きっとピンクじゃないからだ。
黒服と黒帽子のままで稽古場へ。雨がやまない。
特記事項なし。
午前8時10分ごろ。駐車場の券は残り3枚ぐらいのところでなんとかもらえた。
特記事項なし。
辛くない。
会社を昼で抜け出して歯医者さんに向かう。その前になにか食べたい。京橋は大阪ビジネスパークにある、スープカレーの「心」に寄る。
辛さ「100」まであるのだけれど、はじめて入ると基準がよく分からない。「骨つきチキンのスープカレー」の辛さ「100」を選んだ。100と言ってもまったく驚かれないので、さほど辛くないんだろうかと不安になる。
で、いま食べている。ずいぶん薄味だ。辛さもたいしたことはない。味は辛くてすっぱい単調なもので、香りもたいしたことはない。
よほど味覚が敏感な人が食べにくるのだろうか。ぼくには、おいしくない。
電車の中で意識を失う。気がついたら鳳に着いていた。歯医者さんに向かう。
歯石を削っているうちに、4本めと5本めの虫歯が見つかった。やはり、過去に埋めた詰めものの下で虫歯が再発していて、歯石を削ったらうっすらと黒っぽい像が観察された。
4本めの白い詰めものを削って、虫歯の部分を掘り返して、また白い詰めもので埋める。先日、前歯(2本め)を埋めたときと同様に型は取らない。まず、粘土のようなもので埋める。ピンクのマドモワゼルがときおり「光をあてます」と言っていた。口の中を目視しやすいように明るく照らしているというわけではなく、光硬化性の材料であるらしかった。
最後に噛み合わせを観察しながら、詰めものの天井部分を削ってできあがり。次回、5本めの治療で通院は終了という見込みとなった。長かった。
その帰り道、鳳駅で大きな声が聞こえる。ホームに向かうと駅員さんがいっぱいいる。快速の連絡を待っている天王寺行き各駅停車の車内に、騒ぎの中心があった。吊革を止めているねじをドライバーで回している人がいる。
彼はすでに後ろから服のすそをつかまれていて、プラスドライバーでまたつり革を締め直す。締め終わったところで大勢の駅員さんに引っぱられて行く。「悪かった、もうしない」というような台詞が聞こえる。まわりから聞こえてくる話によると、以前からつり革が盗まれる事件があったのだという。
「萌えしゃんどん」に寄る。5回め。
ハンバーグプレートを食べてみた。カレーと同様に手作りを期待したが、残念ながらそうじゃなかった。
このような寄り道のせいで遅れる。
寒い。
寒い。ああ寒い。寒い中、また絵を撮りにいく。
空腹と寒さが重なる。なにかを食べなければという危機感に動かされて、ぼくは駅の売店でお菓子を買った。明治製菓の「Fran」のいちご味であった。グリコの「ポッキー」をやけに豪華にしたみたいなお菓子で、ピンクのいちごソースが分厚い層をなしている。箱を捨てずに持っていたのだが、あとでながめてみたらば、なにやら抽選で当たるというじゃないか。サマンサ(タバサのほう)のポーチが当たると書いてある。よし応募だ。非売品だし。
で、詳しいことが分からないから、箱に印刷してあるQRコードを携帯電話さん(色がピンク)のカメラで読みとって明治製菓のwebサイトを読んでいくと、この懸賞のためにはお菓子の箱の内側に印刷された番号を送信する必要だと分かり、そのためには会員登録が必要だと分かり、そのためには携帯電話からメールを送って自動的に返信されるメールを読む必要があると分かり、そのためには明治製菓からのメールを受信拒否から外す必要があると分かった。
そんなことを出先で一つ一つやっつけて、「Fran」の箱の内側に印刷された番号を登録するにいたった。さあどうだ。
どうも、サマンサのポーチに応募するには「Fran」の番号が3個必要らしいと分かった。サマンサのポーチにはピンクのと黒いのがあることも分かった。あと2個か。帰ってきてから、駅前のコンビニエントなストアーで、残っていた最後の二箱を買う。ココア味。
もつ鍋の店に入ってもつ鍋を食べる。黒糖の焼酎があった。名前は、なんとかの暁というような名前だったが思い出せない。これを飲む。
九条シネ・ヌーヴォに「電撃BOPのセクシーマザーファッカーズに!!」を観に来た。
なんだかもう一生観ることがなさそうな題名なのだが、仲間が出演するという話は知っていて、気がつけばいつの間にか上映が始まっていたので連れだって観に行った。話の説明はぼくには書けない。どんな暗黒なものを見せられるのかと思っていたが、これがまたおもろかった。小さい劇場でがははと笑う。でもやっぱり暗黒だった。
長い一日が終わる。今年はもう観たくてたまらねえ映画は「エコール」を残すのみと思っていたが、唐突にエラいのがきた。あと、夏に前編を観ていた「デスノート」の後編が残っていた。
特記事項なし。
3回もお帰りしてしまった。
いつものように歯医者さんである。いつものように土曜の午前は混んでいる。
5本めの治療もまた前回同様に、白い詰めものを砕いて取りのぞき、虫歯の領域を削りとる。そこにやわらかい何かを詰めこんでいく。前回とは作業手順が違って見えた。最後に、歯の表面の着色を取りのぞく。高圧の液体を歯にぶつける。今日で終わりかと思っていたが、まだ続く。
梅田の「シネ・リーブル梅田」に移動して、今日から上映される「エコール」の券を買っておく。
「ホワイトローズ」へ。125回め。
めぐ姐とさゆこ嬢と写真を撮ってもらう。
「シネ・リーブル梅田」にて「エコール」(原題は「Innocence」)を観る。
で、観終わる。少女だけが閉じ込められた学校。6歳の少女が棺桶に入れられて運び込まれ、ここでバレエを習う。外界から隔離されて抜け出すことはできない。で、12歳になると卒業していくというふしぎな空間のお話。最初から最後まで後ろめたかった。二人で来なくてよかった。こりゃあ人には勧められない。
ぼくは映画の暗い場面がくると意識が遠くなるということを思い出した。少女が少女の脚を草で痛めつけている場面で目がさめた。あと、ビアンカが部屋でこっそり皮の手袋の感触を確かめるところが過剰にエロティックでよかった。
気がつけばそばの客席から寝息が聞こえる。この、許されざる過剰な美しさ、今度は途中で寝ないでのぞき見たいものだが、上映はいつまで続いてくれるやら。
「ホワイトローズ」へ。126回め。
ひなつ嬢とななみ嬢と写真を撮ってもらう。
また稽古。お菓子を持ち寄って食べる。その中に「Fran」のカカオ味も混じるのだが、いちご味のほうがよかったと不評だった。
「ホワイトローズ」へ。127回め。
会員限定の1周年イベント、鍋パーティだった。日付が変わったころに、オーナーに有志で買った白いバラの花を渡す。そこで、半年でつぶれると思っていたが1年続けることができた、と挨拶があった。
あん肝がえらくうまかった。甘い。酔いが回ったマツモトさんに写真をほめられた。美しい絵は誰でも撮れる(ホンマかいな)が、ぼくのはあんまし美しくないのがいいのだそう。
出禁(「出入り禁止」の略)になった人の話とか、ふだん聴けないような話を聞く。ぼくは100回以上お帰りしたといっても、平日にもお帰りするヘヴィー級の人たちのようにはいかない。ぼくがここ5日間寄らなかった間にメイド喫茶でどんな事件が起こっていたなんて知るよしもないが、知っている人は知っている。濃い話を聞いてしまうと、そこへまた一歩近づいてしまう。
もともと寝不足だったところへ、調子に乗って飲み過ぎた。午前4時ぐらいに動けなくなる。椅子で寝る。かといって眠れるわけではなく、苦しいのをこらえ続ける。
店に魚のにおいが残るのが心配だ。後片付けを手伝う余裕がなく、朝5時半に店を出た。
6個買う。
「ホワイトローズ」へ。128回め。
ちょっと魚のにおいがする。昨日と今日はコスプレの日らしくて、メイドさんの衣装じゃない。写真を撮ってもらうのを忘れていた。
はじめて訪れたらしいご主人が、廃虚の写真集を時間をかけてながめていた。みんなして廃虚に萌え萌えするがいいのである。レッツ廃虚なのである。
なかなか見つからなかった「Fran」のいちご味を置いている店があった。7個あったので6個買う。稽古場で広げて食べる。
不安になる。
延期する。このままなくなるのではないかと、不安になる。
少しだけ早く帰る。
会社を昼で抜けだす予定が、なかなか抜けだせない。こうなると半日の休みをあきらめそうなもんだが、あきらめることはかなわず、定時の1時間前に会社を出た。
2時間半遅刻。もう怒るのを通り越していた。
特記事項なし。
特記事項なし。
。
夜になると、全身がだるい。寝床に入っても眠れない。寝たいのに眠れない。
点滴。
病気のことを書くのが楽しくってしょうがなく、苦しみながらも文章を考えていた。できることなら苦しんでいる最中にキーボードを叩きたいものだが、残念ながらいま1日遅れでこの日記を書いているから、病んだ4ビットの脳の覚えたであろう感動を書きつけることができないのが残念だ。
2年ほど前にウィルス性腸炎というもので一晩苦しんだことがあるのだけれど、あれほどにはひどくはない。とにかく寝たいのに眠れず、ときどき意識がなくなるのだけれど、また目が覚める。こういった拷問のような過ごしかたは、なかなかに絶望的であった。自覚症状としては、熱はなく、嘔吐感があるけれど吐きはしない、強い脱水症状がある、というものである。
朝になって病院に向かう。診察開始が9時で、その5分前に病院についた。わたしの2倍以上生きてらっしゃる方々がもっと早くから集まっているので、待ち時間がけっこうある。じっとしているのもまた、なかなかに絶望的であった。医師の話によれば、嘔吐と脱水症状はいまえらく流行しているのだそうで、職場や家でも似たような話を聞いた。
一時間ほど横になって点滴を打つ。こうして歯医者さんに行く時間はなくなった。
歩ける。あたし歩けるわ!! 点滴を打ったら背筋を伸ばして歩けるようになった。
「シネ・リーブル梅田」にまた「エコール」を観に来た。へんてこな映画で、2度観てもやっぱりわけが分からなかった。
稽古は無理だと思い、そのまま帰る。
同行人の前ではウィルスたちも活動を待ってくれていたようなのだけれど、一人で帰りの電車に乗ってつり革を持って立っている間に、乗り換えの電車を待つ間に、どんどこ彼らは元気になってきた。電車の扉が開くごとに寒くってしょうがない。
拷問タイムが終わり、駅を降りるとまた寒い。駅前の駐車場に停めているバイクに乗るのはあきらめて、タクシーに乗って帰る。
今度は眠れた。
回復。
ずっと眠っていたわけではないけれど、寝たり起きたりしていた。朝には食欲がある。昨日は食べられなかった夕食のカレーを朝から食べる。2杯食べる。やっぱりスパイスが好きだ。かなり好きなのだ。