ヨーグルト菌の分離と
コッホの原則
 




準備と手順
準備する物
MRS培地*1:プレート(シャーレに流し込んだ培地)20枚程度  
炭酸カルシウム:適量(MRS培地添加用、培地の1%程度)
ヨーグルト:菌を釣り上げるためのもの、少量
牛乳:釣り上げた菌を接種するためのもの、1000ml
白金耳
インキュベーター(できるだけ40〜45℃)
手順
1.ヨーグルトからヨーグルト菌を分離し、純粋培養する。
2.分離した菌を牛乳に摂取し、ヨーグルトができるかどうか確かめる。
3.できあがったヨーグルトから再び菌を分離し、初めに分離した菌と比較する。



・ヨーグルトは、ヨーグルト菌による発酵食品

 ヨーグルトは、牛乳がヨーグルト菌と呼ばれる乳酸菌によって作られる発酵食品であることが知られています。また、いくつかの市販品のナチュラルヨーグルトはヨーグルト菌が生きたまま入っているとされ、そのようなヨーグルトを少量牛乳に入れることで、ヨーグルトを自作できると知られています。
 ここで、ヨーグルトからヨーグルト菌を釣り上げ、単離した菌を用いてヨーグルトを作成し、「コッホの原則」を確認しましょう。

1.ヨーグルトからヨーグルト菌を釣り上げる

 今回は、明治ブルガリアヨーグルトからヨーグルト菌の分離を試みます。メーカーの公式サイトによると、このヨーグルトはブルガリア菌2038株とサーモフィラス菌1131株の2菌株を併用しているそうです。従って2種類の菌株が釣り上がる可能性があります。サーモフィラス菌のほうがスターターとして用いられているそうなので、こちらのほうが生育が早く、釣り上がる可能性は高いと考えられますが、とにかくやってみることにしましょう。

 このヨーグルト製品は密封パックしてあり、ヨーグルト菌以外の微生物はほとんどいない状態が維持されていると考えられるので、画線法によって釣り上げることにします。画線法は、サンプル内の微生物がある程度限定的である時に有効な方法です。

白金耳 右写真は、白金耳と呼ばれる道具の先端部です。全長25cm程度の棒で、これを利き手に握り、先端部で微生物を扱います。ディスポ商品もありますが、一般的にはこのような金属製を用い、適宜クリーンベンチ内のガスバーナーで火炎滅菌しながら使います。もちろん、火炎滅菌した直後は先端部が高温になっていて、そのまま微生物に触れると対象微生物を殺してしまうので、先端冷却用の寒天培地などを用意しておきます。
先端部は用途によって様々な形状にします。一般的にはL字型のものは糸状菌を扱うのに用い、直線状とループ状のものはバクテリアに用います。

 予めヨーグルト菌用培地(MRS培地)に炭酸カルシウムを添加(量は適当でOKですが、大目が良い)して滅菌し、プレート(シャーレに流し込んだ培地)にしておきます。炭酸カルシウムは水に溶けませんので、プレートにするとき、なるべく均一な懸濁液になるようにします。このプレート上にループ状の白金耳の先端に付けたヨーグルトをなすりつけていきます。

 画線の引き方(白金耳の先端のなすりつけ方)は色々ありますが、目的はバクテリアを単離(コロニーが連続せず一つ一つに分散)させることです。サンプル内のバクテリアがかなり多いと見込まれるときは、白金耳の先端が同じ所をなすらないように気を付け、先端から培地にこすりつけるバクテリアがまばらになるようにします。下図は引き方の例ですが、コロニーが一つずつ離れるのであればどのようなやり方をしてもかまいません。


画線 画線
 画線を引いたら、シャーレに蓋をしてインキュベーター(恒温器)に入れます。ヨーグルト菌は40〜45℃の温度帯を好みますから、この温度を設定してやると早くコロニーが出ます。


2.単離と培養

ヨーグルト菌画線

 画線を引き数日培養したプレートが、上写真です。画線を引き始めた左上スタート地点では、バクテリアのコロニーが連結し、粘液状の物が連なっています。画線が進むにつれ、円形の独立したコロニーが現れています。また、コロニーの周辺の培地の色が薄くなっています。


ヨーグルト菌画線

 同じプレートを光にかざしてみたのが上写真です。コロニー周辺の培地は、それ以外のところよりも透明になっています。この培地は、水に溶けない炭酸カルシウムを添加しているので、元々濁っていました。濁りがなくなったということは炭酸カルシウムが変化して水溶性物質になったことを示しています。
 ヨーグルト菌が乳酸を生産することは、既にご存知でしょう。乳酸と炭酸カルシウムが出会うと、カルシウムは炭酸から離れ、乳酸と手をつなぎ、乳酸カルシウムになります。乳酸カルシウムはよく水に溶けますので、このように乳酸のある場所(ヨーグルト菌コロニー周辺)で培地の白濁が消え、透明になるのです。(もう少し培養を進めて大量の乳酸が生産されると、クリアゾーンがはっきりしてわかりやすくなります。)
 コロニー周辺の培地の透明化により、乳酸の生産がほぼ確認できました。このことから釣り上げたバクテリアは乳酸菌(ヨーグルト菌)であると考えられます。

 単離されたコロニーを白金耳で触れ、もう一度画線を引きます。コロニーは数億個のバクテリアの集合体ですが、円形に単離されたコロニーは元はたった一つの細胞で、培養が進むにつれて分裂し肉眼で確認できるようになったものです。従って、単離によって「元は一つの細胞」である(遺伝情報が同一である)バクテリアを入手することになります。(重要な作業です。)

3.牛乳への接種

 培地の透明化により、ほぼヨーグルト菌の分離を確信していますが、この菌が本当にヨーグルト菌かどうかを確認するため、牛乳に接種してヨーグルトが生産されるかどうかを確認します。
牛乳

 市販の牛乳は滅菌処理が施され、密封容器の中では雑菌がほとんどいないと考えられます。牛乳のようなタンパク質に富む物質をオートクレーブにかけると変質してしまうので、未開封の市販品を丁寧に分注することで滅菌状態を維持することにします。小型フラスコはシリコン栓をはめた状態で滅菌してあります。

牛乳への接種

 こうして分注した牛乳に単離・培養した菌を接種します。接種方法は画線を引いたときと同様に、先端がループした白金耳でコロニーを掻き取り、分注したフラスコ内の牛乳に白金耳を浸して菌を牛乳に入れます。

 接種し終えたら40℃で培養します。ヨーグルト菌は通性嫌気性であることが知られているので、静地して培養します。

4.ヨーグルト完成の確認

ヨーグルト

 1日後、取り出すと液状だった牛乳がどろりとし、「ヨーグルトの臭い」もしていました。試食すると確かにヨーグルトです。

ヨーグルト

 pHを計ると、pH4.4まで下がっています。牛乳は酸性になるとホエー(乳清)が分離し、どろっとした物が得られます。今回は、ヨーグルト菌によって牛乳の乳糖が乳酸に変化し、それによって酸性になり、どろっとしたヨーグルトになったと考えられます。

 市販品のヨーグルトからヨーグルト菌を分離し、その分離菌を用いてヨーグルトを作ることに成功しました。

5.バクテリアの再分離

 こうして自作したヨーグルトから、もう一度バクテリアを分離します。(手順は最初の分離作業と全く同じです。)ここでは簡易的に、炭酸カルシウムの水溶化やコロニーの色、形状から最初に分離したバクテリアと同じ物が再分離されたことを確認しました。

6.コッホの原則

 上の実験で行ったことを整理します。
1.ヨーグルトからバクテリアを単離・純粋培養した。
2.その分離菌を牛乳に接種し、培養することでヨーグルトを作ることができた。
3.作ったヨーグルトからは、初めに分離したバクテリアと同一とみなせるバクテリアが再分離された。

 このような作業から、明治ブルガリアヨーグルトには生きたヨーグルト菌が含まれていて、その菌の作用によってヨーグルトが生産できることを明らかにしました。
 この確認作業は「コッホの原則」に従っています。コッホの原則は、本来は医学病原性微生物に対して定義されている「病原菌による疾患であることを確認するための条件」で、以下の項目となっています。

1. ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
2. その微生物を分離できること
3. 分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
4. そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること

 ただし、1と2を1項目にまとめ、「三原則」とすることがよくあります。コッホの原則は必ず試験に出ます。

 実際には医学領域でコッホの原則を確認することは困難なことが多いようです。2005年のノーベル生理学・医学賞は西オーストラリア大のバリー・J・マーシャル教授とJ・ロビン・ウォーレン医師に授与されましたが、これは実験としては「ピロリ菌が胃潰瘍の原因菌である」とコッホの原則に従って実証したものです。胃は酸性度が高いため微生物はいないだろうと信じられていたことや、動物実験での再現が難しかったことから当初二人の主張は疑われていましたが、様々な困難を乗り越えて実証されました。
 コッホの原則は発酵食品等では比較的容易に確認できます。実験を通じて原則をよく覚えましょう。



*1 MRS培地組成
細菌用ペプトン10g
酵母エキス4g
ブドウ糖20g
Tween801ml
リン酸水素二カリウム2g
酢酸ナトリウム5g
クエン酸三アンモニウム2g
硫酸マグネシウム0.2g
硫酸マンガン0.5g
肉エキス10g
寒天12g
蒸留水999ml
pH6.2±0.2

培地組成は、教科書によってはやや異なる成分量になるかもしれません。また、現在では各メーカーから調整済みの合成培地(粉末)が販売されているので、水に溶かすだけでMRS培地を作ることができます。