MagMell Diary(過去ログ)

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2003年7月1日(火) たばこ値上げ

 今日からたばこ値上げ。わたしは嫌煙家なのでつい、「これを機会にたばこをやめる人が増えればいいのに」と思ってしまいます。(政府の庶民にばかり負担させようという意図にはものすごく反発するんですけれども。たばこの値上げも発泡酒値上げと同じで庶民には強い負担になるけど、お金持ちにはなんともないことなんですよね。)
 先日メル友とたばこの話をしていて知ったことを記しておきます。
低タールを謳うたばこがいくつかありますが、「低タールとはどうやって作っているのか」について。たばこの葉からタール成分を取りだして低タールにしていたり、低タールになるたばこ品種があったりするわけではなく、フィルターの性能で「喫煙者の体内に取り込まれるタール成分を抑えているもの」が低タールたばこなのだとか。つまり、ふかされているたばこからはタールは変わらず出されていて、周りにいる非喫煙者は別に低タールな煙を吸い込むわけではないのでした。うーむ、非喫煙者としては見逃しがたい事実ですね〜。
合コンでの喫煙は「不利」
こんなアンケート結果もあります。わたしも初対面の素敵な男性が喫煙者だとちょっとがっかりしますね。たばこ臭い人に近接するのがとても難しいので。わたしは、蚊取り線香の煙を嫌がって逃げる蚊のようなものですw

トルシエ前監督の通訳のダバディーがオスカーに移籍
で、オスカーのダバディ・プロフィール
でもまあ国会議員はやめといたほうがええんとちゃうんかと。

「青いフライドポテト」は不発に終わる 米ハインツ
ものすごい色のケーキや、味覚がどうかしているとしか思えない食品に巡り会える国アメリカでも、青いフライドポテトはダメだった模様。

2003年7月2日(水) (1881)パスツ-ルの予防注射,成功

 日記のタイトルを考えるのって大変。「これは」と思う様なことがあった日はいいけれども、取り立てて何もない日(そういう日がほとんど)なので、タイトルを考えるのが一番面倒です。というわけでこちらの「今日は何の日」から。
(これからもこの手を使うかも)

いやー、今日は札幌6-2大宮と大勝利。わたしは仕事で見に行けなかったけれど、ドームで観戦した人たち、大喜びでしょうね。カルロス監督とホベルッチが対立/相次ぐ外国人トラブルなんていうニュースもあるだけに、不安もあるんですけれども。
J2は広島がぶっちぎりで首位。まだまだリーグ戦が続くのだけど、どうしても気分的に「2位争い」を考えてしまう。なんだか広島の勢いには「ああこりゃ広島はJ1昇格決まりみたいなもんだなー」なんて感じてしまって。

キャンピングカー
中学生の時初めてキャンピングカーを知ったときは、うらやましく思ったものでした。この車があればどこにでも行けてどこででも生活できるんだ〜、というような感じで。しかし、その後キャンピングカーというのは山や海などの野外に出かけていってわざわざ都会の生活を持ち込むことなんだなあと思うようになり、あんまり興味を持たなくなりました。わたしは登山でラジオを鳴らすのは熊よけに必要だと思うけれども、海に行くのにラジカセを持って行ってがんがん音楽を聞くのは好きじゃないなあ。野外では都会では聞けない音(鳥や虫の鳴き声、風の音)を聞いたり、少し不自由しながら自然に接したりするのが楽しいと感じているので。
でも、この手作りキャンピングカーには参りましたw

特集 阪神タイガース
今年は! 今年こそは!!

2003年7月3日(木) 「水曜どうでしょう」今日は木曜だけど

 北海道ローカルの人気テレビ番組(深夜)だった水曜どうでしょうのDVDが相変わらず好評らしいです。この番組のファンだったわたしとしても嬉しいのです。ですが、昨日寝る間際にちらっと「水曜どうでしょうリターンズ」という続編番組を見ると、「ああ、かつての面白さは減ってしまったなあ」ともちょっと思いました。なま暖かいだらだら感はそのままだけれども、大好きな大泉洋があんまり体を張らなくなった気もします。それとも「全国的にはあまり知られていないけれどもわたしはこの面白さを知ってるぞ!」という優越感がなくなったせいで、ちょっとばかり焼き餅な気持ちが表れているんでしょうか。インディーズで活躍していたバンドの追っかけをやっていたのが、メジャーになるとなんとなく遠い存在になって「前のほうが良かったのに、メジャーになって彼は変わったわ」なんて言っているような?w

離婚夫婦に年金分割制度 厚労省、社保審に提案
 ちょっと記事内容を以下にそのまま引用しておきます。
厚生労働省は3日の社会保障審議会年金部会で、サラリーマン家庭の夫婦が離婚した場合、従来は夫だけに支給されていた厚生年金の報酬比例部分を、妻が最大その半額を受け取ることを可能にする年金受給権分割制度の導入を提案した。
 中高年の離婚が増加する中、離婚後の収入の少ない高齢女性を救済する目的だが、離婚を助長するとの批判もある。同部会は今秋答申をまとめる予定で、厚労省は2004年の制度実施を目指している。
 同省は、高齢者の就労意欲を高めるため60歳代前半の就労者の老齢厚生年金を2割減額する在職老齢年金制度について、65歳以降に繰り下げて上乗せ支給を可能にする見直しも求めた。
 現在年金受給権の分割は認められておらず、妻は夫の合意がなければ、訴訟で年金の一部相当額の支払いを求めるしかない。支払いが滞る場合もあり、別れた夫が死亡すれば支払いも終了する。(共同通信)

「中高年の離婚が増加する中、離婚後の収入の少ない高齢女性を救済する目的だが、離婚を助長するとの批判もある。」
えーと、つまり、収入がないあまりに離婚に踏み切れない女性がかなりいることを認識した上で「離婚後も生活が保障される状態にしたら離婚件数が増えてしまう、結婚制度に縛っておくためには女性をお金に不自由させておくべきだ」ということを主張するする人がいるってことでしょうか。離婚を考える理由はそれぞれでしょうが、どうしようもない夫という人もいると思います。
わたしの知人にも先頃離婚が成立した女性がいるのですが、この人の元夫というのが所謂DV夫、「殴る男」でした。彼女の顔が青黒く腫れ上がっているのを見た人も沢山いる。周囲がこぞって反対した結婚でしたが、元夫は確かにちょっと見た目がいい男で、彼女のほうが最初にぞっこんになっただけに反対されると余計に彼への執着心が生まれたようでした。それが離婚を決意したのは、2歳になる息子にも彼が激しい暴力をふるうようになったから。それで目が覚めるだけ彼女には母性がありました。今、彼女はお金の面でとても苦労していますが、まだ若いだけ頑張れば何とかなる部分もあります。しかし、中高年になれば仕事を選ばなくてもなかなか仕事にありつけないし、体の自由もきかない、当てに出来る実家ももうないかもしれない。そしてどうしようもない男から逃げることさえ、「離婚は良くない」のひとくくりで、お金の面で縛りをつけて逃げられなくすることが、適切なことかどうか。ちなみに、上記のわたしの知人の場合もそうですが、DV夫というのは離婚を拒むのです。歪んだ愛情を持っているというよりも、「自分のストレスを暴力の形で発散させてくれる存在が家庭に必要」みたいです。
そんな生活費でしばることで結婚という形態を維持することに、なんの意味がありましょうか。

それにしても年金制度は色んな問題を抱えていますね。

多言語文字変換屋
自分の名前をヒエログリフやキリル文字に変換できるサイト。ミャンマー文字やチベット文字もなんかかわいいですね。


「バルバラ異界」一巻(萩尾望都)、「金魚屋古書店出納帳」二巻(芳崎せいむ)購入。

2003年7月4日(金) 2222円

 帰宅途中にスーパーに寄り、豆腐だのなんだのを籠に入れてレジへ。今日はお財布にあんまり現金を入れていなかったなあ、多分3000円くらいしかないはずと思って最小限を心がけて商品を選びました。レジでチェッカーを受けると、「2222円でございます」とのこと。おや、ぞろ目だ、なんだか意味もなく微笑んで財布を開けると、2230円しか持っていませんでした。ぎりぎりセーフ。沢山現金を持ち歩くのが嫌でちょっとずつしかお財布に現金を入れないせいもあってこういうことになったのですが、ぞろ目以上にぎりぎりでレジで恥ずかしい思いをせずにすんだということに、なんだか朗らかな気分になったのでした。

目を覆う大学院生らの学力低下
 わたしは暗記物が嫌いだったので、英語の習得単語数が減ったりしたのが学生時代には嬉しかったものですが、実際に「英語やらねば」ということに気がついてやり始めると、最低でも6000語(それもdogだのcatだの中1レベルの単語は抜いて)は必要だと思いました。また、社会人になると学生時代にもっと勉強しておくべきだったと痛切に思うようにもなりました。
わたしの世代は詰め込み教育の渦中にありながらも「詰め込み教育のせいで無気力な子どもになっている」とかいう意見が出て、ゆとり教育の先駆けが行われてきたのですけれども、やはり勉強はある程度「覚える」という作業が必要ですね。
 理数系が苦手なあまりに文系に進んだという人の中には、
「数学なんか勉強する意味がないよ、せいぜい必要なのは四則演算程度じゃないの。」
と言う人がいます。
だけど、わたしは文系の人が数学をする必要がないとは思いません。数学というのは段階を追って論理を進めていく手順を学ぶ分野だと思います。平方根とかベクトルとか微分積分とか、段々目で見て確認できることから離れていくのも、高度な論理性を訓練するための手法なんじゃないでしょうか。
文系の人が卒業後微分積分そのものを忘れてしまったとしても、それを使いながら数値を導いたり証明問題を解いたりしたときに大脳に刻み込まれた”論理性の追求”は生き続けると思います。ですから、文系でも高校までは数学を受け、論理的思考の訓練をする必要があるとわたしは信じています。
 大学教育に関しては、大学側(あるいは教授たち)が学力のない学生にも「長々と面倒を見るのが嫌だから」という理由で簡単なレポートだけで単位を与える場合もありました。教授の中には教育指導をしようという気持ちよりも、自分の学内政治活動に夢中だったり、自分だけの研究に夢中でせいぜいできの良い学生をアシスタントに使うだけだったりすることもあります。知人の娘さんで、4年の5月くらいに妊娠が発覚して、その後一度も大学に行かずに結婚準備と出産をした人がいるんですけど、レポート一本で卒業証書が送られてきたそうですし。「おめでたいことだから、卒業はお祝いに」って、わけわからんなーと思いましたが、割合そういうことは日本ではあるみたいですね。
また、Mad Scientist's Roomにも書きましたが、本当にこの後輩はいました。こういう人が教育者になっています。彼は個人的には人当たりの良い穏やかな性格の好ましい青年でもありましたが、わたしは彼がわたしと同じ学部に入学しえたことにも、中学理科の教員採用試験を突破したことにも驚きました。
 少子化よりも、こういう技術の質の低下のほうが日本の将来を暗くしているとわたしは思うんですけれども。

なんとなくいたずら 再び
 高校生が学校のPCから軽い気持ちで掲示板(ウェブ日記へのレス機能)に書き込みし、それを管理人がプロバイダ経由で学校と連絡をつけて決着したという顛末。高校生の書き込み自体は悪意は見られない、自分の書き込みが反映されるかどうかを見たかっただけみたいなものなので、この管理人氏のやりかたを「行き過ぎ」と見る人もいるでしょう。でも、実際、線を引くところをためらったり迷ったりすると良い結果を生みません。これはこれで管理人氏の方針だと思うし、わたしにはお手本になる姿勢も含まれているので、興味深く読みました。

月光を頼りに曲がらぬ歩み フンコロガシの秘密明らかに
夜行性の昆虫(蛾など)が電灯に集まっているのを気持ち悪がる人が多いですが、あれらも月の光を追って飛んでいるのだそうですよ。そう思うとロマンチックでしょう? え、そんな風に思うのはわたしだけ?

2003年7月5日(土) タイ料理

桑 今日も午前中は仕事。そして普段より人目がないのを良いことに職場の敷地内の桑の実をつまんでおやつに。左画像の木、隔年でよく生ります。沢山食べると口が紫になってつまんだのがばれるのだけど、甘くておいしい。(黒くなった実が熟した実です。木イチゴのちょっと貧相な感じの木の実)



蟻 2週間ばかり前に捕まえた蟻。一人でふらふら歩いていたとても大きい蟻だったので、「もしや女王か」と思って捕らえ、シャーレに入れていたのですがうまく飼育できませんでした。肉食性の昆虫の場合は見よう見まねじゃうまく飼育できないなあ。



 昼過ぎに仕事を終えて帰宅途中にローソンに寄りました。今日からサッカーオールスター戦のチケットが販売になるからです。しかし、10時販売開始のこのチケットをゲットするのは容易ではありませんでした。12時過ぎでは高い席でも完売との表示。うーーーー。キャンセル待ちを待つしかないです。
その後帰宅、途中からですがコンサドーレ札幌の試合をテレビ観戦。今日は鳥栖相手に3-0で勝ててよかったです。久しぶりにからっと晴れて気持ちの良いお天気でしたし、厚別競技場に行った方は楽しめたでしょうね。

 夜、いつもの飲み仲間とタイ料理ジラッダへ。わたしは辛い物はあまり得意でないので食べるより飲む方へ専念。メコンウィスキーって焼酎みたいなのだ。がんがん飲んじゃったのだ。ぷは〜〜〜。ヨッパライでっちゅ。

2003年7月6日(日) 電車通勤

 昨日、タイ料理を食べに出かけるのにJRに乗り、駅に着くまで本を読んでいたんですが、面白い本を積ん読したままだったのに気がつき、「あーあ、電車通勤ならなー、せめて往復の電車に乗ってる時間だけでも読書時間にできるのになー」なんて思いました。でも、本来本を読む時間を作るなんて自分の裁量次第なんですよねー。
と言うわけで今日は午前中仕事、昼過ぎに帰宅してまったりと読書。この際部屋掃除を怠っていてそろそろ散らかした物で絨毯の模様が見えにくくなりつつあることは、目をつぶることにしました。

ツール・ド・フランス開幕
昨日今日あたりはこちらはからっと気持ちのよいお天気で、その辺でも自転車のトレーニングをしている人たちを頻繁に見かけます。シャーっと走っていくのって、気持ちよさそうです。

なんとなくかく日記、いたずら書き込み対処の件
 この2〜3日で議論が紛糾していました。わたしは7月4日に短く書いたように、管理人氏のやりかたを「悪い」とは思っていません。「大人げない」という意見が多くでていますね。その意見はわかる部分もあるのですが、「相手はまだ高校生(子ども)なんだからもう少し優しくしてやりなさいよ」というニュアンスを「大人げない」というセリフに感じてしまいました。対処法としては学校に連絡する前にIPをはじき書き込みを消し、サイトに警告文を載せるということを最初にするほうが穏便だったという結論に帰結すると思いますが、なんで子どもだからってルールをゆるくしてあげる必要があるんでしょうか。
 わたしは、ネットは年齢や性別や社会的立場を離れて平等に存在できる場所でもあると思っています。CGI配布サイトではたいてい、「よく読まない・調べないで『自分は初心者ですから』とか『まだ○○才なのでわかりません』とか言うことを免罪符にして、やり方を知ろうというよりも作成者に何もかもさせようという態度は許し難い」と言う内容の警告があります。この年齢や立場を免罪符にして自己中心的に振る舞うな、というのはわたしはネット全般に求められているルールなのではないかと思います。(自分の日記サイトで自分の年齢や立場を明らかにして愚痴や泣き言を書くのはいいけれども、その姿勢で他人の掲示板や公共の場所で「若いから、子どもだから、わからないから、自分には優しくして欲しい」と要求するのは間違いだろう、ということです。)
「子どものいたずらだから、何らかの教育的指導をもってしてはいけないことだと教える必要もある」でしょうし、だからこそ「相手は子どもなんだから、他愛もないいたずらだから、もっと優しくしてあげてもいいでしょう」という意見にはうなずけません。子どもだからこそ(今後の教育や指導で「ルールを学べる」立場だからこそ)、いたずらをすれば叱られるということも必要でしょう。管理人氏のやり方が万全ではないでしょうが、結果論になりますが今回は良い形で教育的指導もされたようです。
もっと望ましい叱り方はなんだろう、ということについては考え込むところです。ウェブ管理者の「対処」としては「削除、警告」が真っ先に必要だったのでしょうが、その「対処」に沿いながら「教育」をもするというのは難しそうです。上手な警告文が必要になるでしょう。
 「大人げない」という意見に対してのvoid Graphic Wizards Lairの意見をわたしは興味深く読みました。
 また、一人のウェブ管理者として、わたしの基準でルール違反な書き込みを掲示板から削除したことがある者として、「何か起こったときに自分はどう対応するべきだろうか」というのは常に考えることです。時には書き込みを削除することが悪い結果になることもありますし、その辺の判断は難しいですね。書き込み削除やIPをはじくやり方は、管理者がその人の訪問を喜んでいない・拒絶しているという意思表示にはなりますが、それによって逆ギレされる場合があるのも、わたしは過去にいくつかの掲示板で見たことがあります。そういうややこしい事態を避けるために、「いっそ先回りしてがつっとゲンコツを降ろしておこう」というような心理が管理人氏に働いたのではないかな、とも思っています。
 実際、ルール違反な書き込みを見つけたりそれを削除したりするのは、結構いやな気持ちになります。わたしの場合はまず書き込みを見て腹を立て、削除の際にも腹を立て、その後もしばらく苛立ちが納まらないものでした。(そんなに長い間怒っていたのはわたしが粘着質だからかなあ?)
 この事件の顛末と、それにまつわる様々な意見は、今後のネット上のルールを形成していくのに良い材料になるでしょう。

パナソニック・ポータブルCDプレイヤー
土日の勤務時、デスクワークのときにdie Prinzenを聞きたくて昨日買いました。ジムでバイクやウォーキングをするときのためにポータブルMDプレイヤーは持っているんですが、いちいちMDに落とすのが面倒だったので。「そんなん職場のPCにイヤフォンを刺して聞けばいいじゃない」という面もあるのですが、まあそれはそれ、欲しくなったというわけですよ。事前にざっとネットで相場などを調べ、MP3は聞かないからいいやと思ったのですが、量販店に行ってみるとこの商品が8000円台であったので、「まああって邪魔な機能じゃないしな」と購入。ついでにイヤフォンだとわたしは耳の穴が小さいのかうまく安定しないので、首掛け式のヘッドフォンを買ってみました。
 die Prinzenにはすっかり夢中です。コーラスが美しいとか歌詞が皮肉で面白いとかもあるんですけど、「ドイツ語がすごく聞きやすい」というのも、学習者としては喜ばしい。AmazonでもうちょっとCD買っちゃおうかなー。

2003年7月7日(月) 七夕ですけれども

 七夕です。この日記の背景画像にも笹の葉に短冊をつけた画像をいただいてきましたけれども、北海道では8月に行う行事なのです。周囲では七夕の季節感はありません。
Googleのタイトル画像も七夕デザイン。
フルカラーのプラネタリウム、札幌で公開 IUGG総会
開催は7月11日まで、会場はロイトン札幌、厚生年金会館、札幌市教育文化会館、札幌メディアパークの4カ所のようなんだけど総会はロイトンなのかなあ?(案内) もうちょっと早くこのニュースを知っていたら見に行けたかもしれないのに、残念。フルカラーのプラネタリウム・・・・・

 で、昨日の午後まったりと読んでいた本について。
「赤目のジャック」 佐藤賢一 (集英社文庫)
 14世紀フランス、百年戦争で疲弊した農村から怒濤のように起こり広がった農民暴動「ジャックリーの乱」を題材に創作した小説です。巻末の解説に「ジャックリー」とは一揆を擬人化した表現で、そういう名前のリーダーがいたわけではないというのが歴史学の通説だとあるのですが、著者はあえて「ジャック」という名の扇動家を設定し、主人公の青年フレデリ(フレデリク)の青春の苦悩を描いていきます。青年期のコンプレックスと野心、憧れと絶望、自身への嫌悪などを表現していて、読者によっては自分の若かった頃の混沌とした状態を思い出しフレデリになぞらえながら物語を追っていくことができるでしょう。物語中、暴動の中での略奪と強姦シーンが丹念に描写されています。性に翻弄される人間やその欲望とキリスト教的教義の間で苦悩する青年の姿に、確かに一般的日本人はキリスト教的な性タブーを意識しませんが、思春期から青年期に感じる性への意識と体の変化、他人と易々と話すことでもないけれどもひそひそと廻ってくる噂などから感じる劣等感などになぞらえて、鬱屈していく気持ちを共感できる表現になっていると思いました。歴史小説というジャンルになるのでしょうが、歴史そのものへの洞察というよりも、青年フレデリの苦悩と成長がメインであるため、青春小説として捕らえても良いかと思います。歴史的な知識がなくても楽しめる反面、ジャックリーの乱を解析的に読みたいと思っている人には物足りないものかもしれません。
また、以前読んだ著者の作品でもそうでしたが、章ごとのサブタイトルの付け方がいかにも中世の説話集っぽくて、中世のムードに引き込まれていきます。
 わかりやすい歯切れの良い文章と、スキャンダラスな背景のために一気に読了しました。小説としての面白さは充分堪能しつつ、強姦シーンが繰り返し描写されることに、個人的にはしんどくなりました。(この物語にとってはその描写は必要なのですが。)それと、最初のほうの強姦シーンで「シャルロットは廻されて快感を得ている」と男同士が話すシーンがあり、シャルロットの表情が描写されているのですが、著者が「男とは女は強姦されて喜ぶのだというファンタジーを信じたがっている」と表現したかったのか、それとも本当にそのシーンではシャルロットが喜んでいるのだと描きたかったのか判然としませんでした。他の主要な女性登場人物が抱えている性的な背景は、「こういうことってあるだろうな」「こういう女性っているな」と受け入れられるのですが、シャルロットが強姦されて喜んでいることを事実として描いているのならば、フレデリの絶望や苦悩を表現するのに必要だと著者が判断したのだとしても、リアリティがないとわたしは思います。特にそのシーンでは、シャルロットは既に60人もの男に強姦され、まだ終わらぬ残虐な饗宴のシーンとして描かれているのです。痛いだけじゃないかと思うのですけど。


ノーブラ感覚ブラ、「ヌーブラ」が大人気! 手触りは限りなく“ホンモノ”
手触りって・・・・・・背中や肩を出すためのブラ、そしてそういうドレスは割合薄手の布で出来ていることが多いためにドレス越しにブラの存在感が出ないような素材とデザインになっているんだと思いますが、手触りって。
あと、垂れてる人や胸がない人にはちゃんと装着できない気がしますが、どうなんでしょう。

2003年7月8日(火) CGI落ち

 なんだかサーバが安定していないようで、CGIだけ動いていません(8日午後10時現在)。
時々こうなってしまって、まあ仕方がないんですけれども、やはり遭遇するととほほと思うのでした。
 URLをご覧になればおわかりの通り、わたしはBigというレンサバ会社の第11サーバ内にスペースを借りています。同じ11サーバ内にスペースを持っていてなおかつ自分で掲示板を設置しているところを探して見ると、やはりエラー。これでサーバ側の問題だろうとほぼ確信して、サーバにエラーの報告をしました。
9日午前9時頃復旧したようです。エラーの原因ははっきりわからないもののサバのPerl再インストールで復旧できたようでした。

UGAYA Journal
 17年間勤めた朝日新聞社を先日辞めた記者、うがやさんのサイト。
会社を辞めたいきさつも詳しく書かれています。ご本人も繰り返し指摘していますが、このような会社の古くさい体制はなにも朝日新聞だけではなく、どこにでもある部分だと思います。年功序列制は公務員の世界でもそうですし、一生一技術者・研究者でありたいと願っても、ある程度の年齢になると管理職にされ、出世させられてしまうことは技術系でもよくある話です。朝日新聞の報道はこのところ変なものになってきつつあるので、そういう部分と絡めて読む人もいるでしょうが、日本の社会は大なり小なり同じ傾向を持っているのではないかなあと思いました。特に人を育てようとしない、というあたり。
好きなことを仕事にしたい人、仕事にした人には必見のサイトでもあると思います。

北海どう開発局
「水曜どうでしょう」ファンサイト。

2003年7月9日(水) 洗剤で野菜を洗う

 今日、初めて「洗剤で野菜を洗う人」を見ました。
わたしの子どもの頃に薬害や環境汚染問題とともにクローズアップされ、「複合汚染」(有吉佐和子)のヒットとそれに続くいくつかの報道で、「洗剤のパッケージの裏に野菜を洗えると書いてあっても従わない」のが人々の心に浸透していると思いこんでいました。
その人はうちの職場に来てくれているアルバイトの女性で、朝出かけに庭先のきゅうりが丁度食べ頃になっているのに気がつき、「お昼に食べよう」と一本もいで持ってきたのです。そして昼休み、食べるときに「きゅうりをもいできたの、食べよう♪」と言って流しに持って行き、洗剤をスポンジにつけてきゅうりを洗い始めました。仰天して声をかけると、
「え、だってうちのお父さんがこの間農薬をまいてたみたいだから、農薬を落とさなくちゃ。」
うーん・・・・・・。
「それに洗剤の裏には野菜を洗うのに使えるって書いてありますよ。」
確かに。色々問題になったのにあの文言は削除されていないんですよね。でも、その裏にも「水1gあたりに洗剤0.75ml」入れると書いてあります。かなり薄目かな。少なくとも今わたしが見た光景のように、原液をスポンジに含ませてきゅうりを洗うなんてことは薦められていません。体に悪いよと言うと、
「でもお皿だってこれで洗うし、同じじゃないですか。」
お皿はつるつるしているからよくすすいで洗剤を落とすことは難しくないけれど、野菜の表面なんてそういうもんじゃないよ、今の洗剤液、あなたの手にもついてるけど、あなたがきゅうりをすすいだようなすすぎ方をしても手はまだぬるっとしてるんじゃないの? と言うと納得してくれましたけれども。もう一人の若いアルバイトの女の子も、
「うちのお母さんも野菜は洗剤で洗いますけど・・・・・・」
と言いだし、自分の常識は他人の非常識なのかもしれないんだなあと思いました。
わたしの実家がそういう問題に関心を持っていたのは、弟がアトピーだったからかもしれません。高校生くらいになる頃には、同じように環境問題等に関心を持っている人と友達になっていったので、「もうこういう問題はみんな知っているものだ」と思いこんでしまったみたいです。
 でも・・・・・、洗剤の裏から「野菜を洗える」という文言を消させることはできないのかなあ。
 農薬も恐いんですが、「それでもやっぱり中国産のは安いし」という見方もあるようです。

てんとうむし 背中の模様が赤い二連八分音符みたいでかわいいてんとうむしに遭遇しました。



「ゆとり教育は失敗」
夏休みは30日でもいいけど、そのぶん「登校日」をなくして欲しい。

桃、木から300個盗まれる 岐南
さくらんぼと言い、メロンと言い、桃と言い、単価の高い物を狙っているな。

 昨日はタイガースにマジックが点灯しました。
でも、いつだったかタイガースはマジック1まで行きながらその後ずるずる負けて優勝を逃したことがあるのですよ。わたしは忘れていないのですよ。どきどきしつつも、不安になっている今日この頃。嗚呼。

2003年7月10日(木) 長崎男児殺害事件・夏の電力

 長崎県で小さな男の子ばかり狙って乱暴をし、とうとう一人は殺してしまったとされる事件の被疑者が、中学一年生ということでテレビのニュースは「少年犯罪の急激な増加」とか「今少年たちの心に何が」という話題で一杯です。
でも、子どもとは残酷なものだと自分が子どもの頃にした遊びを思い出せば、思い当たるはず。子どもがこんなことをするなんて、テレビゲームのせいだ、漫画のせいだ、テレビの残虐な番組のせいだ、こういう現代的悪魔的なものがなければ子どもはこんなことをしなかったのだと言わんばかりの人もいますが、それは子ども本来の姿を受け入れていないのだと思います。純粋な好奇心から目の前の物を壊してみたいという衝動に駆られたりするのが、子どもでしょう。少なくともわたしは、ガラスが割れるところを見たかったし、道ばたで死んだ鳩を見つけたときは毎日見に行ってどう変化していくか眺めていたし、重たい石も軽い石も同じ高さから落ちると同じスピードで落ちて同時に地面にたどり着くということも見なければ信じられなくて試してみていました。こおろぎの足ももいだし、せっかく冬眠している蛙をほじくり出して水に放り込み死なせたこともあります。そこでわたしが他者に危害を与えるようにならなかったのは危険さを注意したり「いくら虫でも無体に死なせてはいけないよ」と言ってくれ、実験観察の手法を示唆してくれる大人がいたからだけなのかもしれません。
自分の欲求(好奇心)や怒りに忠実なのが子どもなのですから、大人が適切に育てる必要はあるでしょうし、そういう意味では道を踏み外す少年がいるのは社会のひずみとも言えるのかもしれませんが、わたしが愛読しているスタンダード反社会学のコンテンツに「キレやすいのは誰だ」という文章があります。今マスコミが騒いでいる「近年の少年犯罪の増加」というのは数字のレトリックなのだなあと痛感。社会のトップの立場の世代が最も凶悪なんですもの、そりゃ凶悪犯罪も起こりましょう、なんて皮肉も言いたくなりますね。
 まあ真面目な話、犯罪を起こすか起こさないかは相当個人的な資質(家族環境は含む)が関わるとも思うのですけれども。
 あらら、なんか性悪説だなあ。わたしは人間はそれこそ「氏より育ち」、生まれたときはニュートラルな存在だと思っているのですけれども。

 ところで、スタンダード反社会学の最新コンテンツは「夏季限定首都機能移転論」です。本州の夏がどれほどつらいかをわたしは知っているので、エアコンをつけるなとは思いませんが、都会の人が「停電になったら困るから原子力を」と言うのを聞くと「こっちにまた危険な設備が作られたり危険なゴミを送ってくる気なのかなー」と思わずにはいられません。停電になったら困るのはわたしもよく認識していますが、原子力がなければ電気が間に合わないと思いこまれているなあと感じると、電力会社が何か利権に絡んでメディアを使って庶民を洗脳しているかもなーと思ったり。いや、今現在東京は電力不足に冷や冷やしながら一日一日を送っているのでしょうけれども、「夏季限定首都機能移転論」にもあるようにかなり無駄な使い方をしているのも事実です。衣服を気候に合わせるという意識に変える(これは難しいかも。何しろ横山やすしは「スーツを着ていない、客に失礼だ!」とダウンタウンを叱りとばしたことがあるくらい、漫才師特有の変なスーツですら礼儀であった時代もあるくらいですから)ことや、スーパーの冷凍食品や飲料のショウケースがデフォルトで「開けっ放し」になっているのをやめるとか(これは北海道でも言えること)、できることだって沢山あるでしょう。
 それと、電力会社は認めたがっていないのが不思議なんだけど、北海道の海岸線には「年中風が真横に吹いている場所」がいくつもあって、風力発電機がかなりの電力を出しているらしのですが。(わたしの耳に入った噂でソースがあるわけではありません)
 まあもう一つ原発に反対する理由があって、良い漁場に接して建設されるため、冷却水汚染でおいしい魚が捕れなくなるのが、個人的には非常に悔しい。風力なら「電気も取れて、漁場も荒らさない」のになあ。


5・6Mのガンダム出現 バンダイ博物館、19日開館
手のひらに乗れる! セイラさんみたいに運んで貰えるの!

2003年7月11日(金) 長崎男児殺害事件・雑感

 長崎男児殺害事件について、まとまりなくわたしの考えを。

○「どうして少年の心の動きをわかってあげられなかったのか」
 カウンセラーだか学校関係者だかがこういうことを言っていました。
わかるわけありません。
4〜5歳の子どもならその様子から「ああ、今おしっこを我慢しているな」とか「何か隠していることがあるな、それは知られたら大人に叱られることだな」ということはすぐにわかります。しかし、12歳にもなっている少年の、とりわけ性的な関心についてはそう簡単にわかるわけがないのです。一緒に暮らしている家族だって気がつかない性癖があるほうが普通です。本人だって必死で巧妙に隠します。
また、「自分より弱い存在に対して酷いことを」というコメントも出ていましたが、こういう人は自分より強靱な存在に向かっていくわけがありません。自分より非力な存在だからこそ狙うのです。今回はたまたま12歳の少年が被疑者だから被害者が幼児でしたが、大人の男性が犯人であれば、対象年齢ももう少し上がるでしょう。
この事件は幼児を死なせてしまったからこそ被疑者が特定できたわけで、もし死なせなかったら捕まらなかったでしょう。たいていの大人の性犯罪者が捕まらないのは、もっと巧妙に弱い存在を見つけ死なせなくても黙らせることが出来たり、もっと巧妙にごまかしたり逃げたりできるからです。(知的障害者を選んで狙うような痴漢もいるんですからね。)

○「犯人の両親は市中引き回しの上獄門にしろ」(鴻池防災相)
 あきれるくらい馬鹿な政治家の発言。こういうことは個人が思う分には自由ですが、自分が政治家であるという立場を忘れて公言するところが、日本の政治家ってなんて幼いんだろうとわたしは思います。公言する以上、自分の発言が色んな印象を残すことは明かです。「支持者は、政敵は、どう受け止めるだろうか」というのは常に意識すべきなのでは? というか、こんなこと普通のサラリーマンでも知っていて対外的な場所での発言は計算していると思いますけど。これが大臣やってるっていうから日本の未来は暗いですね。
 ところで、そのセリフの意図するところに「親に責任がある」ということだとすれば、確かに親は子どもを育て上げる義務があるのですからその成育途中での事件は親も負うものがあるかもしれません。被疑者少年の目的が性的なものだったということで(余談ですが、わたしは痴漢行為を「いたずら」と表記することに居心地の悪さを感じます。「いたずら」って他愛ない本当に子どもらしいふざけっこにも使えるじゃないですか。というか本来、子どもの遊びというような意味の言葉でしょう? 性的虐待を「いたずら」なんて、なんだか釈然としません。なんてこと書くとフェミニズムに毒された女は言葉の揚げ足を取ると思われるかもしれませんけど、やっぱなんか嫌だ。)、家庭内の性教育のありかたなんてことに話が向かっていったら嫌だなあと思っています。わたしはあんまり家庭内で直接的な性教育はしないほうがいいんじゃないかなーと思っています。これはわたしがそう感じているというだけで、何か論拠があるわけではありません。わたしは家庭内で必要なのは、男の子が悪ふざけでスカートめくりをしている時期に「それは、絶対にダメ、ダメなものはダメ」と教え込むことと、濃厚なラブシーンのある番組を子どもと一緒に見ない、親の性生活を悟らせないこと、そういうことなんじゃないかなあと漠然と思っています。学校でもあまり低年齢のうちには性教育というよりも、「大人に何か嫌なことをされて黙っていなさいと言われても、本当に嫌なことならちゃんと誰かに言うのよ」ということ、そして子どもがそういうときに心やすく打ち明けられる存在がどこかに必ずいることではないかなと思うのです。
とか言いつつ、最近の豊満な肉体の女子小学生を見ると、「やっぱり何か知識を与えて、逃げる方法とかも教えないとやばいのかもしれない」ともちょっと思います。体は大きくて、胸も大きくて、ハイティーンに見えるけれどもやっぱり頭の中がローティーンなので、「多分高校生だろうけどちょっと知能の低い子かな」という印象を与えてしまい、上にも書いたような知的障害者を好んでターゲットにする男にいいようにされてしまわないだろうか、とか。

○被疑者の通学している中学校に非難や嫌がらせの電話・FAXが殺到
 そんなことして何になるんでしょうか。その中学校に問題があったから被疑者は事件に関わったんでしょうか? 違いますよね、この被疑者は春ぐらいから(入学前後から)同様の事件を行っていたというのだから、中学校教育はほとんど影響していません。

○ふと酒鬼薔薇事件を思う
 酒鬼薔薇の場合は、彼が生や死を意識しているらしいと察して何か適切な指導ができたかもしれない、と何となく思っています。以前から猫を残忍に殺しているところが周囲で認識されており、その初期の段階なら可能だったのではないかと。
彼は日記に自分だけの神を設定してその世界観の中で大人になろうとしていたようだけど、猫を殺すことに性的快感を感じていたのだろうとわたしは思っています。話は飛びますが、微生物学の分野では動物の血清が必要なことがあって、たいていは家兎を使って実験します。毎週注射をし、最終的には血液を全部採集して死なせてしまう実験なのですが、これは初めてやるときや久しぶりのときには緊張します。注射は決して兎を健康にするものではないし、わたしが学生の時はまだ心臓にダイレクトにポンプを取り付けるような器具が出回ってなくて(景気の良い企業研究室にはあったかも)、頸動脈を切り、兎の全身を揉みしだくようにして血液を搾り取ったのです。兎はかわいいし、エサをやっているとなつくし、想像以上につらい作業です。作業の間中手足は震えるし脂汗もかくし、一種の興奮状態になります。普通は悲しい、つらい体験なのですが、この興奮状態が性的興奮に似た感覚にシフトしてしまう人がいるのだとわたしは推測しています。酒鬼薔薇も猫を殺し始めてから深みにはまったんじゃないかなーなどと推測しています。
 今回の被疑者の場合は最初から性的関心が全面にあるのだけど、こういう場合はどこかで事件になるのを阻止できたのだろうかと思ってしまいます。たまたま死なせてしまったから事件として認識されたけれども、もしかしたらずっと密やかに彼は楽しみ続けることができたのかもしれない・・・・・・。
男性の性欲と肉体的な葛藤については、想像しかできないので、適当な推測すぎるかもしれません。

○「最近の子どもは恐いから注意しなかった」
 ぽちぽちっとなの7月10日の日記によると、そんな発言をした大人もメディアに登場していたそうです。大人は、子どもの手本になったり教えてあげたりする立場なのに。
わたしはいつも言っているように子どもが嫌いで、特に映画館など騒ぐべきではないところで子どもが騒いでいると我慢できなくて、子どもに文句を言うし、ナリがでかかったり人数が多くて手に負えないなあと思ったときにはガードマンやスタッフに連絡して叱ってもらいます。こういうわたしの行動を「大人げない、いいじゃないの子どもなんだから」という人がたまにいたんですが、これからもわたしは地域の意地悪ばばあとしてのさばることにしました。

○犯罪被害者へのケア
 段々と話題にはなっているけれども、未だなされているとは言えないのが犯罪被害者へのケア。被疑者の人権が守られるのはいいけれども、それ以上に被害者は守られるべきなのにねえ。マスコミはことさらに顔写真を出したり名前を連呼したり、お葬式の光景を流すことで扇情的・ドラマチックな報道にしたがっているみたい。被疑者への手がかりがないうちはある程度情報を求めるために男児の名前や顔を出すのも仕方がないかと思うんですが、そのへん規制できないもんなんでしょうか。

2003年7月12日(土) サッカーオールスター戦チケット確保

 午前中勤務。と言ってもいつもの通りサービス勤務なのでその形態は自由、休憩時間じゃなくても休むしへらへらと自習しているようなものです。(いやノルマはこなすんですけど。そして技術系の勤務態度はデフォルトでくだけていて、普段の決まりを守った姿でも営業や総務系の人からしたら信じられないような姿なのかもしれないのですけれど。)
ごそごそ仕事をしていて、ふと気がつくと10時過ぎ。急に何かやるべきことがあったような気がして考え込み、「あっ、オールスター戦のキャンセル待ちの日だ!」とようやっと思い出しました。慌てて職場近くのローソンに車を飛ばし、チケット獲得に精を出すことに。(田舎でよかった、誰もローソンチケットを取ろうとしていませんでした。)
先週のチケット取り合戦に敗れた人々がアクセスしているらしくなかなか繋がりません。この時点で脂汗が浮かぶものの、「この間みたいに瞬時に完売のメッセージが出ないだけまし!」と己を励ましました。とは言うものの仕事の合間、次の実験の処理時間まで時間がなくものすごく焦ったことは事実です。10時半過ぎ、ついにゲット。やったー、これでオールスターを見に行けます。
 ついでに8月札幌である阪神横浜戦のチケットもゲット。こちらも昨日の阪神の好調を受けてか繋がりにくい状態でしたが、サッカーよりかは楽にゲット。(サッカーオールスターに比べたら値段も安めです。)昨日上司と雑談していたら、「今年の阪神は本当にいいね、行きたいんでしょ」と言われ、あーこりゃ阪神戦のために早退するのはOKってことだなと一方的に理解してとにかくチケットを取りました(w

 そして夕方Tさんと待ち合わせ。
オールスターはTさんと行く約束なのです。Tさんは札幌ドームに行ったことがなくて「一度は行ってみたい」と言っていたのですが、コンサドーレの試合では釣れないし(コンサが弱すぎて面白くないから・・・・・・)、「オールスターなら」ということでもし2枚チケットが取れたら一緒に行きましょうという話をしてあったのでした。いつもは同行者がいなくても行きたいときは行きますが、オールスターは面白い試合を期待するというよりも、有名人を見て楽しむみたいなものだし、丁度良いかと思って是非2枚取りたかったのです。チケットが取れてすぐにTさんにメールし、夕方落ち合い、ギネスを飲みに。
ブライアン・ブルーへ出かけました。階下の焼肉店と経営母体が同じらしく、食事のメニューにはキムチやビビンバなども。でも、店内の雰囲気はキャッシュオンデリバリーだけではなくカウンターやテーブルの素材なども本格的。木曜日にはアイリッシュバンドの生演奏もあるそうです。今日は土曜なので音楽はなし。生ギネスと生キルケニーが飲めてアイリッシュウィスキーが沢山あるのは魅力ですが、「パブ」という言葉を「居酒屋」というふうに理解しているとお腹がすいてしまうでしょう。(アイリッシュたくわん=キルケニーでつけ込んだ大根は大変美味でしたが) 飲むことを目的として出かけるには良い店です。ただし、それには立地条件がやや悪いかという気もします。
 Tさんにサッカーのチケットをわたし、あれこれ雑談、店内のテレビで阪神戦を見て読売相手の勝ちっぷりに満足した夜でした。


イヌゾリメモの7月8日分日記
(引用)それぞれが勝手なことを言い合っていく中で「世論」のうねりのような感覚が立ち上っていく感じが面白い。
ネットの世界でも学会誌と同じような風潮が出来つつあることが更にわたしには面白く感じました。こうした議論を発酵させていくためにも、何か論じる際には「引用」「参照」が不可欠だと思います。(学会では文系理系関わらずこれが必須です。)引用どころか参照すら否定する大新聞社系や、個人のところでも(何か色々事情があるのでしょうが)参照せずに「あるところで〜〜と書かれていたけれども自分は反対」という書き方は好ましくないなあと思いました。前者は言うまでもなく、後者でも(例え個人の日記でも、わたしのところのようにアクセス数が少なくても)、参照をしないということは自分勝手な解釈を加えている可能性があり、読者の客観的な判断を阻止しますし、酷い場合は身勝手に自画自賛する材料にしているだけの場合もあるかもしれません。リンクしたり引用したり、所在を明らかにして「でもわたしはこう思う」と発言するのは、結構勇気がいることなので適当にぼかしていたいと思う気持ちもわかるのですが、ウェブに文章をアップするというのはやはりある程度覚悟が必要なことだと思います。(自分の常識は他人の非常識だと知ったり、自分では普通だと思って書いたことが多くの他人から否定されたり批評がでることに耐えられない人は、ウェブ日記を書かないほうが良いと思います。)
blogという形式ではシステムによっては勝手にリファラを公開するので、その是非を問う人もいるようですが、わたしは公正な議論のためにはなかなか有用なシステムだなあと思いました。(実際わたしもリファラを辿って色々な意見を読み、参考にしました。)

風野先生の読冊日記7月11日分「断章」
 低年齢でも重大な事件を起こした場合には大人と同じ刑法で裁かれるべきだ、という意見に対するものだと思います、「刑事責任の適用年齢を下げるように求めるならば・・・・・・選挙権の年齢も引き下げるべきた」との主張、はっとしました。義務を課す以上は責任ある存在と認めていることになり、権利もゆだねなくてはなりません。
その権利がないとするならば、やはり少年に義務を求めるにも限界があるでしょう。そしてむしろ親に責任を問うことになるでしょう。
 また、風野氏が指摘している「子どものいない人にはわからないからとこういう事件のときに子どものいない人間を排除するのはどうであろうか」という意見には、同感です。確かにわたしは子どもを持っていないし持つ予定もないしそれどころか躾のされていない子どもが大嫌いですが、だからって凶悪な事件に感想を述べることを否定されたくありません。子どもが被害者だからって特別感情移入はできませんが、痛ましいとは思っています。だって勝手に殺されるんですもの。被害者が大人でも子どもでも男でも女でも同じです。

今のところ「自分の子どもが殺されたら」という発言はいくつも見ていますが、「自分の子どもが加害者だったら」というウェブリファランスを見ていません。是非、子どものいる人のそういう意見や感想を知りたいとも思うのですが。

2003年7月13日(日) えべつやきもの市

 まず、昨日の日記で少年犯罪の場合親に責任を問うことを是認しているわたしの発言について、訂正します。わたしは親には責任はあると思いますが、だからと言って親に刑事処分などの処罰をするべきではないと思います。子どもを養育してきちんとした大人にするのが親の義務なので、それができなかったことについては自省していただきたいと思いますし、被害者遺族へ何らかの謝罪を行うべきだとは思いますが、社会が親を処罰してはいけないと思うのです。被疑者少年は確かに成人していませんが、それでもやはり「個」であり、親とは別の個体なので。

議論について思う事
 元の記事だけでなく続く書き込みも大変興味深く読みました。ところで、わたしは少しだけディベートをやってみたことがあるのですが、あれは必ずしも自分の意見を主張する物ではないのです。自説にこだわり、議論を勝ち負けに決着させようとする人のことをディベートだろうと指摘している人がおられますが、ちょっと違うんじゃないかなあと思いました。お題に対する解決方法の提案を割り当てられて、解決方法を主張する、自分の発言で「この方法が一番いいと思わせる」そういう発言力説得力、ひいては政治力のようなものをトレーニングするものでした。従って、一通り終わったあとはさっきまでの主張とは逆の意見を指示する立場に回って、また発言しあうのです。もちろん発言の説得力によって勝ち負けを決めますから、自分の考えと違う主張をしなくてはならないときは「この自分の嫌いな意見の長所はどこか、自分の好きなほうの意見の短所はどこか」を真剣に考えることになります。言葉を操って自分の主張を多くの人々に納得させるトレーニングであるだけでなく、相手の立場なども理解できるものじゃないかとわたしは思いました。
ディベートという訓練法に勝ち負けがついてくるのは、訓練そのものにゲーム性を持たせることと、発言の効果を判断するために必要だということであって、勝つことが目的なのではないと思います。
 さて、そんなふうにウェブ上の議論を読んだり自分も参加したりしてみることで、mieki256さんは自分の主張の間違いを修正したり新たな知見を加えていくことができるのが良い、と仰っています。わたしも全く同感です。そして昨日の日記にも書いたけれども、そんなふうに議論を成熟させていくためには、参照や引用ということが非常に重要なのです。(学会誌のような場所に限って言わせていただくと、参照も引用もないような論文には、主張の正当性はないと見なされます。)というわけでわたしは新聞社系のネット記事にあくまでも直リンします。参照や引用は著作権侵害ではありえないのです。

 えべつやきもの市
 午前中仕事、午後からえべつやきもの市に行ってみました。実は、初めてです。先日平皿を割ってしまったのでどうせなら見に行ってみるか、と行ってみました。思っていたよりずっと規模が大きく、沢山のプロやアマの作品が展示販売されていて目移りしてしょうがありませんでした。つい途中で焼きソーセージにかぶりついたりスペインワインの試飲にはまったり、道内産小麦だけで作ったという食パンを買ったりしてしまって、何時間経ってもお皿を決めれませんでした。行った時間がもう遅かったので絵付け体験などには参加できませんでしたが、なかなか楽しかったですよ。最後にえいやとあるアマの方のスペースで白っぽい上薬をかけた平皿を購入。最終日の夕方ということでかなり値引きしてくれました。(ざっと見たところプロは値引きしていないようでした。アマチュアのコーナーでは、売買の交渉も楽しめる市だったようです。)
それにしても、車で会場に来ないようにとあれほど言われているのに、来る人が多くてびっくり。当然路駐をしまくっていて危ないのなんのって。やきものを運ぶのには車があったほうが楽だけど、それだって市は特設駐車場(無料)から会場までの無料シャトルバスを走らせているんだし、ちょっとは他人の迷惑を考えられないものでしょうか。

長毛種にゃんこのサマーカット
 ぽちさんが先日見かけて大変かわいらしいと仰っていたし、掲示板でto-chaがノルウェイジャン・フォレスト・キャットという長毛種を飼うことにしたとのことなので、「サマーカットの猫さん」を探して見つけました。かわいー。
ちなみにこのサイト、猫ギャラリーだけではなく「ベルばら名言集」などあって個人的にかなりツボです。

フルーツカービング
 この間タイ料理を食べに行きましたが、この飾り切りって本当にきれい。食べずに飾るだけらしいのでなんとなくもったいなくも感じますが。二十日大根なら飾り切りしてから甘酢に漬け込んで食べれるけど。ギャラリーだけでなく講座の案内もあります。ちょっとやってみたいなあ。

零魂(ぜろだま)を始め数件をお気に入りリンクに追加しました。

2003年7月14日(月) 情緒不安定でない思春期なんてない

 色々と12歳少年の生育歴や性格のことが報道されていますが、そんなに珍しい例ではないように思います。わがままで思い通りにならなければ大声を出したり暴れたりする子どもはその辺のスーパーでも長年にわたって見かけていますが、こういう事件が頻発しているわけではありません。素人考えですが、この少年がこのような性的嗜好を持っていることを事前に察知し、適切に見守ることなどできなかったのだと思います。少年による凶悪犯罪の増加という「嘘」も併せ考えると、非常に稀な事件であるとも考えられます。
酒鬼薔薇もそうなのですが、このような特殊な性的嗜好(他者を一方的に拉致し死に至らしめる暴力を伴っていためつけ、その際に快感を得てしまう嗜好)を持ってしまった人物をどうすればそのような行為をせず代償行為で自らの欲望を抑えることができるように変化させることができるのか、それともできないのか、ということが重要なのだと思います。そのような指導・治療設備が日本にあるのでしょうか。その部分の解決の見通しがなければ、この少年に対して刑事罰を適用しようがしまいが、少年が世間に出てくる(社会復帰する)のは誰しも不安なのではないでしょうか。

 思春期等に様々な理由で他人を憎み、「殺してやりたい」という感情を持ったことがある人はわたし一人ではないようです。わたしはミステリなどを読みながら完全犯罪を目論みさえしました。しかし、実行はしませんでした。他のほとんどの人もそうです。わたしが子どもの頃、2浪生が成績のことを言われてかっとなり両親を就寝中に金属バットで殴り殺すという事件があり、年頃の子どもを持つ家庭でバットを片づけてしまうという動きもいくらかあったようですが、99%以上の浪人生は入れる大学に入るか就職への道を模索するかし、そんな事件はそうそうありませんでした。
何が違うのでしょうか。
専門家の解析も知りたいとは思いますが、ごく稀な例・局例というのは解析のしようがないかもしれません。
わたしが自分の扱っているある微生物一万個体のうち、1〜2個体のみ通常ではない様子を見せたら、関心は持ちますが本来の種からはずれてしまったものと見なし、データはデータとして残した上で「何か変なのが出ましたね、まあこういうこともあります、この比率なら無視できます。」という処理をします。
 この事件においては人間世界のもので、しかも被害者が出ているので無視することはできません。が、こういう稀な人物を理解することはたやすくありません。どうしてもスキャンダラスな事件なので、好奇心も湧きます。しかしここ数日わたしはこの事件のことばかりを日記に書きすぎたという気もします。
とりあえず明日からこの事件については少し距離を置き、傍観していこうと思います。
(被害者救済については強く願います。)

読冊日記よりグリーフケア、死にゆく家族を見守るとき、身近な人が家族を失ったとき、こういう知識と理解があるだけで少しはましかも。

名探偵コナンは嘘つき?
mieki256さんが議論の食い違いについてをイラストにしています。すごくわかりやすい。


 ところで、どうも冷夏です。寒い。さすがにストーブは焚きませんが、この分では農作物に影響がでそう。

2003年7月15日(火) ネットで捜し物をする人々

 帰ろうと思ったときにお客さんが来たりして、頼まれごとをしたりして、思ったより遅くに帰宅。帰宅後、タイガース戦かと見まごうほどのオールスターの光景を見て胸が高鳴ってくるのを抑えがたくなりました。

 さて、昨日から日記への直接アクセスが増えていて、なんだろうと思ったらある検索キーワードにひっかかっているのでした。言葉の組み合わせ方次第では、この弱小日記が割合上位に引っかかってきて、チェックしに訪れる人がいたのです。検索している人は多分その画像を見たいのだと思います。全くの見当違いでの訪問はご愁傷様と言うしかありませんが、2chで出回り、プライバシー保護の観点から削除され、テレビニュースでも「ネットで〜が出回っている、人違いのものも含めて3〜4種類出ているようだ」と報道されたようなものを今更GoogleやYAHOOで検索しても見れるわけがないのですが。
(人々が何を探しているかは上記で察してください。曖昧な表現は再び同じ検索ワードに引っかかることを避けるためです。お探しの物はここにはないので・・・・・)
違法性のある物は表の世界で探しても見つかりませんよー。それにしてもこれほどまで世間の人々がそれを見たがっているとは、思いませんでした。わたしはきっと目の前にあれば見るだろうけども見たいというほどの情熱はないし、第一12歳の少年はあと数年もすれば輪郭が大人になり、パーツの面影で判別しなくてはわからないようになるのだから、凶悪事件の被疑者を見分けるために顔を見ておくなんてことをしても、あんまり効果がないと思うんですよね。
それとも単に、意識的に被疑者側だけを隠すことへの抗議というか、隠されているから故の好奇心なのかな?
 被害者のプライベートは早く隠してあげたいです。もう本当に気の毒で。

ナミテントウ ナミテントウの交尾シーン。・・・昆虫の交尾シーンをカメラに収めることが多いのは、野外で生きている昆虫は動き回って撮影しにくいけど交尾の時はたいていじっとしているからです。じっとしているからだってば。他意はありません。
昆虫の神経構造で快感があるとは思えないしね〜。



おいでやす。Kure's Homepageへ!は、「我が妻との闘争」で有名なおもしろサイトですけれども、その「我が妻」に「KHP〜Kure's Home Page〜の真実」若い人達へのメッセージにあるような背景があったと知って、また深々と頷きました。
6月21日の日記「作家の背景」で明智抄という漫画家の背景を知ってその作品のメッセージに合点がいったと書きましたが、これもまた同様の印象です。
本当に苦しい時期を乗り越えようとしている人は、「わたしは苦しい」とは言わずにその苦しさをどこかにぶつけつつ、己の苦しみと対峙し、それが血肉となっていくのだと思いました。
また、「我が妻」を読んだ20歳前後の若い人で一人、「こんな結婚生活はいやだ、こんな嫁は酷すぎる」と真に受けていた人とある掲示板等でやりとりしたことがあります。そのときわたしもその他の「我が妻」のファンの人たちも「これは拡張して書いてあるけれど、旦那さんは奥さんにすごく甘えているし頼りにもしているという一種ののろけなんだよ」と言っていたんですが、全然納得してもらえなかったことを思い出しました。
あの彼ももう大学を卒業しているでしょうね、今でもそんな風に思っているのかな。
裏の事情を知れば、「我が妻」を書いて笑いを誘っているようで、呉さんはこのコーナーを設けることで自分を叱咤していたのかもなあと思います。
こういう文章が出てきたと言うこと自体、彼に一つの区切りが来たのでしょうね。
彼の今後の活躍がまた一層楽しみです。

トラッキーの「中身」降板をめぐる大騒動を追え!
紙のメディアが興味を持ってくれればもう少し阪神フロントに影響があるかな? まああのフロントだからなあ・・・・・

ジャニー喜多川氏のセクハラ行為は「真実」 東京高裁
わたし、あんまりアイドルに興味はないんですが、やっぱそうなるとあの○○も××もジャニーさんにあんなことやこんなことを(以下略
でも、ナンシー関だったか誰かが、ジャニー氏が自らをゲイだとカミングアウトした上で
「自分はゲイですけれども、商品には手をつけませんよ」
と言ったことに非常に納得したと言うコメントを出していたなあ、それを読んでわたしも納得したんですが。
裁判はまだ続く予定、長引くほど(もし報道が事実だとすれば)被害を受けた側は余計につらいかもしれません。(セクハラされても黙って我慢したほうがいいとは思いませんが。)

仙さん発案「若手は売り込みがヘタ」赤星、藤本 吉本入り?

2003年7月16日(水) カレーに温泉卵

ぽちさんの日記(7月10日)と掲示板で「カレーに生卵」が話題に出て、大道寺さんが「温泉卵を落として食べる」と仰っていたので、今日はカレーに温泉卵、やってみました。辛い物は得意じゃないのだけど、あんまり甘口も好きではないし、わたしなりに辛さを楽しみつつおいしくいただけるのは中辛あたりかな。でも今日は卵を落とそうと思っていたので辛口を選んでみました。市販ルーの辛口なので、激辛とはほど遠いものです。(卵を入れるとまろやかになるので少し辛めのほうがカレーらしさも味わえると思います。)
帰宅後ちゃっちゃと作ったのでは煮込む時間が少なすぎるので、今朝は6時からタマネギを炒めていました(w ラジオドイツ語講座のスキットを念仏のようにリピートしながらカレーの下ごしらえ。おかげで今朝は忙しかったですが、晩ご飯はおいしかった。生卵もいいけど、温泉卵のとろ〜りはなお口当たりがよく、おいしい物が好きな人のお薦めに従って間違いなしと再確認。

夏の電力危機対策で残業禁止 東京・豊島区
電力不足、心配だし、経済活動の妨げになりますね。残業禁止は疲れすぎている日本のサラリーマンには「一休み一休み」というイメージも持ちますけれど、「どうしても今日中にこれをアップしたい」なんて思うこともあるしなあ。その分が秋以降に持ち越されてきつくなるのも困るでしょうし。
先日も夏の電力のことを取り上げ、風力発電のことに触れました。
今日本でこのくらいの場所で試運転され、たった2基で500世帯の電力をまかなえる例も出ています。(設置場所の風力によって発電能力は変わるでしょうけど) こういう事業に取り組んでいる関係者からこそこそとまわってくる話では、電力会社が非常に消極的でしかも会社は原子力には積極的らしいということです。危険で設備投資の沢山いる原子力より、風力のほうが投資に対する見返りが大きそうなんだけどなあ。
実際に電力不足で困っている大都市圏の人々が、安定した電力供給を求めて風力をと声を上げてくれれば、地方在住民としてもほっとできるのですが。

2003年7月17日(木) 今年の大学生

 今日は某大学の夏期集中講座の講師。去年一昨年と若い人たちに接して楽しかったので、なんだかんだ言いつつ今年も楽しみにしていたのですが、今年の学生さんはとても大人しくて、あまり下調べもしていなくて、おばちゃん、がっかりでした。
担当教官から「技術開発の現場や、技術の実際を見せて欲しい」と依頼があったのでそれなりに準備していたんですが。いや、準備していたからこそ、手元の作業を見せようとしているのに近くになかなか来てくれなくて、それでもレポートの提出のためにわたしの話していることだけは必死でメモっているのがなんだか不満でした。まず見てくれないとー。これは大学ではなかなか見れないんだからー、と思うんですが、どうしようもありません。
「何か質問はありませんか?」
と聞いても無言。うーん、沢山の聴衆の場合は質問は出にくいんですが、今回は手元を見せるためにわたしとM君が講師になって20人ずつを担当しているので、このくらいなら大学生のクラスメイト同士の気安さからこっそり雑談しているうちに質問が出るのが今までよくあったのに。
なんだか気落ちしてわたしも段々と淡泊に説明してしまいました。
途中でM君にそっと「どう?」と聞いたら、
「大人しいね、なんかやりにくい」
とのこと。わたしの班が大人しいのではなく、今年の夏期講習参加者が全体に大人しいみたいです。
担当教官の助手氏が付き添ってきていて、後半は気にしたのか、
「ほら、質問してごらん、今見せてもらったのは〜〜が・・・・だったよね、じゃあ××だとどうなるのかな?」
と助言を与えたり、助手氏自身の専門分野とは少し異なる分野なため、純粋に助手氏の質問が出たりして、それに釣られるような雰囲気でやっと少し学生さんの質問も出ました。
もしかしたらシャイだったのかなあ。そういえば去年までも、熱心な4〜5人の学生が質問を沢山して、その余波で周囲も
「え、じゃあそれってこういうこと?」
というような発言をしていたので、呼び水になる物がないと発言しにくい物なのかもしれません。
そういう意味ではわたしも人見知りはするので、わからなくはないかな。
でも、レポートも書かなくちゃいけないんだし、ちょっとくらいは興味があるから単位を取ることにしたんだろうし、もともと理科系なんだし、もう少しなんとかならないかなー。
これが文系の教養課程の講座だったら、まあこんなものかと納得できたんですけど、なまじ理科系だったので少々不満が残りました。

「徒歩暴走族」、61人が「辞めます」 家庭訪問で壊滅作戦−道警少年課、成果上々
「徒歩暴走族」と言う以上、自分の足で、全速力で走りながら「ぱららら、ぱらららー」と叫んでいるとか、そういうのをイメージしがちですが、札幌狸小路(アーケード商店街)で徒党を組んで応援合戦(?)のようなことをしたり、円陣を組んでカツを入れていたりするティーンエイジャーたちのことです。札幌名物だそうです。
こういうので縄張り意識とかが掻き立てられるらしく、暴力団とも関係しているというのがなんだか不思議。まあバイクで暴走しているのも暴力団予備軍だし、表の社会には反発しつつも徒党を組まなくては何かできない若者を吸収していくのが暴力団っていうことかなー。

2003年7月18日(金) 子どもの欲望の深さについて

 子どもは自制心がないので、引き留める大人がいなければどこまででも自分の欲望を追求するのだと、最近立て続けに起こった小学生が中心となる事件で思いました。
性欲や金銭欲(物欲)に囚われて「その結果どうなるか」を予測しないで行動する子どもたちの事件だったのだと思います。
性欲については、わたしは女に生まれついたので、男性の肉体的渇望は想像するしかないのですが、女の子が巻き込まれた事件については、自分や自分の周囲の女の子たちの経験から子ども故の愚かさをまざまざと感じています。
事件の女の子たちのようにおしゃれやお洋服や華やかな街にはわたしはあまり憧れなかったけれど、本を読んだりガンダムのプラモデルを作りたかったり、そのためのお金はいつも欲しいと思っていました。わたしはお小遣いをもらっていなかったので、そういうものを買えず、物欲を抑えるのにはとても苦労していました。多分、当時わたしに「パンツ売らないか」と持ちかける男がいたら、「それがどういう意味か」は薄々理解しながらも「黙っていればわからない」「とにかくお金が欲しい」という風に考えて、誘いに乗ったのではないかと思うのです。
(お小遣いをもらっていなかったと言うと、「親に何でも買ってもらえたのでしょう」とよく言われるのですが、当然ですが親は気に入らないものは買ってくれません。学校で使う文房具類は揃えてくれますが、それも他の子のようにキャラクターがプリントされているものなんて絶対にだめ。お年玉も親へ上納させられていました。)
わたしは人見知りする子どもだったし、あのころはまだ性に関する事柄が子どもに対しては今よりかは閉ざされていましたし、子どもが子どもだけで夜出歩いたり、昼でも繁華街を歩くときに保護者がいないのは不審に思われるような風潮があったため、わたしはそういう事件に巻き込まれなかったのだと思います。(その代わり父親が脱ぎっぱなしにしているズボンのポケットから小銭をくすねていましたが。)
パンツには抵抗しても、ブルマなら売ったかもしれません。あるいはソックスならもっと抵抗がなかったかも。
一度ブルマを売ればそのうちパンツを売ることにもためらわなくなるでしょう。
その先にあるのは売春婦への道なのだけれども、それはわたしが大人だから理解できることで、ブルマを売り始めた女の子は買った男性が何に使うのかについて理解しつつも考えないことにして、「別に売春じゃないし、今はこんなことしてても将来はしないし、黙っておけば誰にもわからないし。」と思っているのでしょう。子どもは、原因から結末を順序立てて推測することもできない。
 そういう子どもの欲望の深さと自制心の無さを考えると、やっぱり大人(親はもちろんだけど、親だけじゃなく周囲の大人みんな)がしっかりして見守ってあげたり教えてあげたりしないといけないんだなあと改めて思いました。
長崎の少年についても、「命の大切さを教えよう」という意見があり、無論そのことに反対ではありませんが、命という漠然とした説明は子どもには理解しにくいものではないかとも思います。それよりも「欲望というわがままを抑えること」や「他人には自分と同じだけの権利がある、自分がされたら嫌だなあと思うことは絶対にしてはいけない」という方がわかりやすく効果的なのではないかなあと思います。
 それとですね・・・・・、男性が未成年というよりも子どもを性欲の対象にする場合があるのが、心の底から理解できません。
まあたいていの男性にも理解しにくい一ジャンルなんでしょうけれども、こういう性癖にならないようにするにはどうしたらいいんでしょうか? 性のあり方は双方が合意していれば何でもありなのでしょうけれども、こればっかりは理解できない以上に「あってはならない」と感じているのです。

 子どもを産んでいない身で何を偉そうにと思われても仕方がないようなことを書きましたが、子どもが事件に巻き込まれ傷つくのは痛々しいし、嫌な気持ちになるニュースです。こういうことが再発しないようにするにはどうしたらいいのかな、とつい考えてしまいます。

2003年7月19日(土) リバーダンス来日

 知り合いの農家からはね物のメロンをいただきました。商品として規格がちょっとはずれてしまったとのことで確かに小さめ。
でも今年の初物で嬉しい。冷やしてあとでいただこう。
フルーツと言えば最近ゴールデンキウィが売られています。試してみると、甘く、結構人気が出そうな味でした。
でもわたしは緑のキウィの爽やかな酸味が好きだな。

High Society
イギリス貴族の英語の特徴について紹介しています。
貴族の生活スタイルなども感じられて面白い。

リバーダンス2003来日公演
リバーダンスが今年日本公演をするのだそうです!
うう、しかし会場は名古屋大阪東京仙台広島福岡。
なんで札幌には来てくれないのかなあ。
一番近いのが仙台、仙台はおいしい物もあるし魅力的な街だから行きたいけど、旅費を考えるとつらいわあ。
うー、でも行きたいー。

2003年7月21日(月) スピード違反

 友人宅へ向かう途中、スピード違反で捕まりました。
制限時速50km/hrのところを73km/hrでの走行。
3連休なのでどこかでねずみ取りはしているだろうなあと思いながらの運転で、しかもパトカーがいることに気がついていながらブレーキを踏まなかったことが、今大変に悔やまれています。
パトカーがわたしに向かってサイレンを鳴らしたときは「え? わたし? なんで?」というマヌケぶり。素直にパトカーに乗ったものの、心の中で「なんで?」と渦巻いていました。
「あ、優良ドライバーの方なんですねー、・・・急いでらしたんで?」
とお巡りさんは紳士的に接してくれましたが、見逃してはくれませんでした。
わたしのゴールド免許証があああああ(大泣き)。
「2点つきますけど、3ヶ月無事故無違反でいたら点数の方はちゃらになりますからね。
違反歴が消えるわけではないので、次回免許更新時はゴールドはもらえませんけど。」
えーんえーん。
免許所得以来、初めて捕まりました。
わたくしは犯罪者ですと拇印を押して(印鑑を携帯していれば拇印である必要はないらしいです)、15000円也の切符を渡されて放免。
 実際には今までもこの程度の速度違反はしてきているのですが、捕まったことで「とうとう犯罪者になってしまった・・・」などと少し大げさに感じて凹んでしまいました。ええ、日記を書くのをめげてしまう程度には凹んでおりました。時間が経つにつれて捕まったことよりも15000円の違反金のほうが重くのしかかってきましたけれども。
 何故捕まったときに心外だったかというと、確かに制限速度は超えているけれども、自分では安全走行していたつもりだったからでしょう。
当時、片道2車線の中央分離帯のある広い道路を走行、両脇は牧草地、対向車後続車先行車なし。わたしとしてはキタキツネとエゾジカの飛び出しに注意していれば事故になるまいという計算があったのです。とは言え、速度が上がれば上がるほど事故の際の衝撃は大きくなり、周囲を巻き込む確率も上がるのですから、わたしは悪くないとは言えません。ううう、しかーし、もっと絶対やばい運転の車があるのに、なんでわたしがー、っと思ってしまうのですねー。うーん。
そして、捕まったことにも罰金にもものすごく凹んでいるのですが、やはり今後も状況を見てその程度の速度は出すと思います。
我ながら反省になっていないようで、お巡りさんがこの日記を読んでいないことを願うばかりです。

 ああああ、15000円あったら仙台にリバーダンス見に行く足しになるやんかー><


 今日は祝日のためドイツ語教室はお休み。更に来週から夏休みで、夏休みは毎年決まっているのだけども今年は暦の関係で8月第二週まで休みになってしまうとのこと。
先生は夏休みにドイツに行ってしまうのです。
「これでは休みすぎなので、7月と8月は他の日に一回ずつレッスンの日を作りましょう」
と言われましたが、他の曜日は予定があって来られないと言って月謝をその分安くしてもらうことにしました。
 さぼり気分というよりかは、レッスンではわたしは会話ができず、ドイツ語で話す先生にわたしはほとんど英語で答えている始末。テキスト読解のほうは時間をかけて辞書を引きさえすればどうにかなるので、もっと「話す」ということにわたしは主眼をおかないといけないようです。その「話す」練習を4回の休み中に自分でCDなどを使って頑張ろうと思っています。テキスト読解はできるとは言え、知らない単語も多くて時間がかかりすぎ、そういう練習を自分でなかなかできないできたので、良いチャンスだと思いました。ラジオ講座のほうも夏休み特集になって復讐ができるし、基礎的な会話パターンを自分でよく練習するつもりです。

2003年7月22日(火) AIBO

 今夜のNHKプロジェクトXはAIBO。ふと気がついたけれど、NHKも商品名を出すようになったんですねー。
AIBO、欲しいなあ〜。最初は本物の犬が飼えないから代わりに・・・と思っていましたが、AIBO単体で面白いしかわいいですよねー。

 出勤してスピード違反の話を。
「まあ、罰金は痛いけど30km/hr以上の違反じゃなくて良かったね。罰金もぐっと高くなるし裁判所に出頭しなくちゃいけなくなるし、給料も減らされるしねー。」
と慰められました。
そうなの、公務員はスピード違反で「減給・昇級延伸」など、職場でも処罰を受けるのです。それを思えばこの程度ですんでよかったのかも。

ドイツ語慣用句直訳集
慣用句を直訳するとわけわからなくなるよ〜、という見本。これは覚えなくちゃ、会話に沢山出てきそう。

恋愛頭脳
あちこちで話題になってるらしい、心理判断もの。こういうのはどれもちょっとしたお遊びとして楽しいけれど、ことテーマが恋愛となるとついついのめってしまいますね。
ちなみにわたしは「高校生レベル」だそうです。しかも「冷めてて計算高い」らしい。ふぉふぉふぉ。
一回やってみて解析を出すと、「どの設問にどう答えたらどういう解析になるか」がわかります(どの診断ものでもそうですが)。このサイトでは回答者の傾向を解析して診断しているので、高得点をあげるように回答すると「このテストを受けた人々の平均的な態度」がわかります。
どんなアンケートでもそうですが、回答者は無意識に体裁を繕ったりしてしまうので、本音を引き出す設問を作るのも難しいでしょうね。

「「男」という不安」 小浜逸郎 (PHP新書)
 「女性の方が元気だ」とか「最近の男は頼りない」とかそういうことが言われるようになってしばらく経ちます。そういう世情の中で生きて行かなくてはいけない現代男性への励ましのメッセージです。行き過ぎたフェミニズムへの反論も盛り込まれており、女性が読んでも面白い。また、恋愛に関して「男女は同じ立場には立てない、性愛行動は男が申し出、女が受け入れるということが原理となっている」など、性差に関する意見もあります。社会において、性差故に男女の立場や権利を区別しようと主張しているのではなく、「女性誌などで時にもてはやされる対等な恋愛」というものに反論しているものです。著者の意図するところはかなり中庸なものなのですが、こういう意見の一部を切り出して盾にし、「性差があるのだから社会でも女は女の役割を、女に向いている職業を、結婚したら退職を。」と言い出す人がいそう。それは著者の責任ではないのですが、少し不安になるところです。
 わたしは性愛行動や出産育児に際して著者が主張する男女の感情と立場の違いはよく理解でき、著者の意見に深く頷くところがありましたが、男女の言動の差を表すものとして「地図の読めない女・話の聞けない男」を引用していることに強い反発を覚えました。「地図の・・・」は、ろくにソースもない著者たちの身近で散見された事例をひたすら挙げているだけで、男女の言動の傾向の差だけは見られますが、大脳生理的な解説は全くなし、それでは「女性は生まれつき地図が読めない」証明はできません。単に女の子は一人で旅に出たりするのを批判されるむきがあるので、大人が「読めるように」教えてこないだけかもしれません。得意な学科などについての性差には、そういう育て方をしたという面もあるはずだと思います。教える側が「女の子は理科や算数はできなくてもいい。地図も読めなくていい。」という態度でいれば、よほど興味がない限り少し難しいと感じたときに「自分は女の子だから頑張って理解する必要はないんだ」という楽珍さに逃げる子どもがいても不思議はありません。性差と肉体的能力の違いが、性格の違いを産むだろうということはわたしも理解できますが、男の子だから女の子だからというエキュスキューズをあんまり作らないほうがいいと思うのです。地図や時刻表の読み方は訓練すればちゃんと身に付くものです。わたしの周囲には所謂「いい年して独身女」という立場の人が多いせいか、「何でも自分でやる」人が多く、地図が読めないだのビデオの録画ができないだの車のタイヤ交換ができないだの言う人はいません。こういうわたし個人の経験で反論するのはあまり意味がないことではありますが、訓練で身に付くことを、「男の子だから女の子だから」というエキュスキューズを設けて身につけないでいることは、本人にとっても不利益だと思います。
 男女の恋愛関係・夫婦関係については、なかなか面白く、納得しつつ読みました。また、「専業主婦になりたがる女性は多い。働かなくても生活できるほうが良いと思っている女性のほうが、あくせく働きたがる女性より多いのだ」という意見にも納得です。それは女性だけでなく男性にも言えることで、人が働く第一義は「生活費を稼ぐため」で、働かなくても生きていける資産があれば、誰でもあんまり働かないと思います。引きこもりが増えているらしいですが、それも大きくなった子どもが働かずに家にいてもその生活を支えられる親がいるからです。親としては「自分たちが死んだらこの子はどうするのだろう」など、色々心配でしょうが。
わたしも、「定年退職したらささやかな自分の趣味の家に暮らし、大学の聴講生などをして読書をしたり、旅を楽しんだりして悠々自適の暮らしをしたい」と思っていて、時間的なゆとりにはとても憧れています。専業主婦に憧れる部分というのは、そういう部分です。(もちろん、互いに理解し合い支え合えるパートナーがいる、ということに最大に憧れますけれども。)
ここで少しこの本の感想からは離れますが、ではわたしは大富豪に求婚され、その条件として「仕事をやめてくれ」と言われたら承諾するでしょうか?
大富豪の奥さんになればお金にも不自由しないから、本当に優雅に暮らせるでしょうけど、それでもわたしは「自分の稼ぎ」にこだわるでしょう。
そして、「お金はたっぷりあるのだからわたしが家事にはりつかなくても、お手伝いさんを雇えるでしょう、そしたらわたしが外で仕事をしていても不都合はないはずでしょう」と反論するでしょう。
子どもの時にお小遣いをもらっていなかったり、その後大学に進学してからも親がわたしの態度が気に入らないなどの理由で懲らしめとして仕送りをしてくれない時があったせいか、わたしは「わたしに無条件でお金を与える人はいない」と思いこんでいるフシがあります。結婚して仕事を失えば、わたしは生活費のために相手に媚びなくてはいけないかのように感じているのです。実際には、仲むつまじいご夫婦の様子などを見ていると媚びではなく思いやり・助け合いの姿勢を感じるのですが、こと自分のことになると「いつ相手はわたしに飽きるのか、いつ相手はもっと若くて素敵な女の子をみつけてしまうのか、いつ相手はわたしに別れと生活費のストップを言い出すのか」ということを考えてしまいます。それだけ相手を信頼していないのかもしれません。お金をもらうためには相手(お金を出す側)の要求に応える必要があると思っています。それは、仕事の中でも「お金をもらっている以上これだけはしなくてはいけないし、こういう組織の方針に逆らえない」ということはあるので、自分の中で打ち消せなくなっています。生活費をもらえば一方的にわたしが我慢しなくてはいけなくなる、とすら思っているかもしれません。
世の女の子をお持ちの方で普通に結婚させたいと思っている人は、小さい頃から金額に制限はつけながらも「無条件でお小遣いを与える」ようにしたほうが良いと思います。ここで言う「無条件」とは、例えば「今月は漢字の書き取りができなかったからあげない」とか「今月はお手伝いをさぼったからあげない」というふうに懲罰とからめるのではなく、漢字の書き取りは書き取り、お手伝いのさぼりはさぼりで個別に叱り、毎月のお小遣いは保証されている状態にするという意味です。
仕送りを止められてもわたしは断固親には謝らなかったし媚びなかったし、それどころか「絶対に自分で稼げるようになろう」と思いを新たにしたんですが、どうもそうした積み重ねで生活費を自分で稼がないことに恐怖を感じているように思います。
専業主婦になりたがる娘に育て上げたければ、無条件にお金を与える必要があるとわたしは思います。

2003年7月23日(水) 課題

ミケネコ研究所
ここでじっくり勉強したい。
今ひとつ思い通りにできないところがもどかしいです。

ウルトラセブン Vintage
わたしはセブンは再放送で見たクチなんですが、一番好きだったかも。デザインも他の兄弟とちょっと違うし。盆踊りの夜店でプラスチックのお面は買ってもらった記憶があるなあ。

ベッカム、ムチ&ブラお買い上げ
あー、きれいな男がびしびしいたぶられているのって801的にはナイスでしょうね〜。

「先代トラッキー」復活させて! 署名1万人突破
この運動はずっと見守りたいです。タイガースは大好きだけど、フロントがアホやというのも昔から旧知の事実なもので・・・(とほほ)

少々お疲れモード。でも今年は寒い夏なので、いつものようにばててきてないのは助かっています。
でも、お米は大丈夫なのかなあ、平成5年みたいに米騒動になっちゃうのかなあ。本州の寒さがどの程度かわかりませんが、とにかく北海道は寒いです。

阪神戦がドームで8月12日13日にあるのですが、12日のチケットを入手済み。今日は職場のホワイトボード(予定表)に「12日:午後休み」と書き付けてきました。もう行く気満々なのです。

2003年7月24日(木) Rote Grüze

ローテ・グリュッツェ NHKテレビのドイツ語は、毎月ドイツ料理を紹介する週があって、それが先週でした。今月の料理は初夏のデザート「ローテ・グリュッツェ」(赤いおかゆ)。赤い色のベリー類を主に、果汁をコーンスターチでとろみをつけて果実にまとわすもの、冷たいデザートです。作り方を見ているときも「おいしそうだなあ」と思っていたのですが、昨夜の番組でアレックスが「うまいよ(Gut, Gut!)」と言いながらむしゃむしゃ食べていて、ものすごーく食べたくなりました。もういちごの季節は終わっているけれど、生のブルーベリーが手に入る季節になったし、アメリカンチェリーを入れたらそれっぽい外観にもなりそうだなあ、キルシュヴァッサー(さくらんぼのリキュール)は近所ではちょっと手に入らないけど、オレンジジュースも使うことだしグランマニエで代用してもどうってことないだろうなあ、などと考えている内に「もう絶対今日は作る!」という気になって、帰宅途中のスーパーではフルーツを買い漁ったのでした。
 グズベリーは北海道では割りに手に入って、これは野性味があっておいしいけれども皮が面倒だなあ。このデザートも元は野生のベリーや原種に近いフルーツ(わたしたちが食べるフルーツよりももう少し渋いようなもの)をおいしく食べるために砂糖やリキュールを加えたのだろうけれども。結局生ブルーベリー、さくらんぼ(南陽、アメリカンチェリー)、カイジ(なんか地中海っぽいブドウ)、冷凍ラズベリーで作りました。冷凍ラズベリーは形が崩れやすくてイマイチかなー、でも満足です。番組では生クリームやバニラソースをかけてもおいしいと言っていたけれど、わたしの好みではフルーツを楽しむためにはくどいソースよりも、プレーンなヨーグルトを添えるほうがいい。明日の朝はヨーグルトに添えて食べようっと。



 で、そんなこんなでドイツとかドイツ語とかドイツ料理とか、そういうサイトを徘徊しているのです。今日発見したドイツパン職人修業の道には夢中になりました!!
ドイツのマイスター制度に飛び込んだ日本女性の修行日記なのですけれども、出てくるパンの説明もおいしそうだし面白くて面白くて。パン屋さんの裏話や職業学校のお話はとても興味深いし、パン以外の料理やお菓子のレシピ紹介もあります。もちろんドイツ・スイスでの生活、社会のことなども。

「ニンテンドーゲームキューブエンジョイプラスパック阪神タイガース2003年優勝記念モデル」
この間ロゴ入りのファンヒーターなんかも出てたな〜。

色の見やすさをチェック
理科系の学会発表などで、徐々に「色覚障害者にもわかりやすい色遣いのスライドを作ろう」という運動が広がっています。ネットにアップする画像にalt指定を入れるべきだというのと、同じ話でしょうね。で、これはURLやパワーポイントで作ったスライド画像の色調を色覚障害者の視覚で再現してくれるソフトです。試しに自分のところを見てみたら、とりあえず文字はちゃんと読めますが、リンク色がわかりにくいみたい。あと、昆虫画像は・・・・・、こういうふうに見えるんだー、と驚きました。体験してみるって、大切なことだと思います。なんでも、道路標識なども色覚障害者への配慮が全くないため、ものすごく見づらいのだそうです。そういうところ、少しずつ改善していけたらいいなあ。

2003年7月25日(金) 朝ご飯

 今朝の朝ご飯は、昨日のローテ・グリュッツェをプレーンヨーグルトに添えてみました。真っ赤な果汁がヨーグルトににじんできれいだったし、やはり現代のフルーツはそのままでも充分甘いので、砂糖を加えて作るこのデザートはそのまま食べると少しくどいので、ヨーグルトの酸味ですっきりして楽しめました。砂糖は少なめにしたのだけど、このレシピは砂糖の浸透圧で果汁を引き出しているからあまり少なくするとオリジナルから離れすぎそうだし、それにわたしが爽快感のあるキルシュヴァッサーではなく甘ったるいグランマニエを使ったせいもあって、くどい仕上がりになったのかもしれません。
 それにしてもちょっと豪華な朝ご飯の雰囲気になって、シアワセーでした。夕べ夢中になって読んだドイツパン職人修行の道のイメージも加わって、ドイツの朝ご飯を思い出しました。ドイツのパンは本当においしいし朝ご飯が豪華で嬉しいんだよねー。あの朝ご飯を食べるためだけにドイツに行ってもいいくらいだなー。
そんでもって今夜はテレビで「魔女の宅急便」。
これもオランダかドイツあたりを思わせる街のパン屋さんが舞台になっていて、「あのおいしいパンをまた食べたいっ」という気分が湧いてきます。うーむ、ドイツ語教室がお休みの間に自分なりに会話のコツを掴みたいなあ、絶対またドイツに行くぞー。そして今度は英語ではなくドイツ語で旅をするんだー。

ぽちぽちっとなの7月24日の日記、ディープリンク問題についてを読んで、わたしの喧嘩早さを反省しました。ディープリンク問題はネットサーフする人全てにとって重要な問題です。新聞社等が嫌がる理由はまあまあわかるものの、わたしは最初の「己のバックグランドの大きさや社会的影響力を笠に着て脅迫まがいの言い方でディープリンクをさせまいとした」態度に脳味噌が沸騰していて、まともにこの問題の行方を考えられなくなっているかもしれません。
(この問題だけでなく、どうも権力のあるものが個人に対して高圧的に尊大に振る舞っていると感じると、わたしはかっかと反発してしまいます。)
 わたしは、自助努力せずに高圧的な態度にでた新聞社に腹を立てているけれども、.htaccessの処理でディープリンクできなくなったら、見る方もかなり不自由します。その結果、見る人が少なくなったりニュースを探しにくくなって情報が回らなくなることをぽちさんは心配してらっしゃいます。その通りなんですよねえー。でも、なんかしゃくに障るのです。そうでなくても大新聞社系のサイトは無闇に重い動画広告がついていて、光回線も夢ではない都会人以外のアクセスを拒むような側面もあるのに、とかぶつぶつ考えてしまって。
 ディープリンク問題は今後も色々論じられていってある程度の議論を経ないといけないことなんでしょうね。もうしばらく見守りながら考えていきたいと思います。
えーと、売られた喧嘩を買わないような大人に一歩近づくぞ、と。

 とりあえずメモ
フォーラム「環境教育推進法を考えよう!」

理研ニュース7月号 松本 元 先生をしのぶより
人と話すとき、相手の言葉の意味を理解していると思っているが、本当は自分の記憶や理解を当てはめようとしているだけで、脳の内部の意味や価値が想起されるにすぎない
意味深。だからこそ言葉を紡ぎ会話を積み重ねて行かなくてはいけないのかもしれない。そしてまた、他人の持つ「自分にはない思考」「自分にはわからないこと」を否定するのではなく、人それぞれの多様性なのだと受け入れていく必要があるのだと思います。

2003年7月26日(土) 久しぶりのジム

 ささっと部屋を片づけ、丸く掃除機をかけたあと久しぶりにジムへ。職場からの無料チケット助成(福利厚生)が再開されたので行ってきました。(長引く不況で公務員の福利厚生にも厳しい目が向けられつつあるらしいので、このシステムもいつまで続くか・・・・・)
ストレッチやアイソメトリクスは自宅でも気が向くとやっているとは言え、自宅ではやはり空間的に余裕がないのでやりにくいのです。ジムでゆっくりやるとリラックスできます。
久しぶりなので無理はせず多めにストレッチしたあとはウォーキング、エアロバイク、ダンベルで約3時間汗を流しました。広いお風呂で体を洗って満足です。
 帰宅後、汗まみれのジャージやTシャツを洗濯機にぶちこみ洗ってから、少し歩いたところにあるガストへ行ってみました。
ファミレスにはあんまり行かないのですが、今日はJ1で市原が優勝を決めるかもしれなかったしおまけに対戦相手はそろそろ降格争いにはまりそうな清水だし、うちでは衛星放送は見れないし、「ガストは大型モニターがあって衛星を流しているらしい」というのを思い出し、まあちょっと行ってみるかと思ったのです。
サッポロクラシックがありましたが頼んでみると缶でした。いいけど。
多分素人なのに肩やへそや半乳を見せてくれる若いお嬢さん方が椅子の上で立て膝をして食事ののったテーブル上に化粧品をも広げて化粧しながらたばこを吸いながらしゃべくっている店でした。ファミレスそのものに普段は行かないし、ガストは初めてだったのですが、ガストの客層というのはどこでもこういうものなのかな? まあわたしも遠慮なくモニター前のテーブルを陣取りビールを飲んでいたんですけれども。あんまり好きな雰囲気ではなかったなー。アイリッシュパブでギネス飲みながら見たりするほうが好きです。まあいいや。
 試合は、清水が良い感じで得点、市原の優勝は決まりませんでした。前半で3点取られるんだもんなー。雨がかなり降っていて、失点シーンもすべってしまったのがわかるだけに市原サポは残念でしょうね。
で、モニターを見ていると他の試合状況も流れるのだけど、「大分8−0神戸」って何よ? 野球かと思ったよ。札幌も山形に負けるし、野球では阪神も中日に大負け。くー。あ、サッカーに話を戻すとグランパスもついに負けてしまったんですね。ここまで負けないで来たのってすごいなあ。
それにしても衛星はうらやましい。引っ越しは面倒くさいから次の転勤のときに衛星アンテナが立てられるところを探そうと思っていたけれど、来年も転勤にならないようならこのあたりでもうちょっとましな部屋を探したほうがいいかなあ。

宮城の地震、最大加速度2037ガルは観測史上最高
先日も東北で大きめの地震があったのだけど、また今日も。しかもかなり大きく被害も出ているそうです。丁度雨も降って地盤のゆるみなども心配です。このまま納まっていってくれればいいのですが。

2003年7月27日(日) 久しぶりに更新

 ヒメツノカメムシの観察記録をアップしました。もう少し実験的なこともしてみたいのですが、時間的余裕がなくて、せいぜい抱卵するお母さんを無理矢理引きはがした程度(しかもよく考えると残酷)。当面は観察主体でこのコーナーはやっていこうと思います。
 課題にしていた.htaccessですが、今のところわたしの理解では、直リンを禁止(特定のURLを経ないとたどりつけない)するのはわかっても、そこでCGIを動作させることができません。直リン禁止の記述は
====
SetEnvIf REFERER "www11.big.or.jp/~magmell/"Lilith
Order Deny,Allow
Deny from all
Allow from env=Lilith
====
なのですが、これだとCGIを読み込めても書き込めなくなってしまいます。
どなたにも見て頂ける(特定のPC環境を要求しない)ようにしたいのですが、今のところまだ理解が足りず、解決方法にいたりませんでした。
今後も頑張っていきたいと思いますが、今しばらく掲示板ではKeep Outの機能を利用していきたいと思います。不勉強で申し訳ありませんが、どうかご理解願います。
なお、この件に伴ってAbout MagMellも少し改訂しました。

 それ以外には読書記録のコーナーを更新。更新と言っても4月からの日記に記した感想を読書のコーナーにぶち込んだだけですが。.htaccessの記述を調べているとき、ひさしぶりにとほほのWWW入門も読んで、ふと思い立って読書コーナーに検索システムをつけてみました。
(ほとんど自分のためにつけた機能です。)
なかなか良い感じなので、今映画感想に使っているCGIを廃止して読書記録と同じものに変更しようかな。

 そんなこんなでウェブをいじくった一日でした。
もうちょっと、もうちょっとPCやネットのとこがきちんとわかるようになりたいなあ。

 親から沖縄産「完熟マンゴー」が届きました。スーパーで売っているメキシコ産などと違って真っ赤に熟れているものです。一昨年あたりから送ってきてくれるのですが、さすがに完熟はおいしい! マンゴーの味わいへの認識が変わります。
こうして色々してもらっているのだから、わたしも親へ文句ばかり言っていてはいけないなあ〜とは思うんですよねー。


組み換え大豆を無断廃棄 反対派農民、茨城の農場で
 わたしは、今少し組み換え食品の安全性を確認したほうがいいかなーと曖昧な態度でいるのですが、現在の所「組み換え食品の安全性に懐疑的な消費者」は結構いるみたいだし、「組み換え作物か否か」は明示すべしという方針になっているので、こうして国内で組み換え作物を作ろうとしている農家がいるとは思っていませんでした。
確かに、現代農業で何が大変かって除草なんだろうと思います。トラクター技術の進歩で作付けやなんかは飛躍的に楽になったけれど、除草剤が上手に使えないと結局人が鎌を持って畑で黙々と草取りをするしかないんですもんね。使いたい農家の気持ちもわかるし、消費者の抵抗を考えて組み替え大豆を拒否することにした農家が「花粉が飛ぶのを恐れる」のもわかる・・・。それにしても乱暴な事件になってしまい、憂慮しています。
 この組み換え作物を受け入れているのは、アメリカだけで、ヨーロッパでは日本と同様拒絶感が強いのをご存知でしょうか。わたしもあまり詳しく事情は知らないのですが、アメリカは大規模なアグリビジネス(農家というよりも、企業経営の農場に小作人・労働者として人が雇われ、経営者の指示に従って作業をしているようなところ)がメインなのに対し、日本やヨーロッパでは家族経営の農業が主体であることも、組み換え作物への感情が違っている原因なのかもしれません。アメリカの農作物はほぼ、「工場で作っている様な大量生産のもの」というイメージで捉えて構わないでしょう。そうなると作業効率の良さとか、見てくれが整っていればいいという考えで作られ、大規模農園は消費者に安全であるとCMを打っておけば、どうにかなるのかもしれません。
 わたしの英会話の先生である米人も、ヨーロッパや日本が組み換え作物に強く抵抗していることを不思議がっています。このあたり、うまく議論できない自分の英語力が情けないのですが・・・・・・。
 少し話題は飛びますが、事件と似たようなことが10年以上前の北海道でもありました。
そのときは、無農薬栽培を目指した農家が、全く農薬をまかなかったところ、病害虫が大発生し、全く作物が取れなかった上に近隣の農家から「うちが農薬をまいても、あそこから病害虫が飛んでくるから期待したほど効果があがらなかった」と訴訟されたことがありました。どちらの言い分もやりたい方針も理解できるだけに、傍観者としても苦しいところです。

駆除か愛護か立場超え連帯 ペット野生化防止へNGO

松下電工、点灯・消灯時に「六甲おろし」流れる天井用照明
「阪神優勝」のロゴを球団サイドが使えないことで、昨日今日のテレビのワイドショーは賑わっていましたね。どうなるのかなあ。それはともかく阪神グッズは何か一つ買ってしまいそう・・・・・

久保ネタ
昨日大活躍した久保。
こういう人と結婚したくはないけど、「久保の子どもに生まれてきたかったかも」と思っています。
あと、昨日のサッカーは色々あったらしく、リティは控えGKを用意していなかった模様。

自分用メモWhat's New or What's going on

2003年7月28日(月) 私立大学入学金

入学辞退者の前納授業料、大学は返還を・京都地裁
 わたしは、3人兄弟の一番上、しかも上の弟とは年子でありわたし自身が理科系志望だったため、「浪人禁止。国公立以外進学不可。」と申し渡されたため、国立一本でした。入学させて貰えない私立は初めから一つも受けませんでした。当時は国公立は一つしか受けられなかったんですよねー、年がばれるなー。
 でも、高校受験のときは滑り止め私立というのを受けました。入る気もない学校に入学金も納めました。公立の合格発表前に入学金振り込みの締め切りがあるんですよね。こすっからいなあと思いました。だから、このニュースを聞いたときは「ああ、やっとこの脅迫まがいの妙な制度にメスが入ったか。受験生側から抗議しないと変なことでもずっとまかり通るんだなあ。」と思ったものです。
そしたら、契約を甘くみるなという記事にぶちあたりました。
リンク先の「無駄な入学金を払うことは保険みたいなもので当然」と思う人は、少し表現の誤りを認めて、「手付け金のようなもの」と仰っています。
契約の観念は、わたしは「この裁判で受験生側が勝利するのは当然である」という側です。「入学金」という「新入生の入学に際して学校側が準備する備品等への資金」であるならば、入学する人からだけ取るべきで、その締め切りを国立の合格発表の前にもってくるというこすからいことをする必要はないように思います。締め切り日の設定がどうもヤクザ的に感じます。
私立学校の経営は「そのお金を見込んでいる」ものならば、不健全な経営でしょう。そのお金を見込まなければ入学生一人あたりの授業料が上がってしまうのかもしれませんが、それはそれで当然なのでは。だって払った分のサービス(校舎などの設備、講義)を受けるんでしょう?
それだと「国公立と同じようなサービスであるのに、授業料が格段に差がつきすぎる」という意見もあるでしょう。しかし、ご存知でしょうが国公立の設備はかなり古いですよ。昨今の独立採算性導入でろくでもないですよ。わたしの時でさえ、研究室に所属してからの学生一人あたりの一年間の研究予算は一万円でしたよ? ちょっと抗生物質買うとパーになる金額ですよ? もちろん、学生が支払っている以上のサービスは受けれましたが、それが「国公立」(貧しくともその能力さえあれば教育しよう)という方針ではないでしょうか。
少し前、「国公立と私立との受験料格差をなくそう」と運動していた人がいたようなんですが、この結果国が逆手にとって国公立の授業料を急激に値上げしたのをわたしは憂えています。
 滑り止めを受けたい心情は誰にでもあるし、わたしも「もし受かったら入学金を一応払いたくなるだろうなあ」という危惧がなければ、「受験会場に慣れるため」「今年の試験傾向を知るため」という理由で一つくらいは私立を受験したでしょう。その安心料として「受験料を多めに取っておく」というのならまだわかるんですけどね。「入学金」という名目である以上は、これは契約違反だと感じます。

千石先生ファン度チェック

鳩山由紀夫ホームページ
トップのフラッシュが・・・・・! 壊れましたか、鳩山さん。

【西安】二重の歯を持つ子犬を発見(写真)
鮫みたい。

2003年7月29日(火) 遺伝子組み換え生物について思うこと

みつばち みつばちはとても愛らしい昆虫ですが、訪花しているときに撮影しようとしても動きが速くてなかなか捉えられません。今日はたまたま休憩中のみつばちを発見。触覚や脚をグルーミングしていました。おかげで接写に成功。でも少し逆光ですね。上手に撮るのは難しいなあ。



「ハンディと考えない」義足の球児が夢の甲子園へ
すごい、50m6秒なんて。わたし、10秒はかかると思います。

ベッカム昆虫料理にゲッ!
腐乳とイナゴは大丈夫だけど、ゴカイはわたしもちょっと食べるのに勇気がいりそう。

「食玩宇宙戦争」始まる? 宇宙開発題材に相次ぎ発売へ
ううう、食玩からは足を洗ったつもりなのに、これには手を出してしまいそう。

阪神優勝 譲ります 商標登録男性 球団と合意
よかった、丸く収まったんですね。そんでもって、
阪神絶好調…カーネルおじさん一時避難も
カーネル人形は当時「バースに似てる」というこじつけで投げ込まれたと記憶しています。ムーアのヒゲに似ているキャラクター人形が関西方面にあれば、気をつけたほうがよいかと。

ノーベル田中さん、また大発見で島津株上昇
「ノーベル田中」という呼び方がちょっとあれだけども、頑張ってらっしゃるようで嬉しいですね。


 遺伝子組み換え生物について。
27日の日記でも「その技術を取り入れたいと思う農家の気持ちはわかる」書いたように、わたしはアレルゲンにならないかなどの安全性チェックが徹底的に必要ですが「組み替え技術はあっていい」と考えています。安全性を蔑ろにして技術に頼って困ったことになった例が今までにいくつかあるので(原発とか、殺虫剤の残留による健康被害とか)、技術には関心を持ちつつ慎重に構えています。
でも、しばらく前に話題になった「遺伝子組み換えで蛍光色素を持った観賞魚」には不愉快になったくち。ペットを気軽に捨てる人がいるなかで、特に魚やカメはとても気軽に捨てられるもののようです。こんな生き物というよりもおもちゃの要素が強いものが出回ったら、無責任な人の手に渡って簡単に捨てられてしまう可能性があります。捨てられて固有の生物と交雑したりしたら困るのです。
畑作物の場合は、大豆でも小麦でも自然交雑や人為交雑・選抜を経た品種で、既に原種とは違うものをわたしたちは食べています。遺伝子組み換え作物は、そういう従来の品種改良とは全く別の手法なため、食べてからの人体への影響とともに自然界にどのような影響を及ぼすかという安全性の確認が待たれているのですが、その安全性が確認されれば使っていくことにわたしは賛成です。
しかし、魚の場合は捨てられたらどういう影響があるのか、個々の地域での影響を調べなくてはいけないし、そんな個人の遊びと無責任のためにそこまで労力をかける必要があるのか、と、食べ物を安定的に確保するのとは土台が違うと感じています。
魚だけでなく、犬や猫の品種改良にも、今まで通りの交雑ならいいけど遺伝子組み換えには強い抵抗心があります。これは、愛玩の対象になるものをそういう技術で作り出すことにナチスが用いた優生学のようなものを感じたり、映画「ガタカ」のような歪んだ世界を感じてしまっているのかもしれません。
以上、遺伝子組み換え生物についてのわたしの意見を、27日の日記に引き続き、そしてメールに答える形で書き留めました。(ご意見ご感想、メールでも掲示板でもお待ちしております。)

2003年7月30日(水) わくわくどきどき

きゅうり 知人の家庭菜園で、きゅうりの実から葉が出たというので撮影させてもらいました。わたしは初めて見たのですが、きゅうりを作っているとたまにあるそうです。




タイガースグッズ
阪神タイガースのPS2用メモリーカード発売
岡山に「タイガース田んぼ」出現!
黄と黒2色の阪神タイガース麺
阪神タイガースQi(キューノ)登場!!
トラ戦士の写真印刷バッグ限定発売
デジカメ付き望遠鏡
タイガースグッズも色々出てきています(田んぼはグッズじゃないけど)。まだ高校野球が終わっていないので不安もちらちらするのですが、段々胸の高鳴りを抑えるのが難しくなってきています。

援助交際がいけないとされる理由/論理的な説明
「何故いけないの」と聞かれたらわたしはうまく説明できそうにありません。このスレッドは参考になりました。じっくり読んで自分なりの回答を用意したいと思います。

授業の理科実験で引火、中3女生徒大やけど…宇都宮
実験指導をしたがる教師はいなくなるだろうなー。6月19日の日記で、鹿の頭を埋めて腐敗の過程を見せようとした教師の実験が原因で「うちの子が不登校になった」と親が訴えた事件を紹介しましたが、ほんと、理科の面白さは実験観察を行わないとただの暗記物になってしまって伝わらないのに、うまく実験を体験させるのは難しいんですね。そういやわたしも中学で実験らしい実験をさせてもらったことはないかな。(勝手に観察等はしていましたが。)生物だと残酷、物理・化学だと熱やガラス器具で危険・・・・・。教師一人に対する生徒数をうんと減らすことである程度危険は避けられるでしょうから、文部科学省も「理科大好きスクール」なんていう名目に踊っている場合じゃないと思うんですけどねー。 

2003年7月31日(木) デブラ・ウィンガー

 ぽちぽちっとなの7月30日の日記で「デブラ・ウィンガーを探して」という映画を話題にしていたキャリアウーマンを見かけた、というエピソードを読み、益々この映画を見たくなりました。地味に噂になっていますが、札幌ではミニシアター(シアターキノ)で9月に公開されるよう。忘れず見に行こうと思います。
 デブラ・ウィンガー自身が消えた理由としては、ハリウッドゴシップでは当時彼女はスター特有のわがままで映画スタッフや共演者を困らせることが多く、顰蹙をかなり買っていたと覚えています。とにかく扱いにくい女優さんで、監督やプロデューサーから敬遠され、結婚出産を期に誰も声をかけなくなったような側面もあるんじゃないのかなー。
また、ロザンナ・アークェッドについては、目がくりくりしてファニーフェイスでとてもかわいかったけれども、加齢によって役所が難しくなったところに実の妹のパトリシア・アークェッドがよく似た顔立ちで出てき、もちろん若く役につきやすかったことから徐々に仕事を奪われていってしまったという皮肉な側面もあるでしょう。
ま、そんな彼女たち個人のゴシップはともかくとして、確かに女優は男優に比べて仕事の幅が狭く若い内にしか目立つ仕事ができないと思います。最近は女弁護士というようなキャリアウーマンの役柄で恋愛をしたり事件にまきこまれる物語もありますが、やはり主流は若い女優が恋愛的要素にあてはめられたり、あるいは母親役としての需要しかあまりないと言えましょう。これは映画の中で女優の需要がその程度なのだと言うよりも、現実世界で女性の活躍の場・能動的だったり色んな体験をする位置が「若いときの恋愛を中心にした場所」と「母親であること」がほとんどであるため、映画の中でもそういう役柄を求められているにすぎないのでしょう。一般的に女性は社会的でないために物語でも社会的な場所が与えられず(内なる存在では「物語」になることが難しく)、その結果女優さんにも当てはまる場所がないのだと思います。
 専業主婦になりたがる女性もいるだろうし、子どもを産むことに大きな意義を感じる女性もいるでしょうが、「それ以外の立場も欲しい」と思ったときになかなか難しいのが女性の役回りのようです。男性は夫にも父親にも社会人にもなれるし、自分の中でのその三者の配分を自分である程度案配できるのに比べると、女性が子どもを育てつつ働く際には母親であることに相当な労力の配分が必要になるように感じられますし、そのために社会人であることに思い切りエネルギーを向けられないし、まだまだ「どうせ女だからできない」という偏見もあるでしょう。
わたしはあまり能力がなくやれることが少ない上、好き嫌いもはっきりしているため「仕事だけでいいや」という生き方を選択しました。後悔はしていません。でも、今でも「男に生まれつきたかった」と思います。わたしは「女に生まれて良かった」と思ったことがないのだと思います。

阪神悪質ファン逮捕や
めったにないことに浮かれてしまう気持ちはわかるけど、悪のりはやめよーねー!
本当のファンならこんなことはしないでおこうよー!

水田に優勝祈願の「V」
岡山の阪神水田、上から見るとこうなってるらしいです。実りの秋が楽しみですが、今年のこの寒さ・・・・・。岡山はこっちよりましだからちゃんと実るかな。どうか天候が回復しますように。

トラッキーデコレーションケーキセット
タイトルからだと誤解しそう、「ケーキをデコレートするための飾り付けセット」です。
買っておいて優勝が決まったらケーキを焼こうかな〜。

オンラインゲームは美味しいビジネス?
はまったなあ〜、UO。

もう一つのジャンボ機事故
恐い・・・・・

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