千田好夫の書評勝手

公民の教科書にウンチをしたのは誰??

おかしな教科名だが、『公民』は中学三年生で習う教科書だ。読んでみると、昔の『政経』。『政経』というと政治や裁判の仕組み、経済用語や資本主義の仕組みを説明するものだった。重要だが、無味乾燥で覚えるのも一苦労だった。

ところがこの『公民』は、全くそうではない。まず、第1章「現代社会とわたしたちの生活」では、「現代社会の成り立ちがわかれば、いま社会では何が問題になっているのか、どうすればいいのかその手がかりをみつけていく」として、今の社会での暮らしがどのようにつくられてきたのかを調査することから始まっている。そうすると、たとえば、電化製品が人々の暮らしに入ってきた様子を調べると、電気釜から始まりパソコンまでの移り変わりから、「高度経済成長」といわれる期間が1950年代中頃からほぼ20年間にわたってあったことがわかってくる。

高度成長を経た日本は、「飽食と物があふれる国」になっており、その日本へアイスクリームや洗剤の原料となるパーム油を輸しているマレーシアでは、パーム油をつくるため原生林が乱開発され、見わたす限りのアブラヤシの栽培林になっている写真が紹介される。私たち日本人の「なにげない豊かな」生活が熱帯林の急激な減少の一因になっているのだ。

かなりドッキっとさせられる先進的な内容だ。この豊かな国と貧しい国の格差が広がる国際社会は、国境を越えたNGOなどの活動やインターネットを介して市民同士のつながりが広がる社会でもある。そのグローバル化された世界で日本の役割や、私たちのできることを考えていくことが学習の目的である。

それを考えるには、何も直接外国へ行かなくともよい。たとえば浜松市では日系ブラジル人をはじめ外国人が住民の4%をしめるほど、他文化社会が進展していることが指摘される。さらに日本には、過去の植民地支配の関連から60万人以上の朝鮮人が住み、先住民としてのアイヌの人々がいる。かれらは日本の同化政策で民族としての言語や文化をないがしろにされてきた歴史がある。

ここから第2章「人間の尊重と日本国憲法」へとつながっていく。いきなり憲法の勉強ではないのだ。詳しく説明することはできないが、「男女共同参画社会」と言われながら、年齢別女性の「労働力調査」がみごとなM字曲線を描くこと、子育てや介護が女性に任せられがちな「性的役割分業」の実態。クローン牛や人ゲノムの研究の発達とそれによる差別の可能性と「遺伝子診断を受けない生き方」までが紹介される。ここで人権の尊重の意味を考えたことが、第3章の「現代の民主政治と社会」とつながる。そしてあの昔退屈だった国家機構の説明があるのだが、それがなぜ三権分立の形をとるのかが説明される。これまでの流れから人権を守りながら人々の意見をまとめる仕組みとして現れてくるのだ。

第4章からは経済だ。ある町の絵地図が示され、もし君がハンバーガーショップを開くとしたらどこに開店するだろうかと問いかけ、その理由をきく。そこから生産と流通、消費の流れが紹介され、市場でどのように価格が決定されるのか説明される。独占禁止法、労働組合、消費者保護の理由と仕組みがここから説明される。市場経済の外に福祉があり、国や地方の財政がそれを担っているが、それが少子高齢化の中で規制緩和・市場経済化されつつあることが指摘される。

この経済は貿易なくして成り立たないので、第5章で再び冒頭のグローバル化された国際社会の問題にもどっていくことになる。エネルギー問題、環境破壊、温暖化、世界の飢餓問題が指摘される。民族紛争や国際テロ、パレスチナ問題までとりあげられ、国際社会がうまく機能するためにはどのような仕組みが必要か、という問いかけで締めくくられる。

内容的にかなりおもしろい。現代社会の論点がいくつもあって、学習へどう導くかよく考えられている。ところが、「北方領土、竹島、尖閣諸島は日本の固有の領土である」ことを主張する地図が国際関係を説明する頁の中に掲げられている。これらの領土問題は、過去の植民地支配やアイヌに対する同化政策と密接に絡んでいる。それを抜きにすると、感情的な排外主義以外何も生み出さない。この教科書の記述の流れからは全く異質である。

これは検定を通すために、著者側がとってつけたように挿入したのだろう。先月号の絵本ではないが、「誰だ?ここでウンチしたのは」と思わずにはいられない。子どもたちがどのような教科書で教育されているのか、関心を持って見ていく必要がある。