聖書朗読に備え、日課の小解説 26

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第一日課:イザヤ書61章1〜6節

「不透明」の時代と言われて久しい。90年代に入り「混迷」の時代から21世紀は「不信」の時代へと闇は深まり「変調」の世紀と言われる。イザヤは「見よ闇は地を覆い暗黒が国々を包んでいる」と言う。預言者イザヤは神を見失った人間の罪をそこに見るだけではなかった。神がなお恵みをもって語りかける神の栄光を信仰の内に示された。「起きよ光をはなて」「主の栄光があなたの上に現れる」と告げる。先が見えない諦めと絶望から不信と懐疑の闇お中にいる人々に希望を告げた。不透明な人間の夢想ではない。人の不真実にも関わらず、真実を貫く神の愛のメッセージであった。不透明と混迷の闇を貫いて輝く光がさしていることを覚えたい

第二日課:エフェソの信徒への手紙3章1〜12節

 イエス・キリストにおける神の福音は、あらゆる偏見と差別を超えて働く。福音のもとに恵みと祝福に与る道が開かれる。これは「秘められた神のご計画」であって、イエス・キリストによって開かれ、実現したと手紙は証言する。神に選ばれた者と自認するユダヤ人と、神の選びからもれた異邦人と言う区分けから、越ええがたい差別の壁を築く者に、救い主イエス・キリストにおける神の愛は、その差別の壁を越えて働いていると証言する。あのことばかりは忘れない赦せないと言う越えがたい壁にキリストの十字架が通路をつけた。その通路のゆえに私たちは「悔い改め」を通して見直す福音の恵みを教えられる。

福音書:マタイ福音書2章:1〜12節

 星の動きに時代のしるしや人生の行く手を読み取ろうとする占星術は、科学技術の進歩 とは別に根強く大衆の心をひきつける。星の動きに救い主誕生を「ユダヤの真の王の誕生のしるし」と見た東方の占星術の学者たちは、長い旅を続けてエルサレムに到着した。もう止めようかこの旅は、と何度か思ったであろう遠い道のりであり試練が襲った。王の宮殿を訪ねたが予想に反して王の宮殿には真の王は誕生していなかった。思い描いた期待とは違って聖書が示すところはベツレヘムの粗末な住まいだった。真の王はこの方だと信じるより他はない。持参した宝の箱をあけて捧げ礼拝した。神の導きへの感謝であった。その星を導きの星として救い主の居所へ導いたのは神の言葉・聖書であったことをしっかりと心に留め置きたい。


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