「シルバーシートを無くそう(その2)」

 健康な人の村では、雪が降り積もっても誰も気に止めません。「こんな雪ぐらいで生活のペースを乱されては他の人に先を越されてしまう。雪など気にしておられるか。」村のみんなが、そんな気持ちで黙々と働いています。そのうちに、雪が家の出入口をふさぐようになり、出入口を確保するための雪掻きが大仕事になってきました。そして、その雪掻きだけで一日が終わってしまうようになり、とうとう、雪掻きが追い着かず、家の中に閉じ込められてしまったのです。誰もこんなことになるとは思っていません。家には、充分な食料の蓄えなどありません。半年も続いた雪に閉じ込められ、さすがの健康な人たちも餓死してしまったのでした。

 一方、病気がちな人の村では、雪が降り出すと、みんなが幾つかの集会所にお互いの食料を持ち寄り、春が来るまで無理をしないようにして、少ない食料を食いつなごうと相談し、病気の重い人順に、充分に食事にありつけるように手配をしました。そのために、誰一人として病気が進むこともなく、無事に春を迎えることができたのです。

 弱者は、団結することによって強者より強くなることができます。人間は、自ら弱者であることに目覚めるべきです。弱者であることに目覚め、弱者であるが故に、生きるために団結することが必要であることに気付くべきです。

 弱者が団結するためには、より弱い者を優先にすることです。弱者は強者に合せて生きては行けませんが、強者は弱者に合せて生きて行けます。人が年を重ねる毎に弱くなっていくのは、そこに意味があるのです。その弱くなった年寄りを中心に人間社会が営まれるとき、人間の社会は強い社会、人間らしさが充実していく社会になるのです。

 人が人間として、つまり、人と人との交わりの中で生きる存在であるということの本質は、この弱者を中心に、弱者を優先に生きるということに他なりません。従って、人が国を営むということも、福祉を実現させるということがその目的でなければなりません。真の国家は必然的に福祉国家であるべきです。

 シルバーシートの存在は人間の恥じです。なぜなら、それは、その人間社会が強者優先に動いていることを露呈しているからです。私たちの住むこの社会を、全てが弱者優先にして、人間らしさの充実した豊かな社会にして行きたいものです。(了)