息子の小学校の6年間を振りかえって
息子はこの春小学校を卒業し、今は中学1年生です。自閉症と言う障害を持ちながら、普通学級に6年間通いました。
就学相談では「親の見栄で普通学級を選ぶのですか?」と言葉を投げかけられ、養護判定を受けましたが、地域の小学校に通わせたいと何度も話をして、母親が付き添う条件でやっと小学校の普通学級に通えるようになりました。
1、2年生の時は息子がパニックになったり、大声を上げたりした時は担任の先生が子供たちに「今〇〇〇ちゃんは気持ちを上手く伝えられなかったり、頑張りたい、だけどできないから悔しい思いをしている」等、その時の状態を話してくれたおかげで「頑張れ〇〇〇ちゃん!」と、友達が励ましてくれまして、嬉しく思いました。
しかし登校から下校まで付き添っていたので、私や下の子が病気等の時も付き添えず、仕方なく本人に学校を休ませた事もありました。
遠足やプールの授業に支援の必要な児童にはサポートの人が付きましたが、息子は養護判定と言う理由で私が付き添い、同じ小学校に通いながら判定が違うだけで差別されていると感じました。
息子は情緒障害児学級である「ゆりのき学級」に通いながら普通学級に通い彼なりに成長していきました。朝会や体育の時は列に並んで立っていられるようになったり、習った歌等も半年か1年後に口ずさむようになったり、又ひらがなで自分の名前も書けるようになりました。子供たちは授業の時や休みの時も誘って仲間に入れてくれたり、息子が一つでもできることを発見すると感心して他の友達に伝えたり、暖かく接してくれましたので、息子も楽しく学校に通うことができました。
2年生の3学期に学校から何回も身障学級に転校するよういわれましたが、引き続きこの学校に通わせたいとお願いしました。しかし3年生から学校の対応は、今までとは変わってきました。
自閉症のこだわりで指にちょっとした傷でも絆創膏を貼らないと気がすまないところがあって、2年までは担任の先生か保健室の先生に絆創膏を貼っていただいたのですが、3年からは「特別な扱いはできない」といわれ、保健室に行っても「本当の怪我ではない」と貼ってもらえず、不安定になりパニックになっていました。
そういう状態になると学校からは「授業中パニックになることはやはり普通学級は彼にとっては辛いものだから、もっと丁寧に見てもらえるところに行ったほうが良い」といわれましたが、その都度そうなった理由を説明してきました。
3年の1学期に私が病気で寝込んだため学校に付き添って行けず、困っている時に友人に柿のたねを紹介され、櫻原さんに相談しました。
その後学校との話し合いには櫻原さんに同席していただき、学校介助は母親以外の方でも認めてもらいました。
3年の3学期の終わりに教育委員会の責任者、学校側、櫻原さんと私で話し合いの場を持って、安全に配慮が必要な授業に関しては学校から介助の要請がある場合には協力してほしいとの結論になり、学校介助が一部外れました。
私が急病で学校付き添いができなかった時、連絡帳に無責任過ぎる、学校を変わるようにと書かれましたが、この件をきっかけに学校と十分に話し合った結果、6年生まで受け入れると話してくれました。
息子もこの時期に幼児のときにあった自傷がまた出て、先生にも攻撃的になった時もあって大変な一年でした。
5年生になって、やっと落ち着いたと思ったら、事件が起きました。
給食の前にいなくなったのです。
方々手を尽くして探しても見つからす、夜8時過ぎに大森警察署に保護されたとの連絡を受けました。迎えに行ったら、本人も悪いことをしたと思ったのか目を瞑ったまま私を見ようとしませんでした。
息子が見つかったとの一報が入ったとき遅くまで探してくださった先生からは歓声が上がったようです。一生懸命探してくださった先生、地域の皆様には本当に感謝しています。
丁度この時期を前後して小学校で教育支援制度の適用が広くなり、息子にも一部の授業にはサポートしてくれるようになりました。
5、6年は同じ担任の先生でしたが、校長先生、ゆりのきの先生、私と数回四者面談を行い、受け入れ態勢を整えて下さり、授業、行事等あらゆる面で配慮し、支えてくれました。そのおかげで、運動会、5年生のパーシモンホールでの音楽発表会、移動教室、6年生の鼓笛パレードを頑張って成し遂げ、又楽しむことができました。6年になってからは私も子離れする意味で学校での付き添いを止め、息子は介助の方と学校生活を送ることになりました。
先日卒業式で卒業証書を胸に体を横に揺れながら満面の笑みで楽しそうに歌う息子の姿を見て、ある同級生のお母さんからは「〇〇〇ちゃんにこにこしていて、とても可愛かった」と話してくれました。私もこの姿を通してこの学校に通わせて本当によかったと改めて思いました。
柿のたねやはちくりうすの方、ゆりのき学級の担当の先生は息子が在籍校のクラスで給食の食べ方や色々なこだわりで友達に迷惑をかけたり、問題を起こす度対応し、必要な時はクラスで話をしてくれたりして支えてくれました。
又プールの介助、高学年になってから学校授業介助に入ってくださった方々にも支えてもらいました。
辛いこともありましたが、おかげさまで息子は6年間学校に楽しく通うことができました。
色々ありましたが、普通学級担任の先生、ゆりのきの担任の先生、息子かかわった全ての先生、子供たち、柿のたねやはちくりうすの方々、学校生活にかかわって下さった全ての方に感謝します。6年間ありがとうございました。