「我が母健在なり(その1)」

 私の母は、今年の4月9日に満92歳になります。母は、自分の母親が45歳で亡くなっているので母の分まで、90歳までは生きる、と言って、90歳になるまでは、持病の腎臓病のために極端な食事制限が言い渡されているのを、かわいそうなくらい忠実に守っていました。

 私は40年前に洗礼を受けて以来、この母に伝道をして来ました。その母の私への対応は、「自分は親鸞上人を信じているからキリスト教の話しは聞く必要はない」の一点張りでした。それが30年も続いたでしょうか。私は10年程前に根負けして、「もう母に伝道をするのはよそう。使徒言行録に『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます(16:31)』とあるし、私さえしっかり信じていれば私の家族である母も救われるのだから」と思い、それ以後は、母とは世間話をする程度のつきあいになってしまっていました。

 それから5年程経ったころ、ですから今から数えると5年程前、確か母が87歳だったと思いますが、私と二人で話しをしているとき、ポツンと言ったのです。「これまで一つも良いことはなかった」と。私はこれを聞いて、思わず母に向かって叫びたくなりました。「神様に向かい合うこともしないで、良いことがある訳はないでしょ」と。私はじっと自分の気持を抑えながら思いました。「87歳にして何と哀しい言葉だろうか。よし、もう一度、母への伝道を始めよう」と。そして、とにかく母を元気づけようと、「お母さんは、90歳まで生きるんではなかったの」と励ましました。母の答は、「90までは生きるつもりだけど・・・」と力のないものでした。

 そのとき私は、一人のご高齢のクリスチャン女性の方のことを思い、その方と母を比べていました。その方は一昨年の暮に帰天されましたが、享年97でしたので、母より7歳年上ということになります。母より7歳上のその方が、今から7、8年前、90歳前後でいらしたころ、家庭集会で讃美歌を唱ったとき、その歌詞に「されども主よ、われいのらじ、旅路のおわりの ちかかれとは。(教団讃美歌404)」とあるのを受けて、「先生、本当にそうなんです。年をとればとる程、益々その気持が強くなるんです」と言われたのです。私はこれをお聞きしたとき、目の前がパーっと明るくなるのを覚えました。(続)