MagMell Diary(最新7日分)

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最新7日分

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2020年2月18日(火) エロロリ絵

ラブライブ!高海千歌さん、西浦みかん大使コラボ展示、ブース撤去に。
 先日、献血のポスターの是非について「この程度のエロロリ絵なら、メリットのほうが大きいから良いかもしれないと思う気持ちが先だったが、後からやはりこれは公然と女の性性を消費しているものではないかという気持ちが沸いてきた。是非について気持ちの決着はついていない。」と書きました。そうしたところで上リンクのような記事を見つけた。
 先に結論を言うと、わたしの感覚では高海千歌というこのキャラ絵パネルは、こういう場所(誰でも来ている大型ショッピングモール)に展示されるのはだめだと思う。なんで献血のほうが微妙なのに、こっちがだめなんだろうと考えてみた。明白な理由かどうかわからんが、わたしは乳房は母性でもあるしなと感じているが、股間はストレートに性を売り物にしていると感じるからかもしれない。このパネルがコミケなどにあるのや、アニメグッズ専門店のこの手のコーナーにあるのは全然気にしない。エロ本が売られているのと同様に、その手の個人的消費に応えるために売られるのは別に問題ない。しかし農産物販促イベントでこれはまずいだろう。絵を描いている人は、服の皺か影にみせかけて股間を透けて見えているかのように意図的に描いている。プリーツの襞はこんなふうな影にならない。そもそもプリーツは布が二重になっていてかさばるからこんな風に股のラインにここまで沿わない。椅子に腰掛けていればプリーツスカートを股に巻き込むこともありえるが、それはそれで性的な絵柄だと思う。またまずいことに同じ衣装を着せた若い女性をパネルの横に立たせている。この女性はそういうタレント活動をしている人で自分を見る男性の性的な視線と妄想を受け入れているのだろうが、この状態(エロ絵の横に立って性的に消費される実在の女性)をショッピングモールで大勢が眺めるのはわたしは良いとは思えない。中止になるのが妥当じゃないのか。

「宇崎ちゃん」献血ポスター、なぜ議論がこじれるのか
 なんか悩ましく思って改めて献血のときのことを探ったら出てきた記事。オタクとしてこの手の絵柄を消費してきている男性からの「これはだめです」という意見となぜこんな対立になるのかを考察したもの。

 改めて書くが、こういうジャンルの萌え絵やアニメがあることは問題ではない。性的な消費は個人の領域内で行うものだ。それなのに不特定な一般市民の前に個人の性的要求を満たす物を晒し、その性的嗜好をエサにして釣って、更にその目的が比較的公的な利益をもたらすようにするというのは好ましくないと思うのだ。献血という良き行いを募るためにはエロ絵を使っても良いとなると、最終目的が善行であればその過程に何があってもかまわないことになる。それは違うよね? ただ線引きは本当に難しいし、過程にこだわりすぎて目的を見失うのも困る。

 絶対だめ、というほど強い意見ではないのだが、わたしはこれはちょっと考えた方が良いと思う。

2020年2月16日(日) 久しぶりに二日酔い

 昨夜は、仕事関係の人たちと飲み会でした。1軒目はイタリアン系のお店でワインをうまうまと飲みました。美味しかったねー。つい誘われて2軒目に行ってしまう。今度は日本酒。・・・うう。やっぱり日本酒は怖いな。久しぶりに二日酔いです。
 そしてわたしたちは医者ではないけれども微生物屋なので、流行のウイルスのことも話したが、やはり全員
「もうどこにいても感染はするって」
だった。手洗いうがい、多少のアルコール消毒。(昨夜はわたしたちは体の中からアルコール消毒をしたw) そういう予防はするべきだけど、隔離とか意味がない。(だってクリーンルームに隔離するわけじゃないんだし。) 死亡率はたったの2%、しかも70歳以上のお年寄りがほとんど。普通のインフルエンザとして扱うべきだろう。今はまだワクチンもできていないので、病院に行ったからって覿面な治療方法はない。栄養剤点滴と自分の体力に頼るだけ。ちょっと騒ぎすぎなんだよなあ・・・。

選択的夫婦別姓・全国陳情アクション(公式)クラウドファンディング中!
 お、これは。参加しよっと。

チョコレート 自分用バレンタインチョコレート。今年は光秀にしてみたよ! 紫のチョコレートプレートで飾ったやつは、「本能寺の変をイメージして唐辛子を入れたガナッシュに、光秀のシンボルカラー紫を配置」とのこと。これ、本気でわたしには辛かったw


蕎麦 朝起きたときは二日酔いだったのだが、その後回復したのでお昼はお蕎麦を食べに。



「映像研には手を出すな! 1〜5巻」(大童澄瞳 小学館)
 旅先で録画を見られないのだが、映像研欠乏症に陥ってしまったw そして本屋で大人買い。荷物増えるっちゅうにw いやしかし、あの浅草みどりのイメージボードは即ち原作に著者が描きこんだものに違いないではないか。見たい! と言うわけで買ったのだった。
 期待通り、装置だのロボットだの背景だのが描いてあって眺めていると楽しい。そして先日わたしは「この作品に魅了されるのは、性性がないからではないか」と書いたが、なんで主人公たちが女子なのかは、ちゃんと1巻でわかるではないかと思った。別に男子で描いても成立するけれども、女子にすることでスカートが翻ったりするため、人物の動きがより明白になる。単に仁王立ちなのか、それとも直前に動きがあったのか、そういうのがスカートで表現できるじゃないか。
 すごく良い感じで青春が描かれていて、それだけでも楽しいが、漫画やアニメを愛している人はきっと、自分も描きたくなってくると思う。

「薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記」(笹生那実 イーストプレス)
 70年代にプロ漫画家だった著者について、わたしは残念ながら全く記憶がない。当時は結婚出産で漫画家をやめてしまう人も多く、著者もその一人だったそうだ。世代としてはくらもちふさこ等と同じで、デビュー直後はあちこちで臨時アシをしており、そのときの思い出を綴ったエッセイ漫画。当時人気絶頂だった樹村みのり、美内すずえ、三原順、くらもちふさこ、山岸凉子のアシをしていたとかで、アシ仲間として槇原さとるなどがいたとか、漫画を知る者にとってはなんともゴージャスなメンバーばかりだ。特筆すべきは、これらの漫画家を描くときにその漫画家の絵のタッチを再現しているところ。そして当然その漫画のシーンが模写されている。うまいわー。
 いろんなことがありつつも、美内すずえと樹村みのりには本当に影響を受けたようです。と言うか、この二人は人を育てるということを20代前半からやっていたのか、と目が覚める思いがした。あと、山岸凉子の「天仁唐草」制作秘話は面白かった。少女漫画の金字塔は色々あるけれども、あれは衝撃的でかつ文学性があると思う。あれを描くことで山岸凉子が希有な漫画家に成長したというのは、一連の作品をざっと読むだけでもわかるが、こんな風に作られたというのはファンには嬉しいエピソードだった。

2020年2月15日(土) 変な天気ー

 ものすごく冷え込んでいたのに急に暖かくなって、びっくりもあるけどとりあえずオール電化の温度調節しにくい蓄熱式暖房では室温を調整しづらくてつらい。

本の虫へ贈る、本棚のある素敵な部屋
 いいなー。ちゃんと整理した本棚のある暮らしをしたいものだ。あと、本棚が隠し扉になっているのはうらやましい。なんかワクワクするよね。

 ちょっとSWITCHが欲しくなってしまっている。将棋も良いけど「ゼルダ」もあるなあとか思ってしまって。プレイするヒマないけど。

 ところで、芸能人が薬物で捕まったとき、今現在放映中のドラマに配役することができないというのはわかるのだが、過去のCDとかも販売自粛になるのは意味がないというかおかしいよね。それと薬物の再犯率の高さ(依存性の高さ)と健康への有害度を考えると、薬物が流通するルートをつぶすことこそが重要で、手を出してしまった人をバッシングしてもしょうがない。

2020年2月11日(火) 小鳥写真

 神戸の東須磨小学校教員いじめ事件の対応をしていた教育委員会勤務の事務職の方や、新型コロナウイルス感染者の受け入れ事務を担当されていた方が自殺された。どちらも世間を騒がせていて注目度が高く、仕事が過重になってしまったのではないか。仕事を分け合う体制も必要だし、危機に対応する方策も必要だなあ・・・。お気の毒です。どれだけ大変だっただろうか。


棋士・藤井聡太の将棋トレーニング
 ほしい! SWITCH持ってないけど! 相変わらずスマホやPCでへぼ将棋を指しているので。

鳥 一昨日撮った鳥の写真を晒す。シメ、だと思う。


鳥シジュウカラ。


鳥ヤマガラ。


鳥ゴジュウカラ。



 今日は論文に取り組んでいたが、職場に置いてある古い文献を再度読む必要があるようだ・・・。だいたいは内容を覚えているが、考察に引用しようと思うと手元で参照したい。うぐぐ、だいたいの資料は持ってきたけど、古い物はPDFでなく紙媒体で入手して、自分でPDF化をしていなかったからなー。しょうがないのでその部分は放っておいて他のところに手を入れた。
 午後、ATMに行く必要があっておでかけ。少し気になるレストランがあるので遅いランチか、時間をつぶしてから早めの夕食か・・・と昨夜の段階では考えていたが、突然何もかもやる気をなくすw ああ、引きこもりの波がやってきたのだ・・・w。

食事 てなわけで夕食は手抜き。お総菜のコロッケと合鴨のロースト。GYAOの無料映画でも見るかなー。


2020年2月9日(日) ぐだぐだ日曜日

 しばれてるねー。

 夕べはテレビで「翔んで埼玉」が放映されたので楽しみました。原作のエッセンスを元に映画らしくばからしく本気で作り込んでいるのが楽しかったね!

「戦争は女の顔をしていない 第1巻」(小梅けいと 原作:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 監修:速水螺旋人 KADOKAWA)
 原作がノーベル文学賞受賞作であり、かなり生々しい最前線の様子を伝えるものであるだけに色々と話題になっています。まず、作品そのものは割とかわいらしい絵柄で残酷で厳しい状態を描くもので、独ソ戦に従軍したあまたの無名の女性たちをインタビューしたもの。徴兵ではなかったが、愛国教育の成果で自ら進んで従軍する女性は非常に多かったらしい。兵士、機関士、看護師、洗濯係等、様々な仕事についた女性からの聞き取りだ。どの女性の話にも、仕事への熱意と男に負けまい・あるいは「女だからだめだ」と言われないようにしようという覚悟が語られている。生理に対する手当を軍がしてくれないので、そのまま歩き続けなければならなかったし、ズボンについた血液が固まってガラスのように固くなり、それが股を傷つけてしまう描写、そしてそれが恥ずかしくてつらいという描写、男性物の下着を着るのが恥ずかしいという描写、これらは女性ならではのできごとだっただろう。同時に女性たちはつらさを語ってはいても、だから戦争は嫌だとは今のところ誰も言っていない。たぶん、それは、自ら選んだ従軍であったこと、結果としてソ連は勝利してドイツの占領を退けたことがあるからだろう。
 さて、この作品はちょっと微妙な反応もネット上であった。池上彰が書評で次のように書いたことが、話題になったのだ。
「声高に戦争反対を訴えるのではなく、戦時下では何が起きるのかを淡々と綴っている。だから心を打ちます。本当の意味での反戦文学だと思う。」
 これに対して
「声高に戦争反対を訴えるのはだめなのか」
「戦争にはきちんと反対するべきでは」
「戦争という問題に対して淡々とすることこそがすばらしいというのは間違っているのではないか」
という意見が出た。
 池上氏の表現も、決して新しい手法ではなく、反戦を唱うのを是とした上で強い姿勢で「だから戦争は嫌だ、だめだ、やめるべきだ」と言う手法ばかりだと受け手が飽きるから、違う方法、つまりこの場合戦争は嫌だとは直接書かないが、その現実の酷さを静かに描き続けることが目を引く、それによって反戦というメッセージがまた改めて届くというものだ。これはこれでわかる。
 でも「声高に言って何が悪い」と反発する人の気持ちもわかる。「淡々とすることが心をうつ、文学的だ」ということになると「戦争はだめだ!」とうことが下品だとか劣るとかになってしまう。そして声を上げられなくなると政治が、国家が戦争を先導しようとしたときに止められないじゃないかという思いだ。
 最近、似たような他の事例も見てわたしは困った気持ちになった。昨年、赤十字の献血募集のポスターに巨乳の少女(ロリ絵という種類になる)が描かれて、それに対して
「献血にセクハラ絵を出すのはどうなのか」
という趣旨の反発があった。この第一報があったとき、わたしは
「ロリ絵・萌え絵の中では大人しいほうの絵柄だし、こうした絵はオタクの中の若い男性の目を引くから、そうやって若い人が献血するなら別に良いのではないか」
と思った。そんな噛みつくようなことか?と。
 しかし、だいぶ時間が経ってから思ったのだが、わたしが子供の頃、70年代というのはいたるところにヌード・セミヌードのカレンダーなどが貼ってあってな。水着を着ていてもモデルのポーズは挑発的・性的なものであった。もちろん一般家庭で居間に貼られることはあんまりなかっただろうが、大衆食堂(ラーメン屋など)、銀行や個人病院の待合室、商店のレジ周辺等、普通に貼ってあった。企業の事務室などにも当たり前のように貼ってあったと聞く。わたしは女児だったのでその写真に扇情されることはなかったが、男児・男性はどうだったのであろうか。その視線を理解する年頃の女性にとっては、ある種居心地が悪かっただろう。でも、そういうものを貼るのが普通だったので、わたしはなんとも思っていなかったし、女の裸はそのように消費されていたのだ。それに対する反対運動が出てきたのは80年代半ばになってからと記憶している。日本の女性があげた声よりも、海外の、特に白人女性からの反発が効果を生んで、今ではそんなカレンダーやポスターを公共の場所に貼るのはセクハラだと理解されている。
 あの献血のロリ絵も、それと似たようなものではないか? エロを示唆するポスターで男性の献血者が出てくるなら良いではないかというメリットはあるし、この程度のロリ絵ならという感じもあるが、実際、現実的に衣類はあんな風に巨乳を演出しない。服を着ていることになっているが、あの表現は裸体の乳房かブラジャーをつけたときの形状である。昔女の裸のカレンダーを見慣れていて平気だったように、わたしたちはエロロリ絵に無感覚になっているのではないか。
 どちらもわたしの気持ちや考察は決着を見ていない。

 そして、それに連鎖して思ったのだが、「映像研には手を出すな!」が楽しいのは、性性がないからだと思った。主人公は女子高生だけど、確かに一人は「カリスマ読モ」ということになっているけど、女子高生がなんかしますというときに消費されている「女子高生」は描かれていない。この後男子生徒が仲間に加わったとしても、たぶんこの作者はグループ内恋愛など描かない。編集に詰め寄られてしぶしぶ描くかもしれないけど、同志愛に納めようと抵抗するのではないか。そのくらい、この作品のテーマは「アニメーションを作る」という部分に集中している。エロがないということの心地よさをわたしは感じている。

食事 今日は朝から論文に取り組んだ。お昼は、気分転換に出かけてお蕎麦。うましー。
 食べたあと、少し散歩した。寒いけど。小鳥の写真を撮ってみた。コンデジでは限界があるが、また余裕ができたらアップするかも。



食事 晩ご飯は牡蠣と野菜を適当に蒸したのと、昨日の残りもの。あー、やっぱり調味料とかもそんなに買うわけにいかないしさ、やれることに限界があるし、もう帰りたいなー。

2020年2月8日(土) 雪−!

 冷えてる! そして大雪!! 自宅がどうなっているか考えると怖いねー。ひー。

 そして札幌の雪祭りは開催されていて、今年はアイヌ関係の大きな雪像がある。漫画「ゴールデンカムイ」がヒットしたおかげか、アイヌ文化を尊重するという活動が沸いていて、書籍も沢山出ているし施設も作られている。今までは割と観光地・お土産屋さんでのみアイヌ関係を見かけていた。悪い流れではないと思う。今後一般和人系北海道人のアイヌ差別意識の酷さ・無頓着さが解消されることを願っています。差別そのものは江戸末期から始まっていたし、明治政府が強烈に主導したもので、今を生きる北海道人個々に責任があるわけではありませんが、根強く残る差別と、差別環境から貧困に陥り、抜け出せないアイヌ系の人々に対して自己責任論を押しつけたり、差別なんかないと主張する北海道人は非常に多い。明治政府に(本州から来た和人に)土地や財産を奪われたアイヌ系が困窮し、その後も貧困が連鎖していることにも無頓着だ。
 「ゴールデンカムイ」はわたしはまだ2巻までしか読んでいないのだが、網走監獄に実際にいた脱走王などもモデルにしながら繰り広げられるファンタジーアクションで、アイヌの知恵が主人公を助けている。面白い漫画がはやることでアイヌ文化が注目され、いろいろな書籍が出ることでこの差別状況が明るみになれば良いと思う。
 そういう時期に「熱源」という小説が書かれたことも意義深い。実在の人物を実名のまま小説にしている(真実ではない創作が含まれている)ことに対して、アイヌ系・アイヌ文化に詳しい人からは批判も出ていますが、その部分に注意しながら今後読みたいと思っています。

 それにしても、新型肺炎について、過剰反応になっていると思うのだが・・・。発症者のわずか2%しか死亡しない。非常に軽い症状の人や、感染に無自覚な人もいることを考えると、手洗いうがいをちゃんとして、体の弱い人は人混みを避けて、そういう普通の注意をすれば良いだけの話だ。心疾患や癌などと違って感染性なので他者・感染者を忌避する気持ちが沸くのだろうが、今の状況は酷すぎないか。報道も過熱しすぎと思う。報道するなら、扇情的な話ではなく、冷静な対応方法や専門家の話、差別をしないことについてを行うべきだ。なんかニュースを見ていて嫌になってしまった・・・。船を沖に隔離するのはあまり意味がないと思っている。隔離は、差別を生むし、隔離しただけの効果を得ることもたぶんできない。

 まあこのすきに京都観光に行こうかなーとは思った。

 今日は仕事。出張中なのにあれこれ資料を作れとメールが飛んでくるから。ふーーーーー。途中で洗濯したりもしたけど、結構夕方までかかってしまった。


Inside the Labyrinth: Escher - Jim's Red Book - The Jim Henson Company
これ、映画覚えているけど、CGが今より全然乏しい時代だったから、こんなアナログな作り方していたんだねえ。ボウイの髪型、乱れないようにちゃんと固めてあるんだなあ。かっこいいわー。

食事 電子レンジだけで調理するレシピに興味がなくなったと先月の出張の際に書いたけど、レシピ本をぱらぱら見ていると興味がわいたレシピがあった。絹ごし豆腐に塩昆布とチーズをかけてチンすると言う物。簡単だしやってみたのだが。豆腐+塩昆布=合う。チーズ+塩昆布=これも合う。でもなんか豆腐とチーズというのが、合わないことはないけどなんとなくもう一つな感じ。まずくはないけどベストマッチと感じなかった。食べているうちに思ったのは、はんぺんのほうが合うんじゃないか?ということ。


食事 それではんぺんで再履修したのがこれ。ちょっと加熱しすぎてはんぺんがしぼんでしまった。最大に膨れたところで取り出すと見栄えは良かったと思う。で、こちらのほうが自分好みでした。


食事 夕方まで仕事をしていたら、あんまり色々作りたくなくなってなー。サラダに買ってきた「あぶり締め鯖」を添えたのと、アサリのワイン蒸し。

2020年2月2日(日) 賛否両論「リチャード・ジュエル」

 昨日は映画の日でした。マンスリーの方にいるとどうにも休日が手持ち無沙汰で、結構映画を見に行く。そして再び映画館で映画を見る喜びを実感しています。と言うわけで昨日も映画を見たんだけど、論文を絶対に仕上げなければと思っていたので、出かけるのは午後遅くからとなった。論文は日曜日に回して土曜日は朝からフリーでええやん?と心の中の悪魔がちょっと囁いたが、やることやってから映画じゃ!と頑張ったのである。(論文も書きたいことを書き上げて発表したい、という強い欲望があるから、映画より優先したんだけどねw)
 で、安い日だから今話題の「キャッツ」でもいいかなーと一瞬考えたんだけどね〜〜〜。やっぱ、そこはよーく考えて、「リチャード・ジュエル」にしましたよw

「リチャード・ジュエル」☆×4
Richard Jewell 監督:クリント・イーストウッド 出演:サム・ロックウェル、ポール・ウォルター・ハウザー、キャシー・ベイツほか
 爆弾と推察された不審物を通報し、人々を危険から救った警備員が事件後数日ヒーローとしてたたえられた後、容疑者として嫌疑をかけられる。FBIの捜査は初めは詐欺的で、その後は権力を笠に強引に進む。それに対する本人と弁護士の戦いの記録を比較的淡々と描いた佳作。
 消防士が放火しておいて消火活動を行うような自分を英雄にするために犯罪を行う人がいるのは事実だが、全ての火事がそういうものではない。プロファイリングという手法が出てきたこと自体は悪いことではなく、犯罪を分析的に考察する一手段だったはずだが、「下層白人は無差別殺人などを起こしやすい」という行きすぎた印象がFBI捜査官にすら根付いてしまったようだ。リチャード・ジュエルは見た目で判断されただけでなく、杓子定規な性格も徒になった。FBIが事件を解決することを「誰が犯人か見極める」のではなく、「誰かを犯人として特定する」という方向に走ってしまったのも、ありがちなことのように思われる。日本でもこんな事件は沢山あるだろう・・・。そのあたりについては「ひょっとしたら自分も」 冤罪事件描いた『リチャード・ジュエル』めぐり、ジャーナリストらが熱く議論などで扱われているので是非ご一読を。
 さて、この映画、実に皮肉なことでも話題になっている。

“実話”のクリント・イーストウッド新作、女性記者の「まくら営業」シーンは『嘘』ボイコット広がる
イーストウッド最新作が大炎上 亡くなった女性記者に偽りのイメージを与える映画の罪
 FBIが誰を容疑者として疑っているか、最初にすっぱぬいた記者が女性だったのだが、映画では枕営業で情報を得たことになっている。真実はどうかわからないのだが、制作側は真実だと主張しているようだ。憶測で容疑者となったリチャード・ジュエルは良い弁護士に恵まれて名誉を回復したが、この女性は映画によって貶められ、また女性記者というものは枕営業をするものだというレッテル貼りになっている、というのが抗議の声だ。当の女性が既になくなっているので彼女は抗議することもできない、と反発が強くなっている。本当はどうなんだろう。どうやってFBIが公開していない捜査情報を得たんだろう。その辺は記者にとって重要な手法で秘密なんだろうし、映画の中では美人女優なのでそういう描かれ方で納得してしまった。調べてみると本当にご本人も美人で、美人故にこんな不名誉なレッテル貼りをされてしまったのかもしれない。なお、お若くして亡くなっているのでそこも不思議だったのだが、英文のソース(Kathy Scruggs Cause of Death: How Did the Reporter Die?)によるとモルヒネ中毒だったとのことだ。長年鬱病にも悩み、抗鬱剤も複数使っていたとのこと。(そのうち一つは日本では抗鬱的薬効に疑問がある上、薬害のほうが大きいとして使用禁止になっている剤のようだ。)
 なんとなく枕営業を信じてしまうのは、FBIのような強力な権力を持つ機関の人間にはそういう手段を執ってでも近づこうとする人間がいるだろうし、FBI側もそれをわかっていて利用しようとするだろうし、鼻持ちならない人物もいるだろうな(日本と同様に)、という印象もあるからだろう。
 ところで枕営業のことは彼女の友人や親族を初めとして強く抗議してるんだが、その後のシーンにある容疑者の弁護士の車に無断で乗り込んで後部座席に隠れ、待ち伏せしていたこと、そして弁護士に取材を持ちかけたことはどうなんだろう。これも一種不法な手段だし、された弁護士が事実として提供したことではないかと思われるのだが、それは証拠がないなどと言わないのだろうか。ことの重大性が異なるとは思うが、こういうやり方で情報を引き出そうとするんだから、メデイア記者という職業の人のモラル意識は低いんじゃないのかというレッテル貼りも出てきてしまう。それと、社内で非常に優秀な記者だったと同時に傲慢なやり手記者だったという表現なのだが、それは違和感ないのだろうか? それらのシーンは結局、枕営業をやりそうな人物と思える背景になっていると思うのだが・・・。傲慢とかそういう表現はまだ我慢できるけど、枕営業をしたと描くのは我慢ならないということだろうか。
 この映画は実話であるというところに大きな意味があると思われるが、このような問題を考えると「ジュエルの事件を元に作ったフィクションです」というやり方をしたほうが良かったのだと言わざるをえない。皮肉なものだ。
 ただし、映画としてはよくまとめて作ってあります。いろんなことも考えられるから、お勧め。この映画の持つメッセージはとても重要で、重要であるからこそ同じ轍を踏んでいることも、非常に考えさせられるものでした。

おつまみ 夕方になってから映画館に出かけたので、映画を見ながら軽食を食べた。食べずに我慢して映画の後外食にするか迷ったんだが、結構お腹が空いていたのだ。我慢できなかった。そこで帰ってきてからはおつまみでワイン。持参した手作りクッキーはこれでおしまい(この前の日曜日、出発前に焼いた。) 砂糖やショウガの量を自分好みにしてあるし、ショートニングを使わず全部バターだから美味しいんだよな。原材料費400円くらいで50枚くらい作れるから、クッキーに関してはあまり買おうという気が起こらない。




 今日は夕方「映像研には手を出すな!」の4話まとめて再放送があったのでかじりついて見た。深夜起きていられないので普段から録画で見ているが、このマンスリーではそれができない。4話が見れて良かった−。漫画やアニメに夢中になっていた高校時代を思い出して熱い気持ちになりました。5話からは帰宅後にしか見れないなー。残念だけど仕方がない。

夕食 ショウガ焼き。ローストビーフとカットフルーツ(メロン)が見切り品半額になっていたのでつい買ったw ご飯もサラダも全部ワンプレートに盛ると洗うのは楽だ。


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