「我が母健在なり(その2)」

「年をとればとる程、益々生きていたい気持が強くなる」という、90歳のキリスト者女性の言葉に、私は、命のあるべき姿を見たような気がしました。

 それに比べ、私の母は、近くで母の面倒をみている私の姉の話しでは、90歳になった途端に、食欲も無くなり、どことなく精気がないというのです。私は、この1年程、このままで母の生涯を終わらせる訳にはいかないと思いながらも、有効な打つ手が思いつかず、少々焦り気味でおりました。そのような中で、去年のクリスマスを母と二人で過ごしたのです。そして、初めて母が「アーメン」と言うのを聞いたのです。

 その母の2歳下の弟、私の叔父が、1週間程前、今月2日に89歳で帰天しました。クリスマスに母に会いに行ったとき、叔父を見舞い、長くないことを察知しましたが、姉弟仲の良いことを知っていましたので、母がどんなに心配するかと思って、そのことを母に悟られないように、母から様子を聞かれても、「心配することはないよ」とごまかしていたところでした。

 東京での会議中に姉の夫から電話で知らされましたが、実際は姉がすることだと分かっていても、母にこのことを伝えることがためらわれました。姉も、その日は伝えることができず、翌日、本通夜の日に伝えて、通夜の席で亡き弟に対面させたとのことでした。

 いつもは気丈で通っている母も、このときばかりはこたえたようで、お棺にすがりつきながら、「何で先に行ったとね。順番が違うばい。はよ、目ば覚まさんね」と泣き叫んだとのことでした。

 姉からの電話で、母のこのときの様子を聞きながら、私は、「母が言ったあのときの『アーメン』は何だったのだろう。せっかく神様と向かい合う兆しが母に見えてきたのに、このことで、母はもしかしたら、『神様なんかいるもんか』という気持になってしまったのではないだろうか。母への伝道も振り出しに戻ったな」と思い巡らしていました。

 そのとき姉から思いがけない言葉が聞こえて来ました。「ばってん、最後には、お母さんは言いなはったよ。『ばってん、まだ、わたしゃ、そっちにゃ行かんけんね。まだ、迎えに来っとじゃなかよ』って。」話す姉も聞いている私も、お腹を抱えて笑いました。我が母健在なり。主よ、感謝します。(了)