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培地作りが 料理に似ている理由 |
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1.微生物学の始まり 微生物による発酵作用は、古くから人々に利用されてきましたが、人々は発酵作用が微生物によるものだとは知らずにいました。そもそも人々は微生物という存在を知らず、それを初めて知ったのは、アントニ・ファン・レーウェンフックです。世界で最初に顕微鏡を作った人として知られていますね。彼は自作の顕微鏡で池の水を観察し、そこに微小な生物が活動していることを確認しました。1674年のことでした。このとき彼が観察したのは、原生動物でした。 レーウェンフックは顕微鏡の改良と観察を続け、1683年にバクテリアを観察します。それは歯垢をかきとって観察した結果でした。彼は精液を顕微鏡観察し、精子の存在も明らかにしました。また、微生物の誕生と死を観察したことから微生物・微小動物の自然発生説を否定することになりました。 2.近代細菌学へ レーウェンフックは身の回りの物を徹底的に顕微鏡観察することで微生物学という分野をスタートさせましたが、本当に科学分野として確立するのは、およそ200年後、ルイ・パスツールが腐敗は微生物による作用であることを証明し、続けて低温殺菌法を確立し、同時代人のロベルト・コッホが様々な病気が細菌病であることを証明するまで待たなければなりませんでした。パスツールとコッホは、近代細菌学の開祖と呼ばれています。 レーウェンフックが微生物の自然発生説を否定したことから、やがて腐敗や発酵や病気は微生物の作用ではないかという推測も出てきましたが、それを証明するのは容易ではなかったのです。1800年代の初めには既に瓶詰・缶詰の技術が確立し、加熱密封した食品は腐敗せずに長期保存できることが明らかになっていましたが、これは空気が遮断されたために腐敗しないのだと考えられていました。当時は、腐敗は物質の化学変化(酸化)であるという考え方が主流だったのです。 3.パスツールによる腐敗の証明 そこで、パスツールは、腐敗の原因を解明するために、スワンフラスコ(パスツールフラスコ)という首が上下に大きく湾曲したフラスコを作成しました。そして中にスープを入れ、加熱処理を行ったところ、数日後加熱処理したスープは腐敗していませんでしたが、非加熱のスープは腐敗しました。フラスコの首の構造からフラスコ内には空気の出入りがあり、加熱処理後のスープが腐敗しなかったことにより、 「腐敗は空気による化学変化ではない」 と証明されました。そして加熱処理の有無が腐敗に関与したこと、腐敗スープには微生物が観察されたことにより、腐敗は微生物による作用であると証明されたのです。1861年、レーウェンフックの時代から200年後、微生物学が博物学の範疇から脱却し、科学となった瞬間でした。この証明の基本的な考え方は、コッホの原則と共に「科学的に証明する手法」の先駆けとなりました。 この腐敗証明を元に、パスツールは低温殺菌法(パストリゼーション)を確立し、ワインの品質保全に一役買います。なお、日本酒製造過程でも「火入れ」と言う加熱処理があり、1500年代半ばの日本では経験的に低温殺菌法が知られていました。 19世紀後半はこのように微生物学が飛躍的に発展し、医学・衛生学・食品保存および発酵食品製造分野に大きな変化をもたらしました。 4.かくして食品が培地になる このように、食品の腐敗の原因は微生物であると証明されたことが微生物学の発展に繋がったことや、多くの生物は別の生物を食べることからの連想もあったのでしょうか、人の食品が微生物の餌(培地)として使用されるようになりました。例えば、肉エキス培地、ジャガイモ煎汁培地、コーンミール培地、V8ジュース培地、麦芽エキス培地などがそうした基礎的培地です。以前わたしは古い文献を辿っているうちに、肉エキスの作り方として 「牛馬の首肉を煮込んで作る」 という文章を見たことがあります。この培地はよく使われる培地で、現在では肉エキスというペーストや顆粒状の抽出物が販売されていて、それを使うのが一般的です。ジャガイモ煎汁培地(PDA -potato dextrose agar-)はジャガイモを煮て、煮汁だけを取り出し、ブドウ糖と寒天を加えたものです。コーンミール培地(CMA -corn meal agar-)は、トウモロコシ粉と水と寒天で作るものです。両者とも現在では合成パウダーが販売されていて手軽に作れます。ただ、メーカーによって若干組成が違うらしく、某社のCMAが製造中止になった後、別のメーカーの物を取り寄せたら微生物が育たなくなったと相談されたことがわたしはあります。このときは手持ちのコーンミール(トウモロコシ粉)を分けてあげて事なきを得ました。 これらの天然物培地だけでなく、個々の微生物の栄養要求性や選択培地(特定の微生物だけを培養できる培地)の探索等から、人工化合物のみを素材とする培地も現在では数多く開発され、使われています。しかし、微生物によっては合成培地では長期保存できなかったり、胞子等の生産が良くないことがあります。おそらく合成パウダーには欠けている微量要素などがあるのでしょう。 また、こんな問題もあります。V8ジュースは米国キャンベル社製の野菜ジュースで、V8ジュース培地と言えばこの商品を使うことになっています。ただし、輸入品になるので日本国内では安価ではなく、あまり売れ行きが良くないためか手に入りにくく、探すことが多かったものでした。また、最近(2008年春)の噂で、輸入中止になるとも聞きました。多分国内産の野菜ジュースで代用できると思うのですが、ちょっとした組成で微生物の生育や代謝産物が変化する可能性があるので、困惑しています。論文にも書きにくくなります。最初にV8ジュースを使った研究者は、手軽で丁度良いと思ったのでしょうけど、後世までの実験手法の再現性を重視するなら、PDAのように原料から誰でも作れる培地を考案・使用するべきでした。 そんなわけで、実験室内でわたしはジャガイモの皮を剥いたり、乾燥トウモロコシ粒を挽いてコーンミールを作ったり、時には麦の種子を入手して水に浸して発芽させ、麦芽を得るという酒作りのような作業を行っているのです。言うまでもなく、貧乏な学生時代には茹で終わったジャガイモはわたし自身が食べていました。 【余談】 ![]() コーンミールは、輸入食材店で扱われているそうですが、地方ではあまり見かけません。ネット通販では買えるそうですが、わたしの勤務先はネット通販を利用できないシステムなので、コーンミールは自家製で確保しています。購入したスィートコーンを室内で吊って干からびるまで放置し、その後破砕するだけです。ホモジナイザーやビーズショッカーを使う必要はありません(別に使っても良いけど)。家庭用のコーヒーミルやフードプロセッサーでも培地用には充分な粒子に粉砕できます。前述のように合成パウダーは何かの拍子に使えなくなることもあります。現在では手軽さから合成パウダーを使うことが多いでしょうが、こうした天然物培地を準備できるように組成や材料を知っておく必要があります。 *2008.09.06.追記 上に「キャンベルV8ジュースが輸入中止になるらしい」と書いたところ、キャンベル社から以下のメールをいただきましたのでご紹介します。
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