千田好夫の書評勝手

自分で選ぶということ

前回、「歩けるようになるから」と言われて、4歳から16歳までの12年間も施設の中で医療を受けながら、以前より体が動きにくくなった、かけがいさんのお話を紹介した。「歩けるように」はならないけれど以前より動きのよくなる例ももちろんあり、一概に医療に問題があるというのではない。一般的にいえば、その人にとって動きのいいのはどういうことなのかは、本人が決めるしかないということだ。そのためには、インフォームドコンセントやセカンドオピニオンの環境をつくることが重要だ。かけがいさんの場合も含めて、以前はそんなことは夢想だにできなかったことが大きな問題だった。本書は、温存療法をすすめる立場からの乳がん患者に対する解説書であるが、この問題について考えさせてくれる。

ある日突然からだのどこかにしこりを見つける。ちょっと驚いて真っ先にがんを疑うが、ある医師に相談すると、「これはただのしこりで、これががんだったら、世の中の人の大部分ががんになってる」などという。そこで別の医師に受診すると、果たしてやはりがんで「それもかなり大きくなっている。他への転移も調べてみないとわからない」などといわれる。

ただのおできががんに転化するなどということはいくらでもあるそうだが、納得できないものが残る。とはいえ、のように一人の医師だけの言葉をうのみにしない姿勢が大事なのだ。乳がんの場合は大きくわけて全摘と温存療法がある。本書によると全摘一辺倒だった日本でも最近半数近くが温存療法になり、しかも外国のデーターでは10年後の死亡率はほとんど変わらないという。

変わらないんだったら温存療法がいいに決まっていると誰しも思う。切り取る範囲が小さければ、精神的肉体的負担や後遺症も軽くてすむだろう。しかし、温存療法は、手術後に放射線照射をすることを前提にしている。そのための負担や放射線による後遺症の問題が別に発生することを忘れてはいけない。

だからこそ、患者自身がある程度の知識を身につけ、医師の説明をよくきいてわからないことはどんどん質問し、自分で考えることを本書はすすめる。全摘と温存療法のどちらにするのか、手術後の補助療法をどう選ぶのかは、最終的に自分で納得して決める。そうした場合には術後の満足度が20%も高いという。そのためにはインフォームドコンセントやセカンドオピニオンをとりやすい環境が必要だが、少しずつその環境ができつつあり、がんばれば事実上患者が治療法を選べるところにきているようだ。

しかし、ほんとうに患者だけで選ぶことができるのだろうか。制度上は学校を選択できないのに、あたかも親子がみずから養護学校を選んだかのように装われることがあることを考えると、手ばなしでは喜べない。本人が決めるにあたっては、周りの人との関係や社会のあり方が大きく関わってくる。車いすやストレッチャーで動きやすくなるように手術しようとしても、バリアフリーが進んでいなければ困るし、「ストレッチャーで外に出るのはみっともない!」という家族がいればやりにくい。

残念ながらこの点については、本書も未開拓の分野だ。「手術後のからだで生活していくのはあなた自身ですから、どう治療すればより快適な人生を送れるのかをイメージできるのはあなたをおいていません」と本書のように言い切ってしまうのは重たい。家族、地域社会とのつながりの中に本人もいるのだから、セクシュアリティの問題も含めて、乳房の有無でそのつながりが本人の不利に変わらぬように、まわりや社会全体のあり方を変えなければならい。そうしてこそほんとうに選ぶことができるのではないだろうか。