過去大本営

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2005年2月6日 日曜日

我輩も、もういい年齢である。
相変わらず外見は実際年齢より三〜五歳くらい若く見られることが多い。が、内面はすっかり朽ち果てつつある。筋肉痛は忘れた頃に表れ、腰はすでに老人を凌駕して久しく、二十年ほど前から深刻な記憶障害が起こってる気がする。
そしてここ二、三年は内臓能力、特に消化器官の衰微が深刻だ。その影響で、すっかり苦手になったのが焼肉屋。
我輩にとって肉とは味ではなく量に価値があるもので、店舗選びは食べ放題が絶対条件だった。入店後は飲み物よりも先にとりあえず肉。肉を食って食って食って、合間の一休みにはゆっくり肉を食って、デザートは肉。野菜食べる余力があるなら肉を食べ、胃にドリンクを入れる隙間があれば肉を詰める。それこそが焼肉だ。
実際にはこれだけやってもなお、食べ放題店でモトをとれてはいないことは承知している。それほどにあの肉は安物だ。
しかし、限界まで肉を詰め込んだ破裂寸前の身体で店の外にヨロヨロと這い出て、店の看板に向かい「オレとの勝負は楽しめたかい?」とニヒルに笑って倒れてこそ焼肉。
肉を食べる、それは肉食の種族としての儀式であり、誇りであり、存在の全てと言っていいのだ。
それなのに最近の我輩ときたら、とにかく食べ続けるということができない。どうしてもできない。
たった30分ほど肉を連続吸引しただけで、胃の噴門が「これ以上はヤバい本気でヤバい」と絶叫をする。これを老化と言わずしてなんといおう。ついに我輩の時代は終焉を迎えたのだ。
しかしそれでもなお。肉を主食として今まで生きてきた我輩が、いまさら野菜やら豚や鶏、申し訳程度のすき家の牛丼ばかりでいつまでも耐えられる訳ではない。内から果てしなく滲み出る肉欲。
目の前でド迫力の肉を業火で炙り、ギトギトのタレにまみれさせ牙をたてる。それを考えただけで勝手に弱い痙攣を始める胃が憎い。捨てたい。

と、先日、たまたまふと目が止まったグルメ情報サイトを見て我輩は絶句した。
焼肉屋とは食べ放題店のことのみを指すわけじゃない。らしい。
食べ放題でもなく、平日だからと節操の無い激安値段になったりしない焼肉屋というのがこの世界にはあるらしい。
確かに我輩も昔そういう店があると聞いたことはある気がする。たぶん伝承かなんかで。いかがわしい、まさに子供が足を踏み入れるべきでないオトナショップと。
これはつまりアレか。そろそろ我輩も、オトナの階段を登るときが来たというのか。

そして今日、車をまわして、まさにnot食べ放題の焼肉屋に来た我輩。
今更のように子供の頃に叔父の奢りで、また十年くらい前に誰かの奢りで食べ放題ではない焼肉を食べたことがある気もした。が、そんな昔のことはとっくに忘れている。
値段が書いてある肉メニューを見るという慣れない行為に戸惑いが隠せない。カルビ、タン、ロース……と店員に告げる我輩は自分を胡散臭いと感じる。
即座にやってきたカルビ(この早さすら落ち着かない。食い放題の店は注文してから出てくるのが遅いから)を、初心者丸出しの手つきで網の上に置く。これでいいのかという根拠の無い不安感を、勢いよく跳ね飛ぶ油と音が真っ白に塗りつぶした。充分に強い火力が素早く肉を食べ頃に焼き上げる。自動的な手つきでそれをタレ皿に移す。
噛んだ。
うまい。凄まじくうまい。ものすごい。
嘘、肉ってこんなに美味かったの?肉ってこんなに噛み心地がパラダイショーだったっけ?喉を通る時に思わず余計な情報をシャットアウトするために目を閉じてしまうほどおいしいもんだっけ?
同行者に不審がられるほどに感動。タンもロースもサイコー。もはや肉の色はしあわせの色。
とにかく歯ごたえが食べ放題系の肉とは全然違う。食べる喜びにこの点で差が出ている。若い頃は別にグニグニ肉でもよかった。しかし顎の衰えた我らがアダルツには、これが重要なんだ。
あまりの快感に、次から次へと口に入る。若いもんにはまだまだ負けん気がした。

で。食べ放題のヤな満腹感とは一線を画するシアワセな感じに膨れた腹をかかえ、我輩は、大方の予想通り伝票にノックアウトされた。
まあオトナだしな。たまにはこういうアダルトな食事も必要ということか。
余談だが、我輩に限って言えば収入は二十代の頃から見ると激減してるため、ここで言うアダルトな食事とは夕食に四千円を越えたというレベルのことを指す。


2005年2月2日 水曜日

玄関をあけたら雪国だった。
ここ雅の地に雪がふることは、極めて少ない。過去十年でまともに積もったのは二回ほどで、よって雪の対策はやたらと貧弱であり、少しの降雪で交通はおもしろいほどに麻痺する。
我輩のバイト通勤は、天候が悪い時は大抵車を出すことにしている。が、見上げた空と続いている国道の惨状があまりにも容易に想像でき、そしてその中を車で出発したが最後まず確実に遅刻必至な時間だったため、意を決して流星号(原付)にキックくれて出撃した。
出撃、しようとした。
お約束として、後輪はただ空転するだけ。ただでさえ我が流星号の後輪は溝がやたら浅いのに、駐輪場からマンション前に原付を押す過程においてその溝にたっぷり雪を噛んでいた。
地面を蹴りながらなんとか摩擦を確保できる場所まで進んで、アクセルで雪を弾き飛ばす。身体が勝手にオフロードバイクのような姿勢をとり、ハンドルを押さえ込むようにしてグリップを探りながら、なんとか幹線道路へと進んだ。ここまでくれば融雪剤が撒かれており普通に走れる、と思っていた。
走れるもんなら走ってみろと、自分に向かって呟いた。
気温が低すぎるのか、余程降ったのか、走ってく車が屋根に載せた新鮮な雪を次から次へとドサドサ落としていくせいか、路面はドロッドロ。摩擦係数は我輩がモテる確立よりたぶん低い。
さらにこんな天気の中を普通に出てきた身の程知らずのアホ車(ノーマルタイヤの原付で出てきた我輩はさておく)がスライムより遅い速度で這いずり回っている。
ドス黒い雪の中にまみれてはいても、道路中央はまだなんとか地面が見えるが、先の先までびっしりと渋滞の車で埋まっていた。
この列に混じっていればまだ安全なのはわかっている。が、それでは雪の中を原付で出てきた意味がない。
仕方なく我輩は1/3融けの雪にまみれた路側帯にステアリングを切ってアクセルを開ける。
何がヤバいって最近折れた左膝で、我輩だけならまだしも原付の重さを支えられない。「滑るなら後輪から」だけでなく、「倒れるなら右側に」という極端なアンバランス姿勢での走行が必至。
路肩の傾斜したアスファルトの上を、軽く左にカウンタをあてた直線ドリフトで走っていく原付スクーターは傍から見るとアホみたいだったに違いない。
そして幹線道路同士の交差点に突っ込んだところで、右側を走っていたワンボックス四駆がウィンカーもナシで大きくこちらに近付いてきた。
一瞬、運転手と完全に目が合うほどに相対する角度。反射的に両足が地面につく。路面の雪の中をモリモリ言いながら足が滑りつつ、意味を失いかけてる後輪に活を入れる。永遠のような数瞬の末、貴重な50cmのコントロール幅を捕まえ、我輩はアクセルでワンボックスを避けた。
バックミラーで見たら、ワンボックスは路面にたった5cmほど積もった雪を避けてた。踏め。雪を踏むのを避けて我輩を踏み潰そうとしてんじゃねえ四駆の分際で。
(そもそも四駆は前に進むことが二駆より優れるだけで、曲がる、止まる性能は変わらない。急ハンドルで避けるなど愚の骨頂)
そういう地獄の通勤30分が過ぎた。生きて会社に辿り着いたとき、時計が告げた始業時間までの残りはわずか。
しかしいつもより遥かに遅い平均速度だったのに、まだ始業に間に合う時間に辿り着いたのは僥倖以外になんと言おうか。我輩の日ごろの行いの良さにも困ったもんだ。
手早く原付を駐輪し、最近ようやく可能になってきた小走りで会社の入り口へと向かう。一歩ごとに脳天まで響く膝の痛みに顔をしかめながら、会社のビルの入り口にまわり、そして、停止した。正確に言うと下半身は歩きつづけながら、上半身だけ停止した。
通勤中の足ブレーキの行使によって靴の裏に、朝の流星号のタイヤの如く雪がびっしりとこべりついていたのは気付いていた。
そして我が職場のビル入り口は、何故か、何のためにつけたのか全く理解不能の、急勾配のスロープがあった。
前に進めません。
たっぷり二十秒は屋外ルームランナーを満喫。その後、坂のないところからドアまで二回ほど飛びつこうと努力した時点で、時計は無常に始業時間を告げていた。
スタッドレスが必要だ。原付のタイヤと、あと我輩の足の裏に。

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