千田好夫の書評勝手

当該はどうなのか?

先月に引き続いて、育成会のブックレットを紹介する。育成会の本は一般書店では流通していないが、育成会の全国組織にのってかなりの点数・部数が出ている。施設収容から在宅へと育成会の流れが大きく変わる中で、今日的課題を適宜取り上げたわかりやすい内容のものが多く、参考になる本が多い。

本書は、知的障害者をめぐる性的諸問題を取り上げている。思春期の問題から恋愛、結婚、性的虐待と幅広い。障害があろうとなかろうと、性の悩みや願望と性の抱える問題に違いはなく、支援者の立場は、まず己自身と障害者の性を肯定的に受けとめることであることを本書は力説する。様々な事件があるけれども、後から冷静に考えると、いかにそこにお互いの違いがないかを痛感する。けれども、障害者には何らかの支援が必要であり、どこまでが支援を必要とし、どこからおせっかいになるのかは難しい線引きだ。たとえ線が引けたとしても、そこから先は何人も代わることができない領域であることを、お互いに納得するのはさらに難しい。このような課題を抱えつつ、匿名の支援者たちの考え方や事例報告をまとめている。

内容は、タイトルの通り支援者に対する情報や考え方のヒントで、主な項目を列挙してみると、交際、結婚、離婚、性交、避妊、妊娠、出産、中絶、性感染症、セックス産業、性的虐待、性犯罪等々。研究書ではないので、これらのすべてを詳しく論じているわけではない。だから、当該と支援者のプライバシー保護という制約の中、しかも1頁500字わずか100頁の中で、よくこれだけまとめたという感想と同時に、靴のうえからかゆいところを掻くようなもどかしさも感じる。

それは、様々な項目を論じながらも、支援者の関心は、知的障害者が性的虐待、性犯罪の加害者にも被害者にもならないように、という願いに集中しているように感じられるからだ。性的虐待、性犯罪は起きてみなければわからない側面があり、実際はいかにして事件を察知するか、事後の支援のあり方はいかにあるべきかは重要な問題だ。それについて本書では、少ないページ数の中、半分近くをこの問題にさいているのだ。支援者たちがいかにこの問題に心を砕いているかわかる。

これには深く敬意を払わざるを得ないし、多くの頁をさくのは当然だけれども、やはりどこかもどかしい。いかに支援者のための本とはいえ、当該の障害者からのメッセージがないのだ。たとえば、支援者が中絶を世間並みによくないこととして、中絶を避妊の一つと大きく受けとめることができず、慰めと励ましが必要な当該に対し、非難めいたことをしていた自分に気づき反省するという率直な報告があるが、具体的にどんなことなのか当該の声も含めて紹介がない。

もちろん、個々のケースを詳細に論じる必要はないし、全国の当該と支援者がかかえる具体的な問題にあてはめて考える素材を、本書は提供してくれているのだ。そうは言っても、当該は、知的障害者のグループ同士のお見合い会にいくようなやさしく「見守られる」存在にすぎないのか、という疑問がどうしてもわいてくる。こころやさしい筆者たちは、「そういう疑問が起こるのは、私たちの力量が足りないから」と言うかもしれない。

しかし、力量の問題ではない。たとえば、時々荒れるA君は「結婚したい」と口に出して言ってる。しかし、現状では彼の希望がかなう見込みはほとんどありえない。性と結婚はイコールではないが、具体的な関係として結実するのが難しい障害者側の思いは本書からは伝わってこない。それをまずどう受けとめるのか。当該を含めて本書のような企画を考えていけないものだろうか。