千田好夫の書評勝手

新しいルールをつくる

かっちゃん、きいちゃんと続くと兄弟姉妹のようだがそうではない。別々のお話に出てくる主人公たちだ。お話を知らない人のために簡単に紹介する。

『かっちゃんのやきゅう』は、紙芝居だ。ある幼稚園に歩けない男の子がいた。名前はかっちゃん。かっちゃんはお友だちが園庭で野球をしているのを窓から見ていた。そして「ボクもしたいな」といつも思っていた。ある日、意を決して「僕もやきゅうをやりたい」と申し出る。お友だちはびっくりするが、すぐにかっちゃんが入ってできるルールを考え出す。変則ルールだが、それでかっちゃんも野球ができるようになったというお話。それを幼稚園の青木先生が物語にしたのだ。

『きいちゃん』は、全国連絡会の会報に「教科書に載ってるが内容が気になるので」と投稿があった。教科書は手に入らなかったので、インターネットで探して見つけた。元の題は『きいちゃんの浴衣』というのだ。これを書いたのは養護学校の山元加津子先生だ。「たんぽぽの仲間たち」(三五館発行【bk1/Amazon】)にも違う形で載っているらしい。

あらすじはこうだ。きいちゃんは家族から離れて養護学校で寄宿舎生活をさせられている。お姉さんが結婚することになったが、きいちゃんは結婚式に出てはいけないと母親に言われる。「生まれてこない方がよかった」と泣き崩れるきいちゃん。気の毒に思った先生のアドバイスと指導で、きいちゃんはお姉さんへのプレゼントの浴衣をつくる。お姉さんは感激して先生ときいちゃんを結婚式に招待し、こう挨拶する。「みなさんこのゆかたを見てください。このゆかたは私の妹がぬってくれたのです。妹は小さいときに高い熱が出て、手足が不自由になりました。そのために家から離れて生活しなくてはなりませんでした。家で父や母とくらしている私のことを恨んでいるのではないかと思ったこともありました。それなのに、こんなりっぱなゆかたをぬってくれたのです。高校生でゆかたをぬうことのできるひとがどれだけいるでしょうか? 妹は私のほこりです。」会場は大きな拍手につつまれる。きいちゃんはお母さんに「生んでくれてありがとう」とお話ししたという。

実にいい(?)話だ。ここで目頭が熱くなる人が多いだろう。それは、きいちゃんがどんなに差別されても「現実をきちんと受け止め」けなげに生きる期待される障害児像を示しているからだ。それが教科書に載っているとは! 先に紹介したかっちゃんが、友だちと新しいルールをつくり出したのとは大きくちがう。きいちゃんは自分の気持ちを整理しただけなのだ。宴の後、きいちゃんは和裁に生きる道を見いだす。それはとてもいいことなのだが、世の中と自分のあいだの関係が変わったわけではない。

そして注目すべきは、この両方の場合で先生の見守りと指導があることだ。けっして子どもだけで物事が進んだわけではない。当然のことではあるが、インクルーシブ教育においては学校と教師のあり方が大きな役割を果たす。ただ一緒にいれば、子どもたちの「すばらしい感性」でなんとかなるなんてことはない。いじめぬかれた小学校六年間を思い出して、私は痛切にそう思う。

『かっちゃんのやきゅう』の場合は、そこがあいまいにされているのが残念なところだ。