聖書朗読に備え、日課の小解説 25
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第一日課:ゼファニヤ書3章14〜17節
旧約聖書の歴代誌下34章〜35章にかけてヨシア王による「宗教改革」と言われる記事がある。神殿修復途上発見された律法の書に悔い改め、アッシリア帝国支配時代に導入された偶像や異教的要素を徹底排除し、礼拝を正しく回復した出来事である。その後ニネベの陥落により時代はバビロニヤ帝国に移行した。預言者ゼファニヤが活動したのはその頃である。バビロニヤ帝国の勢力は怒涛のようにエルサレムに迫り壊滅させた。ゼファニヤは神の審判と受け止めた。破壊に次いで捕囚の民となったユダは希望が絶たれたかに見えた。神は預言者通し「愛によって新しく」される喜びの時を指し示した。救済史の足音が聞こえる。
第二日課:フィリピの信徒への手紙4章2〜7節
主日の礼拝において福音を解き明かす説教がなされる時、説教の後に祈る言葉が7節の祈りである。常に喜びもって歩み、思い煩うのを止めて感謝を込めて祈り願うように使徒パウロは薦める。パウロの置かれた境遇は、ローマに捕らわれの身となり暗い牢獄の中で殉教の死を待つような厳しさにあった。喜べることは何もない。感謝出来る境遇でもない。これが普通の見方であろう。しかし、パウロはその中で感謝し喜ぼう、祈ろうと言う。パウロの真剣な心が伺える。同労者への感謝であり配慮である。
すべてを神に委ねた祈りの姿勢であった、キリストにおける神の愛が「人知をはるかに超えて」働いていることを信じていたからである。この神の働きが神の言葉としての
説教を語らせる。
福音書:ルカによる福音書1章67〜79節
祭司ザカリヤは子どももなく年老いていた。神のご計画はザカリヤ老夫婦を用いて、主イエスの先駆者洗礼のヨハネ誕生の道をつけられた。神のご計画は人間の常識を超えて働く。主イエスの福音の初めは預言と神の約束の成就と言う線が貫いている。
自己主張の世界に対話は成立しない。それは独り言の世界である。人は祈りにおいて、讃美において自己主張の世界を造ってはならない。ザカリヤは人間の身勝手を超えて約束を成就される神に、真の自己を知らされ、神のみ言葉を讃美し感謝した。
「主の道に先立つ者」として洗礼者ヨハネは、救い主を指差すように十字架の主を指し示す道を自ら歩む感謝と讃美がザカリヤの賛歌にあることを覚えたい。